ワーケーション百景

第0回:ワーケーション情報まとめ

ワーケーションとは? 導入企業の事例と自治体の取り組み

1. ワーケーションとは

 ワーケーションとは、「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語で、文字通り「働きながら休暇もとる」あるいは「休暇をとりつつ仕事もする」ことを意味します。しかし現時点での日本においては、より定義が絞り込まれ、「旅先で、保養・休暇を目的としながらも、テレワーク(リモートワーク)で仕事をする」といった文脈で用いられるケースが大半です。

 長期休暇を取りつつ、重要な会議だけにWeb会議で出席するといったような柔軟な働き方・休暇の取り方が可能になるほか、オフィスとは異なる環境でリフレッシュしてモチベーションを高めて業務を行えるなどのメリットがあるとされています。

2. 今なぜ、ワーケーションが注目されるのか?

 用語としてのワーケーションが成立したのは2000年代の米国とされています。欧米では、数週間に渡る長期休暇をとり、保養地で過ごすというスタイルが広まっていますが、この休暇期間中に一切仕事をしないわけではなく、例えば別荘から会社の電話会議に参加するといった例があるといいます。これに加え、インターネットの普及によってコミュニケーション手法が多様化したことなどを背景に、ワーケーションの概念が自然と誕生したのでしょう。

 翻って日本では、2020年4月より「働き方改革関連法」が中小企業にも本格的に適用されました。これにより、残業時間の罰則付き上限規制、有給休暇取得の義務化などが事実上、国内の全企業が遵守すべき要件となったことで、仕事時間と個人時間のバランスをどうするべきか、会社・従業員が真剣に考える必要が出てきました。

 しかし2020年初頭、そうした動きを根底から揺さぶる事態が全世界規模で発生しました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックです。オフィスに出勤しての仕事上の会話、密閉された部屋での会議、対面での営業活動といった、ごく当たり前の業務のシチュエーションでも感染リスクがあるとされる中で、どうやって経済を、ビジネスを回していくのか。そこで注目されたのがテレワークでした。大手企業を中心に、緊急事態宣言の前後はテレワークが多く実行された結果、Webカメラやヘッドセットマイクなどの機材が店頭で長期品切れになるほどの勢いでした。コロナ禍で初めてテレワークを体験し、その有効性に気付いた方も多かったでしょう。

 そして同年7月には、菅義偉官房長官(当時)が政府の「観光戦略実行推進会議」の中でワーケーションに言及。海外からの入国制限措置でインバウンド需要が消滅し、また、移動の自粛で冷え込む国内観光産業を守るためにも、観光振興策の一環としてのワーケーションを普及促進する考えが示され、日本でワーケーションが大きく注目されることになったのです。

3. ワーケーションのメリット

 しかし、この菅官房長官の発言が報道され、ワーケーションという言葉がにわかに注目されると、世間からは「旅先でも働かされるのか!?」「せっかくの休暇中に働きたくない!」「公私の区別がつかなくなるのでは?」といった否定的な声も聞かれました。そんな印象もあるワーケーションには、果たしてどんなメリットがあるのでしょうか?

従業員側のメリット

 従業員側の観点からまず考えられるのは、柔軟な働き方・休暇の取り方が可能になるということです。休暇中の業務が会社に認められれば、旅行先や帰省先などからでも重要な会議の時間だけWeb会議で出席することもできるようになります。休暇の予定を立てやすくなるほか、長期間に渡って業務から離れてしまうことへの不安が解消できる側面もあり、長期の休暇を取得しやすくなると言えます。

 このほか、旅行によるリフレッシュ効果や、非日常の体験を通じて、本来の業務フローでは生まれ得なかったアイデアを生み出すといった効果も期待できるとされています。

企業側のメリット

 一方、企業側(雇用主)のメリットは、人事政策などへの好影響が考えられます。

 昨今、日本では労働人材の不足が目立ってきています。高い職能を要する一部職種においては、給与面での待遇改善はもちろん、福利厚生を充実させなければ、業務遂行に必要な人材を確保できなくなると予想されます。テレワークやワーケーションといった、労働スタイルの多様化に向けた選択肢を用意することは、それ自体が人材を引きつける要素になりえます。また、従業員にとって長期休暇が取りやすいいということは、企業側から見れば、有給休暇取得の義務化への対応という意味でも効果があると言えるでしょう。

