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医療の進化から「脳を外部から制御」されるリスクまで―IoB(インターネット・オブ・ボディ)の今後と保険業界への影響を、NTTデータがレポート

 株式会社NTTデータと株式会社NTTデータ経営研究所、および、英国の将来予測を専門とするシンクタンクのSCHOOL OF INTERNATIONAL FUTURES(SOIF)は7月27日、「インターネット・オブ・ボディ(IoB)」の将来と保険業界への影響に関するレポートを発表した。

 IoBは、IoT(インターネット・オブ・シングス/モノのインターネット)の進化系と位置付けられており、センサー技術、AI、接続性、材料科学の進歩によって駆動され、人間の生理学と、その機能を監視または変更する能力を持つソフトウェアとハードウェアの融合により具現化するとされる。具体的には、スマートウォッチのようなものや、人工臓器などが一例だ。

IoTから進化、IoBの持つ可能性とリスク

 同レポートでは、IoBの定義はまだ確定していないとしつつ、「身体に関するデータを収集する」「ソフトウェアやコンピューティング機能を搭載している」「インターネットやインターネット接続デバイスと通信できる」と、その特徴を3点挙げている。そして、次の3種のデバイスがIoBに相当するとしている。

  • 第1世代:「体外」デバイス(ウェアラブルやスマート衣服など)
  • 第2世代:「体内」デバイス(デジタルピルや人工膵臓など)
  • 第3世代:人間と機械を融合させ、人間の能力を拡張するもの

 このような機器は、さまざまな分野に影響を及ぼし、例えばヘルスケア分野では医療の質向上や医療サービスの負担軽減につながる可能性が期待される。そして、保険業界においては、リスクと責任の評価を改善し、顧客行動のモニタリングや促進に新たな展望をもたらしたり、革新的なビジネスモデルを創出したりできる可能性が期待されているという。

 一方で、IoB技術には重大なリスクも伴うという。具体的には、プライバシーに対する「前例のない」脅威、セキュリティ侵害がユーザーの身体的危害につながる可能性、そして、IoBを活用できる環境にあるかないかで社会的格差が深まる可能性だ。そのほか、身体や行動に対する制御がアルゴリズムやそれを開発する組織にますます委ねられるようになることから、個人の自律性についても疑問が提起されるとする。

 本レポートは、こうした可能性とリスクの懸念につき、特に保険業界に向けた影響を予測するものだ。なお、レポート(要約版)は、プレスリリースのウェブページからPDFファイルとしてダウンロードできる。

公開されたレポートより、インターネット・オブ・ボディがもたらす将来の機会とリスク(出典:SOIF)

医療、生産性、セキュリティなど5つのテーマで影響を分析

 レポートでは、現状のIoBの技術と事例をまとめ、社会的コンテキスト、技術的コンテキストのそれぞれの視点から論点の整理したうえで、「健康と医療化」「仕事と生産性」「プライバシーとセキュリティ」「アイデンティティと自律性」「保険業界への全体的な影響」の5つのテーマについて、影響を分析し、示唆をまとめている。

健康と医療化:
医療サービスの向上など幅広い応用の一方で、データ偏重によるリスクも

 医療における応用はIoBについて語る際のメインテーマであり、病院や介護の現場だけでなく、日常的な健康管理にいても活用が期待される。周辺分野としては、食品やスポーツ、化粧品などでも、新たな市場機会の創出も期待できる。

 人が胎児の段階からの生涯において曝露する環境因子を「エクスポソーム」と呼ぶが、IoB技術は、このエクスポソームのマッピングを可能にし、公衆衛生対策の改善につながるだろうとしている。一方で、医療を精神的なものより肉体的なものに集中させてしまう、行動の健康への影響に対して不健康なまでに過敏になる、といった悪影響の可能性も示唆している。

仕事と生産性:
生産性の向上、そして労働者の管理・制御につながる可能性

 職場におけるIoB機器の応用には、従業員の動きや注意力、疲労レベルなどを測定しようとする既存のデバイス、従業員の能力を高める可能性がある脳インプラントなどまで多岐にわたり、生産性や能力の向上のほか、ウェルビーイングや従業員満足度の向上などにつながる可能性があると示唆している。一方、これらは雇用主により多くの情報と権限を与え、マイクロマネジメントを促進し、包括的な監視によって、不満ややる気のない労働者を生み出す危険性があるとも指摘している。

 このように、仕事と生産性分野におけるIoTデバイスは、個人にとってはパフォーマンス向上につながる可能性がある一方で、雇用者・管理者につっては、労働者を制御するデバイスとなりうる。

