DXは魅力的なコンテンツづくりにどう貢献するか?

第3回

ビジネスをスピードアップする「サービス型チーム」とは?

サービスを成功に導くKDX流の働き方

様々な業界で進んでいるデジタルトランスフォーメーション(DX)だが、その進み方や内容は会社やよってかなり異なる。そうした中、特色あるDXを進めているのが、コンテンツ産業の雄であるKADOKAWAグループだ。同グループでは、グループのDXを推進し、そのノウハウを社外にも展開していく子会社「KADOKAWA connected」を設立。社内外あわせた「コンテンツ産業のDX」を推進している。そこで今回は、同社でDXを推進する塚本 圭一郎より、「DXは魅力的なコンテンツ作りにどう貢献するか」をテーマに寄稿いただいた。これまでの記事は以下。(編集部)

第1回:なぜ総合エンタメ企業「KADOKAWA」がDX推進の子会社をつくったのか?
第2回:日本のコンテンツ業界はDXでどう変わるのか?

KADOKAWAグループのDXを推進する子会社「KADOKAWA connected」でChief Data Officer(CDO)を務める塚本 圭一郎氏。 同グループ全体のデータマネジメントを担う。

 KADOKAWAグループのDX推進を担うKADOKAWA Connected(以下、KDX)のChief Data Officer(CDO)を務める塚本です。今回は、私たちがDXを推進する上で導入している働き方である「サービス型チーム」を紹介します。

ビジネスをスピードアップする「サービス型チーム」とは?

業務ごとにチーム分けをするサービス型チーム

 VUCA(*1)の時代といわれる現在、ビジネスのスピードはますます加速し、業務の専門性は高まるばかりです。こうした状況に、従来のトップダウン型の組織では対応し切れなくなっています。

*1 Volatility(変動性)、Uncertainly(不確実性)、Complexity(複雑性)、曖昧性(Ambiguity)の4要素をまとめた単語

 例えば、従来の日本企業にみられるような時間のかかる意思決定プロセスでは、ビジネスのスピードに追いつくことはできません。また、専門性の高い業務の場合、組織の上長だけではなく、専門知識を有する人が判断した方が、意思決定の質とスピードが高まります。したがって、こうした状況に対応するには、各業務の現場に裁量を委ねるとともに、業務プロセスの効率化を図ることが重要になります。

 そのためにKDXが導入しているのが「サービス型チーム体制」です。ここでいう「サービス」とは、社内外を問わず、利用者(顧客)がいることを前提とした個々の業務のことです。

 その業務ごとにチーム分けをしたのがサービスチームになります。例えば、法務部の業務の一つに、契約書を法的に問題がないかチェックする業務があります。この業務を担当するチームは「契約書レビューサービスチーム」になります。

サービス型チームの肝は、サービスの機能と品質を明示すること

 サービス型チームの肝は、チームが提供するサービスの「機能」と「品質」を顧客に明示して仕事に取り組むことです。機能とは、チームが提供する役務内容のことで、品質は、サービスの提供に必要な期間や費用などです。機能と品質が明示されていれば、顧客は必要なサービスをスムーズに組み合わせてプロジェクトを実行することができます。

「サービスメニュー」を社内に提示し、現場に裁量を委ねることでスピーディな対応が可能に

 サービスの機能と品質を顧客に明示するために、サービス型チームは「サービスメニュー」をつくります。サービスメニューは、飲食店のメニュー表と同じように、提供するサービスの機能と品質を「見える化」したものです。

サービスメニューの例

 例えば、契約書レビューサービスチームの場合であれば、機能として、他の部署が作成した契約書を法務的に問題がないかチェックすること、品質として、レビュー期間は5営業日、費用は会社負担、申請方法はSlackの◯◯チャンネル経由で、といったことが記載されています。

 サービスメニューの存在により、サービスの利用者(顧客)は、「このサービスはどのように提供されますか?」とそのチームにいちいち聞かなくても、受けられるサービスを把握できます。したがって、サービスメニューに載っている定型業務であれば、ミーティングなしでサービスを依頼/請負することが可能になります。KDXの場合、サービスメニューに載っている定型業務は上長の許可を必要としないため、現場の判断で効率よくスピーディに仕事を進めることができます。

 サービス型チームには、チームごとにオーナーシップを持った「サービスオーナー」がいて、サービスを改善する権限を持っています。機能の拡充や、納期の短縮や価格の変更といった品質の改善は、割り当てられたリソースの範囲内でオーナーに任せられているため、現場における「改善の自走」が可能です。

