天国へのプロトコル

第7回

Appleユーザーはこれで安心!? 亡くなった後のデータを託す「デジタル遺産プログラム」のできること、できないこと

「デジタル遺産プログラム」公開から1年

 故人が残していったApple IDや、それに紐付いたクラウド上のデータをどう処理すればいいのか。その公式アンサーともいえる機能が、Appleの「デジタル遺産プログラム」です。

 デジタル遺産プログラムの具体的な機能が公開されたのは、今から1年前の2021年11月です。iOS 15.2およびiPad OS 15.2、mac OS 12.1以降の端末では、ユーザーのApple IDアカウントの管理画面から「故人アカウント管理連絡先」を指定できるようになりました。

iPhoneなら「設定」アプリの「ユーザー名」-「パスワードとセキュリティ」-「故人アカウント管理連絡先」で設定できる

 この機能を使えば、iPhoneやMacのほか、Apple IDを使ったさまざまなサービスの死後のことに備えられそうです。実際、デジタル遺品のセミナーを開いた際もこの機能について質問を受けることがしばしばあり、期待の大きさがうかがえます。

 ただ、何事も過信は禁物です。この機能を使えば「ロックがかかったiPhoneも開けられそう」とか、「友人を連絡先に指定すれば内緒のデータの行く末も安心」といった感想をいただくことがありますが、残念ながらそこまでの機能はありません。

 デジタル遺産プログラムの一環として提供されている「故人アカウント管理連絡先」。この機能はどんなもので、どう利用すれば死後のことまで安心して委ねられるのでしょうか。大掃除の季節も近づいてきましたし、この機に全容を掴んでおきましょう。

 故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について10年以上取材を続けている筆者が、実例をベースに解説します。

前提――対象はiCloudに残された一部のデータ

 iPhoneやMacなどのApple製品を利用している人は、同社関連のサービスを使う共通パスとして、大抵はひとつのApple IDを所有することになります。Apple IDに紐付いたファイルやアプリ、使用履歴などはクラウドサービスである「iCloud」に二重化(もしくは直接保存)されますが、通常ここには持ち主しか踏み込めません。

 その唯一アクセス可能な持ち主が亡くなったとき、特例の入館許可が下りるのが、故人アカウント管理連絡先(以降「管理連絡先」と呼びます)に指定された人です。メールアドレスさえあれば指定できるので、その時点でApple IDを持たない人を登録することもできます。登録者数は最大5人で、対象は13歳以上となります。

 管理連絡先に指定されると、「デジタル遺産」のアクセス申請専用ページのURL(https://digital-legacy.apple.com/)とともに専用のアクセスキーが送られます。所有者の死後はそのURLを開いてアクセスキーを入力しますが、もうひとつ必須の資料があります。故人の死亡を証明する公的書類の画像データです。国内でいえば死亡届や火葬許可証、除籍謄本などが該当します。

デジタル遺品プログラムのアクセス概念図(筆者作成)

 画像データをアップロードしてAppleの承認が下りると、故人のiCloudに保存された一部データにアクセスできるようになります。具体的には以下のデータが対象となりますが、実際のラインアップは持ち主のiCloudの使い方に依存します。写真をiCloudにアップしない設定にしていれば写真は残りませんし、「iCloudバックアップ」が未使用なら端末の設定も得られません。

  • iCloud写真
  • メモ
  • メール
  • 連絡先
  • カレンダー
  • iCloudに保管されているメッセージ
  • 通話履歴
  • iCloud Driveに保管されているファイル
  • ヘルスケアのデータ
  • ボイスメモ
  • Safariのブックマークとリーディングリスト
  • iCloudバックアップ

 アクセスできる期間は承認が下りてから3年間で、Apple IDはその間に管理連絡先のユーザーが削除できますし、何もしなくても期間終了後に抹消されます。

 以上の概要を踏まえて、この機能をいかに実用的に利用するかを考えていきましょう。

基本――アクセスできるデータの取捨選択はできない

 第一に考えるべきは、持ち主としてこの機能を利用するか否かです。

 アクセスできるデータは個別に選べないので、管理連絡先のユーザーがアクセスしたらiCloud上にある上記項目のデータは全て開示されることになります。「写真は引き継いでもらいたいけど、通話履歴は見られないようにしておこう」といった作戦はとれません。

