特別企画

自炊代行「許諾」の未来とは、“蔵書電子化”関係者座談会(前編)

 スキャン代行業を巡る動きが活発化している。2013年3月に「Myブック変換協議会(正式名称:蔵書電子化事業連絡協議会)」が発足したことは、協議会統括を務める瀬尾太一氏へのインタビュー(※1)ですでにお伝えした通りだが、6月に入ってスキャン代行業者側の事業者団体として「日本蔵書電子化事業者協会」が新たに発足。その後、両者の間で蔵書電子化に関する基本方針について合意したことが発表(※2)された。スキャン代行事業者に対する個人蔵書電子化の許諾付与が現実味を帯びてきたことになる。

 今回は、両団体の代表者に基本事項合意までの流れを振り返ってもらいつつ、また利用者からのざっくばらんな疑問を投げかけることを目的とした座談会を、前後編にわたってお届けする。前編では両者の基本合意に至るまでの経緯と合意事項のポイント、後編ではこの座談会の直前に発表されたばかりのPFUの非破壊型スキャナ「ScanSnap SV600」(※3)の話題なども絡めつつ、スキャン代行業の将来を探っていく。

参加者
瀬尾太一(Myブック変換協議会/日本写真著作権協会)
藤田剛士(日本蔵書電子化事業者協会/株式会社ブックスキャン)
鷹野凌(ライター、自炊非利用者)
山口真弘(ライター、自炊利用者)

司会
西田宗千佳(ジャーナリスト、自炊利用者)

左から山口真弘氏、藤田剛士氏、西田宗千佳氏、瀬尾太一氏

――ではまず自己紹介から。ジャーナリストの西田宗千佳と申します。今日は全体の司会をさせていただきますが、著者でもあり、また自炊も日常的に行なっていますので、両方の立場が分かる人間としてお話させていただきたいと思います。

瀬尾:日本写真著作権協会の常務理事の瀬尾でございます。今日はMyブック変換協議会の統括という立場で参加させていただきます。これまでの協議はどうしてもプレーヤーだけの話になりがちだったので、今日は利用者などの方達の率直な意見を聞いて反映したいと考えています。

鷹野:フリーライターの鷹野凌と申します。私自身は自炊はやっておらず、自炊代行に出したこともありません。今日は、自炊代行に関して興味はあっても法的にグレーかもしれないので手を出しづらいユーザーの一人として参加させてもらえればなと思います。

山口:テクニカルライターの山口です。著者の一人でもあるのですが、今日はおもに自炊ユーザーとして参加させていただきます。冊数で言うとこれまで1000冊程度は自炊をしていますし、複数の自炊代行業者を使い比べたこともありますので、それを踏まえたお話ができればと。

藤田:ブックスキャンの藤田と申します。本日は日本蔵書電子化事業者協会の副会長という立場でも参加させていただきます。みなさんは電子書籍や自炊に詳しい方々ですので、お話を伺いながら今後のサービスや協会の方針に活かしていければと思います。

――蔵書の電子化における基本方針について、Myブック変換協議会と日本蔵書電子化事業者協会の間で合意したという発表があったわけですが、具体的な内容や経緯について僕らもきちんと理解していないので、まずはそこからご説明いただけると。

瀬尾:もともと自炊代行業者さんとお話しないといけないという前提で、3月の時点でMyブック変換協議会を起ち上げました。ただし1社とだけ話をするのではなく、自炊代行業、蔵書電子化という全体のためのお話し合いでなければいけないということで、我々のシンポジウムでもそれを強くアピールさせていただいた。

 それを受けて、日本蔵書電子化事業者協会というのが設立されたと。ひとまずこれでプレーヤーは揃ったねということで、先日の松原シンポジウム(編注:6月10日にマニフェスト評価機構の主催で実施されたシンポジウム「蔵書電子化(自炊)を考える -健全な市場形成は可能か-」)(※4)の中で、それぞれの案を見ていったわけです。

 おそらく日本蔵書電子化事業者協会さんは、我々がシンポジウムで提案したルールを横目で見つつ、ご自分達のルールを考えていらっしゃったのではないかと思うのですが、一方で我々もブックスキャンさんのビジネスモデルを参考にしながら考えていたというのもある。つまり相互に影響し合っていたという。

