電子書籍の(なかなか)明けない夜明け

第2回 日本のコンテンツ産業の黄昏

~今起きていることの整理(下)


携帯電話の普及とパケット定額で成長

 2010年に生きるあなたは「電子書籍端末」と言われたら、どんなものを思い浮かべるだろう。最近は電車の中でもよく目にするようになったAppleのiPad? それとも新型が出たAmazon Kindle?

 もしもあなたがそれらをイメージしたとすれば、それは日本の電子書籍の実態とは違う。実際には最も普及している電子書籍端末は携帯電話なのだ。さらに言えば意外に思われるかもしれないが、日本の電子書籍市場は既に世界有数の売上高を持つまで成長している。

 また、多くの人は「電子書籍」というと、小説だとか実用書のような活字系を想像するかもしれない。しかし実際に現在の日本で最も多く売れている電子書籍は電子コミックであり、より具体的に言えばエロ系コンテンツだ。ここまでは前回説明した。つまり、一般に電子書籍としてイメージされるだろうものと、実際の姿とでは大きな隔たりがあるように思える。

 こうした日本における電子書籍の急成長の追い風となったのは、爆発的とも言える携帯電話の普及だ。図1は携帯電話やパソコンの世帯普及率の推移をグラフ化したもの。携帯電話単体で見ると、1995年には16.3%にとどまっていたものが、わずか3年後の1998年には57.7%、2003年からはずっと90%を超えている。パソコンと比較しても、携帯電話がこれを下回っていたのは初回調査の1995年のみで、それ以降は常にパソコンを上回る普及率を維持している。このような携帯電話の普及なしに、日本の電子書籍は考えることはできない。


図1 携帯電話、PHS、パソコンの世帯普及率の推移。携帯電話のグラフの色が途中で入れ替わっているのは、当初の設問が携帯電話のみ、PHSのみの世帯所有を聞いていたところ、1995年からは「携帯電話とPHSのいずれかを所有」も聞くようになり、PHSの衰退とともに2005年からは「いずれか」だけを聞くようになったため。ただし、グラフ化すると設問の変更にかかわらず普及率の推移を辿ることができるのが興味深い(総務省「通信利用動向調査(世帯編)報告書及び統計表一覧」)

 加えて、2003年11月にKDDIが開始したパケット料金定額サービス「EZフラット」の登場が大きな意味を持つことになる[*1]。これによりユーザーはインターネットの接続料金をあまり気にすることなくコンテンツを楽しむという、アメリカなどでは考えられない環境を手に入れることができた。この2003年当時、まだ凸版印刷の一部門だったビットウェイが電子書籍サイト「Handyブックショップ」をスタートさせ、ここから携帯電話向けの電子書籍配信事業が始まる。

 翌2004年6月、KDDIに追従してNTTドコモもパケット定額を開始する。前回掲載したグラフ「日本における電子書籍市場の市場規模の推移」を図2に再掲しよう。2004年以降、携帯電話における電子書籍の売り上げが急増、その一方でパソコン向けが漸減していることが確認できるだろう。このように、今日ある日本の電子書籍市場は、携帯電話とパケット定額が作りあげたものと言ってよい。


図2 日本における電子書籍市場の市場規模の推移(『電子書籍ビジネス調査報告書2010[ケータイ・PC編]』インプレスR&D、P.25、資料1.2.1を再構成)

急激に売り上げを落としている出版界と新聞界

 さて、前回の終わりでは、講談社首脳による日本電子書籍出版社協会発足の際の発言を引用した。それはどこかしら苛立ちや焦り、さらには怯えのようなものさえ感じられるものだった。では、彼を怯えさせているものは何か?

