清水理史の「イニシャルB」

「技適の壁」がついに破れる?「電波法改正案」を国会議員に聞いてみた 、180日の実験が個人でも可能に、最新スマホもARデバイスも11axルーターも!

 海外で発売された最新スマートフォンやARデバイス、IEEE 802.11ax対応Wi-Fiルーターなど、これまで「技適」の壁であきらめていた無線機器を、ついに堂々と使える時代が訪れるのかもしれない。簡単な届出だけで、個人でも180日の実験が可能になる電波法改正案について、元総務大臣政務官の小林史明衆議院議員(自民党)に話を聞いた。

電波法の改正で、イノベーションを促進

 海外では、とっくに発売されている最新のWi-Fiルーターを、一体、いつまで待てばレビューできるのか……。現在の11axなどは、まさにこの状況だし、メッシュWi-Fiが海外で先に登場したときもそうだった。

技術基準適合証明番号の例

 無線設備が電波法令の技術基準に適合していることを証明する「技術基準適合証明」、あるいは機器が電気通信事業法令の技術基準に適合していることを認定する「技術基準適合認定」、いわゆる「技適」の壁に泣かされてきたことは、これまで何度もあったが、どうやら、この状況も変わることになりそうだ。

 2019年2月、政府によって、技適に関する要件の一部緩和が盛り込まれた電波法の改正案が閣議決定された。今後、審議を経て、今国会での成立が見込まれている。

 今回の電波法改正では、電波利用料の大幅な見直し5Gを含めた周波数の割り当て制度の変更にスポットライトが当てられているが、地味ながら実は大きな改革につながりそうなのが、今回取り上げる技適関連の一部要件緩和だ。

 簡単に説明すると、技適を取得していない製品でも、一定の要件さえ満たせば、日本で最長180日の利用が可能になるものだ。

 前述したように、これまで、いわゆる「技適の壁」に泣かされてきた人は少なくない。我々、メディアも新製品を紹介できないもどかしさを感じ続けて来た。メーカーが新製品を日本でデモできなかったり、ARデバイスなど革新的な機器があるのにソフトウェアやサービスの開発に使えなかったりと、大きな障害となっていたわけだが、これからは、一定期間の間は堂々と、技適未取得の製品が使えるようになる。

 小林議員によると、「今回の電波法改正は、こうした状況を改善する画期的なもので、日本の産業振興やイノベーションの促進を目的としている」という。

元総務大臣政務官の小林史明衆議院議員(自民党)

 前述したように、日本だけが新製品の波に取り残される状況は、筆者も身をもって体験してきた。だが、実際、産業界でも、この日本外し的な状況は、深刻な問題になっているという。

 通信機器に限らず、今やビジネスにはグローバルな展開が不可欠だが、FCCやCEに加えて、技適まで取得しようとすると、その負担は大きい。海外メーカーにとって、日本国内に向けた技適の取得が1つの関門となることも多く、結果として日本市場の優先順位が下がることも珍しくないのが現状なのだ。

 こうした状況は、日本のIoT関連ベンチャーなどにも影を落としている。例えば、「数種類の製品を作って市場テストをしたい」と考えても、製品ごとに技適を取得しなければならないとなると、そのコストや期間が大きな負担になることもある。言わば、日本は“チャレンジしにくい環境”であったわけだ。

 今回の電波法改正は、こうした制約を少しでも取り払い、より実践的なビジネスを展開しやすくするためのものだ。総務省としても、イノベーションの促進のためにかなり前向きに取り組んできたと言えるそうだ。

総務省による電波法改正案の概要

 もちろん、技適のルールが存在し続けることに変わりはないため、「一定の要件」のもとで規制が緩和される点には注意が必要だ。しかし、国内未発売の機器を含めた11axの実験が、そう遠くない時期に実現しそうだと、個人的には非常にワクワクしている。

