インボイス制度に備える

「インボイス制度」開始まであと半年。個人事業主は、いつまでに/何を判断し/何の手続きをすればいいのか?

会計ソフトベンダーの「弥生」さんに聞いてみた

 いよいよ半年後に始まるインボイス制度(適格請求書等保存方式)。その概要については、国税庁が特集サイトを開設しているほか、会計ソフト/サービスベンダーなども解説ページを公開しているので、すでに理解している人も少なくないと思うが、では、個人事業主は具体的にいつまでに何を判断し、行動を起こせばいいのだろうか? インボイス制度が始まる2023年10月に向けて取るべき行動について、会計ソフト「弥生シリーズ」でおなじみの弥生株式会社に話を聞いた。

▼この記事で説明しているポイント

  • 「適格請求書発行事業者登録申請書」はいつまでに提出すればいいのか? 制度開始の直前でも大丈夫?
  • 適格請求書発行事業者(課税事業者)になる場合、同時に「消費税簡易課税制度選択届出手続」も行うべきか?
  • 「簡易課税」を利用するか、インボイス制度の「2割特例」を利用するか、その判断基準は?
  • 会計ソフトにおけるインボイス制度への対応

※この記事では主に、これまで免税事業者だった個人事業主が適格請求書発行事業者(課税事業者)になるにあたって確認・検討すべき事項について説明しています。そもそも適格請求書発行事業者になるべきか――というテーマについては、本連載の前回記事『個人事業主が「適格請求書」を発行すべきどうか、会計ソフトベンダーの「弥生」さんに聞いてみた』を参照ください。

登録申請書の提出期限が大幅に延長

 これまで免税事業者だった個人事業主が、インボイス制度が始まる2023年10月に向けて、具体的にどのような行動を取るべきかを考えるうえで、まずチェックしておきたいのが、いつまでに適格請求書発行事業者登録申請書(登録申請書)をインボイス登録センター(e-Taxによる提出の場合は所轄税務署長)に提出すればいいのかという問題だ。

 これは、2023年10月1日の時点で適格請求書発行事業者になることをすでに決めた人はもちろん、インボイス制度の開始にともなって適格請求書発行事業者になるかどうかを悩んでいる人にとっても気になることかと思われる。

 実は昨年末、この登録申請の期限について大きく影響を与えることが起きた。2022年12月23日に閣議決定した「令和5年度税制改正の大綱」だ(同大綱を受けた「所得税法等の一部を改正する法律」も2023年3月28日に参議院本会議で可決・成立した)。

 当初、2023年10月1日のタイミングで適格請求書発行事業者になるためには、2023年3月31日までに登録申請書を提出する必要があったが、今回の改正により、インボイス制度開始前の登録申請は、2023年9月30日まで可能となった。

 なお、2023年10月1日以降については、課税期間の初日から15日前までに登録申請書を提出すればOKとなった。仮に15日前に提出し、登録までに時間が余計にかかってしまい、実際に登録された日が課税期間の初日以降になったとしても、初日に登録を受けたものとみなされる。

「令和5年度税制改正の大綱の概要(適格請求書等保存方式に係る見直し)」(財務省による発表

直前の提出では、登録番号の取得が間に合わない可能性も

 インボイス制度の開始に向けて適格請求書発行事業者になるかどうか検討中の人にとっては、この申請期限の延長により、検討に時間をかけられるようになったわけだが、かといって10月1日の開始直前まで引き延ばせるかといえば、必ずしもそうではないようだ。弥生の法令調査担当者によると、10月1日の15日前にあたる9月中旬に申請した場合、10月1日の時点になっても登録番号の取得が間に合わない可能性があるという。

 「適格請求書発行事業者になった場合、13桁の数字をインボイス(適格請求書)に記載することが義務付けられますが、この番号を知らされていない段階では、当然ながら請求書に記載することができません。そうなると請求書を受け取る取引先もその番号に基づいた処理ができないので、あとで適格請求書の記載事項を満たした請求書を相手方に交付するか、または、登録通知を受けたあとで追って登録番号を伝えるなど、余計なコミュニケーションの手間がかかってしまいます。」

 登録申請書を提出してからどれくらいで登録番号が発行されるのかを推測するうえで参考となるのが、国税庁による発表資料(適格請求書発行事業者の登録件数及び登録申請書の処理期間について)だ。登録申請書が提出されてから登録通知までの期間の目安を発表しているので、こちらに随時アクセスして参考にしていただきたい。2023年3月10日時点の発表資料によると、2月末現在において登録申請書を提出してから登録通知までにかかる期間は、e-Taxによる申請の場合は約3週間、書面による提出の場合は約2カ月とのこと。

