インタビュー

元VAIOエンジニアがソニーの放課後文化で誕生させた聖地巡礼アプリ、“ガルパン”から始まった「舞台めぐり」が目指す先には――

「舞台めぐり」アプリ開発のキーマンである安彦剛志氏(左)と望月俊助氏(右)。おふたりとも、ソニー企業株式会社事業開発室コンテンツツーリズム課の所属

 アニメやマンガの作中で描かれた土地へ実際に訪問する“聖地巡礼”を巡って、旅行業界などが積極的にビジネス展開を図っている。これに先駆けるかたちで、電機・ITでおなじみのソニーは、グループ企業を通じて「舞台めぐり」という聖地巡礼サポートアプリを2013年から公開している。

 あのソニーのアプリなのだから、きっと資金も人員も余裕もある中で作られたのだろうな──いや、その予想は全く違う。体制は極めて小規模で、ある意味、担当者の熱意だけがアプリ誕生の要因だったという。開発のキーマンであるソニー企業株式会社の安彦剛志氏、望月俊助氏に話を伺った。

VAIOエンジニアがなぜ聖地巡礼アプリを作ったのか?

──「舞台めぐり」は位置情報やARを活用したアプリで、アニメとの関連も深いです。安彦さんはもともとこの分野に長く携わっていたり、あるいはご興味があったのですか?

安彦氏:
 いえ、もともと私はVAIOのエンジニアを13年ほどやっていまして。光ディスク周り、特にハードウェア部分を担当していました。その期間の最後の部分にあたるところで、ブルーレイディスク(BD)関連のプロジェクトリーダーを務めたんです。

 そのBDのプロジェクトが始まったのが2002年で、そこから4年かけ、2006年に製品化されました。

 ただ、2006年前後はHD DVDとのフォーマット争いをしていた時期なんです。HD DVDのほうがむしろ強いくらいのころで(編注:HD DVDを主導していた東芝が製品開発からの撤退を表明したのは2008年2月)。

 プロジェクトリーダーとしては、この状況をなんとかしないといけない。技術は出したけれど、それだけではダメで、世の中を席巻しないと規格争いに敗れてしまう。そのためにも、市場のファンを味方につけ、「BDっていいよね」と感じてもらい、自然な流れの中で、BDが唯一の選択肢となるようにしたかった。

 そこで宣伝策を考えていく中で、まずアニメに出会いました。2000年代は、アニメファンと言えばそれこそ2ちゃんねるユーザーで、いろいろなムーブメントも起きていました。ですから、そういった層に訴えかけてみようと「あなたの力でBD化プロジェクト」を2009年に立ち上げたんです。

──クラウドファンディングの先駆けのようなプロジェクトだそうですね。

安彦氏:
 はい。BD化希望作品を投票で募り、さらに予約・入金が一定数に達したら製造・販売に至るという内容です。作品への注目はもちろんですが、BDフォーマットの普及にも寄与できたと思っています。

 このプロジェクト以前は、正直言ってそこまでアニメには詳しくなかったです。それこそガンダムくらいでしょうか。ただ、このプロジェクトで「true tears」という作品と運命的な出会いを果たしまして……。ちなみに、このころ(2009~2010年)もまだ、会社の立場的には(VAIO側の)BDプロジェクトのリーダーです。映像プロデューサーとかではありません。あくまでも「BDを流行らせる」のが目標でしたね。

 true tearsはBD化プロジェクト第1弾タイトルです。発売決定に際しては、作品の舞台でもある富山県の城端(じょうはな)でイベントが行われて、出演声優さんたちと一緒に私も呼ばれまして。

 で、その翌日です。有志会の皆さんがtrue tearsの聖地巡りに誘ってくれたんです。作品内の画像をわざわざ印刷してくれていて、実際その場所にいって「どうです、そっくりでしょう!」と説明してくれる。なんて面白いんだと感じつつ、そこで“聖地巡礼”と出会ったわけです。

