特集

新型コロナウイルス、善意と送り主の信用でデマ拡散~「地域の顔役」「著名人」「医療関係者」が発信源に

 新型コロナウイルスによる肺炎に対する不安が高まり、今週に入って「予防法」を記したチェーンメールが猛烈に拡散した。目にした人も多いだろう。内容はおおむね

  • ウイルスは熱に弱く、26~27度(37度、56度説もあり)で死滅するので、お湯をたくさん飲みましょう。冷たい飲み物は厳禁。
  • 生姜、ニンニク、唐辛子、胡椒をたくさん食べるとよい。
  • ウイルスは太陽にさらされると死ぬ。

という感じだ。

 筆者のところにも何回も回ってきたが、一見して怪しい記述が多いため、「これおかしい」と送り主に指摘した。すると、その中の1人が「自分もシェアした人に指摘したけど、政府高官の情報だから間違いない、と反論されたんです」と言われたため、意地になって情報源を遡っていった。そして見つけたのが、中国語のデマの原文だ。

Weiboより

 訳:「他の人から回ってきました。同級生の甥で、修士課程を卒業し、深セン病院で仕事をしている人が、武漢で新型肺炎の研究のために武漢に行っています。彼が今電話をかけてきて、友達に伝えるように言いました。(中略)ウイルスは26~27度の環境で生きられないので、お湯をたくさん飲むように。ウイルスが入らないように体を温めて、ショウガをたくさん食べて運動もたくさんすると、感染しません。熱が出てもショウガ湯を飲んで体の熱エネルギーを増やせば感染を防げ、ワクチンもいりません。ショウガ、ニンニク、唐辛子もいいです。寒いところには行かないように。ウイルスは太陽にさらすと消滅します。」

 ちなみにこの文章は、中国で2月中旬「これまでのデマをミックスしたスーパー混合デマバージョンが出現した」と紹介され、医師グループが開設した新型肺炎情報特設サイトで、以下のような説明とともに、正式に否定されている。

 「人の体温は36度なのに、ウイルスが26~27度で死ぬなら、なぜ多くの人がかかっているのか。ウイルスは56度で30分殺菌すると消滅するが、それは物体の表面の消毒の話で、人間の体には作用しない。お湯をたくさん飲んでも体温は56度に維持できないし、体温が56度になれば新型肺炎にかからなくても死んでしまう」

 「ウイルスと天気はたしかに関係しているが、このウイルスは分からないことが多く、現在は因果関係を説明できる段階にない」

中国のデマが翻訳され日本で拡散

 筆者がこの文章の日本語版を見た日本人十数人に、文面と目にした日時を確認したところ、一番早かったのは2月20日、佐賀県の男性が機械翻訳されてどうにか意味の通じる日本語の文面をLINEで受け取っていた。中国でデマ認定された後だ。

 その後、日本語は次第にブラッシュアップされ、以下の例のようにいくつものバージョンに分岐して25日にかけて広がっていった。

  • 新型肺炎と普通の風邪の見分け方や症状が詳細に書かれた「医師からのアドバイス」が添えられたバージョン
  • 体に良い食べ物に言及されたバージョンとされていないバージョン
  • 潜伏期間は27日間であることと、福岡県の医療機関の人による「もう隣の人が感染してもおかしくない状況」が補足に添えられた「福岡バージョン」

発信力のある著名人、地域の顔役が拡散

 今回のチェーンメールは全く来なかった人と何回も受け取った人がおり、どこで見たかを遡っていくと、エッセイスト、著名ブロガーなど発信力のあるインフルエンサーがSNSやブログに掲載し、広がったことが確認された。

 例えばあるエッセイストは24日、SNSで「友人の友人でアメリカの看護師からの情報です」と文章をシェア。コメントには「貴重な情報ありがとうございます、シェアします」という文面が並び、後日、本人が謝罪と訂正をするまで拡散した。

 文章を受け取り、広げてしまった人にも話を聞いた。福岡市の会社員女性、朋子さん(40代、仮名)は24日、子どもの部活のLINEグループで文章を受け取った。

 送り主は小学校時代にPTA会長だった人の妻。朋子さんによると「夫婦そろってすごくしっかりした人で、保護者の世話役的な存在」。LINEグループでも数人が「有用な情報、ありがとうございます」と応答し、朋子さんもすぐに、下の子どものクラスの保護者LINEグループ(約40人)、中学校の同級生のLINEグループ(約30人)に流した。

 LINEを見た1人から「26、27度でウイルスが死ぬっておかしくない?」と疑問を呈され、朋子さんはネットで検索したところ「56度でウイルスが死ぬ」という情報が見つかったため、それも添えて送った。

 その後、デマだと知ったが朋子さんは「私は送った人たちにごめんなさいと言ったけど、自分に送ってくれた部活のママ友には、言いづらい」と、発信者には指摘できなかった。

 東京の音楽プロデューサー、千恵子さん(50代、仮名)は最初、Facebookで友人が文章をシェアしているのを見た。その時は反応しなかったが、24日、別の友人がLINEで同様のメッセージを送ってきた。

 千恵子さんは中国人の業務パートナーから「この文章はおかしい」と言われたため、友人にもそう伝えた。すると友人は電話をかけてきて、「これは有名な演出家のAさんからの情報なので間違いない」と断言したという。

