福井弁護士のネット著作権ここがポイント
TPPウィキリークス流出文書~激戦区「知的財産」、主要11条項での交渉勢力図
米主張は著作権の大幅延長、著作権・商標権侵害の非親告罪化で同人誌が危機?
(2013/11/26 09:55)
久々に、ウィキリークスがやった。
TPP最難航分野「知的財産」が、12月7日からの閣僚会合で主要議題となり政治決着を目指すという絶好期をとらえ、条文案(http://www.wikileaks.org/tpp/)をリークである。前回、KEIによる流出から2年半ぶりの本格的リーク(?)だ。
今回は各国の個別条文への賛否も明記されているということで、国内外で多数のメディアが書き立てている。海外報道では文書の真正性を疑うものは少ない。内容的にもこれまでの散発的な情報と整合しており、信ぴょう性は高いと見て良いだろう。(ただし8月30日時点案であり、日本の意見は一部記載が無いものもある。)
内容は、かつて抄訳をCC(Creative Commons)公開させて頂いた2011年の米国条文案(http://www.kottolaw.com/column/000438.html)を下敷きに、各国の意見と修正が入っている。そして噂にたがわぬ対立ぶりと相変わらずの曲者英文ぶりである。前回の訳ですら日本に関連の深そうな箇所を中心にした抄訳だったし、今回も全てを反映した日本語訳となるとちょっと時間が無い。いや年の瀬を控えて時間なんて、もう全然ない。
というわけで取り急ぎ、日本にも影響が大きいと以前伝えた11の代表的な知財メニューについて、現在どうなっており各国の賛否がどうであるかをザックリご報告しよう。ちょっと急いだので誤謬の点はご指摘願いたいが、これでも状況はおよそ把握できると思う。その上で、「全体訳」は是非、志ある皆様の草莽崛起(くっき)を期待したい。前の抄訳が「CC-表示-継承」だから、よろしければ心置きなく活用していただいて(笑)。
TPP知財をめぐる対立状況
推進 | 反対 | |
(1)音・匂いにも商標登録資格 音は★ | 米豪など9ヶ国(日加など4ヶ国は匂いには反対) | 3カ国 |
(2)電子的な一時的記録も複製権の対象に ★ | 米豪など9カ国か(日など5カ国が限定する注記を提案) | 加、NZなど3カ国 |
(3)真正品の並行輸入に広範な禁止権 | 米のみ | 日加など11カ国 |
(4)著作権保護期間の大幅延長 ★? | 米など6カ国(ただし豪など4カ国は米よりは短い主張) | 日加など6カ国 |
(5)DRMの単純回避規制 ★ | 米豪など5カ国 | 日越など4ヶ国 |
(6)診断、治療方法の特許対象化 | 米のみ | 日加など11カ国 |
(7)植物・動物を特許対象化 | 米 | 加豪など10カ国 |
(8)ジェネリック医薬品規制 | 米 | 豪NZなど8カ国 (※日など3カ国は不明) |
(9)法定損害賠償金・懲罰的賠償金の導入 ★ | 米 | 商標権のみ日NZなど4ヶ国? |
(10)著作権・商標権侵害の非親告罪化 ★ | 米加など10カ国 | 日越 |
(11)米国型のプロバイダーの義務・責任の導入 ★? | 米豪など5カ国? | 加など4カ国?(さらにNDTなどにはNZ等が部分反対) |
まずはTPP知財をめぐる対立状況を表にまとめてみた。8/30付けの流出文書によるラフな整理となっており、黄色が現状での日米「対立」点。★印は勢力図だけからは導入可能性が高そうに見える点となる。
これだけでは何が何だかわからないかもしれないが、かなりの重量級メニューが並ぶ。以下説明するが、決定まであまり時間的余裕がない中で、ひとくくりではなく個別の内容に関心を持ち、賛否の議論を尽くしたいところだ。
【以下、国略称はNZ=ニュージーランド、US=米国、AU=オーストラリア、CL=チリ、PE=ペルー、SG=シンガポール、CA=カナダ、JP=日本、MY=マレーシア、VN=ヴェトナム、BN=ブルネイ、MX=メキシコ】
(1)音、匂いにも商標登録資格を与える(2011年案2.1項)⇒今回流出文書QQ.C.1項
まずは商標。現在、日本の商標制度では文字や図形のような視覚的なものだけが登録対象だ。これにCMのサウンドロゴのような音や、特徴的な香りを加えようというもの。同じような改正論議は日本でもあり、音については秋の臨時国会でも導入予定とされる。仮にTPPによって匂いも商標対象になったら、簡単な説明文だけで登録されている「誰かの匂い」を、どうやって調べどう避けるのか。ちょっと考え込んだ。
