インボイス制度に備える

年商1000万円以下の個人事業主よ集まれ! インボイス制度「激変緩和措置」のポイントを深掘り解説

「令和5年度税制改正」でどう変わる? マネーフォワード山田一也CSOに聞きました

株式会社マネーフォワードの山田一也氏(執行役員 マネーフォワードビジネスカンパニーCSO)に「インボイス制度」および「令和5年度税制改正」について伺った

 今、年商1000万円以下の会社の社長や個人事業主で大いに悩んでいる方もいるのではないだろうか。10月にスタートする「インボイス制度(適格請求書等保存方式)」を前に、消費税を納税する課税事業者に移行するかどうか、その決断を迫られているからだ。業種・売上高などにもよるが、10~50万円規模で納税額が増える可能性がある。

 ただし、こうしたインボイス制度導入に伴う急激な変化を緩和するため、令和5年度の税制改正では、さまざまな措置が盛り込まれた。この改正により、インボイス制度を取り巻く環境はどう変わったのか? ぶっちゃけ、個人事業主の負担は減るのか? そのあたりの実情について、クラウド会計ソフト大手・株式会社マネーフォワードの山田一也氏(執行役員 マネーフォワードビジネスカンパニーCSO)に解説をお願いした。これまでならば3月31日に“ある期限”が設定されていたが、その状況が変わり、「焦らない」「じっくり考えよう」がキーワードとのことだが……。

年商417万円のフリーランスライター、インボイス制度で税金が19万円増える!?

 話を分かりやすくするため、最初に事例を紹介しておこう。フリーランスライターのA氏は個人事業主である。企業に所属せず、また、株式会社などを立ち上げることなく、あくまで個人として、IT関連のウェブ媒体や企業のオウンドメディアなどから依頼を受けて原稿を執筆。その対価を確定申告における事業所得として計上している。

 A氏が2022年1月1日から12月31日までに稼いだ売上は417万4500円。仮に消費税10%がかかっていたとすると、単純に計算すれば、その額は37万9500円だ。

 ただしA氏は消費税計算期間(通常は1月1日から12月31日まで)の課税対象売上高が1000万円以下なので、消費税を納税する義務はない。この金額を丸ごと、生活費やライター業のために必要な機材の購入に充てても法的に一切問題はないのだ。

 この状況を、インボイス制度が大きく揺さぶっている。消費税を厳格に計算するための制度とされ、2023年10月1日からスタートする。消費税を納税している企業は同日以降、ローマ字のT+13桁の数字――適格請求書発行事業者としての登録番号――を請求書や領収書に記載するようになる。そのほか、消費税が10%か8%なのかを表記する等、一定の条件を満たしたものだけが「適格請求書(インボイス)」として取り扱われる。

 企業は年に1回、消費税についての確定申告を行う。その際、自社が商品やサービスなどを販売した際に発生した消費税の総額から、材料の仕入れなどにかかった消費税を差し引く「仕入税額控除」の処理を行う。この差額が、納付すべき消費税の額になる。インボイス制度の施行後は、この控除計算に使える請求書・領収書は、適格請求書の要件を満たしたものだけ。A氏に仕事を依頼するような企業は年商1000万円を超えているので、A氏に対して「適格請求書を発行してほしい」となるのだ。

 A氏は困った。登録番号の取得=適格請求書発行事業者になるということは、それは消費税の課税事業者に移行することを意味する。年商1000万円以下という消費税の納税免除条件を満たしているにも関わらず、である。適格請求書を発行できないと、仕事の依頼が来なくなるのではないか? そうした懸念がつきまとう。しかし、課税事業者になれば、免税事業者だったこれまでよりも利益が減ってしまう。

 一方、A氏の手元にある消費税相当額は37万9500円だが、原稿執筆などの業務のために支払った交通費・電気代・通信費・資料代にも消費税がかかっているので、それらの分を控除できる。ただ、全ての支払いについて控除額を計算するのは大変だ。そこで思い出したのが「簡易課税」の制度だ。

 簡易課税は、売上高が年間5000万円以下の企業や個人事業主が、事前に手続きすることで利用できる制度である。あらかじめ設定されている事業区分別の「みなし仕入率」をもとに、納税額を決定することができる。区分は全6種あり、A氏の場合は「第5種事業(運輸通信業、金融業および保険業、サービス業(飲食店業に該当するものを除く))」にあたり、その値は50%。これを当てはめると、その金額は18万9750円となる。