 じゃあすぐ始めましょうということで、最初の協議会を急遽設定したわけですが、実際に会ってお互いが出したペーパーの共通項に丸を付けていくと、文言こそ違えどほとんどが一致している状態だった。つまり、基本的にはもう合意だよねと。

出版社抜きの許諾ルール作りはあり得なかった

瀬尾:ただ、これはネットでも言われているし、我々も懸念しているのですが、出版社さんというプレーヤーが出て来ていない。これは非常に問題だと。なので、今回話が決まってからすぐに出版社さんの役員さんクラスに話を回しました。とりあえず(協議会に)顔を出してくださいと。というのは、これ以上話が進んで出版社さん抜きで合意ということになると、今後プレーヤーとして入って来るのが大変難しくなる。

 その結果、最終的に大手出版社が3社同席してくださいました。その上で、我々の議論に対して初めて前向きな姿勢を示してくださった。その中でも積極的な出版社さんには、今後その経営者さん達とお話をして、このスキームに乗っていただけるようご説明をしていきたいと思います。つまりこれからは実務レベルで話ができるわけです。

 今回の合意で問題なのは、どれだけのステークホルダーが出て来るかなんですね。著作者、事業者、それから文化庁、経産省ですが、今回は両方ともに出席していただいてます。要するに関係省庁が出てきて、しかも出版社も出てきて、つまりほとんどの関係者が揃った中で話をするというのが最大の問題点だったのを、先週の金曜日にすべて揃った状態でスタートができた。これがちょうど非破壊スキャナーの発表の翌日だったために、プレスリリースがかき消されてしまったんですけど(笑)。

 Myブック変換協議会というのはイデオロギー団体ではなく、実務ができないと意味がありません。たとえ数が少なくても業者さんや関係者と合意をしつつ許諾業務を進めていくことを目指していますので、先週の金曜日を第一歩として、これからは非常に速いスピードで実務にこぎつけるというのが、いまの我々のタスクになってきています。

自炊代行の許諾条件は「原本の再資源化」「同じ本でも毎回スキャン」

――今回の基本合意の中で条件面で何が重要だったのかが気になるのですが。

瀬尾:スキャンした書籍を溶解するという条件ですね。つまり、資源のリサイクルに回してもらいたいんですね。紙を溶かして再資源化し、もう1回使ってもらう。これをデフォルトにしたいというのが基本的な考え方です。

――溶かすことが問題なのではなく、再資源化することが基本であるというわけですね。で、そのための手法は問わないと。

瀬尾:そうです。どの業者さんでどういう方法をとるかは別にしても、再資源化していただくことと、それについて証明が取れる状態にしていただく。もう1つは、同じ本であっても1回ずつスキャンしていただくことですね。

 あと我々としては、スキャンした成果物に対してDRMで読み方を制限するようなかたちにしたくない。そのための処置として、ファイルが流出しないように管理していただくか、PDFのメタデータ領域に名前や業者の取引IDなどを入れていただきたい。つまり、悪意なく何の気無しに流出してしまったら、これは誰のですよというのが分かるようにしてほしい。

 悪意を持った不正利用に対しては何を入れてもダメなので、これは別の措置で対抗するしかない。通常の人達には、これはあなたの名前が入ったファイルなので大事にしてください、個人利用の範囲でお使いくださいというルールを決めて、その中でやっていただきたいというのがあります。

 そのほかにも細かいルールはありますが、ひとつ問題になるのはクラウドの共有ですね。現状はクラウドで受け渡しをする際、うっかり共有のチェックを入れると、自覚なしにファイルが公開されてしまう。これは悪意なき侵害を誘うというのが我々の考えで、やはり一定の制限が必要だろうと。システム的にどうするかは検討しなくてはいけませんが、そういったかたちでのファイル流出を食い止める仕組みは必要だと思っています。

 あと、第三者機関の設置というのがありましたが、これは我々の案にはなく、事業者協会さんからの提案です。これは私の推察ですが、出版社さんがその業種に対する不信感を訴えていましたから、それに対しての公正さを担保するために提案されたのではないかと。これは我々としてもウェルカムですね。

