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コロナ時代に再認識される「ビットコインのデフレ的性質」 ~ブロックチェーンイベント「Consensus 2020」で見えたもの~

「ブロックチェーンは接触追跡アプリに貢献できるのか?」

出典:Consensus Distribute

 5月11日から15日にかけて、米国最大手メディアCoinDeskが主催するブロックチェーンカンファレンス「Consensus 2020」が開催された。

 本稿では、カンファレンスを通して垣間見えた「Withとブロックチェーン」、そして今後の社会に関する考察をお届けする。

Consensusとは

 Consensus(コンセンサス)とは、CoinDeskが毎年世界各国で開催している大規模カンファレンスだ。例年、著名な起業家やエンジニア、大企業役員、学者、レギュレーターなど様々な分野のスペシャリストが業界内外から集い、多種多様なセッションが開かれる。

 今年のConsensus 2020は、新型コロナウイルスの影響でオンライン開催を余儀なくされ、「 Consensus Distributed 」としてリブランディングした形で実施された。3月半ば当時、多くのイベントが次々と延期または中止を発表する中、CoinDeskが下したオンライン開催の意思決定は多くの話題を呼んだ。

 オンラインカンファレンスは、一般的に通信の不安定さやインタラクティブ性の不足といった理由から、ネガティブに捉えられがちだろう。しかし、移動コストなどの減少によるメリットは大きい。特にグローバルカンファレンスの場合、たとえ米国外に住んでいたとしても、スピーカーや参加者は簡単に出席できる。

セッションは全てZoomを通して生配信された
上段2名:モデレーター陣、下段3名:スピーカー陣

 今年のConsensusは、Brellaと呼ばれるイベントプラットフォームを活用し、動画アーカイブやオンライン上での参加者同士のネットワーキング機会を提供していた。

 全てのセッション動画が、BrellaだけでなくYouTubeeやTwitterでもライブ配信されたため、総参加者数は22000人を超えたと発表されている。

 以下では、本カンファレンスで大きく話題となっていた3つのトピックを紹介し、それぞれに対して筆者の考察を述べていく。

世界中で起こる貨幣の大量増刷とビットコインのナラティブ

 1つ目の注目トピックとして、昨今の新型コロナウイルスの影響から世界中で行われている貨幣の大量増刷を取り上げる。

 本カンファレンス2日目の5月12日、ビットコインの半減期が到来し、お祭りムードは最高潮に達していた。半減期とは、ビットコインの新規発行量が半分に減少するインフレ防止策のことだ。

 新型コロナウイルスへの経済対策として、世界中で貨幣の大量増刷が行われている。この状況下における半減期の到来は、ビットコインのデフレ的性質を再認識できる絶好の機会であっただろう。

 「各国の中央銀行が貨幣を刷り続けることでハイパーインフレが引き起こされ、安全資産としてビットコインに資産が移る」という主張は、ビットコインの代表的ナラティブ(語り口)の1つである。新型コロナウイルスによる貨幣の大量増刷は、このナラティブを現実のものにしようとしている。

歴史学者のNiall Ferguson氏

 これに対して、歴史学者のNiall Ferguson氏は、貨幣発行とインフレの関係性について次のように指摘した。

「現在多くの人々が貨幣のインフレを危惧しているが、今すぐにインフレが加速するとは考えにくい。そもそもビットコインが誕生して以降、先進国は貨幣発行を繰り返しているものの、未だインフレ不足に悩まされ続けている。懸念すべきはむしろ、現在のロックダウン状況によって生じるであろう、不景気またはデフレ現象だ」。

 2008年に起きた金融危機の直後も、同様にハイパーインフレのリスクが叫ばれた。しかしながら結果は周知の通り、依然として目を見張るほどのインフレは起きていない。この問題は、ビットコインの根本的価値や法定通貨に対する優位性を考える上で、注目すべきトピックだといえるだろう。

米国も中央銀行デジタル通貨の発行を検討開始か

 2つ目のトピックは、各国で取り組みが加速している中央銀行デジタル通貨「CBDC(Central Bank Digital Currency)」についてだ。

 米国中央銀行の発行するCBDC「デジタルドル」の是非は、本カンファレンスで最も多くの注目を集めていた。先日も、米国金融サービス委員会にて、米国の経済刺激策(現金給付)を効率化するためにデジタルドルの実装を提案する議案が提出されている。

