天国へのプロトコル
第22回
全国約1800の自治体で「エンディングノート」の配布を調査! デジタル遺品関係が充実した先進事例8傑を紹介
2024年8月27日 06:00
財産目録や連絡先、葬儀の方法など、自分の老後や死後のことを記入する「エンディングノート」というツールがあります。このノートが書店に並ぶようになったのは1996年のことでした。以降、少子高齢化やそれに伴う終活ブームもあってさまざまなラインアップが誕生し、いまでは自分の人生を整理するツールとして定番化した感があります。
いざというときにこのノートがあれば、家族や周囲の人もずいぶんと助かるはず。その利点に目を付けて、住民に向けてオリジナルのエンディングノートを配布する地方自治体は増加の一途を辿っています。ウェブサイトでPDFなどのデータを配布している自治体も珍しくありません。
では、一体どのくらいの数の自治体が発行しているのでしょうか?
現在、日本の地方自治体は1788(都道府県と市区町村、特別区である東京23区)あります。それぞれの公式サイト内にある検索窓に「エンディングノート」と入力すると、オリジナルノートを作成した自治体なら、そのプレスリリースやPDF版などのダウンロードページに辿り着けます。制作していない自治体では「Not Found」と表示されるか、民間の講師によるエンディングノート講座の開催を伝える月報くらいしかヒットしません。
この要領で全自治体のサイトを調べれば、高い精度で現在提供されているエンディングノートが見つかりますし、デジタル版を用意しているなら中身もしっかりチェックできるでしょう。
というわけで、全自治体のサイトから「エンディングノート」を調べることにしました。各自治体のURL一覧を入手して、それらを日本語対応のAI検索エンジンにかけてみましたが、上手くいかずに断念。仕方がないので、ドメインごとにサイト内検索する関数を使ってひとつ一つをチェックすることしました。
なお、今回の調査では、1788の地方自治体に加えて、横浜市や大阪市、堺市のように、区単位で別々のエンディングノートを発行している特別区以外の区も対象としています。
その結果、デジタル版のノートを全ページ公開している自治体はおよそ300あると分かりました。冊子のみで配布している/していた情報が見つかった自治体も同数程度あったので、少なくとも全体の3分の1程度の自治体では、オリジナルのエンディングノートを配布したことがあるようです。
一口にエンディングノートといっても、中身は自治体により大きく異なります。自分史の項目が10ページ続くものもあれば、A4用紙の両面に緊急連絡先と医療情報だけをまとめて記載する簡易なもの、不動産情報に特化したものまで多種多様でした。
制作体制もバラバラです。第一生命や鎌倉新書、サイネックスなどの民間企業が制作したひな形をベースにしているケースもあれば、数人の担当部署がページ構成と印刷、配布まで全て計画したという、オリジナリティにあふれたものもありました。
そして、この連載のテーマでもあるデジタル遺品に関する項目をみても、やはり自治体によって扱いには大きな差がありました。データをウェブサイトで公開している、比較的デジタルに積極的な自治体と思われるものを見比べても、半数以上は専用の項目が用意されていませんでした。メールアドレスを記入する欄すらないケースもザラです。
その一方で、民間を凌駕するレベルでデジタル遺品の項目が充実しているノートも存在しました。そこで今回は、デジタル遺品の項目がとりわけ目を引いた、8つの自治体のエンディングノートを紹介したいと思います。
[目次]
PDF版とともにExcel版も配布――宮城県登米市
宮城県登米市の『~もしものときに伝えたい~大切な家族に宛てたわたしからのメッセージ』は、PDF版とExcel版の2形式で配布している点がまずユニークです。
ウェブで配布されるエンディングノートの形式はPDFが基本(多くは印刷して手書きする想定と思われます)ですが、デジタル環境でノートを使うなら、必要な項目を自由に増減できるExcelのほうが有利な場面が多いでしょう。配布スタイルからして、デジタルの活用を強く意識する姿勢が覗えます。
デジタル遺品の項目についても、表紙を含めて全16ページの比較的簡素な構成のなかで、丸ごと1ページを割く充実ぶりです。デジタル機器やオンラインサービスのそれぞれについて、アカウント情報や処分方法の希望などが柔軟に記入できるように工夫されています。
見開き超えの充実ぶり&Word配布も――東京都青梅市
東京都青梅市の『青梅市エンディングノート』は、デジタル遺品に関する項目が2ページ強にわたって設けられています。
項目ごとに書き込める情報量も豊富です。たとえば「携帯電話・スマートフォン」は機種ごとに電話番号やメールアドレスが過去込めるほか、処分方法についての希望も書き込めるようになっています。
パスワードに関しては、「別のノートや媒体で管理することをおすすめします」との注意書きがあり、記入には慎重なスタンスです。このあたりは他の重要な個人情報も含めて、書く側がしっかりと考えて利用すべきでしょう。
特段デジタル遺品の項目を強く意識したわけではないそうです。ただ、「コロナ禍において、さまざまな場面でデジタルツールの利活用が進んだこともデジタル遺品項目を設けたきっかけとなっています」(担当部署)とのこと。
なお、オンライン配布ではPDF版とともにWord版も提供しています。デジタル環境で入力して管理するなら、そちらが便利そうです。
スマホのパスワードを託す欄あり――神奈川県茅ヶ崎市、鎌倉市
神奈川県茅ヶ崎市の『わたしの覚え書き~希望のわだち~』は、自分の思い出や持病、今後の希望などを書き込む「本編」と、財産目録などを記入する「別冊」を分離して管理する2冊構成のエンディングノートです。