 このほか、従業員がワーケーションにより長期滞在先で人々と交流し、たまたま発見した魅力を本業に生かす――例えば地元で埋もれていた特産品を見つけ、ECで全国販売するなど、具体的なビジネスへの発展も期待されます。

 ワーケーションは、生産性や心身の健康にポジティブな影響を与えるとの実験結果も報告されており、従業員自身の健康と、企業としての生産性向上の両面への貢献が示唆されています。

 旅行代理店大手の株式会社JTBが、JALおよび株式会社NTTデータ経営研究所と共同で実施したワーケーション実証実験の結果を2020年8月に公表しました。18人の参加者が沖縄でのワーケーションを体験するというもので、活動時間や睡眠時間の変化を集計しました。

 それによると、ワーケーションの実施前・実施中ではスコアが25%増加し、かつ公私分離志向がむしろ強まったといいます。また、世界保健機関(WHO)による仕事効率を表す指標「WHO-HPQ」はワーケーション初日に20.7%向上し、その効果がワーケーション後の5日間に渡って持続する効果も出ていました。

 また、2020年11月に長野県の主催で開催されたイベント「ワーケーションEXPO@信州」では、企業にとってのワーケーションのメリットについても議論。現在注目されている「SDGs」への取り組みにもつながるなど、企業価値の向上をもたらすことなどが指摘されました。

4. ワーケーションの課題

 もちろん、ワーケーションを導入するにあたっては、留意すべき点や課題もあります。

 まず、ワーケーションは大前提として、全ての業種・職種で導入できる手法でないことに留意が必要です。“エッセンシャルワーカー”とも呼ばれる小売・物流・医療・保育・清掃サービス・公共交通機関・法執行などの従事者は、当然その場に“臨場”しなければなりません。これはワーケーションに限らず、テレワーク全体にも共通する課題です。

 その上で、いざ実際にワーケーションを導入しようという場面で、阻害要因となってくるのが「コスト負担」と「労務管理」の2点です。

 従業員から見た場合、ワーケーションの滞在費用(主に宿泊費)をはじめ、現地までの交通費、通信料金、その他の経費をどう扱うのか。全額を会社が負担するのか、それとも一部を従業員負担とするのか、明確なルール化が必要です。そのバランスによっては、会社としてワーケーションを制度化しても、実際の利用が広がらないかもしれません。

 勤務時間の算定法も、大きなハードルです。日本企業の多くは、勤務時間をベースに給与の算定を行っていますから、ワーケーション中の行動をいかに把握――有り体にいえばどう“監視する/されるか”は、従業員の一挙手一投足に大きく影響します。合理的な判定が当然求められますが、一方で“サービス残業”が増えてしまう懸念もあります。

5. ワーケーションの事例

ワーケーション導入企業の事例

JAL

 コロナ禍の前からワーケーションの普及を目指し、積極的に事例を公開している企業の1つが、航空大手の日本航空株式会社(JAL)です。同社では2017年からワークスタイル改革に本格的に取り組んでおり、週2回のテレワークや、コアタイムのない“スーパーフレックス”を導入。ワーケーションも制度化しました。

 JALのワーケーションは「長期休暇をとると、その後の反動が怖い」といった従業員の声を受けたもので、休暇中であってもWeb会議などの業務を一部認めるという立て付けが特徴です。また、出張時に休暇を付け足す「ブリージャー」(「ビジネス」と「レジャー」を組み合わせた造語)制度を別枠で設けました。

 また、制度を作って終わりでなく、利用促進のための体験ツアーを実施したり、社内報でのアピールを欠かさない点も、参考にしたい部分です。

ワーケーション受け入れ自治体の事例

 ワーケーションは観光と同様、地域経済への波及効果を期待する声が少なくありません。それを反映してか、地方自治体による取り組みが広がっています。この分野でリードしているのが、和歌山県、長野県です。

