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ブロックチェーンの技術を車にも、デンソーがウェビナー「DENSO Tech Links Tokyo #12」を開催

 株式会社デンソーによる技術系ウェビナー「DENSO Tech Links Tokyo #12」が9月2日に開催された。今回のテーマは「ブロックチェーンで私たちの生活はどう変わる?」。

 DENSO Tech Links Tokyoは、自動車部品メーカーであるデンソーが、自社に関連する先端技術について紹介するもの。第12回の今回は、ブロックチェーンの社会や自動車への応用と、デンソーブロックチェーン基盤について、同社のまちづくり企画室 情報トレサビ開発課のメンバーによる解説がなされた。

右から、岡部達哉氏、ファン ヤウェン氏、加藤良文氏、徐昕氏

QRコードにブロックチェーンのQRコードを埋め込んでトレーサビリティ

 1つめの講演は、まちづくり企画室 情報トレサビ開発課の岡部達哉氏による「デンソーにおけるブロックチェーンへの取り組み」だ。

 冒頭で岡部氏はデンソーの事業領域を紹介した。車載領域から、MaaS・物流・食料品・ロボット領域に広がり、「『モノビジネス』から『モノビジネス+コトビジネス』へ変革したいと思っている。そのために必要なのがデータで、データの安全を確保するためにブロックチェーンに取り組んでいる」と語った。

デンソー まちづくり企画室 情報トレサビ開発課 岡部達哉氏
なぜデンソーがブロックチェーンなのか

 まずは改めてブロックチェーンとは何かについて。岡部氏は「ブロックチェーン=仮想通貨、ではない」ことを強調した。

 ブロックチェーンは、2008年にビットコインを支える技術として提唱した。近年ではデータが改ざんできない技術として仮想通貨以外の領域で活用が広がっている。

 ブロックチェーンは主に3つの技術からなる。ブロックに前ブロックのハッシュ関数を入れた「ハッシュチェーン」、情報を共有する「分散台帳」、マイニングのための「合意形成アルゴリズム」だ。

 自動車業界の動向を見てみると、フォルクスワーゲン、ルノー、BMW、ボッシュ、フォード、ダイムラーが、それぞれ内容は異なるがブロックチェーンに取り組んでいることを岡部氏は紹介した。

ブロックチェーン技術とは
他社・他国の動向

 続いてデンソーがブロックチェーンで目指す姿について。

 岡部氏はデンソーが解決したい社会課題を、トレーサビリティ(トレサビ)とデータ管理の2つに分けて紹介した。トレーサビリティには、強制労働管理、電池トレサビ、CO₂、商品・製品偽装、HACCP(温度管理)がある。また、シェアリング(個人間契約)、シェアカー時代の保険、EV時代の税収確保(マイクロペイメント)がある。このうちトレーサビリティについては岡部氏の講演で、データ管理は徐氏の講演で説明される。

 デンソーが目指す方向としては、「クルマまわりブロックチェーンプラットフォーマになり、安全・安心なクルマまわりのサービスを提供可能とする」ことを岡部氏は掲げた。

デンソーが解決したい社会課題
デンソーが目指す方向性

 ここからトレーサビリティについての話だ。トレーサビリティとはたとえば「いま食べているハンバーガーの原材料はどこから来たか」が分かることだ。

 そのための技術課題と解決手法を岡部氏は語った。まず、トレサビの情報をいかに改ざんから守るかということについては、ブロックチェーンを活用する。情報と製品・商品の一致をいかに図るかについては、QRコードやバーコードを活用する。導入コストを下げるためにいかに既存流通システムに付加するかについては、既存流通システムを生かして特殊なQRコード、バーコードを導入する。

 続いて実際に作っているシステムの概要だ。材料を作る会社は、企業または製造元の情報をブロックチェーンに入れておき、さらにその情報と製造履歴をタイムスタンプとともにブロックチェーンに入れて、ハッシュ値をQRコードにして印刷し、材料に貼って加工会社に送る。受け取った加工会社は、それぞれの材料のQRコードを読み取り、自社の情報をまじえてブロックチェーンに送る。

 また、既存の流通のサプライチェーンシステムを生かすために、特殊なQRコード・バーコードを導入する。これは、既存システムのQRコードやバーコードの空きスペースにブロックチェーンのQRコードを埋め込むことで、既存システムをほぼそのまま使えるようにするものだ。なお、QRコードはデンソー子会社のデンソーウェーブが開発した技術である。