「あなたの力でBD化プロジェクト」を担当するのは、ブルーレイディスクフォーマット普及のために設立されたブルーレイ・ディスク・アソシエーション(Blu-ray Disc Association)

──コアなファン自らの案内は、そうとう貴重ですね。

安彦氏:
 ええ、でも「ちょっと待てよ」という気持ちもあって。確かに聖地巡礼は超楽しかった。ただ、それは、ファンの方が資料を用意してくれて、さらに現地に連れて行ってくれたからであって、これを自分の力だけで一からやるのは大変です。

 実際、ネットの書き込みを調べて別作品の聖地に行ったりもしたんですが、true tearsのときほどの感動はなかった。そこで、何が足りないのか、どんなことをすればいいか企画書にまとめました。それが2011年だったでしょうか。「舞台めぐり」アプリ誕生のきっかけは、このタイミングと言えるかもしれません。

望月氏:
 私はその翌年の2012年から「舞台めぐり」に携わりました。それまではビッグデータを扱う部署にいて、人の流れや位置情報をビジネス活用できないか、検討していたんです。

 ソニー社内的にはいろいろな実証実験を進めていて、対外的に公開はしていないものの、アプリといったかたちの成果は生まれてきました。ただ、ブレイクスルーの段階にはどうしても達していなくて。

 そんなときに安彦さんに声をかけてもらったんですね。アニメと位置情報の結び付きで何かが変わるのではないか。そんな期待がありました。

「舞台めぐり」は2016年12月時点で58作品をラインアップ。アニメの舞台をめぐりながらキャラクターをARで合成した写真も撮影できる
(C)GPFP

「出張費って、出るんだ」

──おふたりとも「プラットフォームはあるけど、その上でどうすべきか」で試行錯誤を続けられていたんですね。

安彦氏:
 「舞台めぐり」には私たち2人以外にもさまざまなソニー社員がかかわっているんですが、なんというか“アングラプロジェクト”のメンバーが中心といいますか……。

 今でこそソニーは「Seed Acceleration Program(SAP)」という名前で新規事業へ積極的に乗り出していますが、放課後、つまり通常業務の終了後に集まって、何か企画したりする文化が社内にはずっとあるんです。「舞台めぐり」も最初の3年はその(放課後文化の)中でやってました。

望月氏:
 安彦さんはさらに土日もいろいろ動いてて。それを見ると僕もやらないといけないな、と(笑)。なので通常業務をきっちり終わらせて、夜7時から12時くらいまで「舞台めぐり」をやるという。

──それはハードですね?! じゃあ当然、部署の肩書だったり、オフィスがあるわけではなく……。

安彦氏:
 社内の会議室は使えましたけども(笑)。ですから、順風満帆とは到底言えません。「なんでソニーが聖地巡礼なの?」と周りから聞かれましたけど、それどころかソニー社内からも「え、なんで?」と言われてばかりですよ。そんな中、意地でも続けてきたというのが本当のところで、恐らく私たち2人のうち、どっちかが倒れたらそれで「舞台めぐり」はそこで終わってたと思います。

「舞台めぐりの」企画・営業・交渉は、安彦氏が1人で担当しているという

──現在は「コンテンツツーリズム課」の所属だそうですが、この部署が立ち上がったのはいつですか?

安彦氏:
 2015年4月です。それまでのアングラ活動が認められた瞬間ですね(笑)。その成果ですが……出張費が出るようになりました。

──それまではすべて手弁当ですか?

安彦氏:
 えぇ、毎週のように出かけてましたけど。「出張費って、出るんだ」ってつぶやいちゃいました(笑)。

望月氏:
 そんな状況ですから、アプリの開発を社外に頼むのも到底無理で。最初のうちは、アプリも社内からの借り物でした。そこで私がサーバー側だけ作って。

──2013年4月のアプリ公開当初は、現在の「舞台めぐり」ではなく、「ガールズ&パンツァー舞台めぐり」という名称だったそうですね。その経緯は?

