特集

開発合宿を長野県立科町で開催したくなる7つの理由

バケーション抜きのワーケーション!? リゾート地で仕事に全集中する「立科 WORK TRIP」とは

自然豊かなリゾート地で行われたIT企業の「開発合宿」事例
長野県立科町で行われた「開発合宿」に密着取材した

 「開発合宿」がいま、テクノロジー系企業の間で注目を集めつつある。特に長野県立科町と一般社団法人信州たてしな観光協会では「立科 WORK TRIP」というプロジェクトを2018年にスタートし、既存の宿泊施設を企業の開発合宿などに活用してもらう取り組みを活発化させているところだ。

 同町によると、2020年はすでに10組の企業ユーザーが立科 WORK TRIPを利用したとのこと。豊かな自然に囲まれ、魅力ある観光スポットやアクティビティ、地元ならではの食材も多い立科町で、あえて「ワーケーション」ではなく開発合宿をするメリットはどこにあるのか? 実際に開発合宿を行ったIT企業に密着取材するとともに、プロジェクトの仕掛け人である立科町の担当者らに話を伺った。

[この記事のハイライト]
1泊2日の開発合宿で、車載カメラの映像解析を実走行中に行う実験。クルマの中には「NVIDIA Jetson TX2」が
「開発合宿セット」を町が用意。プロジェクターやスクリーンのほか、ペン、付箋まで無償で利用できる
「開発合宿コーディネーター」の渡邉岳志氏。宿泊先の調整など、いろいろ相談にのってくれる

※本記事の掲載写真には一部、屋外に限り、一時的にマスクを外して撮影しているものがありますが、開発合宿の受け入れにあたって立科町では、参加者へ新型コロナウイルス感染防止対策への協力を求めています。今回取材した開発合宿も、参加者、町の関係者、取材記者を含め、全員がマスクを着用して行われました。


企業の「開発合宿」1泊2日の事例

 開発合宿とは、日常の仕事場を離れ、リゾート地や温泉などに泊まってソフトウェア開発などに取り組むことで、集中して作業ができ、チームワークも高められる一方で、息抜きや気分転換も図りやすいといったメリットがあるとされている。

 立科 WORK TRIPでは、開発合宿のほかに「オフサイトミーティング」「研修」「ハッカソン」といった用途も想定しているが、いずれにしても昨今のトレンドの1つになっている「ワーケーション」(ワーク+バケーションの造語)と比べ、バケーションの要素を薄くしているという点で少し趣が異なっている。まずは、立科 WORK TRIPを利用して1泊2日の開発合宿を行ったIT企業の事例を見てみよう。


ほぼ「バケーション」なしで「ワーク」に集中

 10月下旬、鮮やかな紅葉が映える立科町南部の白樺高原に、ある企業のチームメンバー10名ほどが集まった。アジャイル開発支援事業などを展開し、大手企業との共創を数多く手掛けているクリエーションライン株式会社だ。目的は「開発合宿」。白樺高原国際スキー場に隣接する「池の平 白樺高原ホテル」に宿泊し、1泊2日で一気に開発を進めるという。

紅葉が映える白樺高原
「開発合宿」の舞台となった「池の平 白樺高原ホテル」

 初日はホテル内の会議室でキックオフミーティングからスタート。その後はホテルを出て、クルマを10分ほど走らせて“実験場所”へ移動した。クリエーションラインがこの開発合宿で取り組むのは、車両に搭載したカメラで実走行中に映像解析が正しく行われるかを検証する作業だ。

初日、昼過ぎからのキックオフミーティングでスタート
立科町の山あいで試験が行われた
機材のセッティングが進む
試験の概要について解説していただいたクリエーションライン株式会社取締役兼CTOの荒井康宏氏
いよいよ実験走行へ

 山間の道路を何度か往復してデータ収集に励み、16時過ぎ、薄暗くなり始めた頃合いに作業を切り上げてホテルへ戻る。終業のタイミングはほぼ17時で、会議室に居残って仕事を続ける人はほとんどいない。

