D for Good! by Impress Sustainable Lab.

持続可能なアイデアを試す実験場としてトライ&エラーを続ける――大阪・関西万博に見る国際万博の在り方

 4月12日に開会式を迎えた「2025年日本国際博覧会」(以下、大阪・関西万博)は、大阪市の人工島「夢洲(ゆめしま)」を舞台に10月13日までの半年間、開催される。国内外から160を超える国や団体、組織が参加し、パビリオンや展示エリアの総数は180を超える。約150ヘクタール、東京ドーム約33個(甲子園球場約40個)分ある広大な会場は「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、国際万博が定義する持続可能性の実現にさまざまな形で取り組む実験場になっていた。

「大屋根リング」に象徴されるリユースな会場づくり

 万博は1851年に英国ロンドンで初めて開催されてから、世界中から集まる文化や新しい技術を披露する場となっている。だが、その役割は時代とともに変化し、1994年にBIE(博覧会国際事務局)によって「地球規模の課題解決に貢献する場」とすることが決められ、主催国には持続可能性を重視した運営が求められている。

 2025年の会場に選ばれた夢洲は、大阪湾に浮かぶ人工の埋め立て地として1970年代から廃棄物処理場にされてきた。過去には2008年五輪を誘致するなどさまざまな事業案が提示されたがいずれも頓挫するなど、負の遺産といわれ続けてきた場所だけに、大阪市にとっては都市の課題でもあるごみ捨て場を新たな街に再生するという壮大な挑戦がようやく始められたことになる。

大阪市の悲願ともいえる人工島再生プロジェクトが「大阪・関西万博」でスタートした

 イベントの持続可能性については、国際標準規格であるISO 20121に基づいたマネジメントシステムである「ESMS(Event Sustainability Management System)」を構築している。目指すべき方向性として5つのP(People・Planet・Prosperity・Peace・Partnership)を掲げ、会場全体は環境や省エネに配慮した施設の設置や運営が行われている。それぞれアイデアやデザインに工夫が凝らされ、期間限定の実験場だからこそできるような取り組みもあちこちで見られる。

 その象徴といえるのが、大阪・関西万博のランドマークである「大屋根リング」だ。高さ20m、幅30m、1周2kmという木造建築はギネス世界記録に認定されるほど巨大で、想像以上の迫力がある。ゆったりした曲線を描く大きな柱に近づくと木の香りが漂い、なんともいえないぬくもりと安心感に包まれる。鉄骨やくぎのようなパーツは見られず、閉幕後は一部がモニュメントとして残される以外で予定されているリユースもしやすそうだ。

大屋根リングは今までに類を見ない巨大木造建築になっている
リングの上も木造ベースで芝や花が植えられている

 自前で建てられる国内外のパビリオンにも、さまざまな工夫が凝らされている。建材は環境に配慮された木や竹、紙などが使われ、省エネやリユースも考えられている。リングの外にある「日本館」や「大阪ヘルスケアパビリオン」、太陽の塔をイメージしたというEXPOホール「シャインハット」などの国内パビリオンは、かなりの大きさがあるが構造はシンプルで、チープに感じられるぎりぎりのところでバランスが取れているという印象だ。

大屋根リングの上から見た国内パビリオン。手前から「電力館」「日本館」「EXPOホール」

 また、ゼリ・ジャパンが手掛ける「BLUE OCEAN DOME」は、2019年のG20大阪サミットで発表された、海洋プラスチックごみによる追加的な汚染を2050年までにゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」の実現を目的とし、パビリオン全体で海の持続的活用について発信している。建築家の坂茂氏が設計したパビリオンは、竹と紙を素材にした強くて軽いドーム状の建築物になっており、その中で海洋資源の持続的活用と海洋生態系の保護をテーマにした、美しい展示が体験できる。

竹と紙で造られた巨大ドームと海の再生をテーマにした展示が美しい「BLUE OCEAN DOME」

 海外パビリオンでは、スイスパビリオンが万博史上最小の二酸化炭素排出量に抑えることを目指した運営を行っている。5つの球体を組み合わせたユニークなデザインの建物は、一部を除いて、球体はフッ素系プラスチックのETFE(エチレンテトラフルオロエチレン)の膜で覆われている。軽量だが中の展示はしっかりしていて、気圧による違和感もない。しかも建物は閉会後、日本国内で再利用されることがすでに決まっている。

ドームを組み合わせたユニークなデザインの「スイスパビリオン」は閉会後そのまま国内で移転して使用される

1970年大阪万博を彷彿とさせる展示も

 一方で、昔の万博をイメージさせるような硬質なパビリオンもある。中でも目立つのは、8人のプロデューサーが手掛けるシグネチャーパビリオンの一つ、メディアアーティストの落合陽一氏が監修する「null2(ヌルヌル)」だ。鏡の立方体を組み合わせたような建物には、独自に開発された特殊な外装材「ミラー膜」が使われ、まるで生きているかのように動き続ける。軽量かつ必要な耐久性を備えながら落合氏がイメージするデザインを再現しており、来場者の誰もが一度見たら忘れられないパビリオンになっている。