 最後に岡部氏は、トレーサビリティーの応用として、コールドチェーン(温度管理システム)やカーボンフットプリントのアイデアを紹介した。

提供したい価値と、技術課題と解決手法
トレーサビリティシステムの概要
特殊なQRコード・バーコード
トレーサビリティの応用

車両に記録されたデータの改ざんをブロックチェーンで防ぐ

 2つめの講演は、まちづくり企画室 情報トレサビ開発課の徐昕氏による「車載ブロックチェーン技術」だ。車載でデータを保護する必要性と、そこにブロックチェーンを用いる意義について語られた。

 現在、MaaS(Mobility as a Service)などモビリティサービスが広がるにつれて、センサー情報や車の解析情報をもとにビジネスが生まれるようになっている。それにともない、走行距離や事故履歴を改ざんのように、データを改ざんして経済利益を得るモチベーションも増える。

デンソー まちづくり企画室 情報トレサビ開発課 徐昕氏
モビリティサービス普及に伴う車両データの変化

 モビリティサービスにおける攻撃手法を大別すると、「第三者による不特定車両に対する攻撃」「第三者による特定車両に対する攻撃」「所有者等内部犯行」の3つがある。このうち車両データの改ざんは、主に2つめと3つめが想定されると徐氏は説明した。

 具体的なパターンの例として、第三者による特定車両に対する攻撃では、パスワードを不正取得して車両データを改ざんする、OSの脆弱性を利用してデータを改ざんする、不正なサードパーティーアプリでデータを改ざんする、というパターンが考えられる。

 所有者等内部犯行では、車両ストレージを物理的に取り外してデータを改ざん、偽のECUを取り付けてデータやプログラムを改ざん、OBD-IIポートや無線通信製品を経由してECUデータを改ざん、というパターンが考えられる。

3種類の攻撃手法
車両データ改ざんの想定パターンの例

 それに対する車両情報の完全性保証の考え方として、たとえばデータは車両ではなくネットサーク経由でクラウドに保存するという考え方もある。ただし、自動車からの通信は安定性が悪く、クラウドにすぐアップロードできないことがあるため、車両ローカル側にも一定期間のデータが保存される。そこで、車両でも改ざんの対策が必要になる。

 そこでブロックチェーンの技術を使う。社内で完結したローカルチェーンでデータを記録し、さらにCPUの機能で作られる車載器のセキュアエリアにブロックのハッシュ値を保存する。これによって改ざんを検知する。

 ブロックチェーンを採用した理由について、ほかの手法との比較で徐氏は説明した。車載では、車両データが動的に更新される「データ更新頻度」、ストレージの空き容量が少ないという「コスト」、車載ECUの性能が貧弱という「軽量化」の3つの課題があるという。車載用に軽量動作するよう作られたブロックチェーンなら、この3つの課題に対応できると氏は述べた。

 車載ブロックチェーンのデータは、通信経由で企業間連携ブロックチェーンにコピーされる。これにより、車両からクラウドまでのエンドツーエンドでデータが保護されると徐氏は語った。

車両情報の完全性保証の考え方
車載ブロックチェーンで改ざんを検知
車載ブロックチェーンと既存方法の比較
エンドツーエンドのデータ保護

性能を検証し障害の課題を解決して基盤を構築

 3つめの講演は、まちづくり企画室 情報トレサビ開発課のファン ヤウェン氏による「デンソーブロックチェーン基盤開発」だ。

 まず、徐氏の講演でも触れられた企業間連携ブロックチェーンについて。車がIoTの端末になってくると、保険やディーラー、駐車、修理店など、さまざまなサービスの自動化が可能になる。そこで、情報の信頼性を担保するためにブロックチェーンを用いて、複数企業間のモビリティサービスを可能にするものだ。

デンソー まちづくり企画室 情報トレサビ開発課 ファン ヤウェン氏
企業間連携ブロックチェーン

 次にデンソーブロックチェーン基盤について。クラウドプラットフォームからサービスまで機能ごとにレイヤーで分かれているのが特徴だという。大きく分けると、下位レイヤーから、オープンソフトウェアエリア、コアエリア、カスタマーエリアに分かれる。今回のファン氏の講演は、このうちLayer 1.0〜Layer 1.5を扱うと説明された。