 弥生の法令調査担当者によると、2022年12月時点の発表では書面による提出の場合は約1カ月半だったのが、年明けの1月時点の発表では2カ月に延びたという。もしかしたら10月の制度開始時直前になると駆け込みで提出する人の増加や、申請書の記載誤りによる遅延などにより、さらに延びる可能性もある。適格請求書発行事業者になることを決めているならば、ギリギリではなく、ある程度、余裕を持って手続きをしたほうがいいのかもしれない。

 なお、e-Taxによる提出の場合は2022年12月時点の発表でも、2023年1月時点の発表でも変わらず3週間のままだった。すでにe-Taxを利用している人であれば、登録申請書の提出もe-Taxで行ったほうがスピーディーな手続きが期待できる。

業種ごとの「みなし仕入率」で算出する消費税の「簡易課税」制度

 さて、適格請求書発行事業者(課税事業者)になることを決めた場合、次に提出するか否かの選択を考えなければならないのが「消費税簡易課税制度選択届出手続」だ。これは、消費税の納税にあたって「本則課税」ではなく「簡易課税」を選択するための届出書だ。

 本則課税と簡易課税とは、消費税の算出方法のことで、本則課税の場合は売上高にかかる消費税額から仕入れにかかった消費税額を差し引いて算出する。一方、簡易課税とは、仕入れのときに実際にかかった消費税の額に関係なく、業種ごとに定められた「みなし仕入率」に基づき簡易的に消費税を算出する。

 簡易課税のみなし仕入率は、以下のように定められている。

  • ①第一種事業(卸売業) 90%
  • ②第二種事業(小売業) 80%
  • ③第三種事業(製造業) 70%
  • ④第四種事業(飲食店業・その他①②③⑤⑥以外の事業) 60%
  • ⑤第五種事業(金融業及び保険業・運輸通信業・飲食店業を除くサービス業) 50%
  • ⑥第六種事業(不動産業) 40%

 ちなみに筆者の場合、著述業は「⑤第五種事業」にあたるので、みなし仕入率は50%となり、簡易課税制度を選択した場合は、例えば年間の売上高が消費税を含めて550万円の場合、消費税分50万円の50%にあたる25万円を納税する。これが「③第三種事業(製造業)」の場合は、みなし仕入率は70%となるので、納める消費税の額は100%から70%を差し引いた30%に50万円をかけた15万円となる。

 なお、例えば副業で不動産賃貸業を行うなど、複数の事業を営んでいる場合は、原則的には事業ごとにそれぞれ別のみなし仕入率をかけて消費税額を算出する。ただし、一部の売上税区分の比率が大きい場合は、比率の大きい事業のみなし仕入率を全体に適用するといった特例も認められている。

 簡易課税を利用するには、基準期間の課税売上高が5000万円以下である必要がある。また、いったん簡易課税を選択すると、2年間は変更できない。

3年間の期間限定で利用可能な「2割特例」

 簡易課税を利用すれば、仕入れのときにかかった消費税額を算出する手間が省けるため、これを選択したいと考えている人も少なくないと思われるが、実は今回の令和5年度の税制改正では新たな緩和措置として、免税事業者が適格請求書発行事業者(課税事業者)になった場合に、3年間の期間限定で、納付税額を2割とすることが発表された。これは一般的に「2割特例」と呼ばれている。

 例えば課税売上高が550万円の場合は、消費税額50万円の20%にあたる10万円が納税額となる。これは簡易課税のみなし仕入率でいえば第二種事業(小売業)と同じ率であり、筆者のような第五種を含む、第三種~第六種の業種に該当する人にとってはお得だといえる。逆に第一種事業の場合は、簡易課税を選択したほうが10%の納付で済むので、2割特例を選ぶと損をすることになる。

 ちなみに、2割特例を利用するかどうかは消費税の申告時に選択可能となるそうなので、第一種事業者以外で、適格請求書発行事業者登録申請書と同時に簡易課税届出書の提出も検討していた人は、簡易課税制度選択届出書を慌てて提出する必要はなくなったと考えていいだろう。

 なお、これは令和5年度の税制改正よりも前から決まっていたことだが、簡易課税制度を選択する場合の届出書の提出時期については特例が設けられている。本来は適用を受けようとする課税期間の初日の前日までが原則となっているが、免税事業者が2023年10月1日から2029年9月30日までの課税期間に適格請求書発行事業者の登録を受けて、登録を受けた日から課税事業者となる場合は、その課税期間から簡易課税制度の適用を受ける旨を記載した消費税簡易課税制度選択届出書をその課税期間中に提出すれば、その課税期間から簡易課税制度を適用することができる。

