中島由弘の「いま知っておくべき5つのニュース」

ニュースキュレーション[2024/6/20~6/26]

他人事ではないランサムウェアの深刻度 ほか

eHrach/Shutterstock.com

1. 「経済財政運営と改革の基本方針2024」を閣議決定

 6月21日、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2024」(いわゆる「骨太方針2024」)を閣議決定した(日経XTECH)。これは、政府の経済財政政策の基本方針や翌年度の予算編成の方向性を示すものである。ここでは、この方針に示されている項目のうち、情報通信技術と関連のありそうな部分を紹介する(内閣府)。

 まず、「経済新生への道行き」として、次の短期的な「5つのAction」が示されている。

  1. 物価上昇を上回る賃上げの定着
  2. 構造的価格転嫁の実現
  3. 成長分野への戦略的な投資
  4. スタートアップネットワークの形成
  5. 新技術の徹底した社会実装

 これらのうち、5つめの「新技術」は主に情報通信技術とその周辺領域を指すとみられる。

 そして、中長期的な観点では、「新たなステージに向けた経済財政政策の方向性」の中に、「持続可能な地域社会 新たな生活スタイルへの移行」と題する見出しがあり、次の3つが箇条書きとして挙げられている。

  1. 医療・介護DXや先進技術・データの活用で全国どこにいても最適な医療・介護を提供
  2. 教育DXで全国どこにいても個別最適で充実した学び
  3. 自動運転やドローン物流で交通・物流の担い手不足を解消

 これらを掘り下げて、より平易に言うならば、「医療・介護におけるデータの活用」「GIGAスクール構想を推進」「ドローンや自動運転による交通・物流の効率化」というキーワードが見えてくる。これらを実現するための要素技術やアプリケーションの開発・実装、そしてそれに関する社会実験や実証実験などが行われていくことになるだろう。

ニュースソース

  • 骨太方針2024閣議決定、政府が「デジタルによる社会課題解決」で掲げた3つの柱[日経XTECH
  • 経済財政運営と改革の基本方針2024[内閣府

2. 「デジタル社会の実現に向けた重点計画」が目指すもの

 6月21日、政府は「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を閣議決定した(Impress Watch)。これは、「目指すべきデジタル社会の実現に向けて、政府が迅速かつ重点的に実施すべき施策を明記し、各府省庁が構造改革や個別の施策に取り組み、それを世界に発信・提言する際の羅針盤となるもの」とされる。

 この中の「デジタルにより目指す社会と6つの姿」では「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」として、次の6項目を挙げている(デジタル庁)。

  • デジタル化による成⻑戦略
  • 医療・教育・防災・こども等の準公共分野のデジタル化
  • デジタル化による地域の活性化
  • 誰一人取り残されないデジタル社会
  • デジタル人材の育成‧確保
  • DFFT(信頼性のある自由なデータ流通)の推進をはじめとする国際戦略

 前項でも紹介した「経済財政運営と改革の基本方針2024」を踏まえているとみられるが、デジタル化による経済成長戦略として、人材の育成や確保と並んで「データ流通」を挙げているところはポイントだ。言うまでもないことだが、デジタル技術はソフトウェアだけではなく、いかに「データ」を活用するかが重要だ。巨大IT企業が巨大になり得た理由の1つはここにある。今後、この情報通信分野で競争力を持つためには、この「データ」に着目した戦略がより重要になるだろう。もちろん、安心・安全なデータの取り扱いという意味での、さまざまな要素技術の開発や制度設計も欠かすことはできない。

ニュースソース

  • 「使うデジタル化」へ 「デジタル社会の実現に向けた重点計画」策定[Impress Watch
  • デジタル社会の実現に向けた重点計画 デジタルの活用で一人ひとりの幸せを実現するために[デジタル庁

3. 他人事ではないランサムウェアの深刻度

 KADOKAWA、ドワンゴへのランサムウェア攻撃の被害は甚大である。人気の動画配信サイトが停止しただけでなく、KADOKAWAの出版事業の経営全体への影響も危惧されている。さらに、今後は略奪されたユーザー情報のリークサイトへの漏えいなども懸念される事態となっている。

 ITmediaでは、こうした深刻な状況下における「『KADOKAWA』『ニコ動』へのサイバー攻撃、犯人と交渉中の暴露報道は“正しい”ことなのか」(ITmedia)という記事を掲載している。また、「ランサムウェア渦中の『ニコニコ』に学ぶ“適切な広報対応”の重要性」(ITmedia)という観点での記事も掲載している。

 ランサムウェアによる被害を受けた企業・組織はこれが初めての事案ではないが、とりわけ著名なブランドであることからもこうした注目が集まっていて、そこから何かを学ぼうということだろう。