事業区分みなし仕入率
第1種事業(卸売業)90%
第2種事業(小売業、農業・林業・漁業(飲食料品の譲渡に係る事業に限る))80%
第3種事業(農業・林業・漁業(飲食料品の譲渡に係る事業を除く)、鉱業、建設業、製造業、電気業、ガス業、熱供給業および水道業)70%
第4種事業(第1種事業、第2種事業、第3種事業、第5種事業および第6種事業以外の事業)60%
第5種事業(運輸通信業、金融業および保険業、サービス業(飲食店業に該当するものを除く))50%
第6種事業(不動産業)40%

 消費税37万9500円-見なし仕入控除額18万9750円=納税額18万9750円。あくまで理論値だが、A氏が2022年に消費税を納税していた場合、年収が約4.5%減る計算になる。年収が約400万円規模の世帯にとって、20万円近い収入の差がとてつもなく重いことは言うまでもない。

インボイス制度導入に向けた「激変緩和措置」4つのポイント

 このようにインボイス制度は、請求書や領収書の書類の様式が変わるだけでなく、年商1000万円以下の事業者、特に個人事業主への経済的影響が極めて大きいとされる。制度開始まで1年を切った2022年10月ごろからは、業界団体やコミュニティの動きが活発化。2022年12月に発表された「令和5年度税制改正大綱」では、インボイス制度導入にあたっての激変を緩和する措置が各種盛り込まれた。同大綱を受けた税制改正法(所得税法等の一部を改正する法律)も3月末に成立している。

 では、今回の税制改正に盛り込まれた具体的な措置とはどんなものなのか? マネーフォワードの山田氏に伺ったところ、主なポイントは4つあるという。

財務省のウェブサイトではインボイス制度の改正案に関する資料を掲載。「令和5年度税制改正大綱」のあらましが解説されている。この中から、個人事業主に関係がありそうな部分を中心に山田氏に解説していただいた

1)「適格請求書発行事業者」の登録期限を延長、4月以降でも検討できるように

 これまでの規程では、10月1日のインボイス制度スタートに合わせて適格請求書発行事業者になるには、3月31日までに適格請求書発行事業者の登録申請を済ませておく必要があった。しかし、この期限が事実上なくなった。

 「10月1日から適格請求書発行事業者になるとしても、その前日の9月30日までに登録すれば問題なくなりました。おそらく多くの事業者の皆さんが『発行事業者になるかどうか、3月31日までに意志決定しなければ』と焦っていたかと思いますが、それがだいぶ猶予されます。3月15日までに確定申告が終わっていて、具体的な所得見込みも立っているはずですが、そこからわずか2週間程度で発行事業者になるか/ならないか決断するのは、やはり大変ですよね。しっかり考える時間が取れるのは大きいでしょう。」(山田氏)

 確定申告で直近の年収がハッキリ分かれば、前述したように、簡易課税制度利用時の具体的な納税額が推定できる。あとは取引先との関係性などを考えて、消費税納付義務のない年商1000万円以下の個人事業主でもあえて適格請求書発行事業者になるのかどうか、じっくり検討できるというわけだ。

 なお、10月1日以降に適格請求書発行事業者の登録申請・取消申請を行う場合の規程も若干変わる。従来は、適用を受けようとする日の1カ月程度前に申請を済ませる必要があったが、これが15日前まででよくなる。

2)消費税を2割だけ納税すればいい「2割特例」。ただし2026年9月まで

 2023年10月1日から2026年9月30日までの課税期間において、それまで消費税の納税義務のなかった事業者が、新たに適格請求書発行事業者になった場合などに限って適用される制度。「2割特例」とも称され、インボイス制度に関する税制改正の中でも特に大きな措置に位置付けられている。消費税の計算にあたって、その8割を控除してよく、つまり、発生した消費税のうち2割だけを納税すればよい。

 前述のライター業のA氏の場合、発生した消費税37万9500円に対し、簡易課税ならば50%の見なし仕入率が適用され、納税額は18万9750円となる。しかし2割特例(言わば“みなし仕入率80%”)を適用すれば、納税額7万5900円。大幅な減額だ。