――日本蔵書電子化事業者協会としては、そのあたりの真意はいかがですか。

藤田:業者の数が多くなると、ルールが実際に守られているかを確認するのは難しくなってきますので、そうしたチェック体制を設けることで、より健全化が図れるだろうということですね。また先日、自炊代行業者の逮捕というかたちで大々的に報道されましたが(編注:コミックを不正に複製して電子データを販売した業者が逮捕され、これが「自炊代行業者逮捕」との見出しで報じられた)、そういった自炊代行業に対する不信感を払拭するためにも必要ではないかなと。

ホワイトリストの充実と孤児作品への対応が、著作物流通のきっかけに

――こうした点を利用者側はどう見ているのでしょうか。

山口:個人的には、手間と時間を節約する目的で、自炊代行業者を利用するのはありだという意見です。今回のルールもメタデータが書き込まれることはあっても、DRMはかかってはいませんし、デバイスを選ばずに読めるという自炊のメリットはクリアできている。私の場合はすでに自炊の環境を自宅に整えてしまっているのですぐにということはないですが、料金をみながら状況次第で使うというのはありだと思っています。

 ただ、これは著者としての視点も入って来るのですが、適正な事業者は表示を行うといいますが、別に表示がなくとも事業そのものはできてしまうんですよね。正規の自炊代行業者と、もうひとつ、何と呼ばれるのか分かりませんが、野良自炊代行業者みたいな、そういうのができてくることになる。このあたりは今後どう対応されていくんでしょう。

藤田:我々としてはルールを守れる事業者にはなるべく協会に入るよう促していきたいと思っています。ルールを守らない事業者にどう対応するかは、我々の協会とMyブック変換協議会さんとでいろいろ話し合いながら進めていくべき課題かなと思っています。

――実際問題として、法的にエンフォースメントがあるわけじゃないので、誰かがこのルールから外れた形で自炊代行をやりたいという時に止める方法はないということですよね。ただ、協会に入っている業者なら自炊代行を依頼するにしても法的にグレーではないという、お墨付きがある団体とそうでない団体との差ということになってくるのかなと。

スキャン代行を許諾しない著者の扱いはどうなる

鷹野:気になったのは、許諾しない著者の本がどのくらいの割合になるのかという点ですね。過去の書籍で著作権者が誰か分からなくなってしまっている本、よくいう孤児作品の問題ですが、そういう本は許諾をオプトアウトできないですよね。それらがどういう扱いになるのかがちょっと気になりました。

瀬尾:いきなり核心ですね(笑)。実はこのスキーム、ビジネスを始めることが重要と申し上げましたが、スタートの段階ではこの指止まれという形になるので、最初は本当に一部(の著者)だけだと思うんですね。じゃあそれ以外の人の許諾スキームをどうするのかということですが、今回のスキームで重要なのは、我々と許諾関係を結んだ場合、我々が許諾したもの以外にもMyブック変換協議会のルールを適用していただくというのが条件なんです。我々のルールが普及することを前提にしたスキームを課す。ただし自分達に権利がないものにも影響を及ぼすので、Win-Winでお互い納得するルールにしましょうよと。

 もう1つ、ホワイトリストとブラックリストについてですが、例えばブックスキャンさんが持っているリストがあった時、著者はブックスキャンさんに任せられるか否かでイエス、ノーを判断している。でも我々はそれよりもっと大きいかたちで、著作者として管理をすることを前提に、さらに大きなブラックリストやホワイトリストを作ります。もしかすると今ブラックリストに載っている人も、Myブック変換協議会でやるのならいいよと言ってもらえるかもしれない。

 さらに将来的には、このホワイトリストをより大きくオーソライズしていく方法を考えています。つまり権利所在データベースとしてどんどん公共化していき、その信頼性が高まっていけばイエスも増えていくだろうということで、このホワイトリストの増大化を考えています。最終的にもっと大きな、制度的なところまで発展させるようなものを考えています。これが2つ目。

 それから3つ目、オーファンワークス(編注:孤児作品)(※5)についてですが、国会図書館が近代デジタルライブラリーを作ったときの70%がパブリックドメインで、残り30%は許諾を取る必要があったのですが、結果的にそのうち9割は許諾が取れなかった。また、私のいる日本複製権センターで許諾のカバー率を出していくと、おそらく日本では多分70%くらいがオーファンワークスではないかと予想しています。

