カスペルスキー氏、MS製セキュリティソフトは「I Don't Care」


 ロシアのセキュリティベンダー、Kaspersky LabでCEOを務めるユージン・カスペルスキー氏に、マイクロソフトが9月末に提供を開始した無料セキュリティソフト「Microsoft Security Essentials」についての評価やサイバー犯罪の最新動向を伺った。

Microsoft Security Essentialsが市場シェアに与える影響はない

Kaspersky LabでCEOを務めるユージン・カスペルスキー氏

――Microsoft Security EssentialsがKaspersky製品に与える影響はあるのか。

カスペルスキー氏:考えられるのは、無料セキュリティソフトのユーザーの移行先として、Security Essentialsが選ばれるかもしれないということだ。ただし、無料ソフトのセキュリティレベルであれば、AVGの方が高いと思う。

 Microsoftは以前、「Windows Live OneCare」というセキュリティソフトを販売していたが、成功はしなかった。Security EssentialsがOne CareなのかTwo Careなのかわからないが、“I Don't Care”(私の知ったことではない)だ(笑)。

 真面目に答えると、MicrosoftはOSベンダーであり、セキュリティベンダーではない。OSのリソースを割いてまでセキュリティに注力することもないだろう。こうしたことからユーザーが受け入れるとは考えられず、Kaspersky製品の市場シェアに影響はないだろう。

――Microsoft Security Essentialsの機能面はどう評価しているのか。

カスペルスキー氏:正直なところ1回も起動したことがないのでわからない(笑)。私は普段、セキュリティ業界のニュースはチェックするが、ロシアの国産自動車のニュースは興味がないので目を通さない。私がSecurity Essentialsを理解していないのも、それと同じ理由だ。

 もちろん、無料ソフトであることは知っている。一般的に無料ソフトは、有料ソフトと比べると機能制限があるものだ。無料のセキュリティソフトでは、開発コストが最もかかるウイルス定義ファイルのアップデート回数が少なかったりするが、それによってユーザーが失うものは大きいと考えている。

 とはいえ、定義ファイルをアップデートせずにセキュリティを担保できる手法を開発できれば、Kaspersky Labでも無料ソフトを提供するかもしれない。現時点で無料ソフトに関する明確な方策はないが、Kaspersky Labとしては常に、無料ソフト市場の可能性を検討している。

FacebookやTwitterはサイバー犯罪者の格好の標的

ネット上での情報発信はKasperskyのユーザーフォーラムページに投稿する程度というカスペルスキー氏。Twitterは時間が無いので使っていないという

――金銭目的のサイバー犯罪が増えていると言われて久しいが、最近のサイバー犯罪の傾向に変化はあるのか。

カスペルスキー氏:サイバー犯罪は組織化が進んでおり、アイデアを考案する集団を頂点に、ウイルス開発、ボットネット構築、個人情報収集などの分業が進んでいる。最近では、以前にも増して金融系企業を標的にした攻撃が顕著に増えている。

 2008年11月には、英国の銀行関連会社のシステムに不正アクセスして得た顧客情報をもとにATMカードを偽造した犯罪者集団が、世界主要都市のATMから900万ドルを盗み出す事件が起こった。最近では不況のせいか、従業員が買収されるケースもある。銀行のシステム担当者がインサイダーとなり、不正アクセスを仲介した事例もあった。

――SNSをはじめとするソーシャルサービスでは、悪意のあるサイトへのリンクなどをクリックさせる手口も増えているが。

カスペルスキー氏:FacebookやMySpace、Twitterなどのソーシャルサービスは、サイバー犯罪者の格好の標的だ。こうした攻撃は、「閉じられた空間でやりとりされる情報は疑わない」という人間の心理を突いているため、セキュリティソフトだけでは防ぎきれない面もある。

 ユーザーは、セキュリティソフトをインストールするのはもちろんだが、ネット利用時に常に脳を働かせておくべきだ。同じサービスの利用者が勧めるリンクだからといって、無自覚にクリックしてはいけない。道ばたで気安く他人に免許証を提示しないように、ネット上でもそのように振る舞う必要がある。

中国ではジャッキー・チェンとのイベントで7万5000人を動員

中国版カスペルスキーのパッケージには、カスペルスキー氏とジャッキーチェンの写真が入っている

――マルウェアの発生件数が急増している昨今、ウイルス定義ファイルによる対策には限界があると言われている。

カスペルスキー氏:現在は2秒に1件の割合で新規のマルウェアが検出されている。こうした状況ではウイルス定義ファイルによる従来の対策では、新たに発生するマルウェアに対応しきれない。

 これに対して「Kaspersky Internet Security 2010」では、全世界のユーザーからマルウェアやその配信元情報をリアルタイムに収集する仕組みによって、ウイルス定義ファイルに登録されていない新種の脅威への対応を強化している。

 ユーザーが導入する新規のソフトウェアをサンドボックス上で実行できる「仮想実行スペース」も追加した。これを利用すれば、危険なアプリケーションを実行しても、実環境には影響を及ぼさないため、ウイルス感染や個人情報流出などの被害を防ぐことができる。

 セキュリティソフトの開発体制も強化している。モスクワ本社の社員は、3年前の500人から現在は1500人と3倍に増え、製品開発担当者は700人に上る。現時点で開発拠点はロシアの3都市のみだが、今後は米国西海岸に拠点を置くほか、日本にテストラボを設置する予定だ。

――中国ではジャッキー・チェンと共同でイベントを行い、大勢の観衆を動員したと聞いている。中国でのシェアは伸びているのか。

カスペルスキー氏:実は中国におけるKasperskyは、正規版だけでなく海賊版のシェアも高かった。しかし、海賊版の登録キーを利用できなくする措置を取ったところ、正規版の利用者がかなり増えた。中国は海賊版利用者が多いと思われがちだが、ネット犯罪が増えているせいか、セキュリティソフトにお金を出すという意識を持つ人は多い。

 北京五輪のメインスタジアム「北京国家体育館」でジャッキー・チェンと行ったイベントでは、7万5000人が詰めかけてくれた。日本は例外だが、アジア地域の宣伝広告ではジャッキーと自分が並ぶ写真が使われている。反応は上々で、ヨーロッパでも話題になった。

――日本ではテレビで放映中の「秘密結社 鷹の爪 カウントダウン」にユージンさんのキャラクターが登場しているが、反響はどうか。

カスペルスキー氏:知らなかった(笑)。

――ありがとうございました。


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(増田 覚)

2009/11/13 06:00