(財務省ウェブサイトより引用)売上700万円の第5種事業者が「簡易課税」「2割特例」をそれぞれ行った場合の税額比較がまとめられている

 ただし、簡易課税を利用する業種のうち、「第1種事業(卸売業)」はそもそもみなし仕入率が90%なので、2割特例を適用すると、むしろ納税額は増える。「第2種事業(小売業、農業・林業・漁業(飲食料品の譲渡に係る事業に限る))」はみなし仕入率80%なので、2割特定を適用しても納税額は変わらない。第3種~6種事業に限った特例、と言い換えることもできるだろう。

 「インボイス制度は、一般に『益税』を解消して、税の公平性を確保する狙いがあるとされます。ただし消費税の納税義務が免除される規程が法律になっているのも現実なので、これを一気になくすのは無理だろうというのが、今回の措置の背景にあると思われます。特例が設けられる3年間のうちに、資金繰りなども含めて対処してほしいということなのでしょう。

 計算方法は簡易課税のそれと変わりませんので、対応は比較的容易です。また、2割特例を適用するかどうかは、書類に『特例適用』などの文言を少し書くだけで済むとのことです。(簡易課税を利用するには事前に申請が必要だが)2割特例には事前申請が必要ないのも、隠れたポイントですね。確定申告書を提出するその直前まで、2割特例を適用するかどうか考えることができますから。」(山田氏)

3)1万円未満の取引なら、適格請求書なしでも消費税の仕入税額控除が可能に

 年間売上高が1億円以下の企業(例えばA氏のような個人事業主も対象)は、1万円未満の取引については、適格請求書がなくても消費税の仕入税額控除の対象取引として認められる。例えば税込5500円の備品を買ったら、そのうちの消費税にあたる500円分を、自身が年に1回まとめて納税する消費税の総額から減らすことができる。そのとき受け取った領収書が、適格請求書の要件を満たしていなくても、だ。

 「今回の税制改正では、2割特例といった経済的負担の緩和策はもちろんですが、適格請求書を処理するという“事務負担の軽減”にも焦点が当たっている印象ですね。」(山田氏)

4)1万円未満の値引き時に「返還インボイス」が不要。振込手数料が差し引かれた支払いの処理などが円滑化

 商慣習として、例えば1万円を請求したのに、実際に振り込まれた額が9800円というようなケースがある。これは「銀行振込のために200円手数料がかかったので、悪いけど勝手に差し引かせてもらったよ」という理屈だ。

 だが、インボイス制度が始まると、これが途端に厄介になる。少額とは言え、請求側は「200円値引き」したことになるので、「適格返還請求書(返還インボイス)」を支払い側に送付しなければならない。これをイチイチ発行していては、とても実務が回らない……ということで、1万円未満の値引き・返品・割り戻しに対する返還インボイスの発行は不要になった。

「電子帳簿保存法」の要件も大幅緩和

 インボイス制度とは別のもう1つの流れではあるが、やはり企業を悩ませているのが「電子帳簿保存法(電帳法)」関連だ。2022年1月1に施行された改正電帳法により、本来なら、以後は“電子データで受け取った証憑は電子データのまま保存する”ことが義務化され、紙に印刷し直して保存しても税務書類として認められなくなる……はずだった。

 だが、保存する電子データの要件が厳格なため、中小企業にとっては電帳法の要件を満たすためのハードルが極めて高い。そこで2年間の猶予(宥恕)期間が設けられ、条件付きながら義務化が先送りになっていた。

 この状況に対しても、今回の税制改正で大きく変更が入っている。

「電子帳簿保存法(電帳法)」についても、税制改正で大幅な変更が入る

1)紙データをスキャンした際の「付随情報」要件を緩和

 改正電帳法のもとでは、紙の領収書を取引先から受け取った場合、その書類をスキャナーでスキャンしたり、あるいはスマートフォンのカメラで撮影するなどして、電子データ化することになる。その際、スキャン解像度、階調、書類サイズ、入力者など細かな付随情報を付記することが要件になっていた。

