天国へのプロトコル

第23回

自治体の「エンディングノート」全調査、ポップなイラストや多言語仕様など、個性的な事例9傑を紹介

約1800の地方自治体サイトを筆者が調査

 前回は、全国にある約1800の地方自治体(全市町村と都道府県、東京23区のほか、横浜市、大阪市などの区)のウェブサイトを調査し、公式版としてサイト上で公開されているおよそ300のエンディングノートのなかから、デジタル遺品に関連した項目が充実したものを紹介しました。

 デジタル遺品関連に限らず、各地方自治体のエンディングノートには、観点からみてユニークな工夫を施したものもたくさんあります。今回は、そうした際立った個性を持つノートを、9点紹介したいと思います。


表紙や挿絵がポップな3ノート――北海道芦別市、神奈川県川崎市、東京都足立区

 ノートのタイトルや表紙には、それぞれの自治体の思いを強く感じるものが多々みられます。市の特産品を表紙とタイトルにこめた『もめんノート』(三重県松坂市)や、「ありがとう」の意の方言を使った『おしょうしなノート』(山形県米沢市)など、地元愛を感じるノートは他地域の人間が見ても楽しいものがありますね。

 そのなかでもポップさが目立っていたのが、北海道芦別市の『芦別市エンディングノート』です。同市の地域おこし協力隊として活動しているイラストレーターの岩﨑佳奈美さんが表紙と挿絵を手がけ、印刷板の紙の選定にも携わっています。

 2023年度に初回印刷の2000部を市役所や市内の店舗、介護医療関連施設に設置したところすぐに在庫がなくなり、年度内に急遽1000部を増刷したそうです。

北海道芦別市『芦別市エンディングノート』

 神奈川県川崎市の『未来あんしんサポートノート~最後まで自分らしく~』は、サッカー・Jリーグに属するプロサッカーチームの川崎フロンターレが提案し、製作まで手がけたノートになります。チームのロゴやイメージカラー、キャラクターがちりばめられており、ノート全体がチームグッズのようなデザインで完成されています。デジタルの持ち物についても導入部分にしっかりとした入力欄があるのも筆者的には高ポイントでした。

 2022年9月に初回分を発行して以来、増刷や改訂をしばしば行っており、今夏も増刷されています。

神奈川県川崎市『未来あんしんサポートノート~最後まで自分らしく~』

 東京都足立区の『じぶんノート』も表紙から目を引きます。複数の自治体と終活事業を提携している民間企業の鎌倉新書が編集と発行を手がけていますが、同区のノートは表紙だけでなく構成も独自のものがあります。

 とりわけ印象的なのは、冒頭の「マイデータ」欄に「ノートを書いた人」という欄があるところ。一般的に、エンディングノートは本人が記入するものですが、このノートは介助者や協力者を想定したつくりになっています。

 区の担当者は「従来のエンディングノートでは、その内容から、本人以外の記入は考えにくいかもしれませんが、『じぶんノート』は自分らしく生きるために役立ててもらうことが目的となっているので、ご自身で記入することが困難な方の活用も想定して作成しました」と話していました。

東京都足立区『じぶんノート』。中央が「マイデータ」を書き込むページ


カラバリを用意して選べる楽しさを創出――福井県、奈良県奈良市

 ノートにカラーバリエーションを持たせて、選ぶ楽しさを加えるアイデアを盛り込んでいる自治体もいくつかありました。

 典型例は福井県の『つぐみ』です。紙でもPDFでもきいろとみどりの2色が選べるようになっています。

 カラーバリエーションが生まれたのは、ノート作成委員の間で表紙デザインの意見が2つに割れたことがきっかけだそうです。最終的にどちらの意見も取り入れて2種類のノートを作ることになりました。本編の構成に違いはありません。

福井県『つぐみ』。左が「きいろ」版で、右が「みどり」版

 奈良県奈良市の『わたしの未来ノート~おもいをあなたに伝えたい~』も桃色と白色を用意していますが、ダウンロードできるのは白色バージョンだけになります。桃色を手に入れるには市内の窓口に相談するしかありません。

 ただし、ダウンロードできるファイル形式はPDFとWordが選べます。前回もExcelやWord版が選べるノートを取り上げましたが、PCでこまめに入力して管理するなら、そちらのほうが有利な場面もあります。好みや作業環境にあわせて柔軟に選択できるところが同市のノートの強みといえるでしょう。

