第221回:現行のドラフト11n製品ではトップレベルのパフォーマンスか
NECアクセステクニカのドラフト11n無線LANルータ「Aterm WR8200N」



 NECアクセステクニカから、無線LANルータの新製品「Aterm WR8200N ワイヤレスカードセット」が発売された。その名の通り、現在規格化が進められているIEEE 802.11nのドラフト版(Draft 11n)に対応した製品だ。無線LANの速度がどこまで向上したのかを検証してみよう。





NECアクセステクニカでは約1年ぶりの新製品

 「ずいぶん久しぶりだなあ」。そう思って、前回、本コラムでNECアクセステクニカのAtermシリーズを取り上げたのが、一体いつだったのかを調べてみたところ、なんと2005年12月だった。ほぼ1年ぶりの新製品である。

 それも仕方がないと言えば仕方がないところだろう。無線LAN業界の次の大きなトピックはIEEE 802.11nだが、このゴールがなかなか見えてこない。現状、Airgoチップ搭載製品のようにMIMO技術を採用した製品や、いわゆるDraft 11nに対応した製品を投入しているメーカーもあるが、今の段階でどのような製品を市場に投入するかは非常に難しい判断と言える。

 そういった意味では、今回発売された「Aterm WR8200N ワイヤレスカードセット」は、製品としての完成度が注目されるのはもちろんだが、大手メーカーがついにDraft 11n(DraftIEEE 802.11n Ver.1.0)製品を投入したことが、無線LAN市場全体にどのような影響を与えるのかも注目されるところだ。





Draft 11n対応で最大130Mbpsの速度を実現

WR8200Nのパッケージ。表面に大きく「130Mbps」と記されている

 早速、WR8200Nの特徴を見ていこう。従来製品と比べてサイズが一回り大きくなり、デザインも大幅に変更された点も特徴だが、最大の特徴はやはりDraft 11nへの対応だ。今回の製品は2.4GHz帯の電波を利用した製品だが、従来のIEEE 802.11gの最大54Mbpsに比べて、理論上の最大速度が130Mbpsにまで引き上げられている。

 従来のIEEE 802.11gではOFDMという変調方式が採用されており、1つのチャネルに割り当てられた20MHzの帯域にデータを搬送するためのサブキャリアが52本配置(うちデータ搬送には48本利用)されていたが、これをパラメーターのチューニングによって56本に増加。さらに従来のIEEE 802.11gなどでメーカー独自に採用されていたフレームバーストなどの技術と同様のフレームアグリゲーション技術を採用することで伝送効率を向上。これにより、1ストリームあたりの通信速度(変調速度)を65Mbpsにまで向上させている。この65Mbpsの通信をMIMOによって2系統同時に行なうことから、最大130Mbpsという速度が実現されていることになる。

 例えるならば、荷物をトラックで運ぶに当たり、積み方を工夫して1台のトラックに詰める荷物の量を増やし、トラックが通る道路の車線を1車線から2車線に増やしたというイメージだ(しかも前後を走るトラック間の車間距離も極限まで詰める)。このあたりは、WBB FORUMに掲載されているアセロス・コミュニケーションズ大澤氏の記事で図解付きで詳しく紹介されているので、興味のある人は一読をおすすめしたい。


WR8200N本体WR8200N背面

前モデル「WR7850S」とサイズ比較。厚さは同等だが、大きさは倍近い

前モデルで背面に配されていた「らくらく無線スタート」ボタンは本体側面にdraft 11n対応の無線LANカード「WL130NC」




従来のDraft11n製品ではトップレベルのパフォーマンス

 とはいえ、これらはあくまでも理論値となるため、やはり気になるのは実際にどれくらいの速度で通信ができるかだろう。結論から言ってしまうと、WR8200Nは、現在発売されているDraft 11n対応製品の中では、かなり高いパフォーマンスを実現できる製品だと感じた。

 以下が、実際に筆者宅でテストした結果の表とグラフだ。筆者宅は木造3階建ての住宅だが、この1階にアクセスポイントを設置。窓やドアをすべて閉め切った状態で、同一フロア、2階のリビング、3階の寝室の3カ所で速度を計測した。参考として、WR8200Nに既存のIEEE 802.11gクライアント(ノートPC内蔵)を接続した場合の速度、さらにNTT東日本がレンタルで提供しているRT200NE+ノートPC内蔵のIEEE 802.11g(Intel PRO/Wireless 3945ABG)の結果も掲載している。

