年間4万台のHDDを復旧、「データ復旧.com」の作業現場(前編)

東京・銀座のインターネットオーナーズ見学レポート

データ復旧.com

 エルメスやカルティエなどのブランドショップが建ち並ぶ東京・銀座の並木通り。データ復旧サービス「日本データテクノロジー」(サイト名は「データ復旧.com」)を提供するインターネットオーナーズ株式会社は、この一等地に約240坪のオフィスを構える。

 同社が提供するのは、ハードディスクの故障などで読み出せなくなったデータを復旧するサービス。よくあるケースとしては、PCから異音がする、PCから煙が出てきた、電源を入れても動かない、誤ってデータを削除してしまった、水に濡らしてしまった――といったものなどがある。

 対象機器はデスクトップPCやノートPC、外付けドライブ、RAID、サーバーなど。WindowsやMac OS、Linuxなどの各種OSに対応している。年間の受注件数は約3万5000件、ハードディスクの台数にして約4万件に上るという。

 同社はハードディスクを持ち込む顧客に対して、業界でも珍しいというオフィスの見学を受け付けている。今回は、普段あまり目にする機会のないデータ復旧の現場をレポートしたい。

開放感のある「お客様専用フロア」、バー風の打ち合わせスペースも

 インターネットオーナーズを訪問してまず通されたのは、ハードディスクを持ち込む顧客用のスペース「お客様専用フロア」だ。データ復旧会社とは思えない開放感のあるスペースが待ち構えている。

お客様専用フロア

 すでに2人の先客がいたが、氏名ではなく番号で呼び出されていたのが印象的。また、同フロアの四隅には顧客との打ち合わせスペースがある。いずれもオシャレなバー風のたたずまいで、防音設計も施されているという。

 記者を案内してくれた同社事業部長の森茂雄氏は、「お客様には法人や官公庁も多く、顧客情報は慎重に扱っています。来社されるお客様は焦っている方も多いので、まずは安心して個別にお話を伺うようにしています」と説明する。

顧客との打ち合わせスペース

記憶メディアの持ち込み・持ち出しを徹底管理

 次に通されたのがオフィスだ。結論から言うと、「これでもか」というほどの厳重なセキュリティ体制は驚きの連続だった。

 まずは入り口。扉には静脈認証装置が設置され、入退室時にチェックが行われる。「以前は指紋認証を採用していましたが、さらにセキュリティが厳重な静脈認証を導入しました。顔認証の方が精度が高いとなれば、そちらを採用します」と森氏は事も無げに言う。

 「静脈認証は入り口だけでなくすべての扉に設置されています。また、入退室は『誰が何時何分にどこを通った』というかたちでログに残されます。そのため、何かの拍子で入退室どちらかの記録が残されていないようなときには、上司から問い詰められますよ。」

オフィス入り口に設置された静脈認証装置

 入り口を通過してすぐ目に飛び込んできたのが、「電子記憶メディアの持込禁止」と書かれた注意書き。顧客から預かったハードディスクに含まれる個人情報がコピーされて社外に持ち出されるのを防ぐためのものだ。

「電子記憶メディアの持込禁止」と書かれた注意書き

 なお、同社は紙1枚やボールペン1本でも、あらかじめ申請していなければ、持ち込み・持ち出しを禁止している。「ボールペン型のUSBメモリもあるのです」。やむを得ない場合には、申請書に記入し、上司に印をもらい許可が出れば当日限りの持ち込み・持ち出しが許されるという。

持ち込み・持ち出しの許可申請書

大統領専用機「エアフォース・ワン」で導入されている金属探知ゲート

 さて、注意書きの指示通りに私物をロッカーに預けると、今度は空港でおなじみの金属探知ゲートが待ち構えている。森氏によれば、この金属探知ゲートは米国大統領専用機「エアフォース・ワン」や数カ国の空港で導入されているものだ。

 通行者が持っている金属の位置と大きさを正確に表示できるのが特徴で、USBメモリやSDカードなどはもちろんのこと、銀歯1本やタバコの包み紙にも反応するほどだ。

金属探知ゲートは米国大統領専用機「エアフォース・ワン」で導入されているものと同じだ。見学者もこのゲートを通る必要がある金属探知ゲートの傍らには外部の警備員が待機していて、目視によるチェックも行われる

 また、金属探知ゲートの傍らには警備員が待機し、目視によるチェックも行う。警備員は社員が出勤するよりも早い朝7時半から待機しており、すべての社員が退社する深夜まで常駐している。

 社員はトイレや食事などのオフィス入退室時には、必ず金属探知ゲートを通過しなければならない。ある女性社員は「入社当初、特に冬場などはブーツを脱ぐのが面倒でしたが、今では当たり前になっていて、特に大変だとは思いません」と語っていた。

オフィス入室時に私物を預けるロッカーオフィス退室時に書類などを入れるロッカー

いよいよデータ復旧の現場に

 ボディチェックを通過すると、いよいよデータ復旧を行う場所への立ち入りが許可される。オフィス内はハードディスクを復旧する工場エリアと、顧客からの電話に対応するサポートエリアがある。

オフィスの風景

 工場エリアには大きく分けて、「物流エリア」「初期診断エリア」「物理復旧エリア」「論理復旧エリア」の4つのエリアがある。ここでは20人以上の技術スタッフが作業を行っている。

 まず、「物流エリア」には修理前・後のハードディスクを置くラックがある。一見ふつうのラックのようだが、ハードディスクの故障の原因と言われる静電気を防ぐためのゴムシートが敷かれているほか、エアクッションも非帯電性タイプが使われている。

