DXは魅力的なコンテンツづくりにどう貢献するか?
「デジタルな働き方」を阻害するものは何か、「属人性」「権限移譲」「負担感」「トップの理解」をどう解決するか?
第4回
2022年12月28日 07:35
様々な業界で進んでいるデジタルトランスフォーメーション(DX)だが、その進み方や内容は会社やよってかなり異なる。そうした中、特色あるDXを進めているのが、コンテンツ産業の雄であるKADOKAWAグループだ。同グループでは、グループのDXを推進し、そのノウハウを社外にも展開していく子会社「KADOKAWA connected」を設立。社内外あわせた「コンテンツ産業のDX」を推進している。そこで今回は、同社でDXを推進する塚本 圭一郎より、「DXは魅力的なコンテンツ作りにどう貢献するか」をテーマに寄稿いただいた。これまでの記事は以下。(編集部)
第1回:なぜ総合エンタメ企業「KADOKAWA」がDX推進の子会社をつくったのか?
第2回:日本のコンテンツ業界はDXでどう変わるのか?
第3回:ビジネスをスピードアップする「サービス型チーム」とは?
KADOKAWAグループのDX推進を担うKADOKAWA Connected(以下、KDX)のChief Data Officer(CDO)を務める塚本です。前回は、私たちがDXを推進する上で採用している働き方である「サービス型チーム」を紹介しました。今回は、サービス型チームの推進を止めてしまいがちな課題や懸念、そして、その対処法について紹介します。
課題その1「仕事が可視化されると、自分の存在価値がなくなってしまう」という不安をどうするか?
前回紹介したように、サービス型チームではサービスメニューをつくって仕事を可視化します。そうすることで、仕事の内容や手順を共有化し、個人ではなく組織で仕事ができるようにしています。
このような時に、「自分の仕事が可視化されると、自分の価値や魅力がなくなってしまう」と感じる人が少なからずいます。社内で自分にしかできない状態になっている仕事(属人化している仕事)があり、それこそが社内での自分の存在価値だと思い込んでしまっているためです。そのため、その仕事が可視化されることをピンチだと感じてしまうのです。
しかし、その「自分にしかできない仕事」の多くは、可視化されて他の人ができるようになっても、最初の担当者である人の価値が無くなるわけではありません。
仕事には定型業務と不定型業務があります。機械的に処理できる定型業務を増やした方が仕事は効率化できますが、それでも不定型な部分は必ず残ります。例えば定型業務であっても、顧客によっては機械的な処理だけではうまく回らず、担当者のホスピタリティによって円滑に対応できている、といったことはよくあります。
このように、仕事を可視化し標準化してもなお、その人にしかできないことこそが、その人の価値と言えます。サービス型チームでは、定型的な業務はオープンにして効率化するのが基本ですが、その一方で、その人のおかげでうまくできている部分については、その人をきちんと評価することを前提にしています。
私は、仕事にはシステム化しようと思ってもできない部分が必ず存在していて、それこそが人間特有の価値だと思っています。サービスメニューをつくることによって、一人ひとりが自分にしかできないことを明らかにし、自分の強みを再認識することが理想です。1on1においても、上司と部下との間で、本人の評価できる部分をすり合わせながら目標を決めるようにしています。
課題その2「後輩に仕事を任せるのが不安で、権限を委譲できない」
サービス型チームは現場への権限委譲が特長の一つです。しかし、「後輩に仕事を任せるのが不安で、なかなか権限が委譲できない」という人は多いと思います。
私が部長を務めるIntegrated Data Service部(IDS)では、こうした課題に対して、「デリゲーションポーカー」という手法を用いて対応しています。デリゲーションポーカーとは、権限委譲をするか/しないか、という二元的な判断ではなく、次のような7段階に分けて考える手法です。
レベル1.命令する:私が彼らに決定を伝える
レベル2.説得する:私が彼らに売り込む
レベル3.相談する:彼らに相談し私が決める
レベル4.同意する:私が彼らと合意して決める
レベル5.助言する:私は助言するが彼らが決める
レベル6.尋ねる:彼らが決めた後で私が尋ねる
レベル7.委任する:私は彼らに完全に委ねる
