期待のネット新技術

自動車用ネットワークの標準化(2) 1000BASE-TそのままのPMAと未決定のコネクタ

 前回に続けて、自動車内ネットワークの標準化について紹介していく。今回も100BASE-T1ことIEEE 802.3bwの話からスタートしたい。

 まずは、IEEE 802.3bw(IEEE 802.3bw-2015)における、2つの図解を参照しながら説明を進める。

図1:IEEE 802.3bw-2015より。もう既に仕様はIEEE 802.3-2018(最新は更に改定されてIEEE 802.3-2022)に取り込まれている。

 図1は、IEEE 802.3bwで策定される規格の範囲である。MIIまでは既存の規格そのままで、その下のPCSとPMA、およびMedium層のみが規定される格好だ。このPCS層は、前回のBroadR-Reachのくだりで説明したように、本来4bit幅の信号を3bitづつ切り出す4B3B変換を行う。

図2:下側がStuff bitを詰めた例。MIIからは4回(=16bit)のデータが来るので、これを4B3B変換すると6回(=18bit)分になる。2bit足りないので、最後に2bit分ダミーbitを付加するわけだ。

 図2は、MIIから来た4bitのデータ(TXD<3:0>)が、4B3B変換を経て3bitデータ(tx_data<2:0>)に切り替わる過程を示したものだ。当然ビットレートも変わるので、クロック信号も別々になっているわけだ。

 MIIからの6回分の転送(d0~d5)が、PCSを経て8回分の転送になっているのが分かる。ただし、これはMIIからきちんと3の倍数の回数の転送が行われた場合の話で、3の倍数になっていないと4B3B変換で余りが出てしまう。その場合は、Stuff bitを詰めて調整する形になっている。これは送信側であるが、受信側は単にこれが逆になるだけである。理屈としては非常に簡単だ。

PMAは1000BASE-Tそのものの仕様

 一方、その下のPMAであるが、面白いことにこれは基本1000BASE-Tと一緒である。というのも、100BASE-T1 architecture(96.1.1)に、次のような記述がある。

The 100BASE-T1 PHY interfaces to a Clause 22 MII. The PMA is similar to Clause 40. The PCS (specified in 96.3) is different from the PCS defined in Clause 40.PMA functionality is defined in 96.4 with reference to Clause 40. The PMA functions are illustrated in Figure 96–3.
The 100BASE-T1 PHY leverages 1000BASE-T and 100BASE-TX PHY technologies in operation at 100 Mb/s, and introduces new PCS, PMA, and other modifications in support of the 100BASE-T1 PHY.

100BASE-T1 architecture(96.1.1)より

 要するに、電気信号の規格に関しては1000BASE-Tのものをそのまま使いながら、100Mbpsの通信を行うかたちになっている。1000BASE-Tの規格は本連載の第1回でちょっとだけ触れているが、一応信号線は4対である。ただ、PCSから来た8bitデータに1bit Parityを加えた9bitに対して、5値4対のシンボルに変換するという8B1Q4方式を採用している。

 ちなみに、一般にはこれは4D-PAM5と呼ばれる方式だ。そんなわけで1000BASE-TのPCSは、もともとPAM5に対応しており、シンボル速度は125MHzとなっている。100BASE-T1ではこれをPAM3として、シンボル速度も66.7MHzまでに抑えたことで、端的に言えばData EyeがWidth/Height共に1000BASE-Tの2倍に増えたことになる。これにより、ノイズが遥かに多い車内環境でも、安定して通信が出来るようにすることを狙ったかたちだ。

 最終的にこのまま標準化が完了したわけだが、BroadR-ReachのSiliconが出て来た当時は自動車メーカーやTier 1はちょっと苦労したという話を聞く。というのは、予想以上に車内のノイズ環境が厳しかったためだ。車内での配線ということは、狭い場所に複数の信号線や電線を引き回すことになるため、いかにDifferentialにすることで外部ノイズからの影響を減らすといっても限界があったようで、この結果Tier 1の中には独自にSTP(Shielded Twisted Pair)ケーブルを使ってノイズ耐性を高めるといった対策を行ったところもあるらしい。

自動車の厳しい環境に合ったコネクタの標準化はできていない

 ちなみに、IEEE 802.3bwではこれに加えてもう1つ、MDIとMediumに関する規定も行われている。要するにコネクタ類だ。なのだが、実はそのコネクタの規格はIEEE 802.3bwに含まれていない。正確に言えば、MDI specification(96.8)はちゃんとあるのだが、その中のMDI connectors(96.8.1)の全文は、以下の一文だけである。

The mechanical interface to the balanced cabling is a 2-pin connector or 2 pins of a multi-pin connector.