 2日目は朝9時に会議室に集合し、午前中は初日と同じように車両を走らせてデータ収集。午後に会議室で実験結果などを報告するミーティングを行って、15時には解散となった。この2日間、「バケーション」の雰囲気はほとんど感じられなかった。

2日目は車両を変えて走行
解析映像を確認中
ハードウェアにはNVIDIA Jetson TX2を使用していた
最後に実験結果の報告などを行ない、解散

 初日の夕食後や2日目の早朝など、本来の業務の時間外には、近くにある女神湖を散策したり、星空を見に出かけたりする人もいた。しかし、筆者の目に印象的に映ったのは、業務時間になると全員が「ワーク」に集中的に取り組む姿。オンとオフのスイッチをしっかり切り替え、そのうえで当初目標としていた成果にきっちりつなげていた。

2日目の実験中には立科町の小平春幸副町長(右)が視察に訪れ、車両に同乗した


立科町で「開発合宿」を行う7つのメリット

 白樺高原へのアクセスは、最寄りのJR中央線・茅野駅までは新宿から特急でおよそ2時間半。そこからホテルまでは送迎バスで40~50分ほど。もしくは、北陸新幹線の佐久平駅から路線バスで1時間強。都内からクルマの場合は、中央自動車道または上信越自動車道を通っておおよそ3時間程度だ。

 都内からでも意外とアクセスしやすい地域とはいえ、一般的な開発の「合宿」をしたいのであれば、例えば利便性の高い都心のホテルでも問題ないように思える。あるいは室内にこもって開発するだけであれば、わざわざ長野の立科町まで足を伸ばす必要はないのでは、と感じる人もいるはずだ。

ときには雲海や噴火する浅間山が見える立科町

 今回のクリエーションラインのケースでは、車両を走行させながら画像解析するという目的があった。その検証内容を考えたとき、実験に最適と思われる場所が立科町にあったことが、立科 WORK TRIPを利用する大きな動機にもなっていた。だが、関係者に話を聞いていくと、それ以外にも立科町で開発合宿をするメリットがあったようだ。そのいくつかを挙げてみよう。

メリットその1:無償の「開発合宿セット」が利用できる

 立科町の開発合宿の魅力の1つは、必要となる各種備品が無償で貸与されることだ。ミーティングやチーム開発に必要な会議室およびインターネット接続環境(Wi-Fi)は宿泊施設側が用意しているが、さらにホワイトボード、プロジェクター、電源タップのほか、ケーブル類、ペン、付箋紙といった細々としたアイテムも立科町から無償で貸与され、自由に利用可能だ。

立科町が無償で貸与している「開発合宿セット」が入った箱とプロジェクター用のスクリーン。「開発合宿セット」は計4セット用意しており、原則、1組に1セット貸与している
細々としたアイテムも用意
白樺高原ホテルの会議室に用意されていたWi-Fiアクセスポイント。同ホテルでは会議室のリニューアルを計画しているということで、それに合わせて客室用とは別に無線LANアクセスポイントを設置する予定だったという。しかし、それよりも前にクリエーションラインの開発合宿が実施されることが決まったため、仮設置の状態での提供となった。とはいえ、スループットは上下ともに90Mbps以上に達しており、客室などで一般宿泊者向けに提供されているWi-Fiが10Mbps未満であったことを考えると、非常に快適だった

 立科 WORK TRIPを担当する立科町の上前知洋氏(企画課企画振興係主任)によると、他県の温泉地で宿泊施設が独自に開発合宿プランを提案していたりする事例もあるが、備品の利用は1つ1つ細かく料金設定されていることが多いという。それらが全て無償で提供される立科 WORK TRIPは、利用する企業としてはコストを抑えられ、自前で持ち込む備品を減らすことにもつながる。その分、福利厚生的な面から旅費を手厚く予算組みすることも可能だろう。

