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警察官を名乗る電話1本をきっかけに経理部長が11億円を送金してしまった事例から詐欺手口への教訓を学ぶ
2026年9月11日 11:52
4月20日午前8時2分、上場企業の経理部長の携帯電話が鳴りました。警察官を名乗る相手から大規模な資金洗浄事件の捜査だと告げられ、それから約26時間後、会社の銀行口座からは11億7981万円が消えてしまいました――。
株式会社はてなで起きた資金流出事案について7月24日に公表された特別調査委員会の調査報告書では、同社がこれだけ巨額の被害を出してしまった原因として、オンラインバンキングのアカウント管理が杜撰であったこと、上限金額や承認権限の設定など資金移動にあたっての内部統制が脆弱であったことなど、企業組織としての問題点が指摘されています。
一方で、経理経験約19年半のベテランの経理部長がだまされていく過程が分単位で記載されており、企業が狙われた事例についての調査報告であると同時に、個人に対する詐欺への対策を考えるうえでも非常に示唆に富んだ内容も含まれています。今回は、経理部長がどういう手順でだまされていったのかたどりながら、そこから得られる個人としての詐欺対策の教訓について考えます。
「社長や上司も捜査対象」などと告げ、誰にも相談できない状況にさせる
詐欺グループは相手を信用させるための舞台設定を作り上げていました。疑問を抱かせず、言うことを聞かせるためです。まずは、携帯電話から連絡している理由を、警察内部にも犯人の関係者がいるので捜査員には専用の携帯電話が配られているため、と説明しました。
相手は経理部長の氏名や生年月日をあらかじめ把握しており、午前8時35分にはビデオ通話に招待して、画面越しに「警察手帳」や「検察官証」などを示したそうです。そのうえで勤務先や役職を言葉巧みに聞き出し、自社の社長や上司も捜査対象だと告げます。会社の誰にも相談できなくするためです。
家族への口外も禁じられました。午前9時20分ごろ、経理部長は同居する家族に外出するよう頼み、家族は午前9時45分ごろに家を出ます。午後5時30分ごろに戻ったときも、経理部長はビデオ通話をつないだままで、会話もあいさつもしていません。相談相手を物理的に遠ざける作業まで、被害者本人にやらせているのが巧妙なところです。
午前10時3分から34分にかけて、偽の捜査資料、偽名義のキャッシュカード、経理部長本人の名前が入った偽の逮捕状の写真が次々に送られてきました。信じ込んだ経理部長は、午前10時39分、指示されるまま遠隔操作アプリをダウンロードして実行します。報告書には、どのようなアプリであるかを知らないまま実行したと記されています。
3分後、会社が貸与したパソコンは外部から自由に操作できる状態になりました。オンラインバンキングのIDとパスワードは、パスワードを設定していない表計算ファイルに書き込まれ、デスクトップのフォルダーに保存されていました。遠隔操作を許した瞬間に、この情報も全て相手のものになります。
次は、ビデオ通話は維持したまま、別室へ移動するよう指示されます。送金作業は犯人側が進め、経理部長は必要なときだけ別室から呼び出される役回りになりました。呼び出された理由は二段階認証です。振込にはスマートフォンの専用アプリでの確認が必要で、ここだけは本人が操作する必要がありました。
このとき経理部長は、操作すれば資金が流出するのではないかと疑問を持ちました。しかし、「その振込は凍結口座宛てで捜査の一環だから振込には当たらず、後で資金は戻る」と説明され、信じてしまったのです。午前11時41分、9999万円が送金されます。スマートフォンの画面には見覚えのない振込先が表示されていたはずですが、捜査協力だと思い込んでいたため確認していません。
銀行窓口との通話の中で冷静さを取り戻す
途中、立ち止まる機会は何度かあったと考えられます。まず、送金元の口座が空になるたび、経理部長は別の銀行の口座から資金を移し替えているのです。
最初の3億円は、給与の出金準備という嘘の理由で上司の取締役から承認を得ていました。部下の経理担当者が、口座の残高が減っていることと見知らぬ相手への振込に気付き、社内チャットで経理部長に質問しました。「その件について状況を把握済みですので、後ほど説明します。資金移動のほうを先にお願い致します」と返され、それ以上は踏み込めませんでした。