 前述のとおり、携帯電話における電子書籍の売り上げを支えているのは電子コミックだ。前回掲載した「携帯電話の電子書籍売り上げにおける種類別の内訳」を再掲しよう。


図3 携帯電話の電子書籍売り上げにおける種類別の内訳(前掲『電子書籍ビジネス調査報告書2010[ケータイ・PC編]』P.26、資料1.2.2 電子書籍市場規模のジャンル別内訳を再編)

 その一方で、急激に売り上げを落としているものがある。電子コミックとは書店ルートで売られるマンガを電子化して再利用したものなのだが、肝心のマンガ雑誌やマンガ単行本が売れなくなってきているのだ(図4)。


図4 マンガ単行本、マンガ雑誌の推定販売金額(『2010出版指標年報』全国出版協会出版科学研究所、2010年、P.215)

 一見すると図3よりも変化のカーブが緩く見えるが、図4の縦軸は1けた違うことにご注意いただきたい。例えば2005年のマンガ単行本とマンガ雑誌の合計は5023億円あったのだが、その4年後には836億円も減って4187億円になってしまっている。この差額は図2で示した日本における2009年の電子書籍全体の売り上げなどよりずっと多い! ただごとではない事態がマンガ業界で起きていることがお分かりいただけよう。

 しかし急激に売り上げを減らしているのはマンガ業界だけではない。そもそも出版業界全体が大きく売り上げを落としている(図5)。


図5 書籍と雑誌の推定販売金額(『2010出版指標年報』全国出版協会出版科学研究所、2010年、P.3)

 書籍と雑誌のいずれもが1996年をピークとして、以降急カーブを描いて下降していることが分かる。合計金額で見ると、2009年は1996年よりも7208億1000万円も落ちている。この金額は、日本の全人口(1億2776万7994人[*2])に対し、1人あたり約5500円ずつを配ることができるほどの大きな金額だ。

 つまり、新しく登場した電子書籍が売り上げを伸ばしている反面、旧来の書店ルートで販売される「モノ」としての本がそれを上回る勢いで売り上げを落としている。ただしここが大事なのだが、いくら急成長しているといっても、電子書籍は旧来の本の売り上げ減をカバーするほどの数字はあげていない。つまり、総体としては売り上げの減少の方がずっと目立つ。これが現在の出版界の構図だ。

 そして、これは出版社だけではない。売り上げという意味では、新聞の世界もまったく同様だ(図6)。ピーク時の2005年から比べ、2008年はなんと2788億円も減っている。


図6 新聞の総売上高の推移(日本新聞協会「新聞の総売上高の推移」)[*3]

本体の売り上げだけでなく広告まで

 出版社や新聞社の収入を支えているのは本体の売り上げだけではない。新聞はもちろん、雑誌においては広告収入を加えて収支収益を成り立たせるビジネスモデルになっている。また、NHK以外のテレビ、ラジオでは、時間枠をスポンサーに販売し、その広告を入れることにより利益を上げるビジネスモデルだ。ところが、これらの媒体において広告収入が急激に落ちている(図7)。


図7 テレビ、新聞、雑誌、ラジオ、およびインターネットにおける広告の売り上げ(総務省特定サービス産業動態統計調査)[*4]

 横軸(時間軸)を長目にとってグラフ化しているので一見すると分かりづらいが、じつは新聞、雑誌、ラジオのいずれも、ピーク時に比べてほぼ半減している。1兆円を超えるテレビはさすがに半減までしないが、それでもピーク時の2000年から3645億円も減っている。

 そんな中で独り気を吐いているのがインターネット広告だ[*5]。2006年に1200億円だったのが、4年後には65%増やして1980億円と、希望にあふれた急成長をとげている。つまり、ここでも旧来モデルが大きく落ち込む一方、まったく新しいモデルが成長しているという構図が見られる。そして、いくらインターネット広告が成長しているといっても、旧来の広告をカバーするまで至っていないことも共通している。

 ところで、よくグラフを見るとここ数年の落ち込みが特に激しいことに気付かないだろうか。中でもテレビ、新聞、雑誌は不吉なほど急な角度で下降している。図7のうち、インターネット広告の集計が開始された2006年から2009年の3年間だけを抜き出したグラフを作成してみた(図8)。