安彦氏:
 私の方で、まずバンダイビジュアルに「聖地巡礼に関する企画をやりたい」と売り込みにいったところ、「ちょうど良い作品がある」と紹介されたのが、ガルパン(ガールズ&パンツァー)だったんです。アプリを作ったら、自然とバンダイビジュアルから声がかかったわけではないです。

 そのとき、売り込みにいったのはバンダイビジュアルとアニプレックスの2社です。それも単に、その2社にしか(アニメ関係の)友達がいなかったというだけで(笑)。

 その2社に売り込みにいった次の段階からは、さっきの「あなたの力でBD化プロジェクト」でお付き合いのあった会社へ行きまして、だいぶやりやすかったですね。今の「舞台めぐり」に登録されている作品のうち、最初の20作くらいは、私のコネでなんとか集められたものです。最近ようやくアプリの名前が知られてきて、作品の版元から直接お話をいただく機会が増えました。

望月氏:
 そういえば、登録作品1作目のガルパンから、2作目の「らき☆すた」が加わるまで8カ月かかりました。2013年12月のそのタイミングで、アプリの名称も現在の「舞台めぐり」に変わりました。

 名前だけでなく、アプリの中身もそこでかなり変わりました。事実上のガルパン専用アプリから、複数作品に対応するために、コストをかけてプラットフォーム化しました。

安彦氏:
 翌月の2014年1月にはtrue tearsも追加しました。こちらはアプリ用に新規の音声収録をしたため、ちょっとだけ遅れてしまって。

──アニプレックスはソニーのグループ会社ですから、まずはそこから作品が増えていくものかと思ってました

安彦氏:
 意外とそういうわけでもなく(笑)。2016年12月の段階では、アプリに登録されているのは58作品になります。これまでに公開を終了した作品を入れると、60作品は超えてます。

──一部作品が、公開を終了する理由はなんでしょう?

安彦氏:
 単純に版元の意向ですね。作品プロモーションという位置付けの場合、やっていい期間が1年とか、期限があるんです。私たち(舞台めぐり運営側)は、あくまでも作品をお借りしているだけなので。ただ、ユーザーがアプリ内で入手したコンテンツまでは消えません。

実は大変な聖地探し、それができないユーザーに向けて

──「舞台めぐり」はどんな層のユーザーをターゲットにしていますか?

安彦氏:
 ある作品のコア中のコアのファン層は「聖地を自分で探すのが好き」かと思います。本編を見て、作中で描かれた場所に誰よりも早く足を運ぶ。そこに喜びを見出しているんじゃないでしょうか。外野に対しては「(その楽しみを)邪魔すんじゃねぇ」と(笑)。

 サービスモデルを一度じっくり考えてみたのですが、「普段から舞台探訪をしている人向けにはなり得ないな」と。アニメを見ていて興味もあるけど、聖地に行くほどの理由がない方々に対してのきっかけにはなれると思っています。

 かといって、なんでもいいからとりあえずアニメをとりあえず見るという人まで、取り込むことはできない。(超コアでも超ライトでもない)中間の層を狙っているという側面はあります。

 アニメと一口に言っても、ファンの楽しみ方はいろいろで、特定の作品が好きだけれど声優には興味が無いという人がいれば、当然その逆もある。そんな具合に、作品1つ1つ見ると、実はいろいろな“気付き”があるんですよ。

 アニメは家で見て楽しむのが基本でしょうが、作品の舞台に行ってみたらそのときはまた別の妄想が生まれたり……。

超コアでも超ライトでもない中間の層がターゲット

聖地巡礼の楽しさ、その本質は“地元”と“自己肯定の場”

──“聖地巡礼”を迎え入れる側、つまり地元の方々には「舞台めぐり」をどうアピールしていますか?

安彦氏:
 私が地域の方とお話する中でよく取り上げるのが“自己肯定”なんです。というのは、自分を肯定してくれる“場”って、誰しも好きですよね。アニメオタクももちろんそうで、「スゴいね!」と言われれば当然うれしい。

──それはつまりコミケの会場のような?

