イベントレポート
IIJ Technical DAY 2019
世界100万kmの海底ケーブル、地理と速度と冗長性を考える
「その経路、本当に冗長ですか?」
2019年12月10日 06:20
株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)は11月21日、年次技術イベント「IIJ Technical DAY 2019」を開催した。インターネット関連の技術について、同社のスタッフが解説するイベントだ。
「Untangling the world-wide mesh of undersea cables:世界に張り巡らされた海底ケーブルネットワークをひもとく」と題したセッションでは、世界中を張り巡らされた海底ケーブルのつながりかたをISPの視点から調べ、障害などがどのようにインターネットのサービスに影響するかを調べる研究について、IIJイノベーションインスティテュート(IIJ-II) 主任研究員のZachary Bischof氏が紹介した。
「海底ケーブルへのインターネット屋の理解が十分でない」合計100万km以上、更新時期を迎える海底ケーブルも……
Bischof氏は、TeleGeography社が公開している国際ネットワークの地図を示した。
現在、約400の海底ケーブルが引かれていて、さらにどんどん増えており、新しいケーブルは速い接続を提供する。ケーブル長は100万km以上で、主な大陸間では冗長化のため数十の異なるケーブルが引かれている。大陸間の99%以上のトラフィックを運んでおり、最近の成長はGoogleやFacebook、Amazonなどのコンテンツ(サービス)事業者によるものという。
その一方、年に数回、海底ケーブルの障害によって、地域がインターネットから隔絶されることが起こり、グローバルネットワークの弱さを感じさせられるとした。
その重要性に対して、われわれインターネット屋の理解は十分でない、とBischof氏は言う。
これがなぜいま重要か。
まず、クラウドプロバイダーの拡大で、海底ケーブルがより重要になってきていること。次に、多くのケーブルが1990年代のドットコムブームのときに引かれ、あと数年で寿命が来ると言われ、置きかわるべき時期にきていること。3つめには、台風や地震などの自然災害が増えていること。災害被害の修復には数ヶ月かかることもあるという。
この30年の海底ケーブルの長さの成長をグラフで見ると、やはり2000年ごろ(ドットコムブーム)と、ここ数年(GoogleやFacebook)に急成長が見てとれる。ネットワーク帯域でも、同様の傾向となっている。
こうした海底ケーブル網の成長にともない、リスクも増えている。
自然災害もそうだが、「船の錨がひっかかって切れる」などの人的要因で障害が起きることも多い。障害により、接続が途切れたり、性能が大きく落ち込んだりする。シンガポールとバングラデッシュの間で障害があったときには、RTT(発信から応答到着までの時間)が50msから150msと3倍になったという。
「海底ケーブル」と「地理情報」を結びつける難しさ
Bischof氏の研究のアプローチは、まず海底ケーブルのつながりかたの特徴を抽出し、ネットワークの計測結果を物理インフラにマップし、その結果からネットサービスへの影響を見るというものだ。
最初の2つは海底ケーブル網のグラフ構造の分析だ。単純な例としては、アイスランドは島国で、4つの海底ケーブルが国外につながっているため、国をグラフの1ノードとして表せる。
しかし一方で、パナマとコロンビアの間にはダリエン地峡と呼ばれる未開の地域があり、陸地でも約百kmの間、道路もなにも通っていない。同様にグリーンランドでは、いくつかの都市の間で道路も通っておらず、海底ケーブルでのみつながっているところがある。これらの例では国をノードとして表現するのは難しい。
そのルートは本当に冗長?「tracerouteでは違う経路だが、使う海底ケーブルは同じ……」を回避するために
海底ケーブルを調査する目的には冗長性がある。
ネットワーク上の経路を調査する「traceroute」だけではレイヤー3より下の物理経路がわからない。そのため、tracerouteで「異なる経路」として表示されても、実は同じ海底ケーブルだったりすることがあり、冗長経路のつもりが冗長化されていなかったりする。「たとえばtracerouteの各出力の右に、どの海底ケーブルを使っているかも表示してくれるとうれしい」(Bischof氏)。
それを実現するために、この研究では4つのステップをとっている。
1つめは、tracerouteで出てくるルーターの物理的な位置を確定すること。これは既存のサービスがあるので使っており、厳密ではないものの、だいたいの情報が得られる。
2つめは、海底ケーブルを使っている可能性がある区間を抜き出すこと。
それには、区間のRTTの情報を使ったり、ネットワーク運用者が共有している情報から推測する。後者としては、たとえば海底ケーブルのコンソーシアムに参加しているキャリアがわかればその系列のISPが使っている可能性が高いという。
3つめは、2点間の地上経路の長さを測ること。地上ケーブルは道路や鉄道などに沿って引かれることが多いので、OpenStreetMapやGoogle Mapを使って距離を概算するという。
最後の4つめは、回線の活動データとtracerouteのデータをつきあわせることだ。
それには、計測器を配って世界中のインターネット接続を計測している「RIPE Atlasプロジェクト」のデータを使っており、あるときから急にRTTが短くなったことで「海底ケーブルが引かれた」と推測したりするという。
たとえば、キューバのALBA-1ケーブルが2013年に開通したことで、急にRTTが短くなっている。これは、それまでが衛星回線だったためで、こうしたことがRIPE Atlrasプロジェクトのデータからわかる。また、オーストラリアとシンガポールの間のSEA-ME-WE-3は2018年8月に障害があり、迂回されていたが、これはIPのレイヤーからもわかる。
APIサービスも提供予定
こうした接続のデータをもとに、どのケーブルがどのぐらい重要か、グラフ構造からの分析も行なっている。また、地点とケーブルとでノードと線を入れかえてグラフ構造を分析することで、地点の重要性も分析しているという。
例えば、この分析の1つの結果として、SEA-ME-WE3という海底ケーブルが非常に重要なことがわかった。ただし、SEA-ME-WE3は障害が多いことでも知られており、これまで17箇所で障害を起こしているという。
今後は、いかに海底ネットワークが経済に影響するか、いかにクラウドなどのユーザーサービスに影響するか、あるいは国家安全保証の評価などを調べるという。
そのために、研究成果のデータベースにアクセスするAPIサービス「Seawolf」を公開して研究者やネットワーク運用者に使ってもらおうとしている。さらに、Seawolfによってネットワーク運用者が情報を共有してほしい、とBischof氏は語った。
(協力:株式会社インターネットイニシアティブ)