図8 2006~2009年におけるテレビ、新聞、雑誌、ラジオ、およびインターネットにおける広告の売り上げ(出典は図7と同)

 たった3年の間にテレビと新聞は2000億円以上、雑誌も920億円という気が遠くなるような金額が減っている。このカーブの陰で、いったい何人の人が収入を減らし仕事をなくしたのだろうか。考えただけでぞっとする。

 ここで図5・図6の出版社や新聞社の売り上げ急降下を考え合わせてほしい。これらの業界はまさに存亡の淵に立たされていると言える。そしてそれは広告が主な収入源であるテレビも同様だ。注意してほしいのは、近年の経済状況からいってしばらくは売り上げが下がることはあっても上がることは望めそうもないということだ。

音楽・映像産業でも売り上げ減少

 だんだん書いていて辛くなってきたが、売り上げが低下しているのは出版・新聞・テレビ・ラジオだけではない。同じコンテンツ産業である音楽・映像業界もご同様だ(図9)。


図9 12センチCD、有料音楽配信、DVDビデオの売り上げ(前2者は日本レコード協会、後者は日本映像ソフト協会調べ)[*6]

 12センチCDにおける売り上げピークは2000年の5088億円、それが2009年には半分に減って2459億円。その落差はなんと2629億円。そしてDVDビデオにおける売り上げのピークは2005年の3477億円、それが2008年には2757億円。その落差は720億円。なんとも目を蔽いたくなるような惨状だ。

 ただし、その一方で売り上げを伸ばしているものがある。有料音楽配信だ。2005年には333億円なのが、その4年後には3倍近くになる910億円。書店ルートの「モノ」としての本が売れず、その一方で電子書籍が急成長している動きと奇妙なくらい符合する。

 こうした売り上げ減少の要因について、2008年10月からのリーマンショックの影響を見るのが大方の見方かもしれない。しかしそればかりでは説明がつかない。売り上げの下降はそれより前から始まっているからだ。

 ここまで挙げた活字、映像、音楽などのコンテンツ産業は、ずっと人々の余暇を支え、それによって収益をあげてきた。しかし図1から分かるように、21世紀に入って日本に住むほとんどの人が携帯電話やパソコンを持つようになった結果、多くの人々の「ヒマな時間のつぶし方」が大転換を遂げつつあるあるのではないか。もちろん、それを加速したものこそがインターネットだ。つまり、人々の消費行動そのものが「モノ」から「ネット」に比重を移しつつあるように思える。

そこにやってきたKindleとiPad

 以上の分析によって、出版や新聞業界のみならず、かつて盛況を誇ってきた多くのコンテンツ産業が、音を立てて崩れ始めているのがお分かりいただけたと思う。たった数年の間に業界全体で数百億、数千億も売り上げが減っている中で、平気な顔をしていられる経営者がいるだろうか。前回引用した講談社首脳の焦りや怯えとは、つまりこうした事実を背景にしたものと考えられる。

 これら売り上げを減らしている業界の中で、ただ独り成長しているのは、すべてインターネットを媒介にしたものだった。電子書籍、有料音楽配信、インターネット広告、いずれもそうだ。これらの成長は、前述した「モノ」から「ネット」へ人々の消費行動が移ったことを背景としたものだ。

 まさに、このようなタイミングで、米Amazonにおけるクリスマス期間中の電子書籍販売額が、初めて紙の本を上回ったと発表され(2009年12月26日)[*7]、AppleのiPadが発表された(2010年1月28日)[*8]。KindleもiPadもインターネットをインフラとしてうまく取り込んでいるのが特徴であり、旧来の携帯電話をリーダー端末とする日本の電子書籍と比べると、一歩も二歩も進んでいると見えるものだった。このままでは今まで苦労しながら育ててきた、しかしまだ十分に成長しきっていない日本の電子書籍市場を、彼等アメリカの資本にごっそりと持って行かれてしまうのではないか?