安彦氏:
 まさにその通りです。コミケになぜあれだけ参加者が集まるのか、その要因もそこにあると思います。年に2回、オタクが自分を肯定してくれる場所だと思うんですね。

 ただ、自己肯定の場というのは先進国では少ないと考えています。物欲はネット通販で満たせますが、今のネットのコミュニケーションはディス(批判)が主流になってしまっている。肯定や褒めは少ない。もし、自己を肯定してくれる場があれば、それは行きますよ。ガルパン好きが大洗に行って、地元の人から「よくきたね!」と言われ、「そういえば、みほちゃんが……」なんて話になれば感激しちゃうはずです。

──INTERNET Watchの編集者がプライベートで大洗へ行った際も、地元の方に良くしていただいたそうです。閉店間際にもかかわらず声をかけられ、ガルパンに関する地元の取り組みをいろいろと聞けたとか。

安彦氏:
 そういう話はよくいただきます。それと12月3日からは、大洗のふるさと納税の特典として、ウォークラリーの「ガールズ&パンツァーうぉーく!」も始まりました。これだと、アニメで描かれた場所を写真撮影する楽しみに加えて、作中のキャラクターの新作ストーリーが一緒に楽しめます。かつ、地元の方々との交流もある。

 「舞台めぐり」では、「地球丸ごとテーマパーク」という理念を掲げています。例えば東京ディズニーランドの肝は、キャスト(従業員)であり、外界と切り離された街並み・風景ですよね。夢の世界に没入してもらうための工夫です。

 その点において、現実の大洗は、ハードウェアに何百億・何千億という予算をかけなくてもある意味もう「ガルパンテーマパーク」が実現しているとも言えます。キャストは、街の方々でね。

“公式”の聖地巡礼ルートが約60種類、ここまで増えた理由は?

──「舞台めぐり」は、登録されている作品すべてが“公式”であることも大きな特徴です。これが約60作品にまで増えた理由をどう分析しますか?

望月氏:
 1つはイベント効果だと考えています。2014年の「アニ玉祭」(埼玉県などが主催)に連動するかたちで、「埼玉聖地横断ラリー」という企画を実施したのですが、これに合わせるかたちで作品がグッと集まるようになった印象がありますね。

 アプリの公開当初は、どうしても“情報アプリ”に過ぎなかったものが、段階的な更新を経て“参加型アプリ”になっていき、さらにラリーに携わる市町村からも要望が届くようになって、結果的に多くの関係者を巻き込みやすくなったといいますか。

──元となるアニメの初期制作段階において、聖地巡礼ありきで発想するようになってきてるんでしょうか? あとは、例えば該当地域の役所に話をしておくとか。

安彦氏:
 そこは作品によってさまざまです。「君の名は。」は違うそうで、地元とは一切交渉していないといいます。地元は寝耳に水だったでしょうね。

 それに対してガルパンは、放送前にプロデューサーが大洗町の町長に話をしてありました。ただ、作品が成功する保証はないので投資はしなくて結構、温かく見守っていただけないか、というアプローチで、それが結果的によかったのかもしれません。

望月氏はアプリの開発などを担当

スポット情報には地元の意向も反映

──作中で地域をわざとあいまいにしているけれど、ファンに知れ渡っている場所はどう扱っていますか?

安彦氏:
 そこはもう版元との調整ありきです。OKをいただいた施設なり地域でなければ載せません。

 あと、地元との調整もしています。特に学校などの扱いですね。いくら舞台になっているからとはいえ、(プライバシーや警備の観点から)たくさんお客さんが来て写真を撮るのはちょっとまずいから外して、と依頼されることがあり、実際、応じています。全部を全部網羅するのはそれほど重要とは思っていません。

 あと、現実の地域の名前を、作中では微妙に変えているようなケースもあります。そこも権利者の意向に沿うかたちで対応しています。マンガのアニメ化の場合、原作者、マンガの出版社、アニメの制作会社という具合に関係者が非常に多いですから、柔軟な対応が必要ですね。

──アニメ制作者側から見た場合、「舞台めぐり」へデータを提供する上でのフォーマットのようなものはあるのでしょうか?

