清水理史の「イニシャルB」【特別編】

ホームルーターがSIMフリーになるとこんなに便利! 固定+モバイル回線をダブルで使える「Archer MR600」レビュー

工事不要だからイベント会場や親が暮らす実家用にも

TP-LinkのSIMフリーホームルーター「Archer MR600」。小型ながら、WAN側に有線とLTEを利用できる

 TP-Linkから、SIMフリーホームルーターというカテゴリの新製品「Archer MR600」が発売された。実売価格は1万5800円で、最大の特徴は、WAN側が有線(光ファイバー)+モバイルのデュアル構成となっている点だ。

 これにより、固定回線が敷設できない環境でも、メッシュ対応のパワフルなルーターとして、たくさんのPCやスマートフォンの通信を中継できる。イベント会場で、合宿施設で、建設現場で、もちろん自宅でも、いろいろな活用ができる製品となっている。

“じゃない”メリット

 TP-LinkのArcher MR600は、Wi-Fi 5(IEEE802.11ac)に対応したWi-Fiルーターだ。

 一見すると、ごく普通の家庭用Wi-Fiルーターのように見えるが、実際にはなかなか凝った作りになっており、これまでのWi-Fiルーターよりも、幅広いシーンで、自由に使うことができるユニークな製品となっている。

正面
側面
背面

 まず、背面から2本伸びているアンテナだが、これはWi-Fi用ではない。

 実は、LTE用の外部アンテナとなっている。

 本製品は、「SIMフリーホームルーター」というカテゴリに分類される製品となっており、内部に搭載されたLTE通信モジュールによってモバイル通信回線を利用できる製品となっている。本体から伸びた2本のアンテナは、このLTE通信用のものとなっている。

 モバイル通信回線を利用可能な通信機器としては、小型のモバイルルーターを思い浮かべる人もいるかもしれないが、本製品はモバイル”じゃない”ことで、次のようなメリットを持っている。

  • 2本の大型外付けアンテナを使った安定したLTE通信
  • 外部電源による安定かつパワフルな通信性能の実現
  • 1Gbps対応のWAN/LANポートも搭載
  • メッシュ対応による中継器を併用した通信範囲の拡大に対応
  • VPNサーバーなどの豊富な付加機能の搭載

 内蔵バッテリーで動作するモバイルルーターは、どちらかというと、近くに配置されている1~2台のPCやスマートフォンを一時的に接続するための通信機器となる。一方で、本製品は、安定した外部電源と高いハードウェア性能によって、広いエリアにある、有線を含めた多くの機器を、安定して接続できるのが特徴となっている。

メッシュ対応なので、別売りの中継器(写真はRE330)を利用して通信エリアを拡大することも可能

 外部電源を利用するという点は、似た製品としてモバイル通信事業者が提供するホームルーターも挙げられるが、こちらもモバイル通信事業者製“じゃない”ことで、次のようなメリットがある。

  • SIMフリーで通信事業者やサービス、料金プランを自由に選べる
  • 1Gbps対応のWANポート搭載で固定回線でも使える

 要するに、従来のモバイルルーターやホームルーターに足りなかったところにフォーカスを当て、より柔軟で使いやすくした製品ということになる。

こんな使い方だってできる!

 では、具体的にArcher MR600をどのような用途に使うと便利なのだろうか?

イベント会場の自前インフラにも

会場のWi-Fiが不安? イベント参加や出店用の自前インフラに

 夏から秋にかけ、イベントなどの開催が多く予定されているが、こうしたイベントに参加したいと考えているなら、そのインフラとしてArcher MR600は最適だ。

 会場でのプレゼンテーションやデモ用機材のインターネット接続に利用したり、物販向けのキャッシュレス決済端末の接続先として利用したりできる。

 会場で提供されているWi-Fiは利用者が多く、混雑状況によっては安定しないことがある。その点、Archer MR600なら、外付けLTEアンテナで安定したインターネット接続を確保できる。会場に有線の接続先が用意されているのであれば、有線とLTEを併用し、有線で通信できない場合は、バックアップのLTEに切り替えるということも可能だ。

LTEをバックアップとして利用することも可能

 Wi-Fiのカバーエリアも広く、場合によってはメッシュで距離を延長できるので、会場レイアウトの都合で確保できる電源の場所が多少離れていても対応できるうえ、最大接続台数も64台と多いので、複数のグループで共有するといった使い方もできる。

