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「アバターロボットで災害対策」や「自動運転で配送」など、埼玉県が社会課題解決を支援

左から、一般社団法人電子情報技術産業協会 理事/事務局長の井上治氏、ステンレスアート共栄 代表取締役社長の永友義浩氏、埼玉県産業労働部先端産業課長の斉藤豊氏、avatarin 代表取締役CEOの深堀昂氏、RDS 代表取締役社長の杉原行里氏、公益財団法人埼玉県産業振興公社新産業振興部長の島田守氏

 埼玉県および埼玉県産業振興公社が、「埼玉県社会課題解決型オープンイノベーション支援事業」を開始した。一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が、プロジェクトマネジメントを担当する。

 「アバターロボットを活用した災害に強い社会の構築」、「小型無人搬送車を用いた無人配送システムの構築」、「超高齢化社会に求められるAI、ロボットを活用した医療・介護需要の低減」の3つのワーキンググループによる研究開発事業を行う。事業委託期間は、2021年2月26日まで。

高齢化と新型コロナを想定した生活様式を考える埼玉県を舞台に多様なオープンイノベーション

埼玉県産業労働部先端産業課長の斉藤豊氏

 埼玉県産業労働部先端産業課長の斉藤豊氏は、「埼玉県は、全国トップクラスのスピードで高齢化が進行し、2040年には総人口の3分の1超が65歳以上の高齢者となる。それに伴い、介護や医療の需要も増大すると考えられる」と語り、「埼玉県の最大の社会課題である高齢化とともに、新型コロナウイルスを想定した新しい生活様式にフォーカスしたワーキンググループを選定した。今回の事業を通して、埼玉県の新しい取り組みを、県内外の企業に知ってもらい、埼玉県を舞台にした多様なオープンイノベーションの取り組みが活発に行われる機運を作り出したい」と述べた。

公益財団法人埼玉県産業振興公社新産業振興部長の島田守氏

 また、公益財団法人埼玉県産業振興公社 新産業振興部長の島田守氏は、「埼玉県、埼玉県産業振興公社、JEITAの三者が連携して、3つのワーキンググループの挑戦に伴走し、革新的な製品、サービスの創出と社会実装を目指す」と抱負を述べた。

 埼玉県は、県庁舎や道路、集客施設などを、実証フィールドとして提供。関係先や関係法令の調整をサポートする役割も担う。また、埼玉県産業振興公社が県内企業への豊富な支援実績を生かし、県内企業のマッチングや技術的な助言など行う。

地域社会、暮らしの課題をテクノロジーで解決

一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)

 一方、JEITAでは、事業の推進役としてプロジェクトマネジメントの役割を担うことになる。JEITAが、地方自治体の技術活用支援事業に参画するのは今回が初めてのことだ。

 JEITAでは、「JEITA共創プログラム」事業活動の一環として今回の支援を実施。IT/エレクトロニクス産業を代表する業界団体という強みを生かしながら、AIや5Gなどに強い全国の企業とのコネクションの提供や、共創プログラムの運営ノウハウの活用しながら、各ワーキンググループの開発および実証のプロセスをサポートする。また、様々なメディアとのコネクションなどを活用して、得られた成果や可能性を社会に浸透させるための広報業務、JEITAなどが主催するCEATEC 2020 ONLINEへの出展、埼玉県産業振興公社が主催する「彩の国ビジネスアリーナ」の参加支援を行う。

 電子情報技術産業協会理事事務局長の井上治氏は、「JEITAは、暮らしに密接する地域社会との連携強化の必要性を強く感じ、初めて地方自治体と連携することにした。埼玉県庁、埼玉県産業振興公社と目指すべき方向性が合致していることから、JEITAとしては、広範な分野の企業の参画を得て、テクノロジーを活用して社会課題解決を目指す『JEITA共創プログラム』というJEITAの事業活動の一環として今回の事業を推進し、地域社会や暮らしにおけるテクノロジー活用の裾野拡大を目指す」と発言。「JEITAが持つ知見やノウハウを生かし、各ワーキンググループによる事業を、単発で終わらせないための工夫に取り組みたい。

CEATEC 2020/彩の国ビジネスアリーナ

 埼玉県がニューノーマル時代におけるテクノロジー活用のフロントランナーとなり、テクノロジーで社会課題の解決に取り組む、大きな社会的ムーブメントを創り出したい」と述べた。

3つのワーキンググループ(WG)

 3つのワーキンググループ(WG)のなかでは、2019年10月に開催されたCEATEC 2019で話題を集めたANAのアバターロボット「newme」を活用した取り組みが含まれている。

アバターロボットの社会実装

 WG1の「アバターロボットを活用した災害に強い社会の構築」がそれで、2020年4月1日付で、ANAホールディングスの持ち株会社として独立したavatarin(アバターイン)が中心となった取り組みだ。

 avatarin は、ANAホールディングス初のスタートアップ企業であり、アバターに特化した新事業会社として設立。アバターロボットの社会実装を目的とするプラットフォーム「avatar-in」の開発と運営を行う。具体的には、賞金総額10億円の国際賞金レース「ANA AVATAR XPRISE」を通じた高性能アバターの開発、35の組織がコンソーシアムに参加して、アバター技術を用いて、今年から宇宙空間での実証実現を開始する「宇宙開発」、自治体やデベロッパーなどの18の社会実装パートナーと連携し、アバターを社会インフラとして利活用する「街づくり」などに取り組んでいる。