デンソーブロックチェーン基盤

 Layer 1.0にあたる、ブロックチェーン基盤のOSSについては、適切なブロックチェーンを選定するために俯瞰調査を行ったことが語られた。調査する基盤OSSとしては、普及度(経済規模・利用頻度)の高さと、デンソーブロックチェーン基盤への応用性を選定基準として、Ethereum、Quorum、Corda、Hyperledger Fabric、Hyperledger Irohaが選ばれた。

 機能と性能の比較では、QuorumとHyperledger Fabricは求性能が優れているという結果となった。さらに、システムを実装してパフォーマンス検証し、社内のノウハウを蓄積したとファン氏は報告した。

ブロックチェーン基盤のOSSの調査
調査対象のOSS
機能と性能比較
システムを実装してパフォーマンス検証

 その上で、そうしたデンソーブロックチェーン基盤の最適化が紹介された。

 1つめの課題は、データの大きさによる障害だ。たとえば自動車保険のために修理記録や車の外観データを記録しようとすると、データが大きくなり、そのままブロックチェーンに入れては負担が大きい。そこで、デンソーブロックチェーン基盤ではデータのハッシュ値のみをブロックチェーンに保存するようにした。

 2つめの課題は、プロセスの同時実行による障害だ。大規模システムで複数プログラムを同時実行するとコンピューティングリソースが枯渇するという。そこで、デンソーブロックチェーン基盤では、優先順位を付けてコンピューティングリソースを配分するようにした。

課題1:データの大きさ
課題2:プロセスの同時実行

 最後に、今後の取り組みについて。ハン氏は、最適化および機能拡張を進めていると語り、スケーラビリティ(V2Vの利用でのノード数の拡張)、エビデンスシステム(データ自身の信憑性証明)、インターオペラビリティ(ブロックチェーンどうしの取引)への取り組みを挙げた。

今後の展望

クロストークと質疑応答も開催

 講演のあとには、CTOの加藤良文氏を加えて、クロストークと、視聴者からの質疑応答が行われた。

 1つめのテーマは「ブロックチェーンで私たちの生活はどう変わる?」。スーパーに並んでいる商品について情報が分かるものや、自動車の中古車の売買で車両の状態を保証するものなどが挙げられた。また、目の前にあるものが誰が作っってどれぐらいCO₂を排出しているといったことが分かるのがあたりまえになれば、調べなくても安心感が広がるという意見も出た。

 2つめのテーマは「ブロックチェーンに取り組む大変さや面白さは?」。加藤氏は、論理学、数学、ネットワーク、コンピュータサイエンス、経済学、心理学を含む技術だと思ったことや、役員から怪しい技術だと思われたことを挙げた。また岡部氏は、いい論文がないので自分たちで考えなくてはいけないことと、加藤氏も言うように幅広い勉強が必要だったことを挙げた。

 面白い点について、徐氏は、ブロックチェーンは素材であり、顧客の課題と自分たちの技術を組み合わせて新しいアイデアが生まれるのが楽しいと語った。ファン氏は、ブロックチェーンでは競争相手がベンチャーなので開発スピードが鍵になり、大変だったが楽しかったと語った。

 3つめのテーマは「ブロックチェーンに必要なスキルは?」。これについては、プログラミングやコンピューターネットワーク、組み込み、スマホアプリ、そしてもちろんブロックチェーンが挙げられた。そして、社員教育が整っていること、既存の資料では足りないので自分たちで資料を作ったことなどが紹介された。

1つめのテーマ「ブロックチェーンで私たちの生活はどう変わる?」
2つめのテーマ「ブロックチェーンに取り組む大変さや面白さは?」
3つめのテーマ「ブロックチェーンに必要なスキルは?」

 視聴者からの質疑応答では、ブロックチェーンのエネルギー消費についての質問が出て、エネルギー消費の大きいPoW(Proof of Work)以外により電力消費が少ないアルゴリズムが登場していることが紹介された。

 そのほか、ものづくりとブロックチェーン、ブロックチェーンが自動車業界にもたらす影響、技術選定で課題になったこと、文系でも活動できるか、といった質問が出た。