趣味のインターネット地図ウォッチ

第188回

「だいち」の衛星画像300万枚から2年かけて生成、5m解像度の全球3D地図

 5月24日、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の陸域観測技術衛星2号「だいち2号(ALOS-2)」を搭載したH-IIAロケットが打ち上げられたが、そのALOS-2の前身となるのが2011年5月に運用終了した陸域観測技術衛星「だいち(ALOS)」だ。このALOSに搭載されたセンサーが撮影した膨大な画像データを利用して、全世界の3D地形データを作成し、提供するサービスが始まった。株式会社NTTデータと一般財団法人リモート・センシング技術センター(RESTEC)が今年2月に開始した「全世界デジタル3D地図提供サービス」である。

「全世界デジタル3D地図提供サービス」公式サイト

 同サービスで提供されるのは全世界の陸域をカバーする世界最高精度の「全世界デジタル3D地形データ」で、さまざまな国や自治体、企業に向けて提供されるほか、教育や防災分野などへの活用にも期待されており、いずれはデジタルコンテンツや教材、映像作品などにおいてエンドユーザーの目に触れる機会も増えてくると思われる。

 すでに同サービスを紹介するウェブサイトがオープンしており、その中の「ギャラリー」のコーナーでは、エベレストやエアーズロック、イグアスの滝、グランドキャニオンなど世界各地の名所の3D映像が公開されている。どれも写真と見紛うような精細な画像ばかりで、いずれはこの品質のまま陸地全域の3Dデータが完成すると思うと、地図好きとしては胸が踊らずにはいられない。

 今回はこのプロジェクトにかかわっているNTTデータの筒井健氏(公共システム事業本部e-コミュニティ事業部第三開発担当シニア・エキスパート)と、RESTECの石館和奈氏(ソリューション事業部主任)に話を伺った。

NTTデータの筒井健氏(左)とRESTECの石館和奈氏(右)

JAXAとRESTECによる10年間の研究成果がベースに

 「全世界デジタル3D地図提供サービス」は、ALOSによって撮影された約300万枚の衛星画像を用いて、全世界の陸域をカバーする世界最高精度のデジタル3D地図を提供するもので、世界で初めて5m解像度のDEM(Digital Elevation Model:数値標高モデル)で世界中の陸地の起伏を表現している。

 これだけの高解像度のDEMを全世界で提供するというのは前例がなく、新興国での地図整備や自然災害の被害予測、水資源の調査など、さまざまな用途への活用が期待されている。提供スケジュールについては、2014年3月以降、整備済みエリアから順次提供して、2016年3月までに全世界の3D地図が完成する予定だ。膨大な画像処理を行うため、陸地全域を処理し終えるまであと2年弱かかる予定だが、実は、多くの研究成果の積み重ねでここに至っている。

「ギャラリー」で公開されているグランドキャニオンの3D地図

 「衛星画像を使ってデジタル3D地図を作るという技術は、実は約10年をかけた研究開発の成果なのです。基盤となるアルゴリズムは、JAXAとRESTECの研究者が開発した技術で、その技術がおおよそ完成したのが1~2年くらい前と、つい最近のことでした。NTTデータは、そのアルゴリズムの研究開発と並行して、2009年ごろからRESTECと共同で製品化の開発を進めてきました。昨年度からスモールスタートでサービスを開始して、ようやく本格的なサービス提供のめどが立ったというわけです。」(筒井氏)

 ALOSが打ち上げられた2006年1月よりも前に、衛星画像から地図を作るプロジェクトは始まっていた。その技術の柱となるのは、ALOSに搭載された光学センサー「パンクロマチック立体視センサー(PRISM)」だ。PRISMは地形データを取得するために3組の光学系を持ち、衛星の進行方向に対して前方視・直下視・後方視の3方向の画像を同時に取得できる。これにより、高精度の地形データを高頻度に取得することが可能となる。

 「高い山などを撮影する場合に、光学系が2つだと死角となる部分ができてしまいますが、3つだとほぼすべての面を撮影することが可能となります。まさに3Dの地形データを作ることを目的としたセンサーで、それを数メーターレベルの高精度で計測できるようになっているのが、このセンサーのすばらしいところです。その技術をさかのぼると、衛星をいかに制御して、きちんと位置を定めて撮影しているかというJAXAの技術がベースになっています。」(筒井氏)

RESTECのウェブサイトに掲載されているPRISMの解説

日本の宇宙技術の売りである“位置精度の高さ”を生かしたサービス

 このPRISMで得られた画像および衛星の位置情報・姿勢情報をもとにデータの補正・加工などの処理が行われて、顧客のもとにDEMまたはDSM(Digital Surface Model:数値表層モデル)およびオルソ画像(建造物や山の倒れこみを補正した画像)が届けられる。このように生データをもとに製品化を行うのがNTTデータの役割だ。

