清水理史の「イニシャルB」
Wi-Fi 6で3Gbps越え! ASUS無線製品責任者に11ax対応ルーター開発を聞く
ゲーミングルーター「ROG Rapture GT-AX11000」と11ax対応テスターの検証をInteropで披露
2019年6月24日 11:00
2019年6月12日から開催されたInterop Tokyo 2019の会場で、ひときわ注目を集めた展示があった。Wi-Fi 6向けとなるSpirent Communicationsのテスターに接続されたWi-Fiルーターは、ゲーミングルーターとして有名なASUSの「ROG Rapture GT-AX11000」。
この展示で「ゲーミング=最高品質」という説を公の場で証明した格好だ。ASUSでRF部門のディレクターを務め、このタイミングに合わせて来日したJorppen Chiang氏に、同社のWi-Fi製品開発についてお話を伺った。
余裕で3Gbps越えのポテンシャル、11ax対応のルーター「GT-AX11000」とテスターがInteropで展示
現状、世界で唯一となるIEEE 802.11ax(Wi-Fi 6)と、マルチギガ有線LANに1台で対応したテスターが、Spirent Communicationsの「Spirent TestCenter」だ。日本ではブース展示を行なっていた東陽テクニカが代理店となる。
このテスターに8本の同軸ケーブル(無線部分をケーブルでアンテナ端子に直接接続)と、3本のLANケーブル(2.5Gbps+1Gbps+1Gbps)で接続され、実際のスループットテストを実施されていたのが、ASUSのWi-Fi 6対応ゲーミングルーター「ROG Rapture GT-AX11000」だ。
4×4 MIMO、160MHz幅(今回のテストは80MHz+80MHz)での理論上の通信速度は4804Mbpsとなるが、IPv4/UDP、1518byteの設定で、テスターの画面に表示された最大スループットは、有線部分が3.6Gbps、無線部分が3.4Gbpsとなっていた。
無線部分を同軸ケーブルで接続した環境となるため、実際にオフィスや家庭に設置した場合の速度ではなく、あくまでも機器の最大能力を示す値だが、これによって「ROG Rapture GT-AX11000」が持つポテンシャルが明らかになったことになる。
Spirent Communicationsのテスターでは、複数のWi-Fi子機を接続した場合をエミュレートすることも可能だ。64台を接続した環境のテストでは、均等に帯域が割り当てられ、安定した通信ができることもアピールされていた。
通信速度が理論値で最大4804Mbpsと速いこともIEEE 802.11axの特徴だが、従来のIEEE 802.11acとの最大の違いとして注目されているのは、OFDMAのメリットを活かした同時接続環境での安定性の高さだ。
こうしたWi-Fi 6の実態が、Interop Tokyoという多くの人の目に触れる環境で明らかになったことは興味深い。なお、同時接続時OFDMAの効果は、現状は8台程度となるそうだが、将来的に16台や37台にも拡張されるという。そうなれば、同時接続性もさらに改善される可能性が高そうだ。
しかも、それを実証したのがエンタープライズ向けの製品ではなく、家電量販店やネットショッピングで、誰でもすぐに(まあ多少値は張るが……)手に入れることができるASUSの「ROG Rapture GT-AX11000」というのだから、その意義は大きい。
無骨なテスターとド派手なゲーミングルーターの組み合わせは、会場でも異彩を放っていた。ある意味、現実離れした構図だが、これにより、「ゲーミング」こそ、もっとも過酷なパフォーマンス要求を満たすトップオブトップであることを、広く示したとも言えるだろう。なお、この展示はInterop Tokyo 2019アワードのグランプリも受賞している。
11axにコミットするASUS、Broadcomとも深い関係を構築
このように高い実力を持つ「ROG Rapture GT-AX11000」だが、その開発には相当な苦労があったようだ。
ASUSTek COMPUTER、Director Circuit Design Development Dept R&D DivのJorppen Chiang氏(以下Chiang氏)は、同社のWi-Fiルーターにおける無線関連技術の開発を統括する人物だ。