安彦氏:
 そこも作品次第ですね。聖地にあたる自治体が、公認の巡礼マップを作る機会も結構多いんです。それだと素材もそろっていますから、「舞台めぐり」への掲載も簡単です。それが登録作品全体の3分の1くらいでしょうか。

 あとの3分の1は、社内の開発メンバーでデータを作るのがあります。ですから、うちのスタッフはよくアニメ見ていますよ(笑)。それでGoogle マップ(のストリートビュー)でどこか探したり。

 残る3分の1はBTC(舞台探訪者コミュニティ)というネット上の有志の皆さんにご協力いただいています。それぞれの地域にお住まいの皆さんが、地元の情報を調べて、ブログなどで発表されているんですが、そこからリストの提供を受け、さらに作品の権利者へ確認をとるケースですね。

 こんな具合で、単一の方法というわけではないんです。それと、独自にサポーター制度を設けて、情報収集も始めています。

現在地周辺の聖地探し機能はただいま開発中

──アプリを実際に使ってみたのですが、今のところ、聖地探しは作品ごとになっていて、現在地の周辺にある聖地スポットを探せる仕組みはありません。何かの都合でこうなっているんですか?

安彦氏:
 そこは……鋭意開発中です。

望月氏:
 実はかなり問題意識を感じてまして……。

安彦氏:
 その仕様にした方が使い勝手は絶対いいと認識してます。今のUIだと作品が増えすぎたときに探しづらくなってしまいますから、将来的にはどこかに出かけた時にアプリを立ち上げてもらって「あぁ、近くにあの場所があるんだ! じゃあ寄ってみよう」というふうになれば、使われる率も増えますからね。

──「舞台めぐり」のアプリ内で、紹介される店や施設側から情報を発信する機能などのご予定はありますか?

望月氏:
 あります。安彦から、そのプレッシャーも感じてまして(苦笑)。例えば「食べログ」は、口コミも大事ですけど、飲食店側からの情報発信も重要でしょうし。

「舞台めぐり」は安彦氏、望月氏を含め全6名のスタッフが常駐で携わっているとのこと

インバウンド獲得はラクじゃない?

──インバウンドという言葉が注目されていますが、海外からの旅行客を取り込むための方策はありますか?

安彦氏:
 実は、台湾から日本に向けてのツアーをすでに2回実施しました。行き先は大洗と宮城県で、それに合わせて繁体字バージョンのアプリも出しました。ただ、スポット的に作られたアプリなので、プラットフォームにはなっていないんです。

 その後の方向性も少々迷ってまして、海外の旅行会社が「お客さんにとって便利だから」という理由で、1アプリいくらで購入してくれるようになるのが理想的ですが。

望月氏:
 あと、海外はいろいろと難しいことが多いです。参入障壁が高い。

──それは現地の法律の問題ですか?

安彦氏:
 いや、作品のライセンスの都合が大きいです。日本の作品の場合、国内と海外では権利許諾元が全く違うんです。ガルパンでいえば、バンダイビジュアルは国内のライセンスがありますが、海外は別の会社が受け持っています。つまり、許諾を取り直さなければならない。

 ただ、そこはコツコツやっていくという考え方もあります。Google マップのストリートビューだって、誰もが面倒でやりたがらないであろう画像撮影をあれだけの規模でやって、今や生活必需品です。

 そういう境地になるには、やっぱり大変なこともやっていかないといけない。人手の都合もあって、今は国内優先でやってますが、優秀な人材が来て「君、海外担当ね。全部やって」とお願いできたらいいなぁ、と(笑)。

 とはいえ、これも登録作品がすべて公式だからこその悩みであり、参入障壁です。海外進出が大変な一方、日本で「舞台めぐり」のようなアプリを他社が出すのは、非常に大変かと思います。

収益形態は?

──アプリ自体は無料ですが、収益化・ビジネスモデルについてはどのようになっていますか?