 こうした付随情報は、スキャンされた画像を第三者が見た際に、十分な視認性が確保されているかを客観的に証明するための情報として活用する想定だったようだ。だが、こうした情報を書類1枚ごとに登録するのは、クラウド会計ソフトなどの専用機能を使うならともかく、ローカルPCに電子データを単に保存しているような運用体制のもとでは、到底現実的ではない。そこで、こうした付随情報の登録は、要件から外された。

 「とはいえ、スキャンした書類が税務調査などのときにきちんと判読できなければいけません。要件がなくなったといっても、そこは意識しましょう。ただ、当局の関係者の話を聞く限り、『実際に判読できればOK』という運用になりそうです。」(山田氏)

「マネーフォワード クラウドBox」での例。画像撮影時に、解像度情報が自動付与されていたが、これらがなくても不備とはならなくなった

2)電磁的記録の保存制度が大幅緩和。一般的なクラウドへの証憑保存でも問題なしに?

 前述の通り、改正電帳法の施行後は“デジタルで受け取った証憑を紙に印刷して保存するのは原則不可”とされていたが、そうした運用は無理筋との声が大きく、猶予期間が設定された。逆に言えば、猶予期間が終わる2024年1月からは、本則が適用される予定であった。

 この部分に対しても今回の税制改正では、年間売上高5000万円以下などの条件を満たした事業者であれば、そうした“電子データの紙保存”についても特に制限されなくなった。同様に、各電子データに対しては「日付」「取引先」「金額」などのデータを付記しておくこと――「検索要件」が求められていたが、それも不要になる。

 「マネーフォワードはもちろんですが、ほとんどのクラウド会計ソフトであれば、電子データを添付するなり、紙をスキャンしてデータ化するなりして、取引情報の登録をするだけで、解像度情報や検索要件を自動で満たせるようになっています。ただ、今回の税制改正によって、例えばGoogle ドライブなどへ単純に電子データを保存してもよい、ということになります。」(山田氏)

 この変更は、意外とインパクトがありそうだ。それこそ個人事業主1年目で会計ソフトの知識も全くないといった場合でも、とりあえず証憑の電子データを残して事後的に対応すればいい。

 そうして少しずつ慣れていく中で「今でもなんとかなっているけど、クラウド会計ソフトを使えばもっと便利そうだ」という事業規模になったら、そこで実際に会計ソフトなどのサービスを導入する――そうした、段階的な電帳法対応に道が開かれたことは歓迎すべきだろう。

3)過少申告加算税が10%から5%に低減される「優良な電子帳簿システム」が利用しやすく

 過少申告加算税(申告に不備が発見された場合に追加で発生する税金)が通常10%であるところ、5%に減免される「優良な電子帳簿システム」に関する制度も利用しやすくなっている。従来は「仕訳帳、総勘定元帳をはじめとした全ての帳簿」という、極めて広範な指定であったのに対し、新たなルールでは対象帳簿が明確化された。

 「もう1つ、この制度を適用するうえでは『記録事項の訂正・削除に関する履歴の確認ができること』がとても高いハードルになっていました。例えばExcelで帳簿を管理していると、修正履歴を残しておくのはかなり無理に近い。その点、クラウド会計ソフトであれば履歴保存は容易です。対象帳簿が明確化されたこともあり、『優良な電子帳簿システム』はかなり身近になりました。クラウド会計ソフト利用のきっかけになるかもしれないと、われわれベンダーとしては期待しています。」(山田氏)

 なお、「優良な電子帳簿システム」への移行にあたっては事前の届出が必要である。

では、年商1000万円以下の個人事業主は「適格請求書発行事業者」になるべきか?

 インボイス制度は今まさにホットな話題で、政府の対応を含めた情勢は1年前とは大きく異なる。令和5年度税制改正によって、ここまで紹介してきたような緩和措置も入る。そのうえでなお、年商1000万円以下の個人事業主は適格請求書発行事業者になるべきなのか、考えてみたい。

 山田氏は大前提として「取引先が適格請求書を欲しがっているかどうか。そこがまず判断材料になる」とアドバイスする。

 一般論としてよく言われるのが、取引相手がほぼ全て一般消費者である事業者は、適格請求書発行事業者にならなくても影響が少ない、というものだ。例えば住宅街でランチ営業だけしているラーメン店などは、会社の経費で食事する客は少ない。