11axの製品開発には「全体で100名ほどの人員で、2年ほどの期間をかけてきました。規格自体がまだドラフトですが、これまでの間にも、仕様変更が何度もあり、それに合わせて開発するのが大変でした」という。
同社は、展示されていた「ROG Rapture GT-AX11000」が搭載する無線チップのベンダーであるBroadcomと深いリレーションシップを構築しており、技術面で大きな協力を得られる体制を整えている。だが、11axの規格自体の仕様変更に対する対応には、それでもかなりの苦労があったようだ。
我々のような素人の考えでは、従来のIEEE 802.11acとの違いはあるにせよ、基本的な設計を流用しつつチップを置き換え、ソフトウェアを書き換えれば済みそうに思えてしまう。だが、Chiang氏によると「11axでは、OFDMA、TWTなどの新しい技術が採用されているため、こうした技術に対応する必要がありました」とのことだ。さらに「パワーや感度が1dBだけ向上しても、わずかなように見えて、実際には大きな違いがあります。我々はチップベンダーのリファレンスデザインをそのままかたちにするのではなく、ベストな組み合わせを常に追求して、チューニングにこだわった開発をしています」とのことだ。そこには相当な開発リソースを割いてきたことがうかがえた。
個人的な疑問として、「なぜBroadcomチップを採用したのか?」という点も尋ねてみたが、同社が古くからBroadcomとの深い関係性を構築してきたこと、そしてBroadcomがWi-Fiチップ市場の世界的なリーダーであることを理由として挙げてくれた。日本市場ではコンシューマー向け最速でリリースしたように、同社がいち早く市場に11ax製品を投入できたのは、こうした事情が関係しているわけだ。
なお、同社が日本でいち早く11ax製品を投入するために、DFS対策(5GHz帯でレーダーなどの干渉を感知した場合にチャネルを変える技術)などにも、相当な開発リソースを投入したということだ。こうした点からも、同社の開発力の高さや日本市場への期待がうかがえる。
こうした技術面での対応が、冒頭のテスターで実証された高いスループットや64台接続時の安定性につながるわけだが、11axでは、パフォーマンス面でのメリットのほかに、クライアントの省電力面にも寄与するメリットがある。
Chiang氏は、その仕組みを分かりやすく解説してくれた。「従来の11acでは、クライアントの状況を確認するためにビーコンを定期的に発信する必要がありましたが、11axでは、ルーターからのビーコンを調整し、クライアントがビーコンを待機する必要がないときにスリープ状態へ移行することで、バッテリーの消費を大幅に改善しています」ということだ。
こうした機能は、もちろん「ROG Rapture GT-AX11000」にも搭載されており、スマートフォンをWi-Fi接続した際に効果を発揮する。11axが次世代のWi-Fiとして注目される理由は、単に速いからだけではないのだ。
ASUSならでのアドバンテージは「高い性能とカスタマイズ性、広いカバレッジと豊富な機能」
日本市場では、ASUS以外からもすでに11ax対応製品が発売されており、当日インタビューを行なったInteropの会場にも、間もなく日本での発売が予定されている製品が展示されていた。こうした競合製品に対するASUSならではのアドバンテージを伺ってみた。
「弊社製品の特徴は、何と言ってもパフォーマンスです。高い通信速度と広いカバレッジは、Wi-Fi製品を選ぶ上で重要な要素ですが、そのどちらもトップレベルの実力を備えています(Chiang氏)」とのことだ。
Chiang氏は続ける。「また、AiMeshによるメッシュ技術(11axでも利用可能)や、AiProtectionによるセキュリティ機能(トレンドマイクロの技術を使ったウェブフィルタリングやIPS/IDSを搭載)、ゲーミング向けのQoSやGPNなどを搭載しているのも特徴です。さらに、こうした機能を、洗練されたGUIによって簡単にオン・オフすることもできます。パワーユーザーやギークな人達にとって、こうしたカスタマイズ性の高さは、大きな魅力になるでしょう」とした。