 なるほど、前回述べたような、今年に入ってからの電子書籍をめぐる大手出版会社、大手印刷会社、取次、電機メーカー、そして新聞社までを巻き込んだ合従連衡は、こうした連想に基づくものだったのか。一言でいえば内憂外患。内では業界全体の地盤沈下、加えて外からは魅力的なアメリカ製品の上陸。

 では、これに対処するにはどうするか。短期的に紙の本の売れ行き増が期待できない以上、現に成長している電子の本に希望を見出すのはむしろ必然だ。しかしそれにはコンテンツの確保や制作だけでなく流通の問題も密接に関係する。だから業種の枠を越えた幅広い連繋が必要――そういうことなのだろう。

 一部にはまるで大手出版社が守旧派のように電子書籍を拒んでいるように言う人もいるが、ぼく自身は懐疑的に思っている。ここに挙げたような数字を前に紙の本の売り上げにしがみつけば、どのような未来が待っているか? 経営者のみならず誰が考えても分かることだ。

「中間(交換)フォーマット」への不安

 では、こうした日本企業の合従連衡は十分に合理的な判断に基づいたたものだろうか? そう考えると、いくつも不吉な兆しが見えてくるのが正直なところだ。おそらく、この問題が最も凝縮されているのがファイルフォーマットの選択だろう。調べれば調べるほど、どうも日本陣営の選択には無理があるように思える。

 2010年6月28日、総務省、経産省、文化庁の肝いりによる「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」が報告書を発表、そこで「中間(交換)フォーマット」が提案された[*9]。これは従来の電子書籍市場で主流であるシャープのXMDFとボイジャーのドットブックを統一するものだ。そして、これを具体化させようというのが、同年7月20日にシャープが発表した「次世代XMDFフォーマット」だ[*10]

 しかしここまで繰り返し述べたように、もともと日本の電子書籍市場における主要なリーダー端末は携帯電話だった。パソコンなどに比べて限られたメモリー、貧弱なCPUパワーを前提に、そうした環境に適応したファイルフォーマットを開発し、その基盤の上で成長を遂げてきた。

 例えば現在の携帯電話において主流を占めるファイルフォーマットであるシャープの現行XMDFには、見出しを付けることによって文書を構造化する、HTMLのH1~H6要素にあたるものが規定されていない[*11]。その反面で縦書き表示や簡単な禁則処理、音声再生、画面自体を振動させる効果等が用意されている。これは文書の構造化をあきらめる代わりに、画面表示に限られたリソースを配分したものと考えられる。

 一方で日本の携帯電話などよりはるかに遅く開発をスタートさせたiPadやKindleは、かつての日本の開発者が苦労したようなスペックの制限とは無縁だ。例えばiPadで標準的な電子書籍用のファイルフォーマットとして採用されているEPUBは、現在の一般的なウェブ標準であるXHTMLとCSSのサブセットで構成されている。そのため、開発コストがかかる画面表示用のレンダリングエンジンなどは、パソコン用のものをそのまま流用することができた。

 いくらこれから策定される「次世代」といっても、旧来の貧弱な携帯電話の尻尾をひきずったフォーマットで、さらに旧来のコンテンツとの互換性を保証したまま、現代ウェブ標準の直系フォーマットに対抗できるのか? ぼくにはこの提案が不自然な手であるように思えてならない。

 そもそも上陸してくる「アメリカ製品」とは、倒すべき敵なのか? インターネットがもたらしたグローバル経済が隆盛を誇るこのご時世に、内と外で単純に敵味方に分ける二元論には、違和感を感じざるを得ない。それでも、この戦略には日本の多くのコンテンツ産業の未来がかかっているのは間違いない。舵取りを誤れば取り返しのつかないことになるだろう。次回はこの問題について掘り下げてみたい。