この点では、9カ国(NZ/US/AU/CL/PE/SG/CA/JP/MY)が音・匂いにも登録資格を与えよと提案し(ただし日本/CL/CA/MYの4国は匂いの部分に反対=音のみを提案)、VN/BN/MXの3国が全体に反対だ。
(2)電子的な一時的記録も複製権の対象に(4.1項)⇒今回流出文書QQ.G.1項
作品のデジタル/ネットでの利用は、キャッシュに代表される、時間が経てば消えてしまうような一時的なデータコピーをよく伴う。こうした一時的なコピーも「複製」であって、著作権法上は違法なのか? ――欧米でもよく議論されてきた問題だが、これを複製とみなす明文である。EFF(電子フロンティア財団)などが危険視する代表的メニューだ。
この点は3カ国(VN/CA/NZ)が反対し(NZは対象に実演家の権利を加えること自体にも反対)、さらに注130では日本/CL/NZ/MY/BNの5カ国が、若干緩和する注記を提案している。(「短期的又は付随的で技術的プロセスの欠かせない一環であり、(a)仲介者による適法な第三者間のネットワーク通信や(b)作品の適法利用を可能にすることのみを目的とする一時的な複製は、各国が許容できる」というもの。)情勢的には、「一時的コピーも複製とする」条文が通る可能性は高そうだ。
ストリーミング視聴などについては、日本では最近の改正で一定の手当てがされており(著作権法47条の5、47条の8)、急にキャッシュサーバーやユーザー視聴まで違法化するような法改正を余儀なくされる事態は考えにくいが、各種ビジネス全体にどんな影響があるか、ちょっと読めない分野だ。
(3)真正品の並行輸入に広範な禁止権(4.2項)⇒今回流出文書QQ.G.3項
海外で正規に作られた「真正品」の輸入規制について。日本で輸入CD規制(レコードの還流防止制度)が導入された際は激論になったが、それでも対象は一定範囲のCDなどに限られていた。今回の条文は対象をDVD・書籍などにも広げ、かつ、無制限のコントロール権化するものに見える。導入されれば、輸入版商品の流通に影響があろう。
こちらは模造品含めて輸入への禁止権自体に4カ国(日本/VN/MY/BN)が反対し、真正品の輸入規制となると更に8カ国(日本/PE/AU/NZ/CA/SG/CL/MX)が反対である。(日本はどちらにも名前があるが、注134を見ると模造品の輸入禁止には実質的には反対していないように読める。まあそりゃそうだろう。)真正品の輸入規制まで主張しているのは米国のみで、孤立状態だ。現状では導入可能性は低いか。
(4)著作権保護期間の大幅延長(4.5項)⇒今回流出文書QQ.G.6項、QQ.G.7項
いわずと知れた、TPP最大争点のひとつ。詳しくはこの過去コラムを参照(http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/fukui/20130618_603718.html)してほしいが、コンテンツの大輸出国たる米国が、「①著者の死後70年以上、②作品の発行後95年以上又は③創作後120年以上」を強硬に主張している。流出文書のページトップにもミッキーマウスが名誉出演だ。
すでに二国間FTAで延長を呑んだオーストラリアなど、4カ国(AU/PE/SG/CL)がこれを消極的に支持(ただし②③については70年と短めの主張)し、日本など6カ国(他にVN/BN/NZ/MY/CA)が全面反対で、保護期間は各国に委ねよと主張。メキシコは、①は死後100年で②はなぜか逆に75年と孤高の主張、の構図。
(5)アクセスガードなど、DRMの単純回避規制(4.9項)⇒今回流出文書QQ.G.10項
DRMとはデジタルでの著作権管理技術のことをいい、CD等のコピーガード、ゲーム等のアクセスガードがこれにあたる。DRMを回避しての私的複製は認められないなど、現行の日本法でもDRMはずしは規制を受けており、その対象を拡張する昨年の「DVDリッピング規制」は賛否両論を招いた。今回のTPP条文はさらに範囲を一段広げ、複製などを伴わなくても、単にDRMを回避して有料放送を視聴したりゲームをプレイするだけで違法として規制するように読める。
5カ国(US/AU/SG/PE/MX)が提案し、4カ国(日本/MY/VN/BN)が反対、カナダ等が微修正を提案とやや導入派優勢か。
(6)診断、治療方法の特許対象化(8.2項)⇒今回流出文書QQ.E.1 - 3(b)項