奈良県奈良市『わたしの未来ノート~おもいをあなたに伝えたい~』。右端はWord版


外国語のエンディングノートを用意――愛知県東浦町、東京都武蔵野市

 日本語以外で書かれたエンディングノートも提供している自治体もあります。

 愛知県東浦町では、A4用紙に両面印刷できる4ページ構成の簡易ノート『わたしのこれからノート』を2021年3月から配布していますが、こちらはポルトガル版と英語版もあります。

 約5万人の人口を抱える同町では1700人超の外国人が暮らしていて、国籍別ではブラジル人とフィリピン人が多いという事情があります。このため、「外国籍の方々にもACP(アドバンスケアプランニング=人生会議)の考え方を普及啓発したいと考え、制作にいたりました」(同町担当者)とのことです。

愛知県東浦町『わたしのこれからノート』。左から、日本語版、ポルトガル語版、英語版

 一方、東京都武蔵野市は『わたしのノート』を日本語版で提供していますが、武蔵野市国際交流協会の協力によって英語版と中文版のノートの発行にも至っています。

 こちらも母国語を異にする住民の緊急時をサポートする役目を担っています。

東京都武蔵野市『わたしのノート』。左から、日本語版、英語版、中文版


田畑のスケジュールや叙勲、プロポースの言葉欄も――奈良県川西町、新潟県南魚沼市

 最後は、項目の内容に強い個性を感じたノートを2つ紹介します。

 奈良県川西町が提供している『川西町のエンディングノート』には、県内でも高い水田面積率や耕地面積率を誇る同町らしく、「私の田畑のこと」というページがあります。1年を通した作付けのスケジュールが記載できるようになっているので、長期入院となったり誰かに田畑を託すことになったりした際に重宝しそうです。

 また、遺影の保存場所の記入例に「パソコン○○フォルダ パスワードは○○○」、「私にもしものことがあった時」の記入例に「ジムの月会費/毎月26日に4000円引落」などとあり、例示がとても具体的なところも作り手の人肌を感じます。

奈良県川西町『川西町のエンディングノート』

 新潟県南魚沼市では、南魚沼市社会福祉協議会が作成した『老後の生き方ライフデザインノート』を配布しています。

 年間の収支計算や老後の未来予想図から始まる構成で、自分史の章では資格や受賞経験に加え、受勲の欄もあり、プロフィール欄に「プロポーズの言葉」があるなど、随所に独自性が光ります。また、葬儀の章には一族の法要を取り仕切る責任者として年忌法要の欄があるなど、一人の人生では終わらない時間軸を感じさせてくれます。

 このノートは、制作担当の人生が反映されているそうです。「祖母が寝たきりになった際に困ったことや。元気なうちに聞いておけば良かったと後悔したことなど、自分の経験をもとに作成しました。その後、市民への説明会や実際に使用した方からの意見を参考に項目を加除訂正しています」(担当者談)

新潟県南魚沼市『老後の生き方ライフデザインノート』


最終的に自分らしく染めるのは自分

 新潟県見附市が地方自治体で初めてのエンディングノートを発行して12年。近年は、地域ごとにさまざまなアイデアを盛り込んだエンディングノートが増えています。

 その土地ごとの個性や作成者の思いが込められていますが、最終的に自分のエンディングノートとして完成させるには、自分で丹念に書き込むしかありません。なかなか骨が折れる作業ではありますが、その気にさせるノートが暮らす地域に置かれているかもしれません。

 今回はオンラインで中身が確認できるタイプに限定しましたが、製本して配布している自治体はさらに多くあります。自分用や家族用に、気持ちが向いたらぜひ地域の窓口のフリーペーパーの棚を覗いてみましょう。

今回のまとめ
  • エンディングノートに決まった形はなく、中身もページ数も多種多様
  • 印刷物の発行だけでなく、PDFなどのデジタルデータで配布している自治体も多い
  • 地域性が色濃く反映されたノートも少なくないので、地元や住まいのノートを調べてみよう

 故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について長年取材を続けている筆者が最新の事実をお届けします。バックナンバーはこちら

古田雄介

1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。 近著に『バズる「死にたい」(小学館新書)故人サイト(鉄人文庫)』、『第2版 デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた(日本加除出版/伊勢田篤史氏との共著)』など。 Xは@yskfuruta