 また、開発合宿セットは宿泊施設の備品ではなく、町が用意し、開発合宿が行われる宿泊施設まで届けてくれる仕組みであることも、立科 WORK TRIPの特徴。たとえ開発合宿プランを提供していない宿泊施設を利用する場合でも町のサポートを受けることができ、すなわち、宿泊施設の選択肢も広がるというわけだ。

立科町企画課企画振興係主任の上前知洋氏


メリットその2:地元に詳しい「開発合宿コーディネーター」がいる

 上前氏が「立科 WORK TRIPの一番の強み」と話していたのが、立科町の現地の事情に詳しいコーディネーターがいること。慣れない土地で開発合宿などにチャレンジする企業にとっては、スムーズに仕事ができるかどうかは気になるところで、コーディネーターである信州たてしな観光協会の渡邉岳志氏がその不安を解消してくれるという。

 たいていの場合、ウェブサイトをチェックすれば、宿泊施設や、用意されている備品、料金の明細などは分かる。しかし、滞在中に効率良く業務を進めるには、往復の時間を含めてどういうスケジュールを組み立てるのがいいのか、もしくは、そこにどんなアクティビティがあり、楽しむにはどれくらいの時間がかかるのか、といったところまでは分かりにくい。企業側では知りようがないそうした点なども、コーディネーターである渡邉氏に相談することで最適なプランを提案してくれる。

一般社団法人信州たてしな観光協会企画室長の渡邉岳志氏

 例えば今回、クリエーションラインが宿泊先の条件としたのは「1人1部屋で宿泊できること」だったが、都市部のビジネスホテルとは違って、リゾート地の宿泊施設の場合、シングルユースは避けたい面もあるだろう。しかし企業の開発合宿は、一般の観光客が少ない平日に、かつ連泊で行われる場合が多い。宿泊施設側からすると、平日であれば空室にしておくよりシングルユースであっても受け入れるメリットはあるはず、と渡邉氏は説明する。そうした事情も踏まえて渡邉氏が宿泊施設側と調整し、今回はシングルユース利用に応じてくれた比較的規模の大きい白樺高原ホテルが選定されたとのこと。

 一方で、開発合宿では小さなペンションなどを一棟丸ごと貸し切るという選択肢もある。日程にもよるが、最少6名から貸し切り利用できるペンションもあるようだ。他の宿泊客がいないため仕事に集中できるのはもちろん、例えば気分転換に周辺を散歩するときに個室にいちいち施錠しなくてもいいというメリットもあるのだとか。

 このほか、クリエーションラインの開発合宿においては、走行車両での画像解析実験に立科町が最適な場所だったというのは前述した通りだが、実は当初は同社が地図を見て「適しているのではないか」と推測しただけであり、本当にその通りなのか確信はなかったという。しかし渡邉氏と相談する過程で、実際にその実験の候補地を同氏が事前に調査してくれたおかげで、実験内容に沿った地形・環境であることを確認できたという。これはかなり特殊な事例だと思うが、こうしたことにもきめ細かく相談に乗ってくれるのが立科 WORK TRIPのいいところだ。

メリットその3:「仕事の成果が出る」環境がある

 上前氏や渡邉氏がそろって口にしていた立科 WORK TRIPのコンセプトは、「仕事の成果が出る」というもの。一般的にワーケーションは、仕事がしやすい環境であることと同時に、バケーション要素も特徴として打ち出されることが多い。しかし渡邉氏によれば、これまで立科 WORK TRIPを利用した企業の多くは「9時・5時でみっちり仕事する」ところが多く、バケーション要素として、とりわけ特別感のあるアクティビティは必ずしも求められているわけではないことが分かってきたという。

 渡邉氏としては当然、観光協会という立場から、地域の観光スポットやアクティビティも楽しんでもらいたいという思いがある。当初は開発合宿を行なう企業に対してさまざまな提案をしていたそうだが、「アクティビティをすることが本当にその企業や社員の人たちにとって有益なことなのか、様子を見ていても手応えを感じられなかった」と語る。