DEMデータで表現したエベレスト
オルソ画像
DEMとオルソ画像を組み合わせて表示 (C)NTT DATA, RESTEC Included (C)JAXA

 「300万枚の衛星画像というのは本当に膨大な量で、衛星が打ち上がった当時は1セットのデータ(2~3枚の衛星画像)を処理するのに丸1日かかっていたのですが、これを高速化すると同時に、できるだけ人手がかからないように自動化して、さらに加工プロセスの合間に品質チェックを入れて精度を保つなど、さまざまな研究が行われてきました。現在は1日におおよそ2000~3000セットを処理できるシステムを作ってデータを生産しています。ALOSのミッションの1つとして“地図作成・更新”が含まれていたのですが、打ち上げられた当時は、陸地全域というのは現実的ではありませんでした。それが技術の蓄積とITの進歩により、実現できたのです。」(筒井氏)

 NTTデータが3D地図を生産するにあたっては、アルゴリズムの開発にかかわったRESTECとも緊密に連携しながら取り組んでいるという。

 「RESTECは、JAXAと一緒に長年培ってきた技術を生かして、大量生産していく中で出てくるさまざまな課題について技術対応をしています。例えば試験段階では出てこなかったような特徴的な地形があり、処理に時間がかかったり、うまく処理できなかったりした場合に、アルゴリズムを改修することもあります。」(石館氏)

 提供される標高データは5mメッシュで、国土地理院が提供する基盤地図情報(数値標高モデル)10mメッシュと高さ方向の精度でおおよそ同等だという。日本のインフラとなるような地図データに近い品質ものを全世界で提供できるというのが「全世界デジタル3D地図提供サービス」の最大の魅力である。これまで全地球をカバーしていた地形データというと、スペースシャトルが観測したデータをもとにした「SRTM」が90mメッシュと、経済産業省と米国が整備した「ASTER GDEM」が30mメッシュで、それら2つに比べると大幅に精度が向上することになる。

SRTMを使った3D地図(エアーズロック)
全世界デジタル3D地形データで表現したエアーズロック
ASTER GDEMとの比較

 「既存の全球3D地形データではハザードマップとしては精度が粗い、あるいは、国土基盤図としての精度には足りないケースが多くありました。我々は今回のプロジェクトで、『“見る3D地図”から“使える3D地図”へ』という目標を作り、できるだけ精度の高い3D地図を目指しています。研究段階で、10mメッシュと5mメッシュの両方が検討され、10mに比べて5mだと単純計算で4倍時間がかかりますが、それについてもクリアされ、5mメッシュで全世界のデータを提供できるめどが付いたのがつい最近でした。また、これらの処理には、長年蓄積してきた大量画像処理のノウハウをもとに、汎用的なコンピューターをパラレルで無駄なく組み合わせたシステムを作って、コストも抑えています。」(筒井氏)

“使える3D地図”を目指した「全世界デジタル3D地形データ」なら航空シミュレーションなどにも利用可能

 提供価格は、1平方キロメートルあたり200円からで、相場の約4分の1から5分の1の低価格を実現しているという。また、5mメッシュで全世界の陸地を3D化するという試みが初めてであると同時に、そのデータを生産しながらサービスを同時に展開していくというのも世界で初めてだという。

 それでは、このような高品質かつ安価なデータを、なぜ日本が世界で初めて提供することが可能となったのだろうか。

 「欧米やロシアに先んじてなぜ日本が今回のサービスを提供開始できたかといえば、ALOSという衛星が位置の精度において非常に優れているからです。ALOSの稼働時は、位置精度という観点では世界のマーケットシェアを取るようなデータを取得できていました。“細かく見る”という点では欧米が先を行っていますが、位置精度についてはALOSは世界最高峰です。その位置精度で得られた画像をさらに解析して標高データを生成すると今回のデータになるわけです。衛星の位置精度の高さは日本の宇宙技術の“売り”であり、『全世界デジタル3D地図提供サービス』はそれを生かしたサービスだと言えます。」(筒井氏)

地図作成はまずアジアから、意外と多い国内のニーズ

 このようにさまざまな点で画期的な今回のサービスだが、具体的にはどのようなニーズがあるのだろうか。

 「本格的にサービスを開始したのは4月ですが、やはり新興国における基盤地図のニーズが多いですね。あとは防災や資源探査への利用に関する問い合わせも国内外からかなり来ています。事前のサービス検討の段階で、資源については、例えばアフリカで地形的特徴をもとに水源を探すための資料としても使われたりしていて、実際に試掘に至った事例もあります。」(筒井氏)

ビンガム銅山

 「新興国で、従来は等高線が粗かったエリアにおいて、今回の3D地図による詳細な等高線をもとに、道路をどこに通すかを検討する、といった使われ方にもニーズがあります。従来の粗いデータでは、地形のどの地点が危険か分からなかったのが、5mメッシュになったことで詳細を把握できるようになるという利用方法ですね。このほか、フィリピンの防災機関がALOSの3D地図で火山のハザードマップを更新したという事例もあります。火山噴火に伴う泥流の危険状況を示す詳細な最新のマップを作成することができました。」(石館氏、筒井氏)