 日本というのは、ものすごく多い著作者と、ものすごく多い出版社で成り立っている、世界でもまれな国なんですよね。出版社の栄枯盛衰もありますし、個人商店的な出版社も山ほどある。つまり管理し切れてない場合も多いし、出版社自体がなくなることも多い。だから単純に著作者だけ調べていくにしても、70%程度はオーファンであると。ストレートに許諾を取れないケースは大変多いので、ホワイトリストの充実とオーファンワークスへの対応で、日本の著作物が流通し始めるきっかけになると。そういった意味でこれは大きいというのが我々の考えですね。

――今回の自炊代行の許諾の問題は、そのためのひとつのパートに過ぎないと。

瀬尾:ええ、もちろん裁判の話もあって喫緊の課題であり、今やらないと逃してしまうというのもありますが、これに関しては著作者が許諾しさえすれば分類できてしまいますし、出版社さんの利害を阻害しないという確信もあったので、ここから手をつけたわけです。だけどこれは長いロードマップの、ファースト以前のステップになるのかもしれないという希望はありますね。

――そうしたリストの管理は事業者として非常に大変だと思うんです。本をデータ化して処分するワークフローだけでも大変なのに、著作権部分にかかわる事務処理のコストが大きい。そこをいろんなところと共有できるのなら事業面でプラスなんだろうと理解できますが、これから自炊代行というサービスを進めて行くにあたり、著作者データベースの整備が持つ意味をどうお考えですか。

藤田:まず弊社のデータベースについて説明しますと、ウェブ上などで明確に(自炊代行が)NGとおっしゃっている著者のリストは、すべて社内のサーバーで管理しています。弊社ホームページにライツコントロールセンターというのがあるのですが、「私もNGだ」という著者の方がいれば、そちらから登録することもできます。

 そのデータベースと連携する自社開発のiPhoneアプリがありまして、書籍が到着したらすべての書籍をバーコードで読み取り、問題がある書籍はすべてはじき、問題がない書籍だけがスキャンに回る仕組みになっています。このデータベースをブックスキャンだけではなく、賛同いただける協会の方々ともシェアして、NGの方の著書はデータ化しないという業界の仕組みをしっかり作っていきたいと思っています。

――現在いわゆるブラックリストに登録している著者の方って、どのくらいいらっしゃるんでしょうか。

藤田:130名程度ですね。ホワイトリストは数百名いらっしゃいます。

山口:それは特に意思表明をしなければスキャン可能とみなされているということでよいのでしょうか。明確にNGを出された方だけがブラックリストに追加されていると。

藤田:はい、現在はそういうかたちになります。

鷹野:共著の場合はどういう扱いになるんですか?

藤田:共著は基本的にはお断りしています。基本的にブックスキャンのユーザーの方に対しては、会員登録時にそういった許諾が取れてるものを送ってもらうようにお願いしていて、そちらに同意いただくことで会員登録が完了するかたちになります。

――とりあえずこれからもそれに近いワークフローになるんでしょうね。

瀬尾:例えば雑誌はたいへんな数の著作者がいますし、本でも装丁からイラストまでいろいろな著作者がいますが、それを全部やろうとすると迷宮に入ってしまうので、やはり著作者名でくくっていく必要がある。ただし今のような話もあるので、例えば文藝家協会だけではなくいろいろなところに入ってもらい、一緒にやっていかなくちゃいけないというのが我々の考えです。

 ただ個別に完全処理していくとなると、これは完全に道が閉ざされてしまう。そこはGoogleがやって批判もあったし、我々の協会も写真を無視していると批判したんですが、見るとやるとじゃ大違いで。ただ少なくとも、細かく完全個別権利処理というよりは、比較的緩やかな包括的な許諾という形を考えています。

スキャン許諾料の徴収で自炊代行が値上がりする可能性は

山口: Myブック変換協議会のスタート時に、許諾にあたって1冊あたり許諾料がいくらという試案がありましたが、今回の基本合意には許諾料については含まれていないんですね。