 CEATEC 2019では、ディスプレイやカメラを搭載したアバターが、会場内を移動し、他社ブースを訪れて、遠隔地から展示内容の説明を聞くなどのデモストレーションが注目を集めた。

newme

 今回の取り組みでは、新型コロナウイルス感染症拡大防止や、救急災害医療に対応した熱画像/温度カメラを搭載したアバターを開発。医療現場などでの利用を想定して、遠隔地から、非接触で、発熱や感染症などの疑いのある人を、温度や熱画像から検知する。

 熱画像/温度カメラモジュールには、2018年度に、埼玉県新技術・製品化開発補助金事業で採択され、それによって開発したタムロンの技術を活用。これを取り付けたプロトタイプを開発する。

 タムロンは、カメラ用交換レンズ市場において、高倍率ズームレンズやマクロレンズで高認知度があり、埼玉県に本社を置いている。

 開発したアバターは、平時は、高齢者の見守りや教育分野、観光支援、遠隔診療といった社会課題解決や経済活性化につながるサービスやツールとして利活用する一方で、災害やパンデミックの発生時には病院関係の利用に集中させたり、外出規制時にもアバターを活用して買い物に行けたりといったように、経済活動を止めないための対策にも活用できるようにする。

avatarin 代表取締役CEOの深堀昂氏

 avatarin 代表取締役CEOの深堀昂氏は、「すでに、アバターロボットを、新型コロナウイルスに感染した患者が入院している6つの病院に無償で提供し、感染症病棟において、医師がこれを利用したり、家族とのコミュニケーションで利用したりといった例がある」といった事例を示しながら、感染症拡大防止や救急医療への対応、医療および介護現場の人手

 不足や業務効率化、災害に強い経済社会の構築にも活用できるテクノロジーになることを強調。「今回の取り組みにおいては、このアバターロボットを、どう社会実装できるかがテーマとなる。新型コロナウイルスの第2波、第3波が訪れた際にも、世界初といえる最先端デバイスを活用して、医療活動や経済活動に貢献できる環境を埼玉県に作りたい」と述べた。

小型無人配送車を用いた配送システム

自動走行ロボット

 また、WG2の「小型無人配送車を用いた無人配送システムの構築」では、ステンレスアート共栄が中心となり、アトラックラボが参画。GNSS(全球測位衛星システム)とLTE、画像センサーを用いて、設定されたコースを安全に自動で運転するためのAI技術を開発。これを活用して、商品のデリバリーが可能な自律走行小型搬送車を開発する。秩父ミューズパークが協力し、実際の環境に近い形で、安全性や走破性の走行試験を行うことになるという。

ステンレスアート共栄 代表取締役社長の永友義浩氏

 ステンレスアート共栄の永友義浩社長は、埼玉県が全国で最も速く高齢化が進むと予測されていること、都市部から山間部まで様々な地形があることから、高齢者の増加や外出困難者、買い物難民が生まれやすい環境にあることを指摘。「自動搬送技術を応用した自動走行ロボットにより、高齢者や外出困難者、買い物難民といった人たちの手助けになることを目指す。今回の研究開発を通じて、人と共生ができるロボット車両による、新たな形の流通インフラを実現することで、社会課題の解決に取り組みたい。埼玉県からモデルケースを生み、社会に貢献したい」と語った。

 ステンレスアート共栄は、1963年に金属研磨業として設立。現在、埼玉県富士見市に本社を置く。社員数は45人。2D/3D設計や解析、精密板金、溶接、アセンブリなどにも事業拡大している。

AI、ロボットを活用した医療・介護

 WG3の「超高齢化社会に求められるAI、ロボットを活用した医療・介護需要の低減」では、ロボットが人を追尾し、そこから得られた歩行データをもとに、疾患にかかっている可能性を指摘する仕組みを構築することを目指す。

 中心となるのは、RDSで、タクモス精機、R2、exiii design、マグネット、make senseがWGに参画する。

製品化された車椅子

 RDSは、F1チームのスクーデリア・アルファタウリ・ホンダとパートナーシップを結び、ここで得たノウハウを活用。車いすレーサー「RDS WF01TR」、シーティングポジションの最適解を導き出す「RDS SS01」、身体データによりパーソナライズされた車いすを実現する「RDS WF01」などを製品化している。

RDS 杉原行里社長

 RDSの杉原行里社長は、「国立障害者リハビリテーションセンターの研究成果により、疾患を持っている人の歩き方には一定の特徴があることがわかっている。RDSでは、それに関する1000近いデータを蓄積し、区分しており、その成果を生かしたい。具体的には、歩いている人をロボットが追尾し、バイオマーカーから歩行データを収集。RDSが持つデータバンクと照合して、疾患にかかっていることを発見する。未病を発見できる追尾型歩行解析ロボットになる。研究を通じて、アルゴリズムの改善や、より確度の高い計算式の発見などにつなげたい」と語った。

 埼玉県は人口1万人あたりの医師、看護師が日本で最も少ないという。この取り組みが未病対策にも活用できると期待される。

喫緊の社会課題解決目指し「稼ぐ力」高める

 今回の取り組みは、埼玉県が2014年から取り組んでいる「先端産業創造プロジェクト」をベースに実施しているもので、「出口を意識し、喫緊の社会課題の解決を目指すオープンイノベーション支援事業としている」(埼玉県産業労働部先端産業課長の斉藤豊氏)という。

 「先端技術の開発だけを目的とするのではなく、社会課題の解決につながるテクノロジーの社会実装を支援し、豊かな社会や暮らしの実現にも貢献するとともに、稼ぐ力を高めることにもつなげたい」(同)とする今回の取り組みが注目される。