DXは魅力的なコンテンツづくりにどう貢献するか?
第2回
日本のコンテンツ業界はDXでどう変わるのか?
ニコニコ動画から書籍まで ~KADOKAWAグループのデータ活用法~
2022年10月28日 06:55
様々な業界で進んでいるデジタルトランスフォーメーション(DX)だが、その進み方や内容は会社やよってかなり異なる。そうした中、特色あるDXを進めているのが、コンテンツ産業の雄であるKADOKAWAグループだ。同グループでは、グループのDXを推進し、そのノウハウを社外にも展開していく子会社「KADOKAWA connected」を設立。社内外あわせた「コンテンツ産業のDX」を推進している。そこで今回は、同社でDXを推進する塚本 圭一郎より、「DXは魅力的なコンテンツ作りにどう貢献するか」をテーマに寄稿いただいた。前回の記事はこちら(編集部)
KADOKAWAグループのDXを担うKADOKAWA connectedのChief Data Officer(CDO)を務める塚本です。
前回は、私が部長を務めるIntegrated Data Service(IDS)部がKADOKAWAグループに提供しているデータ活用サービスについて紹介しました。今回は、私たちが提供するDXによってもたらされる出版をはじめとしたコンテンツ業界のこれからについてお話ししたいと思います。
データの活用で売れるコンテンツが予測できるようになる
私たちが現在進めている大きな取り組みに、KADOKAWAのデジタルマーケティング室の経営ダッシュボードと、IP(Intellectual Property:知的財産)単位の分析ダッシュボードの開発があります。
ダッシュボードとは、収集・分析したデータを加工してわかりやすく可視化する機能やシステムのことです。
横断的な状況を確認できる「経営ダッシュボード」
デジタルマーケティング室の経営ダッシュボードは、KADOKAWAの出版事業に関する宣伝施策も含めた横断的な売上ダッシュボードで、KADOKAWAの宣伝や営業を担当するチームと一緒に開発を進めています。電子書籍と紙の書籍、それぞれの売上を時系列で可視化するとともに、宣伝施策による売上曲線の変化などを確認できるようになっています。
タイトル単位で分析する「分析ダッシュボード」
IP単位の分析ダッシュボードは、IPタイトル単位でメディアごとや全体の売上などを把握できるようにしたものです。
例えば、KADOKAWAには『とある魔術の禁書目録(インデックス)』というライトノベルがありますが、この作品からは数多くのスピンオフタイトルが生まれており、さらにアニメ化やコミカライズなども行われています。それらを総称して「とあるシリーズ」と呼んでいます。従来は各商品単位での売上把握しかできませんでしたが、IP単位の分析ダッシュボードでは「とあるシリーズ」というIP軸で売上を把握できるようにしたことで、IP全体での収支や各メディアとの相性の良し悪し、他のIPタイトルとの比較などが見られるようになります。
「タイトルAとタイトルB、どちらを先にアニメ化すべきか?」
この2つのダッシュボードから得られるメリットは、宣伝による影響とメディアミックスによる影響をそれぞれ可視化することによって、今後の売上予測が立てやすくなることです。
例えばAとBという2つのIPのうち、どちらを先にアニメ化すべきかを検討する際に、Aをアニメ化すれば、ラノベにプラス1000万円の売上増が見込めるが、Bをアニメ化すればプラス3000万円の売上増が見込める、といったように、それぞれの売上が予測でき、その予測を踏まえて判断することができます。
また、ラノベ自体の売上は同程度でも、トータルの規模ではBの方が売れているとわかれば、Bのグッズをもっと販売したり、あるいは新たにゲームとコラボさせる、といった判断もしやすくなります。
このように、ある程度の売上予測が可能になることで、ビジネス上の「選択と集中」をより意識的にできるようになります。
データをもとに最終的に判断するのは「人」
今後さらにデータ分析が進み、未来の予測ができるようになると、「こういう内容にすれば売れる」という情報がある程度見えてくるようになると思います。しかし、そうした予測データが必ずしも「正解」であるとは限りません。
私自身もかつて同人誌作家だったのでわかるのですが、クリエイターは、必ずしも売れる「商品」を作りたいわけではないからです。
売れるかどうかとは別のところで、独自の「作品」を生み出したいという欲求を持っています。そうしたクリエイターの思いを考慮せずに、データ分析の結果に基づいて売れるものしか作らないのであれば、クリエイターは納得できず、KADOKAWAから離れていってしまうでしょう。