瀬尾:まだですね。実は次回、POSを前提とした新しいスキームを提案しようと思っています。30円なら30円、50円なら50円、許諾料はいくらでもいいんですが、じゃあ1万5000円の専門書はどうするのっていった時に、じゃあこれは1200円ですよね、というのが事実上できない。タイトルごとの管理は難しいとしても、もう少し小分けしたほうがいいだろうと。その実現を図ることで、許諾料は全部均一ではなくて、ある程度話し合いの中で決めていける。出版社さんにも入ってきていただきやすいかたちを取ろうというわけです。

 ただ、スキャンのベース金額っていま1冊100円とかですよね。正直それは業者さんが自分達の経営的なものを無視した金額じゃないかと思うんですよ。正直それはもうちょっと高くていいのではと思うんですね。全体のコストの10%とか、15%とか。例えば30円が10%だとすると300円くらいでスキャンするのが望ましいのではないかと個人的に思っています。金額については、そういった新しいシステムによって変わる可能性があるということです。

――価格が変わる可能性についてブックスキャンはどう見ているんでしょう。場合によっては自炊代行の1冊あたりの価格が大幅に上がって、利用数に跳ね返る可能性があるわけですが。

藤田:もともとが低価格なサービスなので、仮に1冊あたり30円という価格であっても決して小さくはないのですが、著者、出版社の方々がいないと成り立たないビジネスですので、なるべくそういった方々の意向にも沿っていきたいという考えはあります。POSの件に関しては、社内のシステムとの兼ね合いや、あと協会全体でできるかといった調整も必要になってきますので、今後よりよいかたちを考えていきたいですね。

――これは僕のイメージなんですけど、実際に自炊代行を使う時、1冊当たりにどのくらいのコストを支払って自分の蔵書を目の前から消したいかだと思うんですね。僕はテスト以外で自炊代行を使っていないのは、クオリティが高い自炊をしなければいけない本は紙のまま残して、楽に自炊できる本だけを自炊しているからなんですね。具体的には、文庫と新書は買った端から自炊するけど、それ以外はそのまま残している。それが時間的にもコスト的にもバランスが取れているんですよね。

 このバランスって、たぶん人によって違うと思うんですよ。頻繁に自炊している山口さんから見ても違うだろうし、蔵書を減らしたい鷹野さんの側から見ても違うはず。その点、消費者がどういうバランスを求めているのかは、ちょっと面白いところじゃないかなと思うんですけど。

鷹野:自分が今持っている本が出版社から電子化されたとして、それが自炊代行に出すコストと比べて2〜3割高かったとしても、そっちを買ってしまうかなという気がしますね。もし自炊代行が1冊当たり300円という話になると、低価格帯の文庫本などについては、普通に出版社から出てる電子書籍を買い直したほうがよいという判断になりそうな気がします。

自炊激減のきっかけは「Kindle」

山口:僕自身に関して言うと、「Kindle前」と「Kindle後」でこのあたりの感覚がまったく変わってきています。去年の秋まではかなりヘビーに自炊をやってきたんですが、秋以降、つまりKindle後は数が激減しています。以前だったら手元にある蔵書を自炊することで置き場所を減らし、将来もDRMを気にせず読めるようにしようと思っていたのが、いまは手間なども考慮して、すでに手元にある本でも自炊せずにKindleで買い直せばいい、となりつつあるんですよね。DRMがあったとしても、信頼できる電子書籍事業者を見つけて、そちらに任せるという考え方です。これが新刊だと、もしKindleで出ていなければ紙で買うこともせず、自分の中の読みたいリストから外してしまう。

 自宅で自炊しようとすると裁断機の場所もいる、スキャナの場所もいるといった問題がありますし、何より手間がかかるので、自分のようなユーザーにとっても自炊代行の存在意義はなくはないんですが、もしこれまで1冊100円プラス送料程度だったのが上がるということになれば、自炊じゃなくて電子書籍で買い直すとか、そう考えてくる人は出て来るんじゃないかなと思いますね。

――それは僕もまったく同じで。先日あるソフトカバーの小説の新刊を、発売日に買ったわけですね。ところがうちに帰ってAmazonを見たら、ちょうどKindle版が出ていた(笑)。だんだんそういうことが増えてきていて、まず電子書籍が売られてるかどうかを見てから紙の本を探すというパターンになってきていて。