 企業にとって、こうしたランサムウェアを仕掛けるような相手の要求に対処するには、相当に難しい経営判断が求められる。一度でも身代金の支払いに応じてしまえば、何度も標的になる可能性があるし、そもそもそうした支出をどういうかたちで拠出するかという問題もある。一部には、「そんな輩は相手にしなくてよい」という理屈もあるが、応じなければ企業の機密情報や顧客情報などが流出する危険があり、もしそうなれば企業の信用がさらに傷つくことは間違いない。

 少し前になるが、3月14日には、警察庁が「令和5年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」という広報資料を発表している(警察庁)。

 それによれば、「企業・団体等におけるランサムウェア被害として、令和5年に都道府県警察から警察庁に報告のあった件数は197件であり、令和4年上半期以降、高い水準で推移している」という。それに加えて、「最近の事例では、企業・団体等のネットワークに侵入し、データを暗号化する(ランサムウェアを用いる)ことなくデータを窃取した上で、企業・団体等に対価を要求する手口(ノーウェアランサム)による被害が、新たに30件確認された。なお、『ノーウェアランサム』による被害件数は、令和5年におけるランサムウェア被害の報告件数(197件)には含まれない」としている。

 このように悪質化しているサイバー犯罪について、決して他人事ではないという認識のもと、企業内の技術部門や協力会社に任せるばかりではなく、万が一の場合に備える経営上のシミュレーションや具体的な対策を練る必要に迫られていることを再認識すべきだ。

ニュースソース

  • 「KADOKAWA」「ニコ動」へのサイバー攻撃、犯人と交渉中の暴露報道は“正しい”ことなのか[ITmedia
  • ランサムウェア渦中の「ニコニコ」に学ぶ“適切な広報対応”の重要性[ITmedia
  • 令和5年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について[警察庁

4. 企業買収を進めるOpenAI

 OpenAIが複数の企業の買収をしたことが報じられている。

 まず、リアルタイム検索技術を展開する「Rockset」の買収を発表した(Impress Watch)。記事によれば「Rocksetの技術を統合して、検索インフラを強化」する狙いがあるとみられる。それに続いて、企業向けWeb会議ツールを手掛ける米新興企業のMultiを買収した(ITmedia)。「このツールにはAI機能も搭載されており、会議の内容を要約したり、参加者が使ったファイルへのリンクを提供したりする」ものだということだ。

 OpenAIは生成AIの中心部分の開発に注力するだけでなく、こうして企業向けに生産性を向上させるためのソリューション開発にも進むということなのか。そうすると、盟友でもあるマイクロソフトとの競合関係も気になるところだ。

ニュースソース

  • OpenAI、検索技術の「Rockset」を買収 検索インフラを強化[Impress Watch
  • OpenAI、企業向けWeb会議ツールのMultiを買収[ITmedia

5. 音楽業界からも生成AIに対する訴訟が起こされる

 WIREDの記事によれば、「音楽生成AIとして最もよく知られているSunoとUdioに対して、音楽業界が正式に“宣戦布告”した」という(WIRED)。ソニーミュージック、ユニバーサル・ミュージック・グループ、ワーナーレコードは、「甚大な規模」の著作権侵害を理由に米連邦裁判所に訴状を提出した。

 全米レコード協会(RIAA)の会長兼CEOであるミッチ・グレイジャー氏は「アーティストが生み出した成果物を無断または無報酬で複製し、自らの利益のために悪用することを『フェア』だと主張するSunoやUdioなどの無許諾のサービスは、誰もが恩恵を受けるような真に革新的なAIの実現を妨げるものです」と述べている。

 すでに、ニュースメディアや出版分野では訴訟が起きているが、音楽業界ではこれが初めてとなるとみられる。いずれの場合も、生成AIの企業の論理は「特定の状況下で著作権侵害を許容するフェアーユース」であるということだが、こうした裁判を通じてどのような判断が下されることになるのだろうか。OpenAIはニュースメディアらとライセンス契約を結ぶ方向に動いているが、そうした交渉のテーブルにつかないメディアもある。

 今後の各業界での判断や判例は日本にも何らかの影響をもたらすことになるだろう。

ニュースソース

  • 音楽生成AIに大手レーベルが“宣戦布告”、法廷に持ち込まれた「著作権侵害」の行方[WIRED

連載『中島由弘の「いま知っておくべき5つのニュース」』は今回が最終回となります。ご愛読ありがとうございました。

  • バックナンバー(2019年5月~2024年6月)はこちら
中島 由弘

フリーランスエディター/元インターネットマガジン編集長。情報通信分野、およびデジタルメディア分野における技術とビジネスに関する調査研究や企画プロデュースなどに従事。