安彦氏:
 3つ考えています。1つめはB2B……いや、正確にはB2G(Government)といったほうがいいかな? 地方創生・地域活性化を手がけるコンサルタントと一緒に(自治体へ)提案して、ご採用いただくというものです。「埼玉聖地横断ラリー」であったり、宮城県での「Wake Up, Girls!」のラリーなどですね。

 ただ、これは先方の予算の都合などもありますから、安定的な収益という意味ではちょっと限界があるかもしれません。ここにだけ一本足打法で注力はしません。

 2つめがB2Cですね。「ガルパンうぉーく!」(12月3日付記事『大洗町にかかわる人々の力を結集、聖地巡礼アプリの「ガルパン」特別編、ふるさと納税者向けに12月3日より提供開始』参照)は大洗町のふるさと納税の特典ですが、そこでユーザーが支払った額の一部をいただくかたちです。今後は、チケット課金でも「ガルパンうぉーく!」が楽しめるようにします。そこがまずはチャレンジですね。それが成功したら、次にどんな所でならお金を払っていただけるか、考えていくことになるかと。ただ、ガチャはやりたくないとは思っています。

 3つめは、正確な意味でのB2Bといいますか……具体的には鉄道会社やバス会社ですね。聖地巡礼するには、当然、公共交通機関を使いますから、恩恵はあるわけです。非常に小さな規模の鉄道路線であっても、最近はクラウドファンディングもありますから、いろいろなことがやれると思っています。

「ガルパンうぉーく!」は「舞台めぐり」上で楽しめる特別編ゲームとして提供
(C) GIRLS und PANZER Film Projekt
町内に70体以上設置された等身大パネルに付いたQRコードを読み込みながらミッションをクリアしていく
(C) GIRLS und PANZER Film Projekt

「聖地めぐり」ではなく「舞台めぐり」、その真意

──2016年の新語・流行語大賞では“聖地巡礼”がトップテンに入りましたね。

安彦氏:
 あぁ、そこでは言葉上のこだわりがありまして、アプリの名称があくまでも「舞台めぐり」なんですよ。“聖地巡礼”だけをもてはやすものではない。人が、コンテンツを理由に旅をして、楽しくなるためのサービスでありたい。「コンテンツと地域を繋ぐ」のが目的だと考えています。

 今のところ、聖地巡礼という言葉はアニメだけを意図している節が多少なりともあります。とはいっても、注目されている概念ですから、サービス説明などでは言葉として用いていますが。

 実際、実写作品も過去に「舞台めぐり」アプリに登録されていました。映画の「海月姫」や、舞台のお芝居とコラボした例もあります。ただ、実際の役者が登場する作品は期限が決められていることが多いため、結果として公開終了になっていますが。

 ですので、アニメだけに特化するつもりはありません。ドラマや映画、歴史でもいい。

望月氏:
 「ローマの休日」は良い例ですよね。日本なら時代物もあります。司馬遼太郎とか、新撰組、坂本龍馬……ニーズはあるでしょう。

安彦氏:
 テレビ番組とのお話があっても、そこは積極的にやってみたいですね。

 「ソニーの聖地巡礼アプリ」という話を最初に聞いたとき、筆者の頭の中はクエスチョンマークだらけだった。しかしインタビューで話を聞くうちに、数々の疑問が氷解。ソニーの看板こそ使っているが、実は担当者の頑張りこそが本質だと分かった。

 その一方で、安彦氏の言う「放課後」の文化がソニー社内にあったから、「舞台めぐり」が生まれたとも言える。社内での業務経歴、同僚との関係などなど、さまざまな要素が奇妙に絡み合い、結果として形になったりならなかったり……。社会の奥深さ・多様性を改めて実感した。

 聖地巡礼という言葉が社会に定着するかは未知数だが、「物語の舞台を実際に訪れる」のは、世が変わっても普遍的な楽しみであるはず。「聖地」の冠をあえて外した「舞台めぐり」アプリの飛躍に期待したい。