 あと、僕は年間にだいたい3〜4冊くらい本を出していますが、去年の頭くらいから「電子書籍版はありますか」と聞かれる回数が格段に増えてきた。読む側にとって、電子書籍が用意されていることがそれだけ大きな価値を持っている。以前なら自炊していたけど、電子書籍で買えるのならそっちで、という流れができつつあるのは間違いない。その中でコストが上がってしまうと、いわゆる自炊代行というビジネスそのものにとってかなり厳しい結果になる可能性もありますが、藤田さんはその点はどう見ていらっしゃいますか。

藤田:もともと100円でスタートしたビジネスなので、なんとかそれで利益が出るかたちを作っていきたいと現在は考えています。Kindleが出て低価格で書籍が買えるようになったこともありますので、そのあたりと自炊代行に出した場合のコストを比較して料金設定を考えていく必要はあるなと思いますね。

 今ですと、富裕層の方がご自宅のスペースを空けるために本を送ってこられるパターンが多くあります。都内は家賃は非常に高いので、そのまま保管していると数年程度で本を購入したコストを超える可能性もある。そういう場所の問題と、あとかなり時間がかかる作業ですので、人件費の問題もある。そのあたりでビジネスとしてのニーズは今後もあるのかなと思っています。

 もう1点、視覚障がい者に向けて本の音声化も行ってるんですね。視覚障がい者の方が自分で本をデータ化するのは非常に難しいので、そういったところでも貢献できればいいなと思っています。

瀬尾:これまでは、ITに詳しくてヘビーユーザーな人達が、まず自分達が欲していたために自炊を始めた。その時には電子書籍も少なく、先取り的な意味で皆さんやってらっしゃって、今もそういう方が多いかもしれない。その方達にとっては、新しく買う本はもう電子化されてきたので、徐々に自炊のニーズが減ってくる段階に入りつつあると思うんですね。

 では次のステップは何かというと、もっと普通のおじさんおばさん達、もしくは年齢がいった一般の方が、自分達の住環境が変わるといった時に本を電子化して処分したいといった、もっと一般化されたニーズに対して蔵書電子化が普及するステップに入ったのではないかと。基本的にニッチな産業であることは間違いないんだけど、日本にある重要な本が電子化されていくことを考えると、少なくとも5年や6年で終わるものではないと思ってるんです。

孤児作品処理をきちんとしない限りスキームが回らない

――電子書籍のほとんどは新著ですが、蔵書電子化に関しては、新著はさほど大きなパイを占めていなくて、これまでに出ている本をいかに電子化するかだと。

瀬尾:その通りです。ですから我々は、アナログとデジタルの時代の架け橋にならなくてはいけない。過去の資産を電子化するというのは、国会図書館がやる、つまり上からトップダウンでやるのと、個人レベルでやるのと、この2つの方向からいかないと、次のデジタルの時代にアナログの資産が大きく失われかねないという危機感があるんですよ。

 これはひとつのアイデアなんですが、例えば自炊しようと業者に頼んだ本が、国会図書館のデータベースに載っていなかった。つまり国会図書館の蔵書になっていない。ということはその本はものすごく貴重なわけですよね。となると逆に、そのデータ自体を共有して国会図書館に納付することも可能になってくるんですよ。

 Myブック変換協議会には自炊代行を合法化したいという非常にシンプルかつ直近の問題があるのですが、最終的に日本のアナログ書籍をデジタル化する方向性の中のひとつのパーツとして動いている。だから大義名分としては過去のアナログ資産をどうしていくかというものすごく大きなシステムの一部で、それゆえ出版さんにもぶつかりませんと言えるわけです。

――先ほどの権利の問題からすると、明確にこれはダメと言われたもの以外はできるだけ電子化できる方向に行かないと回らないシステムということですね。

瀬尾:そうです。そこは単純に不合意、もしくは許諾なしという問題ではなく、孤児作品処理というルールをきちんと作ればちゃんと回る。孤児作品処理をきちんとしない限り、このスキームは回らないというのが結論なんです。

出版社が電子化しない理由とは

――いまブックスキャンに送られてくる本は、新刊と古い本とでは現状どちらが多いんですか。

藤田:比較的古い本が多いですね。新しい本ももちろん送られてきますが、読み終わった本がご自宅にたまった段階で送ってくるというサイクルの方がほとんどですね。

――漫画の比率はどうですか。日本の出版物は漫画の比率が高いわけですが、蔵書という観点で見ると、実は漫画の蔵書率はさほど高くない。その中で、ブックスキャンに持ち込まれる本の中の漫画の比率というのは気になるのですが。