日本では現在、「医療機器」や「医薬品」に関する発明が特許対象だが、医療行為だけは、いかに新しくても特許をとらせない運用がされてきた。米国要求はこれを特許対象に加えよというもので、新しい手術や検査の方法などが独占され得ることになる。自分が知っている治療方法で眼の前の患者を救えるのにそうしない、という選択を医師に強制することができるのか。医療の根源に関わる問題とも言えそうだ(詳しくはこちら参照:http://www.kottolaw.com/column/000354.html)。
この点は、米国以外の全交渉国が反対で(同3項柱書)、さすがに容易には通らない情勢に見える。
なお、上記のほか(7)「植物・動物を特許対象にせよ」との米提案(QQ.E.1. - 3(a)項)に対して、日本以外の10カ国(AU/NZ/VN/BN/CL/PE/MY/SG/CA/MX)が反対。遺伝子組み換え種子特許(モンサント!)などの問題を背景にはらむ、もうひとつの大きな対立点だが、この8/30時点では日本が意見を述べてないように見えるのは、国内法への影響が小さいためだろうか。
(8)ジェネリック医薬品規制(医薬品データの保護)(9.2項)⇒今回流出文書QQ.E.16項
これは医薬品に関するデータ保護強化策で、特許消滅後の後発医薬品(いわゆるジェネリック医薬品)の開発・利用などが困難になると「国境なき医師団」が訴えている点だ。こちらは米国提案に対して8カ国(AU/PE/VN/NZ/CL/MY/SG/BN)が反対。日本など3カ国は意見未記載に見え、我が国の今後の対応が鍵を握るか。
(9)法定損害賠償金・懲罰的賠償金の導入(12.4項)⇒今回流出文書QQ.H.4.X項
通常の損害賠償は、著作権侵害などで権利者などがこうむった実損害分しか賠償を求められず、しばしば弁護士費用にも足りない金額だ。現実にはこの賠償金相場などが原因で、大半の権利侵害は訴訟に至らず終わっている。(上記原則を補う現行法もあるのだが、それを含めてこの現状である。)
「法定損害賠償」とは、実損害の有無の証明がなくても、裁判所が(ペナルティ的な要素を含んだ)賠償金額を決められる制度で、米国なら故意の侵害の場合1作品あたり750ドルから15万ドルと高額である。流出文書では2011年案に加筆され、「法定賠償金(pre-established damages)又は追加的賠償金(additional damages)のいずれかを導入する」ことが関係国の義務となり、注205によれば後者は懲罰的賠償(exemplary or punitive damages)を含む。導入されれば、知財訴訟の増加と賠償金の高額化につながる可能性はある。
この米国提案に対して、商標権侵害では日本/NZ/MY/BNの4カ国が反対しているが、著作権侵害・著作隣接権侵害については、奇妙なことに反対国の記載がない。なぜ商標には反対で著作権には反対しないのか。「法定賠償金又は追加的賠償金」ならば解釈に幅があり、最低いくらの法定賠償金とも書いていない以上さほどの国内影響はないと判断したためだろうか。いや、それなら商標でも反対しないはずだから、これは何かの記載ミスかもしれない。
(10)著作権・商標権侵害の非親告罪化(15.5(g)項)⇒今回流出文書QQ.H.7 - 7(h)項
(9)は民事だが、こちらは刑事罰の話。現在、著作権侵害には「最高で懲役10年又は1000万円以下の罰金」などの罰則があるが、親告罪だ。つまり、いくら警察が海賊版を摘発しても、被害者が告訴しない場合、起訴や処罰はできない。
この告訴を不要とするのが「非親告罪化」で、日本では「導入されたらパロディや同人誌、企業・アーカイブ活動での軽微な侵害が他者の通報などで摘発されかねず、萎縮する」といった危機感で、大きな議論を呼んだ。根底にあるのは、当の著作権者が処罰を望んでいないのにそれでも国が処罰することの是非であり、また日本ではそれなりに機能して来た「グレー領域での二次創作や軽微利用の評価」であろうか。
さてこちら、10カ国(US/NZ/PE/SG/BN/CL/AU/MY/CA/MX)が提案側に回り、日本とベトナムのみが反対という厳しい状況だ。導入の可能性は極めて高まっていると言って良いだろう。日本は、まずは反対への賛同国を1~2カ国増やしたい。
