iNTERNET magazine Reboot

木曜コラム2 #12

「POD個人出版アワード」、アマゾンPODによる個人パワーの拡張

(終回)

昨年11月に「iNTERNET magazine Reboot」を発刊したのに引き続き、かつてINTERNET Watchで週間で連載していた「木曜コラム」をRebootしました。改めて、よろしくお付き合いください。

 先週、インプレスグループ創設25周年特別企画「POD個人出版アワード」の授賞式が行われた。これは、インプレスR&Dが運営する「著者向けPOD出版サービス」の292作品を対象に行われたものだが、最優秀賞には山本義徳氏の「アスリートのための最新栄養学」上下巻が、優秀賞には広江克彦氏の「趣味で量子力学2」と、宮澤大三郎氏の「(太平洋戦争)戦前・戦中・戦後 体験記」がそれぞれ受賞された。また、審査員特別賞として、アマゾンジャパン賞の「Wacアート作品」(吉田恵美子/松本進・著)をはじめ、全6作品が選ばれた。

 「アスリートのための最新栄養学」は、スポーツトレーナーである著者が五大栄養素について詳細にまとめた良書で、各論でKDP(Kindle Direct Publishing)で出していたものを1冊にまとめた本である。発売後半年で4000冊以上を売り上げた実績も伴っての受賞だ。「趣味で量子力学2」は、著者が主催する人気Webサイト「EMANの物理学」で書き溜めたものの書籍化だ。そして「(太平洋戦争)戦前・戦中・戦後 体験記」は、94歳の著者が自身の戦争体験を書き下ろした貴重な内容の本で、ご自身がパソコンを活用してすべての作業を行われたことも評価されての受賞だった。

 今回は、出版社が主導する伝統的な出版方法ではなく、著者個人の判断で、かつ著者個人がすべての作業を行っての出版だという点がユニークだ。いわゆるセルフパブリッシングである。

 これが可能になった背景には、以下のようないくつかのデジタルツールの進化がある。

・ワードプロセッサ(執筆・制作)
・POD(プリント・オンデマンド:印刷・製本)
・アマゾン(販売)
・ブログ、Facebook、Twitterなどのネットメディア(宣伝・販促)
・著者向けPOD出版サービス(出版プラットフォーム)

 これらのツールを駆使することで、出版に必要なほとんどの工程(執筆・制作・製造・販売・販促)を個人が制御できるようになったのだ。電子書籍でのセルフパブリッシングはKDPなどですでに行われていたが、POD技術のおかげで印刷書籍(紙の本)も個人が無料で出版できるようになったことは新しい。

 この根幹を支えている「アマゾンPOD」は画期的なサービスだと思うが、あまり知られていないようなので少し補足しておきたい。アマゾンPODとは、アマゾンが開発した新しい書籍販売手法で、ユーザーの注文があった時点でPODにより製造が行われ、出荷されるというものだ。このためにアマゾンは、倉庫に併設する形でPODシステムを配備しており、24時間態勢で動かしているのだ。注文から製造までは数十分で行われ、一般の本と同様に翌日配達される(アマゾンの本の購入ページで「オンデマンド(ペーパーバック)」と表示されているのがそれだ)。この方法だと、PDFさえあればいつでも印刷書籍を出荷できるので、在庫の必要はなく、逆に理論上在庫切れすることがなく半永久的な販売が可能になる。伝統的出版が抱えてきた品切れ問題も解決できるというわけだ。インプレスR&Dが開発した「著者向けPOD出版サービス」は、このアマゾンPODを個人が利用できるようにしたプラットフォームである。

 メディア研究者として著名だったマーシャル・マクルーハン教授は、著書「メディア論」(みすず書房)の中で、「メディアは人間を拡張する」と言われている。これまでのデジタルメディアの進化が、教授の言われたように人の力を拡張し、ついに個人が出版できるまでになったのだ、と認識している。すばらしいことではないか。

 私は出版を生業にしてきたが、出版とはいいものだと思っている。人が生涯を通じて仕事や趣味で培った知を出版というメディアで世に出す、そしてその知がまた誰かの肥やしになり、次の知を生み出していく。「Webでいいじゃないか」という意見もあるかもしれないが、体系だったコンテンツを作り込むには出版のほうが向いていると思う。それに、出版は知で売上を上げることができる。また、出版はパッケージであり、リンクメディア(アンパッケージ)であるWebとは異なる性格がある。両方が必要ではないだろうか。

 今回のPOD個人出版アワードにより、個人による出版の可能性が示された。しかし、私の本業である「編集」についてはまだ宿題が残っていると思っている。この宿題の解決にはもう少し時間がかかりそうだ。

この「木曜コラム2」はインプレスグループ25周年企画の一環として連載したもので、今回で終回です。ありがとうございました。4月からは月1回の連載(第三木曜コラム)として再スタートする予定です。

井芹 昌信(いせり まさのぶ)

株式会社インプレスR&D 代表取締役社長。株式会社インプレスホールディングス主幹。1994年創刊のインターネット情報誌『iNTERNET magazine』や1996年創刊の電子メール新聞『INTERNET Watch』の初代編集長を務める。