 同議案の背景にあるのは、米国民への現金給付をデジタルドルで行うことによる業務の効率化だ。この議案を機に、現在米国ではデジタルドルの議論が加熱している。

米商品先物取引委員会(CFTC)元会長のChris Giancarlo氏

 米国商品先物取引委員会(CFTC)の元会長で、現在は弁護士として活躍する傍らDigital Dollar Projectのディレクターも務めるChris Giancarlo氏は、デジタルドルの利点と問題点に関して次のように述べた。

 「デジタルドルはキャッシュレス化を促進させるため、ウイルス感染の抑制に効果的だ。また、国内外の送金取引におけるコスト削減や高速化などのメリットも期待できる。同時に、プライバシーの侵害や監視社会化が危惧されるため、当然デジタルドルにプライバシー保護機能は必要不可欠だろう。大切なのは法執行及び国家保全とのバランスである」。

 暗号資産取引所Binance USのCEOを務めるCatherine Coley氏は、現金給付における法定通貨の代替策として、同社のステーブルコインBUSD(Binance US Dollar)を活用可能だとの見解を示した。デジタルドルにブロックチェーン技術が活用される未来はあるのだろうか。

 別のセッションでは、デジタルドルはUBI(ユニバーサルベーシックインカム)の実現にもポジティブな影響をもたらすとの声があがっていた。UBIでも現金給付機能を必要とするため、デジタルドルはそのインフラになり得るという。

ウイルス感染追跡アプリと大規模監視社会への懸念

 3つ目のトピックは、「Afterコロナ」に関する考察として、監視社会におけるプライバシーの問題を取り上げる。ブロックチェーンの特徴として、匿名性を担保した状態で取引を処理できる点があげられる。そのため、ブロックチェーンの文脈では何かとプライバシーの保護が議論にあがるのだ。

 現在、世界中で新型コロナウイルス感染追跡アプリの導入が検討されているが、欧米では特に、プライバシーリスクに関して激しい議論が展開されている。

 追跡アプリは、中国やシンガポールで既に実装されているが、欧米人にとっては簡単に受け入れられる話ではないのだ。スノーデン事件やケンブリッジアナリティカ事件など、彼らは歴史的にデータプライバシーに関する多くの問題を経験している。

「Coronavirus, Blockchain and the Meaning of Life: West Coast Edition」に登壇したスピーカー陣

「Coronavirus, Blockchain and the Meaning of Life: West Coast Edition」に登壇したスピーカー陣の中では、追跡アプリの開発自体には取り組むべきであるという意見が多数を占めた。しかし同時に、 政府や企業と協力的な立場を取った上で、人々はより分散的なソリューションを要請することが大切だと指摘している

 一方で、追跡アプリに対して完全に懐疑的な立場を取る人もいる。Orchid創業者のDr. Steven氏は次のように主張した。

 「GoogleとAppleは共同で追跡アプリの開発を試みている。しかしGAFAのようなテック企業が信用されていないのも事実で、人々が実際にアプリをダウロードするかは不明だ。そしてそもそも、追跡アプリが本当に有効かどうかすら疑わしい(※参照)」。

 このような追跡アプリを、匿名性を担保した状態で開発するための仕組みも整備されつつある。プライバシーを保護するための最もわかりやすい方法として、アプリから特定の管理者を排除するという運営形態があげられるだろう。これはまさに、ブロックチェーンが目指す非中央集権の思想そのものだ。

 そのための具体的な暗号技術も研究開発が進んでいる。例えば、MIT発のEnigmaというプロジェクトでは、データを完全に暗号化した状態で処理できる仕組み「シークレットコントラクト」の実用化が進められている。また、米Zcashが「ゼロ知識証明」をブロックチェーンに組み込んだ仕組みは、ローンチが期待されるEthereum2.0の暗号基盤として導入が決定した。

最後に

 ブロックチェーン自体の開発進捗及び各国の法規制を考慮すると現段階では難しいと思われるが、今後デジタルドルや追跡アプリの開発に暗号資産やブロックチェーンなどの技術が活用される可能性はゼロではない。パンデミックを機に、業界の状況も一層目紛しく変化していくことだろう。

 本稿では紹介しきれなかったが、今年のConsensus Distributedでは他にも多種多様な興味深いセッションが開かれていた。動画アーカイブはこちらから視聴できるため、興味のある方は是非チェックしていただきたい。

田上 智裕(株式会社techtec代表取締役)

リクルートで全社ブロックチェーンR&Dを担当後、株式会社techtecを創業。暗号資産・ブロックチェーン業界で活躍するライターの育成サービス「PoLライターコース」を運営中。世界中の著名プロジェクトとパートナーシップを締結し、海外動向のリサーチ事業も展開している。Twitter:

@PoL_techtec

@tomohiro_tagami