測定場所1F2F3F
PUT/GET値PUTGETPUTGETPUTGET
WR8200N+WL130NC(Draft11n)52.4Mbps54.1Mbps40.8Mbps51.7Mbps26.3Mbps46.4Mbps
WR8200N+IntelPRO/Wireless 3945ABG(11g)20.3Mbps20.2Mbps19.2Mbps19.6Mbps18.4Mbps16.1Mbps
RT200NE+IntelPRO/Wireless 3945ABG(11g)14.4Mbps18.6Mbps6.8Mbps15.0Mbps2.4Mbps4.9Mbps
※サーバー:アイ・オー・データ機器NAS HDL-GT1.0
※クライアント:ThinkPad Z61t(Core Duo 2300E/1GB RAM/80GB SATA HDD/Windows XP Pro SP2)
※コマンドプロンプトのFTPコマンドを利用し、20MBのZIPファイルをPUT/GETしたときの速度を計測

 (最大値と最小値を除いた3回の平均)


計測結果のグラフ

 まず注目したいのは1Fの結果、要するに障害物がない環境での最大速度だ。同一フロアにアクセスポイントとクライアントを設置し、約2~3mほど離れた場所で計測した値だが、最大54Mbps(GET時)という速度を計測できた。これまで、MIMO系の製品ではAirgo社のチップを採用した製品のパフォーマンスの高さに定評があった。実際、本コラムで以前にコレガのCG-WLBARGMHを取り上げたことがあったが、この最大速度は約50Mbpsであった。テスト環境が異なるため、単純に比較するわけにはいかないが、今回の結果は、これら既存の製品に勝るとも劣らない結果だ。

 2F、3Fの性能も驚異的だ。床を1枚隔てた2Fでは51Mbps、床2枚とドア1枚を隔てた3Fでも46Mbpsの速度を実現できている。他社製品もMIMOの恩恵で、長距離や障害物がある環境での速度低下が押さえられる傾向にあったが、3Fでせいぜい20~30Mbpsが一般的だった。それがWR8200Nでは速度低下の割合が非常に少なく、3Fでも46Mbpsと非常に高い速度で通信できている。実際、FTPでのテスト転送中に付属のユーティリティを利用して電波強度とリンク速度を観察していたが、当然、2Fや3Fでは電波強度が低下するものの、驚くべきことにリンク速度は上限の130Mbpsを維持し続け、非常に安定した速度を実現できていた。


筆者宅3階でのテスト時の電波状況。非常に電波状況が良好で130Mbpsのリンク速度が常に保たれる。これにより高い速度を安定して出せる




3送信×3受信の恩恵で下りが高速

 また、グラフのPUTとGETの速度差も、WR8200Nの特性をよく表わしている。グラフを見ればひと目でわかるが、WR8200Nの性能はPUT、つまりPCからアクセスポイントへの上り方向の性能よりも、アクセスポイントからPCへの下り方向となるGETの速度の方が高い。これはサーバーや電波状況などの影響も皆無ではないのだが、WR8200Nの製品的な特徴を考えるとうまく説明できる。

 WR8200Nは、パッケージやホームページなどに記載されている通り、2ストリーム、3×3(スリーバイスリー)のMIMOとなっている。この3×3という表記は、メーカーによっては単純にアンテナの数を示している場合もあるのだが、NECアクセステクニカではアンテナの数ではなく、実際にデータを送受信する電波の数(送受信装置や回路の数とも言える)を示している。つまり、WR8200Nが3送信×3受信、クライアント用のWL130Nが2送信×3受信だ。

 現状、一般的なMIMO製品は2送信×3受信の場合が多いことを考えると、アクセスポイント側の送信系統が1系統多いということになる。具体的には、WR8200Nがクライアントにデータを送信する際は、MIMOの2ストリームのうちの1ストリームとなる65Mbpsの通信を1系統に加え、空間多重で同時に伝送する65Mbpsの通信をもう1系統、さらに前述した両者を合成した最後の1系統と、合計3系統の電波を送信することになる。

 ポイントは2つの電波を合成した最後の1系統だ。2送信の場合、たとえばA波、B波の2系統の電波のうち片方をうまく受信できないと、それが速度に大きく影響する。しかし、3送信の場合、A波、B波、A+B波のうち、どれか1つが受信できなくても、残りの2波から計算で受信できなかった1波のデータを求めることができる。これによって、電波強度が弱かったり、障害物などが多い環境でも、高い速度を維持できるというわけだ。

 実際、グラフのPUT(上り)の速度が遅いのは、クライアント用のWL130Nの送信が2系統しかないからだ。これに対して送信で3系統使えるGET(下り)の速度が高いということになる。この差が、そのまま3×3のWR8200Nと、2×3の製品との違いと考えても差し支えないだろう。

