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JAXAとNEC、世界で初めて1.5μm帯による衛星間光通信での大容量データ伝送に成功

 JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)とNECは、世界初となる1.5μm帯による衛星間光通信での大容量データ伝送に成功したと発表した。

 両社によると、2025年1月10日に、JAXAの先進レーダー衛星「だいち4号」(ALOS-4)と、約4万km離れた静止軌道上の光データ中継衛星との間で、光衛星間通信システム「LUCAS」を用いた通信光波長1.5μm帯の光通信により、だいち4号の観測データを、静止衛星経由で地上局に初めて伝送した。

 前世代の電波を用いたデータ中継技術衛星「こだま」(DRTS)での伝送速度は240Mbpsであり、今回の実証では、7.5倍の1.8Gbpsのデータ伝送速度を実現。世界最速の光衛星間通信を達成したという。

限られた時間でも大容量通信により広大な領域のデータを取得可能に

JAXA第一宇宙技術部門JDRSプロジェクトチームの山川史郎氏

 JAXA第一宇宙技術部門JDRSプロジェクトチームの山川史郎氏は、「データを中継する衛星を用いた通信可能時間は40分以内となる。光通信技術の適用により、通信時間の長時間化、即時性などが可能になるほか、データを中継する衛星のメリットを生かして、データ転送の高速化が図れる。地上局への直接伝送では、複数回に分けて伝送する必要があるが、LUCASを利用することで、広大な領域における観測データを一度の通信で取得できるのが特徴だ」とした。

 また、「撮像を行いながら、光データ中継衛星に逐次伝送することで、地峡全周の約3分の1となる1万3000kmに及ぶ超大容量データの即時伝送を実証した。北極海の海氷の様子から、欧州の都市部、熱帯雨林の自然保護区までを、10m分解能の鮮明な画像を、LUCASを用いて即時伝送した。今後は、LUCAS経由の緊急コマンド運用と合わせることで、災害時などにおける広域、迅速な状況把握に寄与できる」と語った。

中継する衛星の光化により、高速化と同時に小型化・軽量化を実現

 NECは、JAXAが進める光衛星間通信プロジェクト「LUCAS」(Laser Utilizing Communication System)の光通信機器のプライムメーカーとして、LUCASのシステム設計、光ターミナルの製造、衛星システム試験支援、衛星システムの初期機能の確認運用支援を担当してきた。

 JAXAでは、2020年11月に光データ中継衛星を打ち上げ、2024年7月には、だいち4号の打ち上げに成功。2024年10月から、だいち4号と、光データ中継衛星との間で光衛星間通信を確立し、技術的な検証を続けてきた。

 データを中継する衛星の光化により、高速、大容量の信号伝送が可能であるとともに、通信機器の小型、軽量化を実現。通信波の広がりが少ないことから、通信システム間の干渉が発生しにくく、通信妨害や受信傍受に強く、秘匿性が高いという特徴も持つ。LUCASの静止衛星用光ターミナル(OGLCT)のアンテナ径は15cmと小型化している。

 宇宙空間では、高度約3万6000kmの静止軌道で、光データ中継衛星が約3.1km/秒の速度で移動し、その一方で、低軌道周回の地球観測衛星が約7.6km/秒という高速で移動している。その状況において、相手衛星へ向けて、約4万km離れた位置でも、500m程度にしか広がらないレーザー光を正確に照射し続けるために、レーザー光の高出力光増幅技術とレーザー光技術を用いて、相手衛星へ指向させ、捕捉、追尾しているのが、今回の技術の特徴だ。

 NECでは、LUCASの主要素である光データ中継衛星用と、地球観測衛星用の双方の光通信ターミナル機器に新たな技術を搭載し、これらの課題を解決した。具体的には、1000分の5度以下の高い精度で相手を補足追尾することができるマイクロラジアン級の「超高精度指向制御システム」、3Wの強い光を、数ミクロンの太さの光ファイバーに通すための「3W級超高出力光ファイバーアンプ」、100万分の5度の精度で高い安定性を維持しながら、ドップラシフトを補償する「5ppm級超高安定ドップラ補償システム」によって、解決を図ったという。

 また、だいち4号には、JAXAとNECが開発した衛星搭載船舶自動識別システム実験3(SPAISE3)のための装置を搭載しており、船舶密集地域における船舶の動きを観測。この観測データについても、光通信によるデータ伝送を利用することで、多くのデータ量をリアルタイムで伝送できるようになるという。

 NECフェローの三好弘晃氏は、「静止衛星が移動している速度は、銃弾よりもはるかに速い。また、高速道路で走行中に、スマホで風景を撮影する際に写真がブレてしまうことがあるが、宇宙では、衛星の振動があっても高精度で撮影しなくてはならない。また、1.5μm帯の光は半導体レーザーで発信するが10mW程度の微弱なものであり、4万kmの間に10億分の1にまで減衰する。陸上や海底ケーブルで使用しているファイバーアンプは途中で中継機があるため100mW程度の光で済むが、宇宙では中継機がないため、誰もやったことがないエネルギー密度の光を通す必要がある。さらに、受信する際に光の周波数が5GHz程度ずれるため、周波数のシフト量は信号帯域よりもはるかに大きい。こうしたさまざまな課題を解決する必要があり、NECの技術によって、数々の困難を乗り越えながら克服することができた」と語った。

NECフェローの三好弘晃氏

宇宙光通信は「総合格闘技」

 NECでは、宇宙光通信を、熱、光、電気、機械、制御、軌道、ソフトウェア、システムというさまざまなな技術を活用した「総合格闘技」と表現。「NECは、1970年以来、JAXAとともに二人三脚で、日本の宇宙技術の発展に取り組んできた。50年以上の歴史を引き継いできたNECのエンジニアによって実現したものである」と胸を張った。

 1.5μm帯への対応は、NECが取り組んできた地上や海底の光ファイバー通信システムの開発実績に基づく技術をベースにしており、「1.5μm帯の宇宙化に挑んだ」と位置づけている。「この波長帯では光技術や光通信に関するサプライチェーンが構成されており、今後の宇宙事業の世界的な拡大を支える産業基盤としての応用が可能になる。1.5μm帯が標準波長になるという流れのなかで、NECが世界をリードしていくことになる」と自信をみせた。

 NECでは、今回の静止軌道衛星と低軌道衛星間の長距離高速伝送の成功により、宇宙光通信の利用が加速すると見ており、関係機関や協業先と連携しながら、衛星間光通信の技術開発を推進。日本の宇宙開発の発展に貢献する姿勢を示している。

 「宇宙化したインターネットによって、国境を超えた公共サービスの利用や、物流インフラのシェアリングを可能にし、少子高齢化時代における経済活動を持続可能にできる。これまでに応用されていない社会資本にもスポットライトをあてることができ、未来の賑わいを創るイネーブラとしての役割を果たすだろう。世界各国や企業の経済発展を支える新たなデジタルプラットフォームになる」と社会への貢献について語った。