社内向けの「プレスリリース」を発行する

 また、新たにサービスを立ち上げる際には、サービスオーナーが中心となって「インターナルプレスリリース(Internal Press Release)」を作成します。これはAmazonが行っている手法です。新たなサービスの内容について、社内に向けてプレスリリースを書くことで、その目的と目指す効果を明らかにします。そして、その内容に対する社内の反応を確認しながら、サービス開発を進めていきます。

 このように、サービスを提供するチームに裁量が委ねられていることで、ビジネスの変化への迅速な対応が可能になっています。

インターナルプレスリリースの例(抜粋)

「サービス型チーム」は「既存の組織体制」と別に構築複数チームに属したり、部門を超えた関係づくりも…

 サービス型チームを構成するメンバーは、「ロール(役割)」に基づいてアサインされます。

 例えばシステム開発であれば、その責任者である「サービスオーナー」のほか、タスクの進捗管理を担う「スクラムマスター」、システムやサービスを設計する「アーキテクト」などのロールがあります。ロールは、人事評価・給与グレードとひも付いています。サービスオーナーは、どのロールにどの人が割り当てられているかを一覧化した「ロールアサインリスト」を管理し、必要に応じてロールや人材を変更することができます。また、サービスの見直しに合わせてチームを統合/分割することもできます。

 こうした変更が自在にできるのは、サービス型チームが既存の組織体制とは別に存在しているためです。

 多くの企業では、役割変更には組織異動や役職変更が伴う場合が殆どではないでしょうか。一方、サービス型チームは「事業推進においては、役職ではなくロールで仕事をする」という考え方のため、組織間の異動などの手間を発生させず、サービスオーナーの裁量によって迅速にチームやメンバーを変更することができます。さらに、1人のスタッフが複数のチームに所属したり、部門を超えたメンバーでチームをつくることも可能です。

部長や課長の役割は「人材育成」や「評価」

 「システムは、そのシステムを設計した組織構造の制約を受ける」という「コンウェイの法則」があります。あるシステムを設計する際に、もし4つの組織とやりとりをしている場合は、そのシステムのコミュニケーションのインターフェースも4つできてしまい、効率が低下するということです。コンウェイの法則を踏まえれば、サービスに基づいた体制であるサービス型チームを主にし、既存の組織を従とした方が望ましいといえます。

 なお、KDXでは、組織における部長や課長は、主に人材の育成や評価などのマネジメントを担います。会社の期待と個人の希望をすり合わせながら、個々の社員のキャリア形成をサポートしています。このようにサービスのマネジメントと人材マネジメントを切り分けることで、変化に対応できる事業体制を実現しています。

「サービス型チーム」はこう動く!

 当社でサービス型チームの効果が端的に表れているのが契約購買のチームです。

 取引先と契約書を交わたり、発注業務を請け負ったりしているチームですが、改善によって同じ人数で従来の倍以上の依頼をこなせるようになっています。契約購買は、ワークフローシステムの運用や法務チェックなど、複数のサービスが組み合わされて成り立っていますが、関係するチームとの連携においても話し合いを通じてブラッシュアップが図られています。このような効果は、定型的なタスクが多いチームほど表れやすい傾向があります。

 こうした改善の背景には、会社が推奨している定例の「振り返りの会」があります。振り返りの方法である「KPT法」を用いて、継続すべきこと(Keep)、改善すべきこと(Problem)、挑戦すべきこと(Try)について定期的に話し合い、サービスをブラッシュアップしていく活動であり、これが機能しているチームほど改善がうまくできています。

 サービス型チームは社員にとってもメリットがあります。

 ロールの果たすべき職責が言語化されており、人事グレード(役職等級と給与)とひも付いているため、どんな能力を身につければどれだけの待遇が得られるかが明確になり、キャリアプランがイメージしやすくなります。仕事ぶりで評価されるので、「役職のポストに空きがないから昇進できない」ということもありません。また経営的には、管理会計とひも付けることで、サービス単位で収支を見える化できるというメリットがあります。

サービス型チームでは「主体的な行動」が必要に

 サービス型チームは、運営する上では難しい面もあります。例えば、現場に権限を委譲する分、メンバーには主体的な行動が求められます。また、ロールが変わると立場や求められるスキルも変わりますので、学習する姿勢が不可欠です。そのため会社には、社員が必要なマインドセットやスキルを普段から学べる環境を提供することが求められます。

 KDXにおいても、サービス型チームの仕組みを完璧に運営できているとは言えません。しかし、理論としての素晴らしさは間違いないので、日々実践を積み重ねながら、よりよい職場環境の実現に向けて努力を続けています。