【追記 2010/09/30 20:55】

 この原稿は2010年の7月から8月にかけて執筆された。本文の最後ではこの時点での取材に基づき、シャープの次世代XMDFを中間(交換)フォーマットと同一のものとして扱っている。しかし、この見方は9月27日にあったシャープの記者会見では、「次世代XMDFは新聞や雑誌に、中間(交換)フォーマットは文芸系の書籍にフォーカスしたもの」として、正式に否定された。これは重要なことと思われるので、この件について少し詳しく追記したい。

 7月20日、都内ホテルでシャープの記者会見が開かれた(関連記事「シャープが電子書籍事業に参入、タブレット端末を年内発売」http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100720_381927.html)。この会見で、ぼくと同社の間で以下のような質疑応答があった。

小形:今日発表された次世代XMDFフォーマットと、先月発表された三省デジ懇報告書にあった統一中間フォーマットの関係は?

大畠昌巳執行役員(情報通信事業統括):報告書にあるフォーマットそのものだ。

小形:報告書ではドットブックとの統一が謳われていた。ということは今日発表された次世代XMDFフォーマットは、ドットブックと統合済みと理解してよいのか?

千葉徹執行役員(システムソリューション事業推進本部長):現在のXMDFについてはドットブックとの変換ソフトを開発済みだ。今回発表したものは三省のサポートを得て優良なコンテンツを広く再生可能にしようとするもの。業界の皆さんと一緒にドットブックはもちろん、EPUBとの間でも再生できるよう努めていきたいと思っている。

 今回の原稿は、上記の回答を踏まえて書かれたものだ。ところが、9月27日の会見での同社の言い方は、かなり違ったものになっていた。やりとりは以下の通り。

小形:前回の発表会で三省懇談会報告書にある中間(交換)フォーマットと次世代XMDFは同じものという説明があった。しかしフォーマットを決める審議会は、いまだ開かれてない。新製品は12月発売とのことだが、その影響は?

中村宏之所長(電子出版事業推進センター):多少誤解があるようだ。今日発表した次世代XMDFと、三省懇談会報告書の中間(交換)フォーマットとは、当面……あくまで当面だが、別物と考えてほしい。三省懇談会のフォーマットは、文芸系の書籍にフォーカスしたもの。一方、今日発表したものは新聞や雑誌にフォーカスしたもの。次世代XMDFはオーサリングから配信までシャープが新しく開発したものだが、まだまだ未完成。出版社様ともよく話し合い、良いものにしたい。そして、実績が出てくれば、あらためて交換フォーマットの次のバージョン等に提案させていただきたいと考えている。そうしたステップ・バイ・ステップのものとしてお考えいただければ。

 関連して、会見終了後に中村所長から直接話を聞いた。

小形:先ほど次世代XMDFは新聞・雑誌、中間フォーマットは書籍という話があった。しかし、その一方で書籍を扱う電子書店を始めるとも言っていた。そこで考えたのだが、これは新聞・雑誌の配信は次世代XMDFを使ってシャープ自身がやり、電子書店では各種団体に場所を貸し、EPUB、PDF、現行XMDF等、複数のフォーマットで販売するということなのか?

中村所長:国内と国外とで変わってくるが、少なくとも国内に話を限ればその通り。別に私共はXMDFしか売らないということではない。三省懇談会ではボイジャーさんと仲良くなれた。どちらのフォーマットが良いなどということではなく、電子書籍の世界をどう広げていくかが重要。そのためにはオープンでフリーでなければいけないということで検討を進めている。

 シャープが7月20日に発表したニュースリリース(http://www.sharp.co.jp/corporate/news/100720-a.html)を見ても分かるが、この時点で同社は次世代XMDFを電子書籍全般のソリューションとして位置付けている。ところが9月になると、次世代XMDFは新聞・雑誌だけで使うよう方針を転換したことになる。