和歌山県

 和歌山県では2017年度から、全国の自治体に先駆けてワーケーションの取り組みを開始したとアピール。南紀白浜空港から車で5分ほどでビーチ「白良浜」にアクセスできるだけでなく、和歌山県立情報交流センター「Big・U」や廃校舎を再利用した「秋津野ガルテン」(いずれも田辺市)など、受け入れ施設整備にも力を入れています。

長野県

 長野県は「信州リゾートテレワーク」の名称で、ワーケーションを大々的に推進しています。2020年度は白馬村・軽井沢町・木曽町など県内12市町村をモデル地域に選定し、ワーケーション対応宿泊施設のリストなども公開しています。そして、県外の民間企業や個人事業主を対象に、宿泊費を補助する「信州リゾートテレワーク実践支援金」の制度も実施しています(2020年12月25日より一時中断中)。

そのほかの自治体

 同様の補助金制度は各地に広がっていますが、予算割り当ての都合上、締め切りが早まったり、翌年度に実施されないケースがままある点には注意しましょう。

 静岡市では、ワーケーションの先にある“移住”を奨励すべく、「お試しテレワーク体験事業」と題して交通費・宿泊費の補助を行いましたが、2020年度分は2021年3月31日でいったん締め切られました。

 こうした自治体特有の事情を踏まえて、情報発信を行っているサイトもあります。移住相談サービス「flato(ふらっと)」ではワーケーション補助金の特設サイトを2020年11月に公開しました。

ワーケーション自治体協議会(WAJ)

 自治体によるワーケーション政策で象徴的となっているのが、2019年11月に設立された「ワーケーション自治体協議会(WAJ)」です。当初は65の自治体(1道6県58市町村)が参加し、ワーケーションの普及促進に向けて各種活動を実施。体験会の開催、共同でのプロモーションなどが具体的に計画されています。会員自治体はその後も順調に増加しており、2020年12月23日時点で157(1道17県139市町村)となっています。

 また、コロナ禍まっただ中の2020年9月には、「宮城ワーケーション協議会」が設立されました。民間企業の代表らが発起人ですが、会の名誉会長に宮城県知事を、さらに県内各市の市長を幹事に迎えるなどして、より実効的な戦略をとる方針です。ここでも移住定住促進がワーケーションと並ぶ主要テーマとなっており、地方の本音が透けて見えます。

6. ワーケーションできる施設・観光地・地域

 ワーケーションは、極論すれば旅行者自身がPCやモバイルWi-Fiルーターを自前で用意するだけでも実践できます。とはいえ、1週間以上の滞在をしようとなると、数泊の旅行とはまた別のニーズが浮かび上がってきます。

 自炊のための設備、コインランドリー、現地での気軽な移動手段(例えば貸し自転車)などの有無を確かめたいところです。また、宿泊する部屋での作業ではなく、より集中したり、プリンターやコピー機を利用したいとなると、コワーキングスペースのような専用執務エリアも欲しくなってきます。

 こうした“物件”の検索・予約・手配は、ワーケーションを巡る商流の一角であり、旅行・観光事業者が動き出しています。

 ワーケーション未体験者に役立ちそうなのが、施設の一括検索サイトです。株式会社MOLEの「Workations」は、コワーキングスペース、会議室、コーヒーマシンの有無などを条件に各地の施設を検索できます。ただし検索対象施設数はもう少し増えてほしいところです。

 NTTコミュニケーションズ株式会社(NTT Com)は2021年1月からワークスペース検索アプリ「Dropin」を用いた、ワーケーション施設案内サービスを開始。3月末までの実証実験サービスという位置付けですが、ユーザー体験の検証、施設側の課題なども洗い出したいといいます。

 ビジネスホテルを中心に、テレワーク専用の日帰り滞在ないし宿泊プランも、このコロナ禍にあって数多く登場しています。アパホテル、東横イン、ルートインなど大手チェーンではほぼ漏れなく正式プラン化させています。これらのホテルは全国各地に点在していますから、まさにワーケーションの一形態です。