90日ルールとの違いを明確にする

 実は、電波法の改正は、今回に限らず、これまでにも細かく実施されていて、過去にも以下のいわゆる「90日ルール」が盛り込まれている。

 最近、増えてきた訪日外国人旅行客向けとして改正されたもので、要するに入国から90日までなら、技適マークのない端末も使えるというものだ。

電波法第4条第2項

 本邦に入国する者が、自ら持ち込む無線設備(次章に定める技術基準に相当する技術基準として総務大臣が指定する技術基準に適合しているものに限る。)を使用して無線局(前項第三号の総務省令で定める無線局のうち、用途及び周波数を勘案して総務省令で定めるものに限る。)を開設しようとするときは、当該無線設備は、適合表示無線設備でない場合であつても、同号の規定の適用については、当該者の入国の日から同日以後九十日を超えない範囲内で総務省令で定める期間を経過する日までの間に限り、適合表示無線設備とみなす。この場合において、当該無線設備については、同章の規定は、適用しない。

 これを見て、今国会で成立が見込まれる改正案について「何だ期間が180日に延びただけじゃないか」と、思わないでほしい。まだ改正案の段階となるため、特に届出方法など未確定な部分も多いが、小林議員に伺った内容から、現状の技適、その例外の90日ルール、改正案の180日ルールを比べてみると、かなり規制が緩和されていることに気が付く。

技適に関する法律の違い
現状現状の例外措置改正案
技術基準適合証明等90日ルール180日ルール
対象者メーカー/全利用者外国人旅行者など海外から入国した者メーカー/全利用者
対象機器国内で利用する無線端末・設備携帯電話端末・BWA端末・Wi-Fi端末など※1各種端末・IoT機器・通信設備
目的端末利用・設備稼働端末利用開発・市場性評価・参考などの実験
方法認可届出
条件技適の取得技適に相当する技術基準(国際標準※2)に適合するもの技適に相当する技術基準を満たすもの
申請内容技術的な評価連絡先、実験等の目的、無線設備の規格、設置場所、運用開始予定日、相当技術適業の確認方法
期限入国から90日間届出から180日※3
申請者メーカー実験者(法人、個人)

※1 90日ルールではWi-Fiルーターは技術基準適合マークが付与されている場合のみ利用可
※2 FCC認証、CEマークがあり、かつWi-Fi Alliance認証ロゴがある
※3 別の目的での利用であれば再申請も可能

 ポイントは、方法と条件だ。まず、技適の場合は、認可方式となるため、認められないと利用できないのだが、改正案における180日ルールでは、「届出」方式となる点に注目したい。

 まだ未確定な部分もあるが、氏名や住所などの連絡先、実験等の目的、無線設備の規格、設置場所、運用開始予定日、相当技術適業の確認方法を届出すればOKで、その可否が判断されることはないという。

 条件も、「日本の技術基準(技適)に相当する技術基準を『満たす』もの」であれば届出が可能になる見込みだ。FCCやCE、Wi-Fi Alliacneなどにより、海外で認定されている機器はもちろんのこと、こうした認定を取得していない場合でも、周波数帯や出力など、技術的な条件を満たしていれば申請できることになる。

 しかも、法人だけでなく、個人でも申請可能で、ウェブでの簡単な届出も可能になる可能性があるという。

 つまり、例えば筆者が日本未発売の11axルーターを輸入し、「清水が自宅で市場性評価の目的で11axのWi-Fiルーターを●月●日から運用したい。なお、製品はFCC認可済みで、Wi-Fi AllianceのWi-Fi 6ロゴも取得されている」という届出をすれば、180日間、堂々と11axのテストができるというわけだ。

 これをウェブサイトからサクっと届出できるようになれば、何と素晴らしいことか!