真ん中のレベル4では、権限を持っている人と委譲される人が対等で、話し合って決めます。レベル1〜3はまだ権限委譲ができておらず、レベル5〜7は段階的に権限委譲ができているレベルになります。
抱えている仕事をまるごと権限委譲するのは怖いかもしれませんが、仕事を複数のタスクに分けて、タスクごとに委譲するレベルを決めて行うようにすれば、リスクコントロールをしながら権限委譲を徐々に進めていくことが可能になります。
IDSでは、以下のような表を作り、タスクごとに権限委譲のレベル(As is:現在の姿/To be:あるべき姿)を決めて、上司と部下の間で共有するようにしています。そして、表にないタスクに関しては、部下が上司の判断を仰ぐように決めておきます。こうすることで、上司と部下の間で認識の齟齬が生まれることを防ぎ、権限委譲を円滑に行うことができます。
課題その3「負担ばかり重くなり、努力しても評価されない」という負担感
サービス型チームでは、ロール(役割)ごとの役割と責任が明確な分、社員に求められることが多く、またロールが変わればリスキリングも必要になります。そのため、ロールを人事評価や待遇とひも付けないと、社員の負担ばかりが重くなり、“やりがい搾取”になりかねません。結果として、社員が「努力しても評価されない」と感じてモチベーションが低下してしまう可能性があります。
したがって、サービス型チームを成功させるためには、社員の活躍がきちんと評価されるように、ロールと人事評価をひも付けることが望ましいでしょう。それが難しい場合は、少なくともサービスの責任者であるサービスオーナーの給与は上げる必要があると思います。
その際に注意すべき点があります。サービス型チームは、既存の組織図とは別にチームをつくることができます。したがって、必要であればいくらでもチームができてしまいます。そのため、ロールを割り当てただけで給与が一律に上がると破綻してしまう可能性があります。
そうならないための工夫の一つが、サービス型チームを管理会計とひも付けることです。例えば、サービスオーナーがきちんと働けているのであれば、そのサービスを利用する顧客が増えているか、より小コストで顧客対応できるようになっているはずです。
そのロールになったから一律で給与を決めるのではなく、各チームの売上や費用を加味した形で補正をかけることによって、実態の伴わない人事評価を防ぐことができます。各チームの規模に見合った給与を設定すれば、経営層にも「この人はどうして、これだけの給与・賞与が必要なのか」を説明しやすいと思います。
課題その4「トップからの支援が得られない」
現場が「DXを推進するためにサービス型チームを導入したい」と考えても、トップの支援が得られない場合はどうすればよいでしょうか?
その場合は、これまで紹介してきたサービスメニューやインターナルプレスリリース、デリゲーションポーカーなどを、上長に対する交渉のためのツールとして上手に活用するとよいと思います。
サービス型チームを導入する際に、最初から「全ての権限をください」と要求すれば、上長の承認は得にくいでしょう。
そこで、まず自部門のサービスメニューをつくり、その中で、この部分はもっと改善できるというメニューがあれば、その部分に関する権限委譲を提案するのです。もし新しいサービスであれば、インターナルプレスリリースを作成して提案するといいでしょう。権限委譲はデリゲーションポーカーの手法で、レベル4(同意する)やレベル5(助言する)の辺りから始めて、徐々にその領域を広げていくことをお勧めします。
改善がうまくいけば、上長は経営層にアピールしやすいですし、自分自身の評価につなげることもできます。経営層も会社にプラスであることがわかれば、支援しやすいはずです。私自身もかつて、この方法で新たなロールをつくったことがあります。
大々的な改革はリスクを伴いますから、トップはなかなか同意してくれません。まずは現場の仕事の一部について権限を持たせてもらい、成果を少しずつ積み重ねていくことで、トップの理解も得られるようになるはずです。
なお、サービス型チームで用いられる手法は、仕事の内容や権限、成果などあらゆる側面を可視化しますからから、上長や経営層への説明材料として活用できます。また、人材が自律的に行動できるようになるための手法でもあります。また、キャリア的にも、これらの手法を身につければ、自律的に行動できるようになるため、DX人材としてどのような組織でも活躍できるようになるはずです。