 あるときは自然散策のガイドツアーを実施したものの、参加者たちは歩きながら仕事の話ばかりしていたこともあった。そこで渡邉氏が思いついたのが、シンプルな“散歩”。白樺高原ホテルから歩いて10分ほどのところにある女神湖は、周囲に遊歩道が整備されている。1周約1.7km、歩いて20~30分程度の距離だ。ここを単純に散歩してみては、と提案してみたところ、会議室を離れて気分転換したいときや、歩きながら“ブレスト”したいときにもちょうどいいコースということで好評を博したという。

 スケジュールに詰め込まれた何か特別なアクティビティを行なわずとも、息抜きをしたくなったら一歩外に出て高原の新鮮な空気に触れたり、近くへ散歩に出かけたり、あるいは窓の外を眺めたりするだけで手軽に周囲の自然を肌で感じられる。それだけで十分にバケーション要素として成り立っているのではないか、と渡邉氏は分析する。同時に、メンバー全員でそんなふうに一緒に息抜きしたり、散歩をしたりすること自体が、企業にとってチームビルディングにつながっているのでは、とも話す。

 バケーションとするには地味に思えるかもしれない。しかし、そのように手軽に自然を感じられること自体が、リゾート地に宿泊して行う開発合宿ならではの体験であり、仕事の成果を出す、という意味でもバランスの取れたほどよい環境と言えるのかもしれない。

白樺高原ホテルから歩いて10分ほどのところにある女神湖
女神湖畔の湿地の上を散歩できる遊歩道。ただし、“考えごと”に集中しすぎると足を踏み外す危険性もあるので、それだけは要注意だ

 ところで、アクティビティもせずに開発合宿……というと、深夜まで開発に打ち込んでいるイメージがあるかもしれないが、「9時・5時でみっちり仕事する」ところが多いと説明したとおり、どうもそのイメージは正しくないようだ。当初は上前氏や渡邉氏も、開発合宿には“夜食”が必須だろうと考え、そうしたニーズを見据えてコンビニへの買い出しサービスを用意してもらった宿泊施設もある。しかし、実際には「残業しない人が多い」と渡邉氏は打ち明ける。

 ひたすら真剣に仕事に向き合い、しかし遅くまでだらだらと残業することもない。クリエーションラインの社員も滞在中の業務時間はほぼ9時・5時で、それでいて「この2日間で2、3週間分の作業ができた」と大きな成果が得られたことを強調していた。

 自然やアクティビティの選択肢は多い立科町だが、女神湖周辺の徒歩圏内にはコンビニもなく、深夜まで営業するような遊興施設もない。仕事の障害になる誘惑があまりないようなところも、かえって開発合宿に向いていると言える部分なのかもしれない。

日没の早い山間部。秋だと16時過ぎには日が陰ってくる。17時には仕事を切り上げる企業が多いという


メリットその4:「エアコンいらず」で夏場の避暑地として最適

 白樺高原は標高1500メートル前後の高地にあるため、真夏でも平均気温は20度台前半の涼しい環境。地域一帯の宿泊施設の冷房普及率は3%余りとされ、それだけ冷房なしでも快適に過ごせることを意味している。夏に立科 WORK TRIPを利用した人からは、冷房で身体を不自然に冷やすことがないため、肩こりに悩まされることなく仕事ができた、という感想も届いているという。

白樺高原は標高1500メートル前後。夏場は涼しく、冷房は必要ない

 もちろん冬場は積雪もあり、寒い。今回取材した10月下旬の時点でも朝方は氷点下付近まで冷え込んだ。秋冬となれば防寒具は必須だが、暖房は完備しているため室内にいる限り寒さに悩まされることはないだろう。夏にはない地元の味覚、あるいは紅葉や雪景色といった景観の面でも魅力は多い。

10月下旬の時点で朝方は氷点下に。湖面から湯気のように立ち上がる気嵐(けあらし)が発生した


メリットその5:立科でしか体験できない自然やグルメがある

 白樺高原には、家族でも楽しめるスキー場や牧場などがあるほか、女神湖や白樺湖のようなひと息つけるスポットもある。坂道は多いが、e-Bikeをレンタルすれば周遊するのも楽ちんだ。

