Chrome OSにみるGoogleのねらいとは?

なぜGoogleはChrome OSを無料で提供するのか(3)


 本連載は、3月25日に発売されたインプレス・ジャパン発行の書籍「Google Chrome OS -最新技術と戦略を完全ガイド-」から、序章「Chrome OSにみるGoogleの狙いとは?」を著作者の許可を得て公開するものです。序章には小池良次氏の「Google社のクラウド戦略とChrome OSの使命」、中島聡氏の「なぜGoogleはChrome OSを無料で提供するのか」の特別寄稿2本が収録されており、INTERNET Watchでは、その特別寄稿2本の全文を6回に分けて日刊更新で掲載します。

 

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チップビジネスへのインパクト

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 ほとんど打つ手がないMicrosoftと比べれば、Intelははるかに良いポジションに立っている。Pentiumプロセッサに代表される従来型の「次々に高性能なチップを提供して価格を維持する」という戦略から大きく逸脱するAtomチップへの戦略投資が効果を上げ始めているからだ。

 Microsoftと同じく典型的な「イノベーションのジレンマ」に陥って当然の2000年代後半に、既存のビジネスを脅かす可能性すらあるAtomの開発に本腰を入れて着々と準備を進めて来たIntel経営陣の決断力には高い評価を与えて良い。AtomがIntelにとって100ドルパソコン時代にもチップ業界の覇者でありつづけるための重要な戦略兵器としてしばらくは君臨することになることは、ほぼ間違いないだろう。

 Chrome OSが100ドルパソコン時代に第三のOSとして主要な位置を占めた場合、Intelにとっての最大のライバルはAMDからQualcommに変わる。WindowsとOS-Xが実質的にIntelアーキテクチャに縛られている一方、Chrome OSはARMチップ上でも問題なく動くからだ。

 パソコン業界 がMicrosoft―Intel連合に支配されてきたのと同様、携帯電話の世界に多大な影響力を持つのがQualcommである。CDMA関連のさまざまな特許とチップビジネスにより、TDAM中心の2Gの時代からWCDMA中心の3Gの時代の波に乗り「3G時代の覇者」としての地位をしっかりと築いたのがQualcommである。

 そんな風に、これまである意味で上手に住み分けて来た2つの市場の間の垣根が取り払われようとしている。携帯電話がiPhoneに代表されるSmartphoneという形で「モバイル・コンピューティング」の世界に浸食し、パソコンが「常時接続型Netbook」という形で無線通信網ビジネスにとって重要な意味を持つようになって来たからだ。

 そんな2つの業界が融合するのだから、それぞれの業界で多大な影響力を持つIntelとQualcommの直接対決は避けられないものになって来ている。

 Qualcommとしては、3Gの時代に築いたマーケットシェアをSmartphone/4Gの時代にも維持する必要があるし、 NetbookやeBookが携帯電話と同じように公衆無線網に常時接続する時代には、そこで使われる無線技術の知的所有権をしっかりと抑えた上でそこでチップビジネスを展開したいと考えるのは当然である。1GHz超というパソコンクラスのクロックスピードのARMチップを搭載したQualcommのSnap Dragonが狙うのはまさにこの市場である。

 一方Intelとしては、Atomチップを従来型のパソコンがNetbookに置き換えられる時代の戦略兵器として位置づけ、Smartphoneまでも視野に置いたモバイル・コンピューティングの時代のデファクト・スタンダードの地位を目指す。ただし、CPUのみではQualcommに対抗できないので、 Qualcommの影響力の及ばないWiMaxを4G無線のスタンダードとして普及させるために積極的な投資をして来ているのはウォール・ストリートではよく知られた話だ。

 Intelアーキテクチャだけでなく、QualcommのSnapDragonが採用しているARMアーキテクチャでも動いてしまうGoogleのChrome OS、触媒のように作用してその戦いを一層加速し、加熱させたものにすることは間違いないだろう。
 

Intel、Qualcommそれぞれが相手の領域へ侵略を始めている(作図:中島聡)

通信ビジネスに対する影響

 OS・ハード・チップのビジネスに与える影響がある程度読める中、少し読みにくいのがChrome OSの通信ビジネスに対する影響である。

 すでにAppleのiPhoneが米国のAT&Tにとって両刃の剣であることは良く知られているが、AndroidやChrome OSも通信事業者にとってのそんな存在になりうるので気をつけなければならない。

 Googleの目指すところは、自分のビジネス以外すべてのコモディティ化である。AndroidとChrome OSを無料で提供することにより、OS・チップ・ハードウェアの3つのビジネスをコモディティ化しようとしているのと同じく、Googleはさまざまな手段を使って、通信ビジネスをもコモディティ化しようとしている。

 数年前に始めたサンフランシスコでの無料Wifi網の提供はその試みの1つだし、Net Neutrality(ネットの中立性)に関して政府に大きな圧力をかけているのもGoogleだ。最終的には、Google自身がその資金力を使って電波帯を買い取って通信ビジネスに進出するだろうと予測するアナリストも少なくない。

 しかし、少なくとも短期的には、Chrome OSによって実現される100ドルパソコンは、「通信事業者と2年契約をすればパソコンが無料でもらえる」時代の到来をもたらす。パソコンが「1円ケータイ」と同じ位置づけになるのだ。

 問題は、そこでGoogleが通信ビジネスのコモディティ化に成功するかどうかである。Googleが目指しているのは、ユーザーが「ハードも通信事業者もどこでもいい、とにかくできるだけ安く、常にGoogleのサービスに繋がっていたい」と考える時代である。そんな時代がくれば、ハードは「ただの箱」になり、通信は「ただの土管」になる。

まとめ

 こんな書き方をしていると、私がGoogleを悪者扱いにしているかのように勘違いする人がいるかもしれないが、決してそんなことはない。ネットでビジネスをするGoogleとしては、より多くの人たちにできるだけ安く、かつ頻繁にネットにアクセスしてもらうことにより自分のビジネスを大きくしようとするのは当然の経済活動だ。

 Googleが存在しようとしまいと、この流れはどのみち止められないものだろう。パソコンと家電の垣根が取り払われ、通信・放送ビジネスが融合すると、「単なる箱・単なる土管」で商売をすることが難しくなる。そんな時代には、GoogleやAppleのように、他の誰にも提供できないようなサービスや製品を提供できる会社だけが生き残れるのだ。

 極端な話、企業の経営者は、Google自身が携帯電話サービスを無料で提供する時代も遠くないと認識した上で、「そこでどんな付加価値を生み出してビジネスをするのか」をはっきりと意識した企業戦略を立てるべきだ。Chrome OSはそんな時代に向けた、一里塚にしか過ぎない。

(おわり)


筆者:中島 聡(なかじま・さとし)
 米国シアトル在住の自称「永遠のパソコン少年」。学生時代にGame80コンパイラ、CANDYなどの作品をアスキーから発表し、マイクロソフトではWindows95、IE 3.0/4.0 のアーキテクトとして、IEとWindows Explorerの統合を実現。設立企業「UIEvolution Inc.」「Big Canvas Inc.」。ブログ「Life is beautiful」(http://satoshi.blogs.com。近著「おもてなしの経営学」(アスキー新書)。iPhoneアプリ「PhotoShare」「PhotoCanvas」。現在はGoogleApp Engine上でのサービス作りに夢中。

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2010/4/9 06:00