 見られたくないデータは誰にでもあるでしょう。であるならば、肝心なのは見られたくないデータを見られないままで済ませることです。

 たとえば見られたくない写真があるなら、日頃からiCloudに保存される写真データを個別に管理したり、別の写真アプリをインストールして棲み分けしたりしておくのが良さそうです。通話履歴のようにiCloudから省くことが難しいデータが見られたくないのなら、残された側が困らないように別の備えを整えた上で、この機能の利用を見送るのもひとつの手でしょう。

 「家族には隠しておきたいけど、友人には見せられる」という場合は、友人だけを管理連絡先に指定する作戦が浮かびます。しかし、扉を開けるには公的な死亡証明書の画像データも必要です。友人は何が保存されているかを伏せて遺族などに重要な書類を借りる必要があるわけで、あまり汎用的には通用しそうにありません。

 つまり、この機能を利用するのであれば、iCloudにアップした上記項目のデータが家族などに見られることを前提とするほうが現実的だといえます。日頃から、いざというときに残された側に引き継いでもらう必要があったり、見られても良かったりするデータだけをiCloudに残すような使い方を意識することが肝要でしょう。

懸念――Apple IDに紐付いたサブスク契約の行方

 利用すると決めたとき、ひとつの懸念が残ります。管理連絡先のユーザーからの申請が通るとApple IDは失効しますが、Apple IDに紐付いたサブスク契約や支払い情報の履歴などは引き継げる項目の対象外のため、アクセスできなくなります。

 連載のbnで解説したとおり、他社の提供であってもAppStoreで定額契約したサブスクサービスは、Apple IDなしには解除できない仕組みになっている場合が多々確認されています。それらの契約に気がつかないまま申請して元のApple IDを失効させたら、サブスク契約は二度と解除できない呪いにかかってしまうのでしょうか?

 同社の広報からは期日までの回答がなかったので、Appleサポートに確認しました。サポートによると、「Apple IDはデジタル遺産プログラムで引き継ぎが終わったあとに削除していただきますが、その際にサブスク契約もまとめて解除されます」とのことでした。

 この工程では故人のApple IDとApple IDパスワードが求められますが、パスワードが分からずに処理できなくても、デジタル遺産プログラムが作動したアカウントの支払い請求をAppleが行うことはないそうです。すると、“呪い”についてはそこまで深刻に捉えなくてもよいでしょう。

 ただ、デジタル遺産プログラムの申請が通る目安は「10営業日ほど」(Appleサポート)といいます。月の契約更新日をまたぐ前に確実にサブスクを止めたいのであれば、デジタル遺産プログラムとは別にAppleサポートに相談するのが確実です。状況によっては遺族でなくても対応を検討してもらえます。

運用――利用するなら、1年に1度は託す相手について見直そう

 託すべきものと見られたくないものの選別と、サブスクの支払い問題がクリアしたら、後は大いにデジタル遺産プログラムを活用するだけです。

 仕事の引き継ぎを補強するなら、進行中の仕事をiCloud Driveに同期する習慣を付けたり、万が一の際の言付けをボイスメモで残しておくといったこともできます。セキュリティに十分配慮した上で、スマホのパスワードなどの重要な情報をメモに残すといった作戦も有用でしょう。

 そうした備えでもっとも重要なのが、管理連絡先のメンテナンスだといえます。

 管理連絡先には最大5人まで指定できますが、登録した相手はいつでも削除が可能です。年月を経るうちにメールアドレスやApple IDを変更する人もいるでしょうし、人間関係にも変化が生じるでしょう。また、結婚や子供の成長などを機に、管理連絡先になってほしい親族が現れることも考えられます。

「故人アカウント管理連絡先」画面で新規の管理連絡先を追加したり、登録した管理連絡先を抹消したりできる
新規の管理連絡先を追加する画面
既存の管理連絡先を削除する画面

 そうした変化に対応するためにも、1年に1度は連絡先リストを見返してみることが大切です。話せる距離にいる相手なら、そのときに他の資産の変更点や引き継いでほしい持ち物などの話もしておくと、より広い意味での備えになるでしょう。大晦日や自分の誕生日などを、管理連絡先のメンテナンス日としてみるのもいいかもしれません。

今回のまとめ
  • デジタル遺産プログラムはiCloudの特定データを対象にした引き継ぎ装置。
  • データの取捨選択はユーザー側ではできない。
  • 本気で実用するなら、1年に1回程度は選定メンバーを見直す習慣を身につけたい。
古田雄介

1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。 著書に『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)、『デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(日本加除出版/伊勢田篤史氏との共著)、『ネットで故人の声を聴け』(光文社新書)など。 Twitterは@yskfuruta