Go Toトラベルの効果か、平日ながら多くの観光客が紅葉狩りを楽しんでいた
レンタルで利用できるのはいまのところ立科町だけ、という珍しいタイプのe-Bike。クリエーションラインの開発合宿の際には、昼休みに希望者に貸し出せるようにしていた

 加えて白樺高原という名前のとおり、一帯には冷涼な地域のシンボルとも言える白樺の森が広がる。都心では見られない美しい自然と静かな環境は、まさしくリゾート地であり、クリエーションラインの社員らは口々に「一歩外に出るだけで気分転換になる」「時間の流れが普段と違う」と話していた。

一帯には白樺の森が広がる
白樺高原ホテルに隣接するスキー場の一角は、グリーンシーズンは「蓼科牧場」になっている

 また、立科町は農業や畜産業も盛んで、米、リンゴ、牛肉(蓼科牛)をはじめ、多様な地元食材を堪能することもできる。これらの食材は生産量が限られており、地元以外の市場にはほとんど出回らないこともあって、立科に滞在しなければ味わえない貴重なグルメともなっている。こうした立科ならではの自然や食を目的に、立科 WORK TRIPを利用するのもアリだろう。

立科産の「黄金千貫」という芋から作った芋焼酎「烏龍白龍(うりゅうはくりゅう)」。他の地域で見かけることはまずないという
立科町の小平春幸副町長は「立科 WORK TRIP」について、「すごくいい取り組みだと思って期待している。開発合宿は新しい宿泊のかたちになるのではないか。立科町には地元以外に出回らない農産物もたくさんあるので、ぜひそういったものともコラボしてほしい」と話す


メリットその6:テレワーク時代だからこそ「リアルの大事さ」が分かる

 とりわけテクノロジー系企業では、業務のほとんどがテレワークになったことにより、通勤による時間の浪費やストレスが解消され、集中しやすい自宅環境で仕事できるようになった人も少なくない。その一方で、これまで当たり前のように交わしていた同僚との雑談がなくなり、ビジネスのヒントにつながる気付きやアイデアが生まれにくくなった、という問題も顕在化してきている。

 オフラインで一斉に集まって仕事を進める開発合宿は、そういったチーム内のコミュニケーションを取り戻すという意味でも有効だ。実際、クリエーションラインでは3月末からフルリモートワークで業務を行っているが、開発合宿に参加した社員に聞いたところ、「開発においてはチーム力が大事。信頼感も必要で、そのためにより深い議論をするにはオンラインではなくフェイストゥフェイスの方がいい。チームビルディングの面でも話が弾んでまとまりやすい」とのことで、1泊2日でこれまでのコミュニケーション不足を一気に埋めていたようだ。

開発合宿に参加したクリエーションライン株式会社のメンバー

 同社代表取締役社長の安田忠弘氏も、「リモートワークが続いており、コミュニケーションの頻度が落ちていたのを解消したかった」というのが、開発合宿を実施した目的の1つだったと明かす。「久しぶりに会ってメンバーと話して、みんな生き生きとしていたので安心したし、自分も女神湖を散歩して癒やされた。こういった開発合宿は1年に一度と言わず、もっと頻繁に実施してもいいと思う。もちろん、感染防止対策をきちんととったうえでだが、社内から要望があればどんどんやりたい」と手応えを感じていた。

クリエーションライン株式会社代表取締役社長の安田忠弘氏(右)
女神湖の朝


メリットその7:宿泊費無料「モニターツアー」のチャンスも?