午後4時14分には銀行が動きます。「9999万円の入金が3回あったようですがこれは何ですか?」と、支店から上司の取締役に問い合わせが入りました。9999万円は詐欺でよく使われる金額として検知されていたのです。しかし取締役は、自分が承認した給与支払い用の3億円だと考え、口座の入出金を直接確認しませんでした。
この日の送金は午後9時17分まで続きます。その後も、詐欺グループはビデオ通話をつないだままにしておくよう指示しました。経理部長は通話状態で就寝し、翌朝は通話越しに声を掛けられて作業を再開しています。監視は一晩中続いていました。
我に返ったきっかけは、銀行への電話でした。翌4月21日の午前11時前、経理部長が銀行の問い合わせ窓口に電話をかけて約11分間話すうちに冷静さを取り戻し、詐欺ではないかと疑い始めます。私用の携帯電話は通話を監視されている恐れがあると考え、家族の携帯電話を借りて午前11時8分に110番通報しました。前日からの送金が全て不正送金だったと知ったのは、この通報の最中です。
2日間で会社口座から流出した金額は合計11億7981万円に達しました(これとは別に経理部長本人の個人口座でも被害が確認されています)。はてなは同額を特別損失として計上し、社長と担当取締役が月額報酬の20%を6カ月間自主返上しています。
警察官を名乗る電話が来たら、いったん切って第三者に相談を
警察庁が公表した2026年上半期の暫定値によると、特殊詐欺の被害額は1816億2000万円で、前年同期から618億8000万円増えました。このうち警察官などを名乗るニセ警察詐欺は、認知件数4466件、被害額507億9000万円でした。件数は296件減った一方で、被害額は108億9000万円増えています。既遂1件あたりの被害額は約1164万円に達しました。認知件数・被害額ともに、被害者は70代が最も多く、最初の接触手段は電話が9割以上を占めます。50代以下は携帯電話、60代以上は固定電話が半数以上という違いもあります。
兵庫県内では偽の逮捕状を郵送する手口が今年に入って増えています。三木市の80代女性宅では1月、固定電話に警察官や検察官を名乗る電話があり、犯罪の容疑がかかっていると告げられました。その後、逮捕状のような文書が届き、女性は指示されるまま現金を入れた袋を4回にわたって自宅前に置き、計3165万円をだまし取られています。兵庫県警には今年、6月までに20件の相談が寄せられ、被害届は8件、うち5件で現金がだまし取られたということです。ビデオ通話に慣れていない相手には紙のほうが効くと、犯人側が判断したのだと考えられます。
警察や検察が電話やビデオ通話で取り調べを行ったり、逮捕状を画面越しに見せたり、郵送したりすることはありません。特に、画面越しに「警察手帳」や「逮捕状」を示された場合は、詐欺を疑ってください。相手の説明を聞き続けるのではなく、いったん通話を切って、こちらから警察に連絡し、確認することが重要です。
また、「家族にも話さないでください」などと口止めされた場合は、その指示に従わず、家族や警察など第三者に相談することが重要です。はてなの経理部長も、銀行の問い合わせ窓口に電話をかけて約11分間話したことで詐欺の可能性に気付きました。犯人は周囲に相談されることを避けようとするため、口外を禁じられた時点で詐欺を疑うべきです。
相手から伝えられた電話番号にはかけ直さず、いったん電話を切って、自分で調べた最寄りの警察署の代表番号や警察相談専用電話の#9110に連絡してください。電話番号の表示は偽装されることがあるため、画面に警察署の番号が表示されていても、それだけで信用することはできません。また、遠隔操作アプリのインストールや画面共有、送金を求められた場合も詐欺を疑う必要があります。「お金は後で戻る」「一時的に預かるだけ」と説明されても、指示に従わないようにしてください。
今回取り上げたはてなの事案では、経理経験19年半の担当者でも、警察官を名乗る巧妙な手口によって11億円を超える送金をしてしまいました。特殊詐欺は、知識や経験があれば必ず防げるというものではありません。家族とも、「警察を名乗る電話が来ても、その場では対応せず、いったん電話を切って確認する」といった対処法をあらかじめ共有しておくことが大切です。
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