落合陽一氏監修のシグネチャーパビリオン「null2」は強烈なインパクトがある

 もう一つのシグネチャーパビリオンは、ロボット工学の第一人者である大阪大学教授の石黒浩氏が監修する「いのちの未来」である。“水”と“渚”をモチーフにしたという建物は、12mの高さがある真っ黒な外側に水が流れ続け、ミストが吹き出す。いかにもパビリオンらしい雰囲気を醸し出している。

会場内でも異質の存在感がある石黒浩氏監修のシグネチャーパビリオン「いのちの未来」

 パビリオンの中も1970年の大阪万博を感じさせるような内容で、複数の部屋を移動しながら、アンドロイドと共存する未来の世界をストーリー形式で体験できる。また、連携するバーチャルパビリオンでは未来の街の市長になって自分だけの50年後の街づくりを体験でき、リアル展示と合わせて1000年後の未来をも考えさせられる構成になっている。

リアル展示ではさまざまなタイプのロボットやアンドロイドが見られる

 2025年日本国際博覧会協会と12の企業・団体が共創して、15のアトラクションを通じて未来体験ができる「未来の都市」は、1970年の大阪万博を彷彿とさせるパビリオンになっている。西ゲートの海側にある全長約150m、幅約33mもの巨大な建物は、酸化チタン光触媒PVC(ポリ塩化ビニール)メッシュ膜を2枚重ねした外装をミストが覆い、科学博物館のようにも見える。

真っ白な膜とミストに覆われた巨大パビリオン「未来の都市」

 その中では、最大120人が同時に参加できる「Mirai Theater(ミライシアター)」や、自分のスマホやタブレット端末を使って2035年の社会課題の解決にチャレンジするアトラクションなどで、子供から大人まで一緒に楽しむことができる。

 世界最大級のテクノロジー見本市のCESを思わせるような企業の展示コーナーでは、メディアでもたびたび取り上げられて話題になっている、川崎重工グループの人が乗る四足歩行ロボットのコンセプトモデル「CORLEO(コルレオ)」や、1月のCESで注目を集めた、クボタの農業分野に向けた汎用プラットフォームロボットのコンセプトモデルなどが間近で見られる。

川崎重工グループの四足歩行ロボットのコンセプトモデル「CORLEO」
クボタは農業分野向け汎用プラットフォームロボットのコンセプトモデルを複数展示

人が行き交う場所でさまざまなアイデアを試す

 開催直後ということもあり報道の多くはパビリオンの紹介が中心だが、「未来社会の実験場」というコンセプトにある通り、会場内のあちこちにたくさんのアイデアが取り入れられており、いろいろな発見ができる。

 例えば「フューチャーライフヴィレッジ」は、未来の食、文化、ヘルスケアなどをテーマに、スタートアップや大学の研究、伝統産業から宇宙までが幅広く参加する、まさしく実験場といえるエリアになっている。自然を利用した循環型の環境空間を実践する中庭と、それらを取り巻く展示エリアやステージにおいて、プログラムが日替わりで行われる。

オープンな複数の展示エリアが1つのパビリオンになっている「フューチャーライフヴィレッジ」

 また、多彩なプレーヤーとの共創で新たなモノを実現する「Co-Design Challengeプログラム」によって、町工場や宇宙ロケットの廃材、家や家具などの古材、廃棄されるホタテの貝殻、新しい素材を用いて、会場内にあるベンチやテーブルなどのさまざまな設備が造られている。他にも、生分解性の植物由来樹脂や土を3Dプリントするなど、再生可能な素材を使用した施設があちこちで見られる。

土を3Dプリントしたベンチなど、実験的な設備があちこちにある

 中には、あまりにもアイデアがとがりすぎて使い勝手にやや難があるデザイントイレのようなケースもあるが、そうした失敗も含めていろいろチャレンジできる場になっている。問題点はこれからも次々に出てくるだろうが、改善すべき点はどんどん修正し、真の意味で持続可能性のある万博になってほしいものだ。

取材・文・写真:野々下 裕子 NOISIA・テックジャーナリスト/フリーランスライター、国内外でイベント取材やインタビューを手掛ける。主なジャンルはデジタルヘルス、モビリティ、ウェアラブル、スマートシティなど。ウェアラブルコンピュータ研究開発機構理事。

「D for Good!」2025年4月22日付記事より)

「D for Good! by Impress Sustainable Lab.」について

このコーナーは、インプレスホールディングスの研究組織であるインプレス・サステナブルラボがnoteで連載中の「D for Good!」から記事を転載しています。D for Good!では「デジタルで未来を明るく!」を掲げ、書籍「インターネット白書」「SDGs白書」を編集するインプレス・サステナブルラボ研究員が、サステナビリティが身近になる話題を発信しています。