 ただし同じ飲食業でも、オフィス街の居酒屋となれば状況は全く異なる。会社の経費で利用する客は相対的に多く、そこで発行される領収書が適格請求書かどうかは客にとって重要になる。その居酒屋が適格請求書を発行してくれないと、経費で利用した会社が最終的に納付する消費税が増えてしまうからだ。

 適格請求書発行事業者になるかならないかで迷う個人事業主にとって「事業を守る」という視点が最も重要だとも、山田氏は説明する。適格請求書を発行してくれるかどうかを取引基準にしたり、発行してくれないならば価格交渉を持ちかけてくれる企業(消費税の仕入税額控除が適用されないのだから、その分を値下げしろ、という論理)に対して、否が応でも直面することになる。

 そして、個人事業主側は「将来的に、商売をどうしたいか」との視点が必要という。今は年商1000万円以下でも、将来的にそれを超える規模への成長を企図しているなら、先んじて適格請求書発行事業者になったほうが取引関係も円滑化するはずだ。

 なお、消費税を納税している企業が免税業者から仕入れを行う際には、一定割合の控除を認めるという経過措置がある。2023年10月1日から2026年9月30日までは、仕入税額相当額の80%を控除できる。例えば5万5000円(うち消費税相当額が5000円、税率10%)を免税事業者に支払ったとしても、消費税の仕入税額控除額が0円ということにはならない。5000円の80%=4000円は控除できるのだ。その後の2026年10月1日から2029年9月30日までについても、控除額が50%にはなるが、経過措置が続く。

対象期間控除率本体価格5万円・10%消費税(5000円)の控除額
2023年10月1日~2026年9月30日80%4000円
2026年10月1日~2029年9月30日50%2500円
2029年10月1日~控除不可0円

 よって、これは筆者の考えだが、例えば「2023年10月1日になってもアンタは免税事業者だから、消費税10%分は払わないよ」という論理は成り立たないはずだ。少なくとも3年間、80%控除はあるのだから。

 「10月1日にインボイス制度はスタートしますが、まだ半年間は、個人事業主と取引先がコミュニケーションする時間があります。向こう数年間の経過措置もありますし……おそらく、適格請求書発行事業者に一度なってしまうと、(制度上は取消できるとはいえ)免税事業者に戻るのはなかなか難しいでしょう。今回の税制改正によって、15日間あれば免税事業者から適格請求書発行事業者に移行できるようになります。『今やらないとマズい』と焦るのではなく、じっくりとお互い対話することが重要ではないでしょうか。」(山田氏)

 今後は、個人事業主との取引が多い企業がなんらかのかたちで適格請求書の取り扱い方針を示す動きが広がるのではないか――山田氏はそう予測する。2月17日には、プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の活動へ賛同するとのかたちで、株式会社マイナビなど7社が「インボイスを発行しない事業者との間でも取引を継続する」との姿勢を示した(参考:日本経済新聞2月18日付記事『インボイス発行なしでもフリーランスと取引』)。

 「おそらく、こういう動きは増えていくと思います。その意味でも、個人事業主は今の時点で焦る必要はなく、取引先のアクションなどを見ながら、じっくり考えたほうが良いでしょう。」(山田氏)

電帳法への対応のハードルがグッと低く。さらにクラウド会計ソフトを使えば簡単

 これまで消費税の納税事務をしていなかった個人事業主にとっては、課税事業者への転換によって事務処理負担が増す、という現実にも目を向けておくべきという。簡易課税などの制度はあるが、本則での税額計算をExcelだけで済ませるのはやはり現実的ではない。

 もちろん、そうした事務処理負担を軽減するという意味で「マネーフォワード クラウド確定申告」などのサービスが用意されている。インボイス制度に対応するための機能追加も着実に進めており、山田氏も「少なくとも『事務処理負担が大変だから課税事業者にならない』ということにならないよう、そして、個人事業主の選択の幅を広げるためにも、製品開発には引き続き力を入れて行きます」と強調した。

 一方、電帳法への対応という意味では、クラウド会計ソフトの導入が最も手軽かつスピーディーだ。今回の税制改正によって前述の「検索要件」は必須項目からは外されたが、しかし経理事務担当者にとっても「検索要件」を満たしていたほうが作業効率が上がるのは事実。事務負担軽減、作業時間節約のため、導入を検討してほしいと山田氏はアピールする。