 労働人口の減少、高齢化といった課題を抱える日本などの国においては、生産性改善を目指す政府によって、導入が推進される可能性があるとも指摘。そのような場合には、政府は労働者の個人情報保護、自由と権利を保護するために適切な規制を評価する必要があるとしている。

プライバシーとセキュリティ
セキュリティ侵害によりユーザーの身体が直接害されうる「重大な問題」

 IoB技術は、収集されるデータの機密性や、関係する人間、または技術そのもののセキュリティの不備により、ほかの関係者がデータにアクセスし、身体の一部を制御できる可能性がある。そのため、プライバシーとセキュリティに関する重大な問題を提起するとしている。

 「身体の一部」には脳も含まれ、雇用主や政府が脳にアクセスし、データを引き出されたり、制御されたりする可能性もある。レポートでは、先行するIoTの例から考えれば「人々はセキュリティを考慮せずにモノを作り、出荷していることは明らかで、今後もそうなる可能性がある」とも述べている。

 ただし、リスクの深刻さは、課題に取り組む強い動機ともなり得る。IoBの普及により、考え方が変わり、プライバシーやセキュリティが向上する可能性もあるとしているが、問題が解決されなければ、業界全体が社会から信頼されなくなる可能性があるとしている。

アイデンティティと自律性:
自律性が失われていく懸念。「よく生きる」とはどういうことか?

 IoB技術により、人は自身の体や習慣、行動をよりよく理解できる可能性があり、自己認識と自己決定を深めた結果、より充実した人生を送れるようになる可能性がある。その一方で、技術により技術の利用が決定される面があり、自律性が失われて、全ての人を「正常か」されたライフスタイルやアイデンティティに導く懸念もある。このように、「IoBはより個人主義を促進する一方で、個性を減少させる可能性がある」と指摘している。

 関連して、相反する「最適化」の目標があるとき、例えば炭素排出量に関する推奨事項と健康に関するほかの推奨事項とが衝突する場合、どうなるかは問題だとしている。

 また、個々の生物学的特徴や状況にあわせて「よく生きる」とはどういうことかをより明確にすることは、健康にもいい影響を与えるかもしれないと述べている。このことは、「良いもの」の定義を誰が、あるいは何が決定するのかという哲学的な問題をも提起するという。

保険業界への全体的な影響:
データに基づく活動が可能になるが、新たな懸念も

 保険業界にとって、IoBは、、これはさまざまな機会と関連する課題を生み出すとして、「判断」「最適化」「解決」の保健活動の3つの段階に分け、影響を分析している。

 リスク評価や、顧客の引き受けおよび価格決定を行う「決定」の段階では、顧客のアンケートに頼らずデータをもとにリスク評価を行えるようになる。一方で、保険会社にデータ分析の能力が問われる。

 「最適化」の段階では、IoB技術により顧客の行動を監視し、リスクを回避するよう誘導できるとする。しかし、実際のシステムの開発は困難であり、監視や介入が敬遠される可能性があるとする。

 保険金請求時の責任評価を行う「解決」の段階では、個人の報告とは別に、データに基づく分析を行うことができる。しかし、プライバシーに関する懸念がある。

 また、全ての段階において、意思決定の自動化が望まれるだろうが、何に基づいた意思決定なのか、人々がそれに意義を唱える余地がどれだけあるのか、といった懸念があるとする。

公開されたレポートより、IoBデータは保険プロセスをどう変えるのか(出典:SOIF)

不確実性やリスクもあるが、イノベーションの好機に

 このほかに、保険業界が管理する必要のある4つの主要な不確実性の領域があるとしている。それは、IoT技術および製品の「精度と信頼性」、IoB技術が普及してきたときの「顧客の要望」、業界の人たちの「スキル・能力」、保険やIoBのサービスへの「アクセシビリティ」だ。

 また、「IoBに関連するリスクはあるものの、ここにはまだ大きなチャンスがある」として、3つの課題を挙げている。1つ目は、顧客の結果に真の違いをもたらす少数の指標を特定し、そこに重点を置くこと。2つ目は、保険をより柔軟にすること、3つ目は、新しいタイプの相互扶助の機会があり、それを、保険部門に新しいビジネスモデルを開発する機会とすることだ。

 レポートの最後では、「識別、認証、許可の領域でのイノベーションが期待されている」として、信頼やセキュリティなどに関する新しい技術の構築を手助けするパートナーに、保険業界がなることを提案している。