 そうした中には、1カ月連泊を謳う特別なプランを設けるケースもありました。東急ステイでは、長期滞在目的のホテル宿泊プランを専門に扱うサイト「goodroomホテルステイ」を通じて、一部ホテルの1カ月連泊プランを販売しました。ただしこの規模の連泊プランは、GoToトラベル事業における宿泊費補助に、連泊制限が当初なかったことも要因とみられます。コンフォートホテルなど一部チェーンにも「30連泊プラン」がありますが、さらなる広がりを見せるか、推移を見守る必要があるでしょう。

 長崎県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」には、ワーケーションの王道的なプランがありました。「フォレストビラ」に30泊するプランは、4名1室素泊まりで20万400円。年刊パスポートやレストラン割引特典が付帯します。

 盲点に感じる方も多いかもしれませんが、ワーケーションは家族全員で滞在するというシチュエーションが十分あり得ます。特にコロナ禍では、親がテレワーク、子どもも大学生となればリモート授業というケースがあるでしょう。

 高価格帯の宿泊施設で知られる星野リゾードは2020年11月、なんと「スキー場のゴンドラ」をワーケーションのスポットにしてしまいました。山梨県北杜市の「星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳」において、福島のスキー場で実際に使用されていたゴンドラを3台移設。固定型の個室オフィスに転用したのです。デスク、電源コンセント、暖房も完備。ホテル宿泊者が別途予約すれば、追加料金なく利用できます。

 2020年10月に開業したホテル「ISHINOYA熱海」は、貸し会議室業で知られるTKPが運営していることもあって、当初からワーケーション利用が想定されています。2021年以降、行楽とビジネスの両立を設備の整備段階から狙った施設が増えていくとみて間違いないでしょう。

 ワーケーションを“サブスク”(月極の定額制)で実現しようという動きにも注目でしょう。株式会社リゾートワークスが運営する「リゾートワークス」では、平日稼働率の低い会員制宿泊施設などと協力し、個人や企業向けに福利厚生・ワーケーション目的で貸し出すサービスを計画しています。

 不動産会社も乗り出しています。三菱地所は「WORK×ation Site 南紀白浜」(和歌山県)を建設。2019年5月から、最大16名が利用できる施設1棟まるごとを1日1社占有で貸し出す方式で運用しています。その後、軽井沢に同様の施設がオープンしましたが、どちらも宿泊設備はなし。“豪華な会議室”としての利用が想定されているようで、ここだけを見てもワーケーションに対するスタンス実感できます。

 このほか、スキー場、遊園地、道の駅、走行する列車の車両内、キャンピングカー、古民家、リゾートホテル、老舗旅館、温泉地……など、さまざまな場所をワーケーションの場として活用しようとする取り組みが各地で行われています。

7. まとめ

 テレワーク、そしてワーケーションを巡る情勢は、新型コロナの感染拡大状況にも左右されるでしょう。もし、さらなる感染蔓延でテレワークの必要性が高まったとしても、逆にワーケーションについては人の移動を減らして感染を抑制したいとの方向性から敬遠されるかもしれません。

 また、ワーケーションとの向き合い方もその立場によって大きく変わります。労働者であれば、より充実した仕事環境が欲しい。企業(雇用主)は、良い人材を集めたいが人件費は減らしたい。旅館・ホテルの経営者は、インバウンド需要の落ち込みを少しでも緩和したい。そして地方自治体は、ワーケーションをきっかけに、できれば移住にまで繋げたい――。

 こうした思惑が飛び交う中、恐らく全ての人々が、新型コロナ問題の収束、経済の回復を願っています。落としどころはどこなのか、誰がモメンタムを掴むのか。関係各所の動きを今後もウォッチし続ける必要があります。

※この記事は、2020年12月末時点の情報に基づいて取りまとめたものです。INTERNET Watchでは、このほかにもワーケーションに関する記事を多数掲載しており、逐次、新しい記事を追加しています。最新記事については、下記リンクよりご参照ください。