なお、各国が刑事罰を導入する義務を負うのは「商業的規模(on a commercial scale)の著作権・商標権侵害」(QQ.H.7 - 1項)であって、これは日本法の刑事罰の対象より狭い。その意味では、仮にTPPで非親告罪化が導入されても、国内法も「非親告罪化するのは商業的規模の侵害のみ」としておく対処も考えられよう。
ただし、米国はこの「商業的規模」をかなり幅広く解釈していて、個人でも何らかの経済価値(anything of value)を受け取ったり目的にすれば、とりもなおさず刑事罰の対象だと主張する(注236)。この基準であれば当然、コミケで(時に大量に)販売されるパロディ同人誌は非親告罪化の対象ど真ん中だろう。日本など5カ国が反対しており、交渉上は「非親告罪化」の是非だけでなく「商業的規模」の意味も焦点になりそうだ。
(11)「ノーティス・アンド・テイクダウン」「反復侵害者のアカウントの終了(いわゆる3ストライク・ルール)」を含んだ、米国型のプロバイダーの義務・責任の導入(16.3項)⇒今回流出文書QQ.I.1 - 米国等提案1項
違法なコンテンツがアップされた場合などに、動画投稿サイトなどのプロバイダーがどこまでの責任を負うのか、どんな侵害対策をとっていれば免責されるのかを詳細に定めた規定で、米国が米国型のルールを提案している。例えば「ノーティス・アンド・テイクダウン」(NTD)ルールを各国が国内法で導入せよ、といった条項だ。
これは簡単に言えば「権利者から通知を受けたらプロバイダーはそのコンテンツをいったん削除する⇒削除された側が異議を述べた場合にはコンテンツは復活される⇒権利者はそれを再削除させたければ裁判を提起しなければならない⇒プロバイダーはこれら一定の条件に従う限り免責される」というルールである。
条項自体はUS/AU/SG/NZ/PEが提案、BN/VN/CA/MXの4カ国が全体に反対し、日本はこの時点では立場を検討中とされている。またNTD条項にはNZ/MY等が部分反対。ほかに、「反復侵害者のアカウントを終了する方針を採用していること」をプロバイダーの免責の条件にするとの規定もあって、EUなどで激論を生んだ「3ストライクルール」にも通じるが、MY/NZが反対。なお、この(11)の条項などの全訳と丁寧な解説は、こちらにもある(http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-6390.html)
今後の帰趨はまったく読めない~日本政府は引き続き十分な情報開示を
以上、日本に影響の大きそうな11項目に絞れば、米国の孤立ぶりが目立つ状況だ。膨大な条文全体では争いの全くない条項も多いが、最難航分野という政府交渉団の説明は誇張ではなかったことがわかる。
留保・注記などが入り乱れ、全体状況をまとめるのは容易ではない中、乱暴に表にすれば冒頭の通り。我が日本は米国との「対決」ぶりが際立つ。もっとも、これは8月時点での姿勢に過ぎず、今後の帰趨はまったく読めない。
去る11月14日、米国で80名を超える知財分野の教授達が連名で公開書簡をオバマ大統領に送付し話題となった(英文PDF、http://infojustice.org/wp-content/uploads/2013/11/Law-Professors-TPP-11142013.pdf)。
TPP知財条項の即時全文公開と完全にオープンな交渉を求めるもので、ウィキリークスでなく米国政府こそが正確で最新の情報を開示し、創作者・消費者を含む多数の意見を採り入れるべきであるとする。日本では、神戸大学の島並良教授(知的財産法)がいちはやく全文訳し、筆者らの運営する「thinkTPPIP」のサイトで公開されている(http://thinktppip.jp/?p=246)。
昨年のthinkTPPIPの提言(http://thinktppip.jp/?p=1)とも一致する重要な指摘で、日本政府には、引き続き十分な情報開示が求められる。
他方、交渉は既に胸突き八丁に来ており、来月の閣僚会合で知財条項が一気に妥結に向かう可能性も十分ある。上記11項目には限らないが、ひとくくりではなく個別のメニューごとに、日本と世界にとっての保護と利用の最適バランスを考えた妥結点を引き寄せられるか。海賊版対策など必要な連携はおこないつつ、情報社会の進展に応じたルール改定の可能性を閉ざすような、過度の規制を回避できるのか。
ここからは、我が交渉団の対案の引き出しと、対話チャンネルと、ハートの勝負である。
スポーツも交渉も同じだ。あきらめたら、そこで試合終了なのだ。ベタだけど。