MDI specification(96.8)より

 この後にMDI electrical specification(96.8.2)があり、こちらで電気的特性はきちんと定義されているので、要するに96.8.2を満たせば機械的にはなんでもいい(別にRJ58である必要はない)ということである。2pinなので、むしろRJ11[*1]なのかもしれないが。

[*1]RJ11は、正確には4pinのコネクタ/レセプタクルだが、電話線用に2pinの形で広く利用されているのはご存じの通り。

 むしろ、問題は機械的強度や耐環境性の方である。例えば自動車向け半導体部品向けには有名なAEC-Q100という信頼性試験に関する規格がある。こちらGrade 0~3があり、一番緩いGrade 3は-40℃~85℃の温度範囲に耐えれば済む(これは一般的な産業機器向けと同じである)が、一番厳しいGrade 0だと-40℃~150℃まで耐える必要がある。

 さすがに、このGrade 0が100BASE-T1に関わってくることはない(エンジンルームの中に車載Ethernetを引くことは、少なくともこの当時は一切考慮していない)が、Grade 3程度は考慮しておく必要がある。通常20℃前後、最大でも0℃~40℃程度を考慮していればほぼ問題ないとされるデータセンター向けEthernetとはわけが違うのである。

 これは機械的強度の方もそうで、煩雑に抜き差しすることはない(ので、脱着に関わる強度を問われることは少ない)が、何しろ車だから振動の方はすごく発生する。差し込んでいても次第に緩んできたりすることは許されないし、振動で破損することも許されない。RJ45とかRJ11は、この機械的強度の観点で、全然向いてない(というか失格である。あと-40℃とか85℃環境で異常が発生しないまま利用できるとも考えにくい)。

 ただ、こうした過酷な環境に対応するコネクタの標準化は、IEEEの手には余ったようだ。というよりも、さまざまな自動車メーカーやTier 1メーカーからのニーズが多彩すぎて収拾がつかなかったというべきか。結局コネクタ/レセプタクルの機械的形状に関しては定められずに終わっている。

 これは、この車載Ethernetの標準化を行っている業界団体である OPEN(One-Pair Ether-Net)Allianceにしても同じだ。100BASE-T1に関しても、次のように多数のSpecificationを発行して、相互接続性の確保やIEEE 802.3bwで定義されていない不明確な部分の明瞭化、テストのための手順の確立などに務めているにも関わらず、コネクタ/レセプタクルに関する規定は一切ないという、ある意味潔い態度を貫いている。

  • 100BASE-T1 System Implementation Specification
  • 100BASE-T1 Advanced Diagnostic PHY features
  • CMC Test Specification
  • 100BASE-T1 Interoperability Test Suite
  • 100BASE-T1 PHY Control Test Suite
  • 100BASE-T1 Physical Coding Sublayer Test Suite
  • 100BASE-T1 Channel and Component Requirements
  • Transceiver EMC Test Specification
  • Physical Media Attachment Test Suite
  • 100BASE-T1 Sleep/Wake-Up Specification
  • IEEE 100 BASE-T1 EMC Test specification for ESD suppression devices
  • 100BASE-T1 EMC Test Specification for ESD suppression devices
  • 100BASE-T1 EMC Test Specification for Common Mode Chokes
  • 100BASE-T1 EMC Test Specification for Transceivers

 では、実際にはどんなコネクタ/レセプタクルが使われているか? というと、例えばMolexのMini50 Sealed/Unsealed Systemとか、TE Connectivity(旧TYCO Electronics)のMATEnet、JAE(日本航空電子工業)のMX74シリーズなど、さまざまな企業が100BASE-T1に向けたコネクタ/レセプタクルを提供しており、後は自動車メーカー/Tier 1の意向で選ばれているというのが正確なところである。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/