顧客から預かったハードディスクを置くラック

 同社にはハードディスクドライブ単体ではなく、PCや外付けドライブなどの機器ごと持ち込まれることもあり、「物流エリア」では機器からハードディスクドライブを取り出したり、組み込んだりする作業が行われる。

 この作業では、1人に1台の機器が割り振られているのが特徴。「流れ作業の方が効率は良いのですが、そうしてしまうと他のハードディスクと混同する危険性があるため、1人1台体制を徹底しているのです」。

ハードディスクドライブの取り出しや組み込みを行うスペース

 ハードディスクのケースには識別番号を記載したシールが貼られている。なお、顧客の個人情報保護のために、顧客の氏名はサポート担当の社員のみが把握しており、復旧を担当する社員には識別番号のみが伝えられるのだという。

ハードディスク開封作業はクリーンルーム内で

 「初期診断エリア」では、データ復旧の可能性や、復旧にかかる時間が算出される。ここでは専用ソフトを用いて、物理的な破損の有無や不良セクタを調べている。初期診断にかかる時間は早ければ5分、長ければ2時間程度だという。

ハードディスクの復旧の可能性や、復旧にかかる時間を算出する「初期診断エリア」

 初期診断の結果、破損や異音がするなど機械的に壊れていると認められたハードディスクは「物理復旧エリア」に持ち込まれ、基板の修理・交換やハードディスクを開封しての部品交換などの作業が行われる。

クリーンルームでハードディスクを開封しているところ

 ハードディスク内部はチリやホコリに弱いため、開封する場合はクリーンルーム内で作業が進められる。クリーンルーム内ではデータを読み取る磁気ヘッドや、それを取り付けるアームなどの部品を取り外して作業が行われていた。

クリーンルームでの作業は2時間が限界だという

 クリーンルーム入室時には、身体に付着したホコリの99.9%を取り除くというエアシャワーを浴びることが義務付けられている。クリーンルーム内は「クラス100」と呼ばれる空気清浄度。「1立方フィートあたりホコリが100個以下に抑えられています」。通常は同じ容積の空気中には10万個以上のホコリがあるという。

物理復旧エリアに入る前には身体に付いたチリやホコリを落とすためにエアシャワーを浴びる必要がある

 「弊社のクリーンルームは、フィルターを通して新鮮な空気だけが入るようになっているので、インフルエンザに感染することもないぐらいクリーンです。ただ、空気が上から下へと一方的に流れているため、物理復旧の担当者は長くいるとすぐに疲れてしまうのです。そのため、連続して作業できるのは2時間程度。交代制で作業に当たっています。」

クリーンルームの天井に設置されているフィルター

同じ型番のハードディスクの基板でも製造日や製造国が異なれば復旧できない


インターネットオーナーズ事業部長の森茂雄氏

 森氏によれば、物理障害ではハードディスクの基板に問題があるケースが大半。特に基板上のフラッシュメモリなどに書き込まれたファームウェアに不具合があることが多いという。その場合には基板を交換することになるが、森氏は「同じ型番のハードディスクの基板でも、製造日や製造国が異なれば復旧できないケースが多い」と語る。

 「ハードディスクは頻繁にマイナーチェンジを繰り返しています。メーカーは製造終了後も一定期間は部品を保管しますが、ハードディスクが壊れるのは保管期間が終了した後がほとんど。つまり、復旧できるかどうかは、技術力に加えて、部品のストック数と種類も重要になってくるのです。」

 同社では、10年以上前に製造されたハードディスクから現在のものまで、数十万種類のハードディスクの部品およびファームウェアを保管している。「過去に製造されたものほど日本だけでは見つかりにくいものです。古いものを探す場合、アジア方面には中古PCが多く流れているため、弊社ではアジアを含む世界各国からも部品を集めています」。今ある部品の6割は海外で入手したものだという。

 なお、復旧に成功したデータについてはCDやDVDに保存するほか、容量が大きい場合は外付けハードディスクに保存し、預かったハードディスクとともに顧客に返送する。

復旧したデータを移すための外付けハードディスクを保管するラック

RAIDの復旧は経験やひらめきが重要?

 「初期診断エリア」でOSの不具合や誤操作によるファイル削除などが原因とされたハードディスクは、「論理復旧エリア」に持ち込まれる。同エリアでは症状に応じて、専用ソフトで自動的にデータを復旧する。

 なお、同社に持ち込まれるハードディスクのうち、「論理復旧エリア」で対応するのは3割程度で、7割は前述の「物理復旧エリア」で担当することになるという。

初期診断でOSの不具合や誤操作によるファイル削除などが原因とされたハードディスクが持ち込まれる「論理復旧エリア」

 このほか、「RAID復旧エリア」と「特殊復旧エリア」というスペースも設けられている。

「RAID復旧エリア」と「特殊復旧エリア」

 RAID機器の復旧について森氏は、「容量によりますが、何十億もの数字が羅列したセクタ単位で不良個所を調べる作業。壊れたデータの法則性を見つけるには、計算力と過去の経験からくるひらめきが重要」と語る。

 また、「特殊復旧エリア」では防犯カメラ用のハードディスクなど、PC以外の機器に搭載するハードディスクの復旧を行っている。

RAID復旧は計算力と過去の経験からくるひらめきが重要だという

(後編に続く)


関連情報

(増田 覚)

2009/9/17 11:00