デジタル遺品に関しての項目があるのは「別冊」です。通信費の欄には携帯電話やPC、SNS等の項目があり、データの処分方法も含めて希望をまとめておけます。
さらにユニークなのは、欄外に「スマートフォンのパスコード」という項目を加えているところです。文字列そのものではなく、伝えている相手を書き込むようになっています。スマホのパスワードの重要性を認識したうえで、セキュリティ面も考慮したアイデアが光ります。
デジタル遺品関連の欄は2024年4月の改訂版で新設したとのこと。市民からの困りごとなどの相談を受けている担当職員の意見が反映されているそうです。
また、同県では鎌倉市も、2023年3月発行の『鎌倉市版エンディングノート【第二版】』にて、デジタル遺品のページを新たに追加しています。項目はシンプルながら、スマホやSNS、サブスクなど、多くの人の利用実態に合った構成になっており、実用性が高そうです。
今後もさまざまな自治体で版の更新をきっかけにして、デジタルの持ち物がまとめやすくなるノートが増えていくのではないでしょうか。
法務局系でも項目数充実――長野県地方法務局/長野県司法書士会
法務省や地方法務局、各地域の司法書士会が協同で発行しているエンディングノートも各地で配布されています。それらは、法務省と日本司法書士連合会が発行している『エンディングノート』を雛形として、そこにご当地マスコットなどを配置して仕上げられたものが多くなっています。
そのため、こうした「法務局系」のエンディングノートは本筋の部分に地域ごとの差がほとんどありませんが、独自性を感じるものもありました。それが長野県地方法務局と長野県司法書士会が発行する『エンディングノート』です。
元のノートからデジタル遺品のページがありますが、長野のものはデジタル機器や各種サービスの記入欄がそれぞれ追加されているのです。ヘビーユースする側からみると、多くのエンディングノートのデジタル遺品の記入エリアは少なく感じてしまいます。そうしたなかで、このように入力欄を増やす意図が感じられるものを見ると、心強く感じます。
スマホとPCのパスワード欄あり――広島県東広島市
デジタル機器のパスワードに関して、書く場所を明確に用意しているのが広島県東広島市の『わたしの未来ノート~私らしく生きるために~』です。
デジタル資産に関して1ページ設けてあり、携帯電話やPCのパスワードを記入する専用欄が作られています。
その下にはSNSやブログとともにネット銀行などの情報も書き込む、比較的自由度の高い表組みがあり、最下段にはフリーのメモ欄が作られています。デジタルの持ち物の構成や重要度は人それぞれですし、自由度の高い余白は案外重要な要素といえるかもしれません。
デジタル機器の項目が充実&Word版も提供――大分県大分市
大分県大分市の『大分市エンディングノート~元気なうちの終活~』は、デジタルの持ち物の項目で携帯電話やPCに関して手厚い記入欄を設けているほか、資産記入欄で電子マネーへの言及があるなど、全編を通してデジタルの持ち物が組み込まれた作りになっています。デザインを簡素化したWord版も提供しているので、PC等で記入するならそちらを選ぶのも手でしょう。
市の制作担当者は「各自治体や民間のノートを参考にしたところ、ベーシックな項目のなかにデジタル機器があったので盛り込みました」と言います。加えて、利用者層を高齢者に限定しない方向性もあり、この構成となったようです。
そのほか、自分史コーナーに日本白地図があり、思い出の場所やこれから行ってみたい場所を書き込めるようにするなど、ユニークな構成も目を引きます。
47ページの大作&Word版もあり――宮崎県綾町
最後に紹介するのは、宮崎県綾町が公開している『綾町版エンディングノート』です。2022年12月に初版、翌2023年4月に改訂版が公開されたノートで、全47ページのボリュームがあります。
「処分したいもの」の項目に携帯電話やPCの項目があり、ネット証券や有料アプリといったデジタル資産関連は財産関連の章に分けてレイアウトされています。
ページの後半は、制作担当者が実際に家族を亡くした際に困った手続きや持ち物について重点的に盛り込んだとのことで、各項目の入力欄も細部にわたって具体的です。
こちらもPDF版とともにWord版も提供しているので、PCでの入力と管理もやりやすいでしょう。
住民と担当者の実体験が着実に反映されている
自治体が提供するエンディングノートにデジタル遺品の項目が登場したのは、2018年に徳島県海陽町が配布した『しあわせノート』(※PDF版はなし)が端緒だといわれています。それから数年が経ち、現在は今回紹介した8点だけでなく、多くの自治体のエンディングノートがデジタルの持ち物に関する項目を設けるようになっています。
それは、世代を問わずデジタルを活用することが当たり前になり、また、万が一のときに放置してはおけない重要な持ち物がデジタルで管理されるようになった現れといえるでしょう。
今後も各自治体のエンディングノートは随時改訂されていくと思われますが、とりあえずはお住まいの自治体のサイトをアクセスして、現時点でエンディングノートが提供されているのか、そこにはどんなアイデアが盛り込まれているのかをチェックしてみてはいかがでしょうか?
なお、今回調査した約1800の地方自治体のエンディングノートには、デジタル遺品欄以外でユニークな特徴を備えるものも、多くありました。せっかく調査したので、後編では、そうした個性派ノートも紹介したいと思います。
今回のまとめ |
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故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について長年取材を続けている筆者が最新の事実をお届けします。バックナンバーはこちら。