ASUSのWi-Fiルーターが登場した当初、筆者もその多機能さやカスタマイズ性の高さに驚かされたものだ。最近では、同様に高いカスタマイズ性を備えた製品も登場しつつあるが、こうした存在の元祖が、ASUSというわけだ。
異ベンダーのチップ間でもメッシュWi-Fiを構成できる「AiMesh」
他社にはない機能という意味では、先にChiang氏が挙げたAiMeshも非常に興味深い。複数台のルーター/アクセスポイントを組み合わせて、AP間やWi-Fi子機との通信を動的に構成できる技術だが、同社のAiMeshでは、異なるベンダーのチップ(BroadcomとQualcomm Atheros)を採用したモデル間で、いわゆるメッシュWi-Fiを構成できる点が特徴だ。
このAiMeshの実装については、Chiang氏によると「Very、Very Difficult」とのことで、相当苦労したようだ。詳細までは明らかにされなかったが、基本的には、チップに依存しないように上位のレイヤーでメッシュWi-Fiを構成できるように、AiMeshの仕組みを作り込んだという。
多くのベンダーの製品では、特定のモデル間でしかメッシュを構成できないことを考えると、こうした点からも同社の技術力の高さがうかがえるところだ。
これぞ開発者の裏技?! アンテナ8本の使い分けを伝授
これらに加えて、Chinag氏は、実際に「ROG Rapture GT-AX11000」を実際に設置するときのコツも伝授してくれた。
同社製Wi-Fiルーターのほとんどは、アンテナが外付けタイプだ。これは、筐体内でのアンテナ設置スペースが限られる内蔵タイプと比べて「外付けの方が受信感度や速度の点で優位だから」というのだ理由だそうだ。そして、このアンテナの向きをうまく調整すると、Wi-Fi環境をより快適にできるという。
Wi-Fi子機が水平方向にあるならアンテナを立てたままにして、1階から2階、3階など垂直方向ならアンテナを90度倒して使うという話はよく知られているが、Chiang氏は、これに加えて「ROG Rapture GT-AX11000」の8本のアンテナを使い分ける方法を教えてくれた。
詳しくは以下の画像も確認して欲しいが、まず、8本のアンテナは、本体を背面から見て左下から右上への対角線で2つのグループに分けられるという。このうち右下側半分の4本が5GHz-1で、左上側の4本が5GHz-2と2.4GHz帯に割り当てられているのだ。
個人的なイメージとしては、交互に配置されているのではないかと想像していたが、ざっくり半分ずつに分かれているのは意外だった(よくよく考えれば、基板のチップの配置を考えれば交互は非効率的)。
このため、5GHz-1を上下いずれかの別フロア用に割り当てることにしてアンテナを水平にセットし、5GHz-2と2.4GHzは同一フロア用としてアンテナを垂直のままにする、といった使い方ができる。
半分のアンテナは立てて、残り半分は倒すことで、フロアごとに帯域を使い分けるようにすれば、アンテナの向きを最適化できるわけだ。
スペックシートだけでは、アンテナに割り当てられた帯域までは分からないので、こうした開発者ならではのノウハウはとても貴重だ。
6GHz帯にも対応、最大30Gbpsの次世代規格「IEEE 802.11be」の準備も
最後に、Chiang氏は、今後の展開についても話をしてくれた。
今後は、有線部分の10Gbps化や、SFP+への対応なども検討しているそうだが、注目はやはり、さらに次世代の規格だ。
現状のIEEE 802.11axの次の規格が、すでに「IEEE 802.11be」(Wi-Fi 7となるかどうかは分からないが……)として検討が開始されている。この11beでは、2.4GHz帯、5GHz帯に加えて6GHz帯も活用することで、最大30Gbpsの通信が可能になるという。
2019年3月にIEEEでタスクグループ(TG)が立ち上げられたばかりで、規格としては2021年にドラフト1.0の策定が予定されている。同氏は明言しなかったものの、どうやらこうした規格への対応も、水面下では検討が進んでいるように伺えた。
国内では、いち早くIEEE 802.11ax対応製品をリリースしたASUSだけに、次世代のIEEE 802.11beでも先陣を切ってくれることが期待できそうだ。