 「当日、会場に行ってみないと分からない……」ではなく、どんな環境にも対応できる通信環境をあらかじめ用意できるのは大きなメリットだろう。

メッシュ対応なので中継器でエリアを広げることもできる

安定性やセキュリティが不安? ホテルや合宿施設の通信環境に

 最近では、ホテルや合宿施設などでもインターネット接続が整備されることが多くなってきたが、用途によっては、こうした公共Wi-Fiを利用するのが適さない場合もある。例えば、混雑で通信が安定しなかったり、有線接続しかできなかったり、VPN接続が禁止されていたりするケースがある。

 Archer MR600は、こうした環境にも適している。部屋に敷設された有線インターネット回線をWi-Fi化することもできるうえ、内蔵されたLTE回線を利用して、自分だけのプライベートなインターネット接続環境を用意できる。

 仮に部屋の有線インターネット回線でVPNが禁止されている場合でも、LTE回線を利用すれば、PCやスマートフォンからVPN接続が可能になる。

 このほか、合宿施設のホールでのミーティングやグループワークなど、広いエリアで複数の端末を接続しなければならない場合でも、Archer MR600のパワフルなWi-Fi性能を生かせば快適な通信環境を用意できる。

WAN側にLTEを利用すればVPNが可能になる

固定回線が敷設できない? 回線工事の課題解決に

 Archer MR600は、固定回線の工事の課題解決にも役に立つ。

 例えば、ひとり暮らしや一時的な仮住まいなどで、インターネット接続環境が必要だが、固定回線を敷設するまでもないというケースでは、Archer MR600をLTE回線で利用すればいい。

 同様に、工事現場や店舗、サテライト事務所など、固定回線の工事が難しい環境でも、Archer MR600によって、広いエリアをカバーしつつ、複数の工事事業者で共有できるインターネット環境を構築できる。

 Archer MR600は、LTE回線だけでなく、固定回線でも利用できるのが特徴なので、繁忙期で回線工事が実施されるまでに期間がかかる場合でも、回線工事までの間はLTEを利用し、工事が完了し開通したら固定回線に切り替える、というようにWAN回線を使い分けることもできる。

LTEをインターネット接続に使える。固定回線が開通したら、有線に変更可能だ

固定回線ではもったいない! 通信量が少ない環境に

 高齢の家族が一人で暮らす実家、週末のみ過ごす地方の別荘など、通信量や利用頻度がさほど多くないもののインターネット接続環境が必要な環境では、固定回線では維持のための負担が大きくなってしまう場合がある。

 Archer MR600なら、LTE回線のプランを用途によって細かく変更できるため、例えば見守りシステムやタブレット端末での通話など、限られた用途のみに適したプランを選択することができる。

 アプリや設定画面で通信量を確認することも簡単にできるので、使用量を確認しながら、一時的な利用だけ速度を上げたり、滞在期間に応じてデータ通信量のプランを変更したりするのもいいだろう。

データ使用量を確認できるのでプラン選択の参考にしやすい

大手通信事業者ならSIMカードをセットするだけでOK

 このように、いろいろな使い方ができるArcher MR600だが、もちろん使い方も簡単だ。LTE回線で利用する場合は、背面のスロットにSIMカードを装着することで通信が可能になる。

 大手通信事業者の場合であれば、装着するだけで設定が完了するので、即座にインターネット接続が可能になる。試しに、povo 2.0のSIMカードを利用してみたが、以下のように名前、APN名、ユーザー名、パスワード、認証タイプなどが自動的に設定された。

背面にSIMカードを装着
初期設定で自動的に通信事業者が判別され、接続設定が適用される

 一方、MVNO事業者のSIMカードなどの場合、APNの設定が必要になる。と言っても、設定画面から必要な項目を入力するだけなので、初めてでも設定に苦労しないだろう。接続に必要な情報は、利用している通信事業者のサポートページなどで公開されているので、参照しながら設定するといいだろう。

接続用のプロファイルを手動で設定することも可能

 実際の通信環境は、利用する事業者によって異なるが、筆者宅でpovo 2.0を利用した場合は、Wi-Fi接続したPCから以下のような速度で通信できた。下り50Mbpsほどの環境だが、Webの閲覧や動画の再生などはストレスなく可能だ。大容量ファイルのダウンロードやアップロードをしない限り、通常の利用は問題ない印象だ。