藤田:漫画の比率は(全体の)十数%くらいですね。全体の比率では数年前のハードカバーが送られてくることが非常に多いですね。ビジネス系や自己啓発系、経済系などが多い印象があります。

――ということは、資料性を求めて残しているものを電子化していると。

藤田:その可能性もあると思います。

鷹野:実際そのあたりって出版社が電子化していないですよね。

――電子化していないです。日本の場合、電子書籍の制作コストは新刊の制作コストで賄われているので、古いものはよほど売れてると想定されているものか、もしくは古いものを出すのを売りにした電子書籍ストアでないと出て来ない傾向にあります。なので、eBookJapanが昔のコミックを手掛けているのは彼らのビジネスポリシーに基づくものだし、一般的な出版社で昔のタイトルが出ていれば、それが確実に売れるタイトルということになりますね。

山口:コミックの場合はどちらかと言うと、リフローも不要で、原本をスキャンさえすれば比較的簡単に電子書籍にできてしまうという事情もありますね。

――そうそう、楽だからなんですよね。なんだかんだ言ってリフローの書籍を作るにはコストがかかりますからね。

瀬尾:だから出版社さんに対しては言ってるんですよ。自分達でおやりなさいと。スキャンしてPDFデータを持って蔵出しにすれば、何度もスキャンせずに溶かすだけで済むんだから。ふだん在庫を捨ててるのと同じ処理で捨てればいいだけだから、蔵出しすればいいじゃんって言うんですけど、それじゃ儲からないと。

なぜスキャンしたデータを使い回してはいけないのか

――今の件に絡んで、ずっと前からこの件について疑問だったのが、なぜスキャンしたデータを使い回してはいけないのか、ということなんですね。もちろんデータが還流する可能性があるからというのは分かるんですが、PDFにきちんとしたデータを埋め込んで還流させない方法もあるわけですし、ユーザーにとって自分が書き込みをした本でなくてはいけないかどうかは、依頼する時に決められるわけじゃないですか。きれいな本が来るならそのほうがいいし、効率が良くなるなら業者も万々歳。それがNGとなる理由は何なのか。これはぜひ伺っておきたかったことなんです。

瀬尾:出版さんの立場からすると、それをやると自炊代行業者が出版社と同じ機能を持ってしまうんですよね。つまり無尽蔵に出せてしまう。これまで苦労して出版で利益を得ていたのが、それを許すと無限増殖になってしまって、出版社に利益がまったく回ってこなくなる。また出版に利益が還元されなければ、著作者にも利益が還元されないので、著作者もそういった意見を出すだろうと。

 しかし実際には著作者の中でも、出版がコアにさえなれば、別に構わないのではないかという意見もあります。そこまで行くと仕掛けが多過ぎて、1年や2年では合意するのは無理ですが、ただ今回、出版が入ってちゃんと回るようになれば、出版さんが主体になることはあると思うんですよね。そうなれば、これは(手元に本のデータが)ないから新規にスキャンします、このデータは我々のところに置いておきますのでそのぶん安くしますとか、もしどうしてもアンダーラインを引いた状態でスキャンしたものが欲しければプラスフィーでやりますとか。

 でも普通は電子蔵書センターのようなところがあって、そこへ本を送ると出版社がバックヤードに全部入っていて、そこでちゃんと蔵出しのPDFデータが送られてきて処理されると。いわゆる貸与権センタースキーム、レンタルコミックのようなスキームが将来的に成立する可能性はありますよ。それが最も合理的で、最も大量にできるんです。ただし採算性と、あとやはり出版というステークホルダーがいないと逆に彼らの業を圧迫してしまうことから、現状では相当難しい。

藤田:ブックスキャン側としては、選り分けてスキャンするのは結構なコストになるので、来たものをどんどんやるほうがいいですね。その方がミスも減りますので。

――蔵書電子化の事業をやる側からすると、1冊をとっておいてそれを渡すよりも、ルーチン化して回した方が安全で、かつ効率も上がるということですね。

(前編終わり/後編に続く)

山口 真弘