等高線をもとに道路計画を検討

 前述したようにこのサービスは地図データの生産とサービス提供を並行して行っているが、地図データの作成エリアとしては、まずアジアを中心に取り組んでいるという。

 「2年間かけて全世界を整備するわけですが、その作成する順番を決めるのはなかなか大変です。総合的にニーズが高い地域を見極めて、そのエリアは優先順位を上げて生産するなど、計画を変更したりする必要も出てくると思いますし、そこが一番苦労する点であり、工夫する点ですね。」(石館氏)

 「実は、優先して提供開始されるエリアの中に、最初は日本を入れていませんでした。日本は国土地理院がすでに詳細なデータを提供しているので、後回しにしてもいいだろうと思っていたのです。ところが実際にサービス開始を発表してみたところ、日本国内の問い合わせも多くて驚きました。『DSMのデータが欲しい』とか、『リアルな今の状況が反映されているデータが欲しい』といった声が多くて、国土地理院のデータだけでは得られない部分に魅力を感じているようです。例えば『全世界デジタル3D地図提供サービス』のDSMと国土地理院のDEMを組み合わせれば、木や建造物の高さなどが分かります。このようなニーズが意外と多いことが分かったので、日本も早くリリースすることになると思います。」(筒井氏)

カッパドギア(トルコ)
イグアスの滝(南米)
カムチャッカ(ロシア)
モルディブ諸島

 「例えば風力発電の設置場所を検討するのに、風のシミュレーションを行う場合は、地物があるDSMの方が都合がいいので、そのような用途に使われることもあります。また、教育の現場で等高線を勉強する教材として使うなど、学校向けに先生方がアクセスして使えるようなウェブサービスを立ち上げるなど、そのような引き合いもいただいています。」(石館氏)

 一方、NTTデータは今回の「全世界デジタル3D地図提供サービス」のほかにも、4月には米Digital Globeと総代理店契約を締結し、NTT空間情報株式会社と共同でDigital Globeが保有する50cm地上解像度(50cmの格子間隔で記録した画像)の衛星画像提供サービスを開始している。このサービスは「全世界デジタル3D地図提供サービス」とどのように関連するのだろうか。

 「この2つは実はすごくシナジー効果があります。Digital Globeで得られる世界最高のデータは、そのままでは“見る写真”なんですね。この写真を“使える写真”に加工する場合、例えばオルソ画像にする時は精度が問われることになります。その時に必要なのはやはり精度の良い地形データで、ここで『全世界デジタル3D地図提供サービス』のデータが必要となります。従来は細かく見えるけどオルソの精度が出なかったようなエリアでも、『全世界デジタル3D地図提供サービス』によって細かな精度のものができるわけですね。ほかにも、NTT空間情報が提供している電子地図・航空写真サービス『GEOSPACE』とも組み合わせることにより、さまざまな地理空間情報データを展開していきたいと考えています。」(筒井氏)

Digital Globe衛星画像のサンプル(東京スカイツリー)
Digital Globe衛星画像とGEOSPACEの電子地図を組み合わせて作成した土地利用地図

ALOS-2などほかの衛星のデータ利用も視野に

 法人向けから教育用途、映像制作などさまざまな用途が検討されている「全世界デジタル3D地図提供サービス」だが、今後はどのように進化していくのだろうか。2人に今後の展望を聞いてみた。

 「宇宙や衛星の分野というのは欧米やロシアが先を行っていますが、当プロジェクトとしてはこのサービスで世界のトップに立ち、海外に輸出していきたいという思いがあります。それを実現するためには、今後2年間で全世界の3D地図を整備していく中で、いかにユーザーのニーズを拾い上げて、それに応えるサービスをいかに早くマーケットに出していくかが課題です。そうしていくことで、2年後にサービスが整備されて、なおかつ企業や自治体、教育現場などいろいろなところですでに使える状態になっているという状況を目指したいと思います。」(筒井氏)

 「RESTECは、裾野を広げてさまざまな分野で使っていただけるサービスの提供を目指すと同時に、新しい技術の開発にも取り組んでいきたいですね。例えば現状ではALOSに限定した話ですが、その後継機であるALOS-2など、ほかの衛星のデータを本サービスにどう組み込んでいくか、というのも課題の1つと言えます。」(石館氏)

 「とにかく一度整備してしまえば、あとはアップデートしていけば常に世界中の最新の3D地図が用意されるわけで、おそらく5年後、10年後くらいにはそうなっているのではないでしょうか。このプロジェクトがその先端を切るようなものだと、我々としてはすごくうれしいですね。」(筒井氏)

片岡 義明

IT・家電・街歩きなどの分野で活動中のライター。特に地図や位置情報に関す ることを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから法 人向け地図ソリューション、紙地図、測位システム、ナビゲーションデバイス、 オープンデータなど幅広い地図関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報ビッグデータ」(共著)が発売中。