データ分析の結果をもとに、最終的な判断を下すのは、あくまで人です。
データは参考情報の1つとして、人が全体を俯瞰して判断すべきでしょう。出版の場合であれば、どういう内容にするかの判断は、分析結果を踏まえて、クリエイターと編集者の間で話し合って決めていくべきことだと思います。
もちろん、クリエイターや編集者にとって、こうした予測データはプラスになるはずです。作品を作る際は、それがどの程度売れるか確信が持てず、不安になるものです。そんな時に、「あなたの作りたい内容だと売上予測はこのくらいですが、こういう内容にすると、売上予測はこのように変化します」といった情報が示されれば、どのような作品を作るべきかを判断する1つの材料になります。
データによる予測は絶対的なものではなく、人がより良いコンテンツを効率的に生み出すためのツールとして活用されるべきでしょう。
人の「経験」や「勘」の重要性は、DX時代も変わらない
コンテンツ作りに限らず、今後どれだけデジタル化が進んでも、人間にしかできない経験や勘などが必要な領域はなくならないと私は考えています。
例えば出版社では、書籍の売れ行きを事前にある程度予測しなければなりません。そのために営業担当者は、内容や顧客層などが似ている類書を集めて、その売上実績をもとに、売り出す本の売上見込みを立てます。それと同じことを機械学習でうまくできるかというと、私には自信がありません。
なぜなら、何をもって類書とするかの判断は、その時々の時流によって変化するからです。人は、その変化を踏まえて有機的に判断できますが、機械学習は一度モデルを作ってしまったら変えることができません。
ただし、有効活用できる期限を2~3年と区切れば、精度の高い機械学習モデルができるかもしれません。その場合は、どのタイミングでそのモデルを使うのをやめて、アップデートするかしないか、といった判断が求められます。機械に任せて良いかどうかの判断は、常に人間に求められるのです。そういう意味でも、そのビジネスのドメイン知識を持った人材の重要性は今後も変わらないでしょう。
「電子書籍と紙は見るべきポイントが違う」……結局、「精通した人」が必要に
先ほど、デジタルマーケティング室の経営ダッシュボードで、電子書籍と紙の書籍の売上を可視化する話をしましたが、電子と紙では、見るべきポイントが大きく異なります。
紙の書籍は再販制度があるため、基本的に販売冊数は売上金額と連動していますが、電子書籍は値引きができるため、冊数と売上金額が連動しません。また電子書籍の場合、マンガなら一話ごとに販売する方法もありますし、読み放題サービスでの利用もあります。
これだけ複雑になってくると、何をもって分析すべきか、人間の判断を加えていかないと、データを見ただけでは全体像は見えてきません。結局は、そのビジネスに精通した人がいなければ、正確な分析はできないのです。
データは、あくまでもツールに過ぎません。ドメイン知識を持った専門家がデータというツールを使いこなすことによって、効率化できる部分を効率化し、それによって余裕のできた時間を、人にしかできない領域に充てていくことが、データ活用の理想型だと思います。
日本のコンテンツ業界全体をより良くするために
今後の出版をはじめとするコンテンツ業界はどうなっていくでしょうか?
今の時代、自費出版やECなど、クリエイターが自分自身でコンテンツを販売する方法は山ほどあり、出版社などを通すよりも収益を得られる可能性があります。その中で、クリエイターが出版社のような企業と組む価値はどこにあるでしょうか? それは、編集者をはじめとしたチームで行うことの価値だと思います。例えば、高品質、大規模流通、ローカライズ化によるグローバル展開、さらにメディアミックスなどの付加価値をつけることができます。それらの付加価値を高めることに、データの力で寄与していくことが私たちの役割です。
昨今、個人情報保護が強化される傾向にある中で、ウェブブラウザから個人情報にひも付けるためのデータの取得・活用が制限されるようになってきました。その一方で、データの有効活用は顧客にとってメリットになるため、プライバシーを守った上で他社とデータをシェアし協業する動きも出てきています。
KADOKAWAのデジタルマーケティング室の経営ダッシュボードやIPの分析ダッシュボードなどで得られる情報は、他のメディア業界にも役立つはずです。将来的には、得られたデータを同業者とシェアし、日本のコンテンツ業界全体をより良くすることに寄与していきたいと考えています。