 Aさんを直接知っている千恵子さんはそれで納得してしまい、自分も別の友人に文章を送信した。25日になってデマだと気づき、「Aさんに対する信用から判断を誤ってしまった」と反省している。

 他にも拡散した人に取材したところ、信用した理由はいずれも文章の内容、科学的根拠でなく、「地域の顔役の人から送ってきた」「薬剤師から送られたから」「病院の院長の奥さんからの情報だったから」と、送ってくれた人の社会的地位などにあった。

受け取った医師も違和感を指摘できず

 もちろん、筆者のように「怪しい」と警戒した人も多数いた。だが、相手に伝えた人は少なかった。

 会社経営者の石田保憲さん(37)は、Facebookの友人が文章をシェアしたのを見て、「ソースがはっきりしていない文章なのでシェアしない方がいい」と指摘した。すると、冒頭のように「この文章を送ってくれたビジネス団体に聞いたところ、政府高官からの情報と言われたので間違いない」と反論された。政府高官が誰かは明かされなかった。

 福岡市の女性医師は「2人から受け取った。熱に弱い、ショウガで予防という時点でおかしいと思ったけど、指摘しなかった。本人は善意で送っているので言いづらいし、私は感染症の専門家ではないので、一つ一つ根拠を挙げて指摘することにためらいを感じて……。言っちゃいけないのでしょうけど、ありがとうございます、とだけ返しました」と話した。

 多くの人が「善意から送ってくれたのだし」「普通の健康法が書かれていると思えば、害もない」と話していたが、妻が文章を受け取ったという小児科医(45)は、「患者が間違った先入観を持って診療に来るというのは、医療現場にとっては非常に困ることです。害はありますよ」と指摘した。

もっともらしい肩書だけど、特定できない発信者

 では、根拠のない文章をどうやって見破るか。まずは、「送ってくれた人」ではなく、「その文章の最初の発信者」を特定することだ。今回、十数人がシェアした文章を確認したころ、「もともとは誰の情報か」という点で、以下のようなバラエティがあった。

  • 医療機関に勤めている人
  • 新型コロナウイルスについて研究している人からの情報
  • みずほ銀行の人
  • 武漢研究所に派遣されるクァク・グヨンの米国友人の文
  • 一心病院の看護婦からのアドバイス
  • 修士号を取得して卒業し、深センの病院で働いていたが、新型コロナウイルスを研究するために武漢へ転勤になった同級生の甥
  • 中国の深センの病院から武漢に行かされている博士号を持った学友の知人
  • 知り合いの知り合いの甥で、博士号を取得後、中国・深センの病院に勤務し、現在、武漢の病院に派遣されている人
  • 仲良しの友人のまた友人・アメリカのある看護師
  • 光州科学技術院の博士課程で学んでおり、彼のクラスメートの親戚(叔父と甥)

 どれも「武漢」「医療関係者」「看護師」、果ては「みずほ銀行」などもっともらしい肩書と、「友人の友人」「同級生の甥」など、「ほとんど他人やろ!」と突っ込みを入れたくなるような発信者をぼかす情報が混在している。

 中国当局も治療に有用な確実な情報は、積極的に公表しているので(デマを防止する目的もある)、この手の不確かな情報が回ってきたら、まず「情報源」の透明性を確認してほしい。くれぐれも「政府高官」「著名人」の威光にまどわされないように。

中国ではデマは犯罪、判定サイトも

 ちなみに、日本の新型コロナウイルスをめぐる動きは中国と非常に似ており、数週間~1カ月遅れになっている。

 例えば感染拡大期、武漢では検査キットが足りず、重症者と死者が爆発的に増えた。政府の情報隠しで、市民の不信感が募った(1月下旬)。その後、ようやく専門家が国民に詳しく説明するようになった(1月下旬)。

 次に来たのがデマの嵐だ。ネット上で無数のデマが湧いて出て、専門家や当局の担当者が記者会見で否定するという流れが繰り返された。日本はまさに今、この段階にある。

 筆者が日本で広がったデマの情報源をすぐ探せたのは、中国での感染拡大の流れを1カ月以上追っており、文面のいくつかに心当たりがあったからでもある。

 中国の動向を見ている限り、日本でもデマは増え続けるだろうし、その質も変化するはずだ。中国では当初、予防法のデマ(主に食べ物)が出回り、次はマスクに関するデマ、患者が爆発的に増えると、政府幹部の怠慢への不満からか「〇〇市の幹部が家族を海外に逃亡させた」「専門家B氏は子どもを××大学に裏口入学させた」というデマも現れた。

 ただ、中国は複数のデマ判定プラットフォームが存在しており、冒頭のデマも医師グループが作成した新型肺炎情報サイトで、根拠の提示とともに否定された。

 ついでに言えば、中国ではデマを流すのは犯罪で、新型肺炎でもデマの発信者が大勢逮捕されている。

 社会不安にデマはつきものだが、悪質なものは新型肺炎対策そのものや日本社会に重大な影響を及ぼすし、今回のように「中国産」のデマが善意で翻訳されて日本に入ってくることは今後もあるだろう。

 1人1人が冷静に対処するとともに、プラットフォーマーやメディアの取り組みも期待したい。