 「今回の税制改正に伴う変更で、それこそPDFで受け取った請求書を自分のPCのファイルサーバーにとりあえず保存しておくだけでも、法令要件は満たせるようになりました。ただ、それを続けてファイルが貯まっていくと、いつかは『やっぱり検索できたほうが便利だよね』という時期も来るはず。そうした際にはクラウド会計ソフトが役立つと思います。」(山田氏)

 マネーフォワードでは10月のインボイス制度スタートに向けて、対応機能の追加を着々と進めている。具体的な開発ロードマップも公開しており、例えば「マネーフォワード クラウド請求書」では、適格請求書発行事業者登録番号の入力欄追加対応は完了。帳票類の保管庫にあたる「マネーフォワード クラウドBox」では、自動読み取り機能の適格請求書対応が間もなく完了する予定だ。

「マネーフォワード クラウド請求書」では、すでに適格請求書発行事業者番号を登録できる

 「今後もまだ、政府からの実務指針の発表などで、インボイス制度を巡る状況は多少変わっていくかもしれません。そうしたことへの対応も含め、利用者の皆様がお困りにならないよう、マネーフォワードとしては着実に開発を進めていきます。」(山田氏)

まとめ:半年の延長期間を有効活用し、取引先とのコミュニケーションをしっかり!

 山田氏への取材を通じて一番最初に感じたのは、3月31日が事実上の締め切りだった適格請求書発行事業者の登録申請が、インボイス制度開始の直前まで延びたことの効能が意外に大きそう、ということだ。

 正直、「半年延びたって変わらないのでは?」と考えていたが、確定申告シーズンの2月・3月を通じてインボイス制度を巡る議論はより白熱したように見える。署名活動、適格請求書を発行しない事業者との取引方針を表明する企業等々、国会・政府以外の部分でも状況は動いている。こうしたことを見極め、山田氏が言うように「じっくり検討する」のが最善だろう。また、取引先ともインボイス制度について、まずは世間話レベルでもよいからコミュニケーションすべきだろう。

適格請求書発行事業者の登録に必要な書類を作成できるサービスもある

 もし課税事業者に転換したとき、実際どれくらいの納税額になるか分からなくて不安だ……という場合は、繰り返しになるが、冒頭のA氏のように、簡易課税の適用を仮定してみてほしい。特に今ぐらいの時期は、多くの個人事業主が確定申告を完了してまだ間もないタイミングのはずで、そこでは実際に2022年の売上が出ている。あとは、その売上をもとに、事業分野別のみなし仕入率を適用すれば、具体的な金額が算出できる。なお、向こう3年間は「2割特例」があることもお忘れなく。

 電帳法への対応については、なんらかの会計ソフトを使うのが無難だろう。サブスクリプション型の月額制クラウド会計ソフトは、概ね月額1000~2000円に設定されている。個人事業主にとってはこれでも高いが、請求書や領収書をほぼ無制限にオンライン保存できたり、スマートフォンアプリから取引を登録できるなど、メリットは多い。

 筆者は2022年に通年で「マネーフォワード クラウド確定申告」を契約していた。印象深かったのは、例えば喫茶店で休憩中、レシートをスマートフォンのカメラで撮影して、その場で取引登録が完結したこと。Excelを開いて自作の帳簿に数字を書き入れていたのとは全く別の体験ができた。価格分のメリットは十分あるように思う。

 ところで冒頭の事例で紹介したA氏だが、3月末の段階では適格請求書発行事業者の登録は行わない方向、つまり免税事業者のままでいることを考えている。やはり年商的には免税条件を満たしているし、ここ2~3年で売上が倍になる見込みもない。また、取引先は数社に限られ、小売店や個人タクシーのように不特定多数の顧客と取引する形態ではない。取引先にじっくり説明できるので、もし値下げ交渉を切り出されたら「3~6年間は移行措置ありますよね」と意見をぶつければいい。

 もし免税事業者のままでいて仕事を切られたら、それこそ「実録! 取引中止~これがインボイス制度の負の側面だ」なる原稿を書けるので、それはそれでオイシイと考えているフシもあるが……。ただ、この考え方はあくまで一例。約半年の猶予期間を上手に生かし、皆がそれぞれの立場で制度について考え、備えよう。