 ただし、前述したように、メーカーによっては、この3×3という表記を単純なアンテナの数で表記している場合がある。もちろん、アンテナの数が多いこともメリットではあるのだが(選択ダイバシティとして受信状況の良いアンテナを使える)、本製品のように送受信に実際に利用する電波(送受信装置)の数の方が、実際の通信に与えるメリットが大きい。製品を選ぶときは、この表記がアンテナの数なのか、送受信の数なのかをしっかり見極めることが重要だ。





インターネット接続設定を簡易化、悪質サイトブロックも搭載

デザインが一新された設定画面。配色が見やすくなり、左側のメニューがドロップダウン形式のメニューではなく、クリック展開型のメニューになった

 このほか、WANポートに接続された回線を自動的にチェックしてインターネット接続を簡単に行なうことができる「らくらくネットスタート」機能が新たに搭載されたほか、設定画面のデザインなども大幅に変更され、使いやすくなった。

 また、Draft 11n対応と並ぶ今回の新製品の大きな特徴として挙げられるのが、「インターネット悪質サイトブロック for BBルータ」に新たに対応した点だ。この機能は、すでにサービス提供を停止しまったバッファローのサービスと同様に、アダルトやドラッグなどといった悪質サイトへのアクセスをブロックするURLフィルタリングサービスをルータで提供するサービスだ。

 もちろん、ルータに悪質サイトのデータベースが登録され、直接判断しているわけではない。悪質サイトのデータベースや判断基準などはネットスター株式会社によって提供されており、このサービスをWR8200Nから利用するという形態になる。

 具体的には、IPアドレスによって制限を行なう。WR8200Nの設定画面で、特定のIPアドレスに対して、「小学生以下」「中学生」「高校生」「大人」の4段階のセキュリティレベルを設定する。すると、このIPアドレスが割り当てられたクライアントからWR8200N経由でインターネットにアクセスしようとしたときに、レベルの基準に合わせてURLが判断され、アクセスの可否が決定されるというわけだ。

 なお、適切にフィルタリングを行なうには、子供が利用しているPCに特定のIPアドレスを割り当てる必要があるが、これはWR8200NのDHCPサーバー固定割り当て機能を利用し、特定のMACアドレスに対して、必ず特定のIPアドレスを割り当てるようにしておけばいい(MACアドレスだけは調べる必要がある)。これによって、たとえば子供のPCと親のPCでセキュリティレベルを変えるといったことが可能なわけだ。


制限するPCの判断はIPアドレスベースで行なわれる。子供が使っているPCのMACアドレスに特定のIPアドレスを配布するように設定し、その上で制限をかけることになる

 もちろん、子供が自分のPCのIPアドレスを手動で別のアドレスに変更してしまえば、制限の対象外となる。ただし、このような場合、子供のスキルレベルが保護者のスキルレベルを超えているケースであると考えられるため、そもそも何らかのシステムを利用して自動的に利用制限をかけようとする発想自体をあきらめた方がいいだろう。あくまでもシステム的、技術的、ネットワーク的に、子供が保護者の完全な管理下にある場合に利用すべき機能だ。

 ただ、このサービスはURLの判断基準がなかなか的確で、たとえばスポーツ新聞のサイト配下にある成人向けニュースなどの特定のコンテンツだけを遮断できる。また、制限レベルを「小学生以下」などに設定した場合に、ショッピングサイトなどあやまって買い物をしてしまう可能性があるサイトを禁止することができたり、「大人」を選択することでフィッシング詐欺の可能性がある危険なサイトをブロックすることもできる。

 要するに、単純にサイトへのアクセスを制限するだけでなく、まさに悪質なサイトから身を守るためのセキュリティ機能となっているのが特徴だ。年額3,150円の有料サービスとなるが、60日間の無償利用が可能となっているので、試しに使ってみると良いだろう。


アクセスが制限された場合に表示される画面。小学生以下の場合、通信販売のサイトなども制限される。パスワードを入力すれば一時的に制限を解除することも可能だ




完成度は高くお買い得

 以上、NECアクセステクニカの最新無線LANルータ「Aterm WR8200N」を検証したが、Draft 11nの性能の高さ、悪質サイトブロックによるセキュリティ上のメリット、そして同社製品ならではの使いやすさと、トータルの完成度が非常に高く、現在の無線LAN製品の中ではかなりおすすめできる製品と言える。

 ただし、11n関連製品の結論はいつも同じで申し訳ないのだが、これらはあくまで現時点の評価だ。今後、IEEE 802.11nが正式な規格として承認されたとき、本製品との互換性(もちろんつながらないということはないだろうが)がどうなるかは未定だ。今まさに高速な無線LAN製品が必要で、IEEE 802.11nの正式承認まで待てないという人には確実におすすめできるが、そうでない場合はもう少し市場の動向を見てから製品を購入しても遅くはないだろう。


関連情報

2006/11/21 10:57


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。