 おそらく時間が経過するに従って各領域のビジネスモデルが明確化し、その結果、ファイルフォーマットによって排他的に事業を進めることの損得も明確化したのではないか。

 例えば新聞・雑誌の配信では配信システムを自社がゼロから構築するので、フォーマットは自前のものに限定した方が都合よい。もちろん電子書店でも配信システムを自社が握るのは同じだ。しかしこちらは多くの出版社からコンテンツの提供を受けなければならず、多少煩雑でも出版社が提供しやすいようフォーマットの壁をなくした方が収益を見込める。だから中間(交換)フォーマットを活用して、なるべく多種多様なフォーマットを扱えるようにしたい、そういうことではないか。

 ここで重要なことは中間(交換)フォーマットは制作の過程で必要になるもので、読者が読む配信フォーマットとは違うということだ。仮にこれを配信フォーマットとして捉えれば、その欠点が露呈してシャープが目論むようなビジネスモデルも崩れざるを得ないだろう(このあたりは次回詳しく書く予定だ)。

 この原稿はシャープの9月27日の会見翌日に配信だったので、本文を修正しようと思えば間に合った。しかしそこまで考えが至らず、はてなブックマークのコメントを見てこの文章を書いている。これからも厳しい(またできれば温かい)コメントをお寄せいただければ幸いです。

注釈

[*1]……『電子書籍ビジネス調査報告書2010[ケータイ・PC編]』高木利弘(インプレスR&D、2010年、P.55)
[*2]……「2005国勢調査:人口総数」総務省統計局(http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2005/kihon1/00/01.htm
[*3]……「新聞の総売上高の推移」日本新聞協会(http://www.pressnet.or.jp/data/03finuriage.htm
[*4]……「特定サービス産業動態統計調査:広告業」総務省(http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1/xls/hv14403j.xls
[*5]……この調査では一括しているが、インターネット広告とは検索エンジンに入力したキーワードに連動する検索連動型広告、携帯電話のウェブを対象としたモバイル広告、ユーザーの閲覧履歴に連動する行動ターゲティング広告などに分類される。より詳しい分析には、例えば「今後5年でモバイル2.3倍、検索連動1.6倍、行動ターゲティング8.7倍へ……インターネット広告市場規模推移」不破雷蔵、Garbagenews.com(http://www.garbagenews.net/archives/976884.html)がある。
[*6]……12センチCDは、社団法人日本レコード協会「音楽ソフト種類別生産金額の推移」(http://www.riaj.or.jp/data/money/index.html)、有料配信は、同協会「有料音楽配信売上実績」(http://www.riaj.or.jp/data/download/index.html)、DVDビデオは、社団法人日本映像ソフト協会「各種調査報告」(http://www.jva-net.or.jp/report/report_bn.html)。なお、DVDビデオの統計には音楽DVDを含んでいないことに注意。
[*7]……“On Christmas Day, for the First Time Ever, Customers Purchased More Kindle Books Than Physical Books”, Amazon.com (http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=176060&p=irol-newsArticle&ID=1369429)
[*8]……「Apple、iPadを発表」アップル(http://www.apple.com/jp/news/2010/jan/28ipad.html
[*9]……「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会報告書」(http://www.soumu.go.jp/main_content/000075191.pdf
[*10]……「シャープが電子書籍事業に参入、タブレット端末を年内発売」INTERNET Watch(http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100720_381927.html
[*11]……“IEC 62448 Ed. 2.0, Multimedia systems and equipment - Multimedia E-publishing and E-books - Generic format for E-publishing” (International Electrotechnical Commission, Geneva: 2009.) ※IEC 62448は2009年の第1次改訂において、附属書BとしてXMDFの仕様を追加している。


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2010/9/28 11:00


小形 克宏
文字とコンピューターのフリーライター。2001年に本誌連載「文字の海、ビットの舟」で文字の世界に漕ぎ出してから早くも10年が過ぎようとしています。知るほどに「海」の広さ深さに打ちのめされる毎日です。Twitterアカウント:@ogwata