 もちろん、手軽に届出ができる反面、その利用者には、大きな責任が問われることになる。日本で利用できない周波数の電波を発信することは禁止されるし、電波の出力も日本の法律内に制限される。

 当然、こうした条件を守らなければ、法的に罰せられることになる。

 届出には住所や氏名が含まれるので、誰がどこで何を実験しているのかは明確になる。仮に電波的な障害が発生しても、誰によるものかが特定しやすい上、罰というエンフォースメントがあることで、実験する側に法を超えた利用を思いとどまらせる抑止力にもなるわけだ。

 これまで、日本では“事前規制”のハードルが高いことがチャレンジしにくい環境と言われる要因となってきたが、それとは考え方が大きく違う“事後規制”の考え方に立った改正案だ。

 場合によっては、特区を設けるような実施方法もあったかもしれないが、今回の方法の方が、より幅広く実践してもらうことができる。

 「ヒットを打つにはなるべく多く打席に入った方がいい(小林議員)」というのは、確かにその通りだ。

改正案の疑問いろいろ

 このように、今回の改正によって、技適マークのない製品の実験がかなりしやすくなるが、なにぶん法律は難しいので、小林議員に話に聞きながら、今後の可能性も含め、想定される疑問点をもう少しクリアにしていこう。

180日は短くないか?

 こうした意見は多く聞かれそうだが、「現在、運用されている無線システムへの影響などを考えて、現状のバランスに落ち着いた」ということだ。開発などの全体の期間を考えると半年は確かに短いが、例えば、通信部分のみの実装、フィールドテストなど、通信が必要なフェーズのみに限れば180日でも十分だ。届出で申請した日から最長180日となるため、期間をうまく調整すれば実験や開発などで十分な期間と言える。

延長は可能か?

 とは言え、180日の期限を過ぎてしまう可能性も否定できない。しかし、柔軟な届出が可能なため、例えば目的や機器ごとに申請することも想定できる。「通信部分の実装」目的で180日、「フィールドテスト」目的で180日などと届出することもできる。また、同じ目的であっても、「A社の端末」のテストで180日、「B社の端末」のテストで180日という申請もできるという。

対象となる機器は?

 90日ルールでは、スマートフォン、タブレット、モバイルWi-Fiルーターなどの端末が基本的に許可されるが、改正案では90日ルールでは未対応だったWi-Fiルーターなども対象機器に含まれる。VA/ARデバイス、スマートスピーカー、各種センサーデバイスなど、幅広い機器が対象となる。

FCCやCEのない機器は?

 先の表でも触れたが、技適に相当する技術基準を満たしていればいい。例えば、国内のメーカーが新たに開発した製品(まだ何の認定も受けていない)であっても、周波数や出力などの条件を満たしていれば、届出による利用が可能となる。

実験ってどういうこと?

 目的とされる範囲も幅広くなることが想定されている。開発などの実験が主だが、我々メディアによるレビューなども市場性評価という観点で可能となると考えて差し支えないとのことだ。また、発表会での試用といったマーケティング活動、一般参加者を募ったベータテストなども可能となる見込みだ。

技適をなくしてFCCやCEに統一しては?

 電波は国によって利用方法が異なるため、統一は難しい。また、そもそも技適をなくすという議論にはならない。電波は交通や医療など重要な分野で使われるため、生命や資産を守るためには、厳格なルールの下で管理する必要がある。利用者がルールを守るという性善説を元に、規制を緩和しようというのが、今回の改正案の主旨になる。

買うぜ11ax、出すぜ届出

 以上、小林議員の話を元に、今国会で成立予定の電波法改正案から、主に技適関連の部分について掘り下げてみた。

 法律の話になるので、当初は「カタイ」話を想像していたが、実際に話を聞けたおかげで、その内容がかなり明確になった。我々のような仕事には、大いに歓迎すべき改正だ。

 というわけで、個人的には、実際に届出をだしてみる気満々だ。今まで我慢していた11axルーターも、海外で出たタイミングでなるべく早く入手し、実際に可能になった段階で、届出をしてみたいと思う。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できる Windows 10 活用編」ほか多数の著書がある。