 簡易課税はいったん提出してしまうと2年間は変更できないという縛りがあるので、この点については時間をかけて慎重に検討したほうがいいと思われる。

 また、弥生の法令調査担当者によれば、本則課税の場合は実際にかかった消費税額を計算するため、例えば大規模な設備投資をして多額の消費税を支払った場合などは、2割特例を利用すると損をしてしまうケースがあり、個々のケースに応じて、計算して有利な方法を選択したほうがいいとのことだ。

国税庁「適格請求書等保存方式(インボイス制度)の手引き」7ページにある「簡易課税制度を選択する場合の届出書の提出時期の特例」および「《参考》簡易課税制度による消費税額の計算」

少額特例と返還インボイス

 令和5年度の税制改正ではこのほかに、2023年10月1日から2029年9月30日までの6年間、年間の課税売上高が1億円以下の事業者については、課税仕入れや経費の額が1万円未満の場合は、インボイスがなくても仕入税額控除が可能となった。6年間の期間限定ではあるが、社員が個人のクレジットカードで消耗品などを購入した場合の立替金精算などにおいてインボイスが不要になったことによって、中小企業は事務負担の軽減となる。

 また、恒久措置として、売り手側が振込手数料を負担する場合や、請求書発行後に端数を値引きする場合など、売上に係わる対価の返還などに係わる額が1万円未満の場合はインボイス(適格返還請求書:返還インボイス)の交付義務が免除されることになった。

 上記の2点については、インボイス制度開始にあたって取るべき行動を変えるほどの大きな影響はないものの、これによって経理が楽になる事業者も少なくないと思うので、一応チェックしておいたほうがいいだろう。

会計ソフト/サービスにおけるインボイス制度への対応

 適格請求書発行事業者の登録期限の延長は、インボイス制度の開始に向けての事業者の行動に大きく影響を与える措置といえるが、10月1日にインボイス制度が始まるという点については、特に今までと変わりない。これに向けて、会計ソフトやクラウド会計サービスはインボイス制度の対応を着々と進めている。

 弥生でも、インボイス制度と電子帳簿保存法に対応した新サービスとして、請求書などの証憑をデジタルデータとして一元管理できる「スマート証憑管理」を1月5日に提供開始した。これは「弥生会計」や「弥生の青色申告」などの「弥生シリーズ」を利用中で、デスクトップアプリの「あんしん保守サポート」の加入者またはクラウドアプリ契約者に対して、当面の間は追加費用なしで提供されるサービスだ。自社発行または取引先から受領した請求者や納品書などの証憑をクラウド上で保存・管理できる。

「スマート証憑管理」画面イメージ

 適格請求書発行事業者となった場合、会計業務において証憑を受け取ったあとにそれが適格請求書であるか否かの判断を行い、さらに仕訳作業を行う必要があるが、このような作業を大量に行うのは効率が悪くミスも発生しやすくなる。スマート証憑管理では、AIによるOCR機能により、アップロードした証憑の文字情報を自動的に読み取って、弥生のデスクトップアプリやクラウドサービスと連携可能となる。今後は電子版の請求書(デジタルインボイス)の送受信にも対応を図る予定だ。

 「現在、領収書をファイリングしていちいち仕訳を行っている方などは、スマート証憑管理を利用することにより、証憑をアップロードしてOCRで読み取っていただくだけで会計仕訳まで連動して行われるようになります。」(弥生の会計ソフト担当者)

 このほか細かい部分では、適格請求書発行事業者となった場合、帳簿の仕訳欄に、その請求書が“適格請求書か否か”を区分する項目が1つ増える。スマート証憑管理でも、証憑を保管するタイミングで“適格請求書か否か”は自動的に判定されるのことだ。

 また、少額特例において、例えば「売上の明細は5000円が3つだが、合計では1万5000円」という場合など、判断がつかない場合があるので、少額特例が適用されるかどうかチェックを付ける機能なども提供する予定だという。

 スマート証憑管理など、証憑をアップロードするだけで適格請求書判定などが行われるサービスを利用すれば、簡易課税ではなく本則課税で消費税の納税額を計算する人にとっては作業負担が大きく減ると思われる。インボイス制度の開始に向けて、どのような会計ソフトやクラウド会計サービスを利用するかも検討する必要がありそうだ。