 今回のクリエーションラインの開発合宿は、実は、立科町が募集した「モニターツアー」として行なわれたものだ。立科 WORK TRIPを広くPRしていくための動画のモデル費用として、宿泊費の一部(5名分)を立科町が負担している。

 モニターツアーへの応募は合計17件あり、上前氏はその全ての企業とウェブ面談を実施して、立科 WORK TRIPをどのような目的で活用したいのか、といった点を吟味して選考した。そのうちの1社として選ばれたのがクリエーションラインだった。

 残念ながら2020年度のモニターツアーの募集は終了したとのこと。来年度以降もモニターツアーを募集するかどうかは未定だが、都会から離れた自然あふれる環境だからこそできるユニークな開発合宿を考えている企業は、立科 WORK TRIPをその有力候補の1つに入れてみてはいかがだろうか。

「立科 WORK TRIP」公式サイト。開発合宿に対応する宿泊施設(2020年10月末現在、9施設)がリストアップされているほか、相談や予約も受け付けている。まずは、コーディネーターへ気軽に相談してみよう


「立科 WORK TRIP」の課題と今後の展開

 「ワーケーション」という言葉からはどうしても、リゾート地がイメージとして持つ「バケーション」の部分が強調されがちだ。ところが、立科町は「仕事の成果が出る」開発合宿を軸にして立科 WORK TRIPを推進していきたいと考えている、というのは興味深い部分。「これからワーケーションをアピールする自治体は増えてくる。立科町がそこと差別化するためにも、開発合宿を特色として打ち出すべき」という狙いが上前氏にはある。

 これまでのところ、立科 WORK TRIPを利用する人数は一度に数名から多くても十数名程度。滞在期間としては1泊2日や2泊3日が多く、金曜日を最終日に設定して「土日は延泊して観光を楽しむ」というパターンもよく見かけるという。平日に空室が出やすい観光地の宿泊施設としては、「平日に連泊してくれる」ことへの期待感も大きい。

 そんななかで、単純な開発合宿ではない新たな活用方法も見えてきた。社員2、3名がパソコンとモニターを持ち込み、2週間もの長期間に渡って連泊し、宿泊施設をあたかもオフィスのように利用するケースもあったとのこと。上前氏は「白樺高原を拠点に、夏でも涼しく仕事するのは、ウィズコロナにおけるワークスタイルの1つとして大いにありうる」と話し、リモートワークへの移行でオフィスを縮小した企業にとってのサテライトオフィス的な存在になる可能性も秘めているとみる。

ゴンドラに乗って白樺高原国際スキー場の頂上まで行くと……
白樺高原と女神湖を見下ろすデッキ「女神のそらテラス1830」がある(※2020年のグリーンシーズンの営業は11月1日で終了)
ソファやハンモックでリラックス。絶景のなかで軽いミーティングをしてもいいし、物思いにふけってもいい。ただし、「15分~20分程度で次の人に譲りましょう」との案内表示もあり、時間を区切ることで逆に集中できるかも?
実は「モバイル圏外なので、ネットを絶ってアイデアを練るには最適の場所」(渡邉氏)と勧められて行ってみたのだが、すでにNTTドコモもソフトバンクもばっちり圏内になっていたため、ノートPCを取り出して仕事をしてみたイメージ

 ただ、そうした場合には「観光地として整えてきたソフト、ハードでは不十分になってくる」という課題も立ちはだかる。白樺高原の宿泊施設周辺には食品や日用品が買える商店、飲食店が少なく、しかも開発合宿を受け入れることで本当に利用者が増えるのか不安に感じ、様子見している宿泊施設のオーナーもまだ多い。

 そのため、例えば地元の農産物が買える場所を用意し、利用者自身が調理できるキッチンや、利用者同士がコミュニケーションできるコワーキング施設を用意する、といったことも検討する必要があると上前氏は感じている。立科 WORK TRIPを受け入れる宿泊施設を増やすべく、渡邉氏も啓発活動に奔走している。

周辺にスーパーマーケットや飲食店は少ない。「サテライトオフィス化」を狙っていくのであれば、こうした店舗の充実も欠かせないだろう

 企業にとっても、自治体にとっても、「ワーケーション」と呼ばれるワークスタイルへの取り組みは道半ばで、ノウハウの蓄積も始まったばかり。「仕事の成果が出る」というところにフォーカスする「立科 WORK TRIP」が多くの企業の関心を引きつけ、地方創生の新たなロールモデルになりうるのか、これからの活動に注目していきたい。

(協力:長野県立科町)