実際の通信速度

 povo 2.0は料金プランも豊富で、さまざまな用途に対応しやすい。例えば、前述したイベントなどでの短期の利用なら、24時間使い放題330円や390円の1GB(7日間)を複数回利用する手もある。また、長期的な利用として2万8800円の360GB(365日)を利用して、1か月あたり2400円前後で運用する手もある。

 このように、SIMフリーであることで、さまざまな事業者のさまざまなプランを活用できるのがArcher MR600のメリットとなる。場合によっては、途中で契約する事業者を変更したり、用途によって複数の事業者を使い分けたりするのもいいだろう。

Archer MR600の素朴な疑問

 ちなみに、素朴な疑問として次のような点が挙げられる。購入を検討している人で、同様の疑問を持っている人は参考にするといいだろう。

バッテリーや発電機で使えるか?

 本製品は、基本的に安定した外部電源を確保できる環境で利用するのが理想だ。

 どうしても外部電源が確保できない場合は、バッテリーでの利用も不可能ではないが、長時間の利用や安定稼働を求める場合は、発電機やEVといった車の電源など、十分な電力を確保できる環境で利用するといいだろう。

 ちなみに、1台のPCをWi-Fiで接続し、LTEで通信した際の消費電力は5~6ワットほどだった。

消費電力は5~6ワットほど

Wi-Fi 5で物足りなくないか?

 本製品は、Wi-Fi 5(IEEE802.11ac)対応の製品となっており、最大速度は2.4GHz帯が300Mbpsで、5GHz帯が867Mbps(いずれも2ストリーム)となる。

 最新のWi-Fi 7はもちろんのこと、Wi-Fi 6対応の製品と比べても速度は低くなるが、WAN側のLTEも最大300Mbpsとなるため、Wi-Fiそのものがボトルネックになることはないだろう。そもそも、LTEを利用するケースでは、利用するLTEのデータ通信量の問題もあるため、あまり大容量のデータの通信に向いていない。

 用途をよく考えて利用する必要はあるが、WAN側を固定回線で利用したり、PCを有線で接続したりすれば、高速な通信も可能となる。

WAN側に有線を利用し、Wi-FiでPCを接続した場合の速度
WAN側に有線を利用し、PCも有線で接続した場合の速度

VPNサーバー機能を利用するには?

 本製品には、VPNサーバー機能が搭載されているが、この機能を利用する場合はWAN側にグローバルIPアドレスが必要になる。

 LTE回線を利用する場合はもちろんのこと、固定回線を利用する場合でもイベント会場やホテルなどの回線を利用する場合は、プライベートIPアドレスが割り当てられる場合があるので注意が必要だ。

 事前に、利用する回線事業者やプランでグローバルIPアドレスが割り当てられるかを確認しておく必要がある(同様にリモート管理機能もプライベートIPアドレスの場合は利用できない)。

VPNサーバー機能を搭載している
VPNサーバー機能やリモート管理機能にはグローバルIPアドレスが必要。画面はプライベートIPアドレスなので外部からの接続ができない

固定回線とLTEは併用できる?

 Archer MR600では、固定回線とLTE回線の両方を利用することが可能だ。ただし、両方設定した場合の動作はフェイルオーバーとなり、片方の回線で障害が発生した場合に、もう一方に切り替える設定となる。

インターネット接続の切り替えが可能。標準では、有線で通信できなくなると、バックアップのLTEに切り替わる

選択肢として頭に入れておきたい

 このように、かなり柔軟な使い方ができるのがArcher MR600の特徴となる。万人向けというわけではないが、既存のWi-Fi製品の手の届かなかった用途に活用できる面白い製品と言える。

 こういったニッチなニーズに対応する製品は、選択肢として頭の中に入っていないと、いざ自分や周囲が必要なシーンに直面したときに路頭に迷ってしまうことが多い。

 イベントやホテル、回線が敷設できない環境で便利なWi-Fiルーターとして、TP-Linkの「Archer MR600」という名前を憶えておくと、いざというときにきっと役立つはずだ。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 11」ほか多数の著書がある。