期待のネット新技術

「電話線でLANを構築する」HomePNAの立ち上がりと、コードレス電話の普及が早すぎた日本~G.hnへ至る道(その3)

 前々回前回とアクセスラインではあるもののG.hnとは無関係な規格の紹介をしたわけだが、今月はいよいよ本題のG.hnにつながる話に入る。

 G.hnの原型となるのは、HomePNAである。PNAはPhoneline Networkの略(Aがどっから湧いてきたのかは謎)であり、名前の通り電話線を使ってLANを構築しよう、というものである。同種のものに、AppleTalk(230.4kbpsのRS-422を使ってLANを構築する)のケーブルをRJ11コネクタの2線式電話線に置き換えたPhoneNETと呼ばれる製品を、Farallon Computingが1987年頃にリリースしていた。

PhoneNETの初期のユーザーマニュアルから。ディジーチェーン式だが、間の接続に安価な電話線を使えるのがウリだった

部屋ごとに電話線がない日本では普及しなかったHomePNA

 当初はMacintosh用だったが、後にPC互換機用のI/Fカードなども発売され、またMS-DOS用のドライバーも提供された。ただHomePNAはこのPhoneNETとは異なり、当初のHomePNA(HomePNA 1.0)でも1Mbpsの転送速度を持っている。

 このHomePNA 1.0の元となる実装を行ったのは米Tut Systems(同社は2006年にMotorolaに買収された)であるが、同社は単独で独自製品として売り出すのではなく、HomePNA Allianceを1998年に設立する。このHomePNA 1.0と、続くHomePNA 2.0/3.1は2007年のBroadBand Watch(当時)の記事「BBっとWORDS その107『HomePNAのいろいろ』」で説明が上がっているので、こちらを参照していただければと思う。

 余談ながら、国内でもHomePNA 2.0頃までは、それでも対応製品が発売されていたりした(例1:NTT東西、「Bフレッツ」にも対応するHomePNA装置販売/例2:【WIRELESS JAPAN 2001】Linksys、HomePNA 2.0対応製品を展示)が、例1に出てきたPN-10Eは2005年末に販売が終了していたりする(HomePNA装置「PN-10」)。

これは2011年7月頃のHomePNA Allianceのトップページ

 住宅の各部屋に電話配線が来ていた欧米と異なり、そもそも電話線を各部屋に配分していない(それが普及する前にコードレス電話が先に普及してしまい、更に携帯の普及で固定電話が次第に衰退していった)日本では、HomePNAだろうがEthernetだろうが、新規に何らかの方法で部屋間に配線を引き回すことの手間は変わらなかった。そうなると、HomePNAのメリットの半分くらいが失われてしまう。残りの半分はEthernetより安価&ケーブルがやや細いこととなるだろうか。それも、デメリットである帯域の少なさで帳消しであると考えると、普及しなかったのも仕方がないと思われる。

2004年におけるHomePNAの利用形態。この黒い配線が電話線である

G.hn推進のためHomeGrid Forumが立ち上がり、HomePNAを吸収

 そんなわけで日本では馴染みが薄いものの、欧米ではそれなりに普及していたHomePNAであったが、2013年3月に、HomeGrid ForumがHomePNA Allianceを事実上吸収合併する。

 HomeGrid Forumは2008年8月にIntelが中心になり、そこにInfineonとPanasonic、Texas Instruments(ここまでがBoard Member)、Aware Inc、DS2、Gigle Semiconductor、Pulse-LINK(この4社がPromoter)、Ikanos Communications, Inc.、Sigma Designs、Westell(この3社がContributor)の合計11社で発足した業界標準団体である。このHomeGrid Forumの目的は、当時ITU-Tで審議中だったG.hnを推進するためのものであった。

 このG.hnのhnは"Home Network"の略であり、要するにHomePNAと非常に似た目的を有するものだが、その手段が若干異なっている。G.hnはまずITU-T G.9960として標準化されるが、その初版(2009年10月)の冒頭のSummaryは、次のように記されている。

This Foundation Recommendation specifies basic characteristics of unified high-speed home networking transceivers capable of operating over premises wiring including inside telephone wiring, coaxial cable, and power-line wiring, and combinations of these, with modulation parameters for data rates up to 1 gigabit/second. The specification includes a description of the home network architecture and reference models along with major aspects of the transceiver physical layer specification. A future version of this Recommendation will include the data link layer and regional Annexes to complete the transceiver specification.

(訳)この勧告は、電話配線・同軸ケーブル・電力線およびこれらの組合せを含む構内配線上で動作可能な統一された高速ホームネットワーキングトランシーバの基本特性を、1Gbit/secまでのデータレートの変調パラメータとともに規定する。この仕様には、トランシーバ物理層仕様の主要な側面とともに、ホームネットワークアーキテクチャと参照モデルの記述が含まれる。この勧告の将来のバージョンは、トランシーバ仕様を完成させるためにデータリンク層と地域別の附属書を含む予定である。

Recommendation G.9960 (10/09)より

 要するに、さまざまな物理層を全部まとめて扱えるようにしよう、という欲張りセットである。当然これは既存のNetwork規格では実現できなかったことで、それを推進するためにHomeGrid Forumが結成されたというわけだ。ちなみにこれが"HomeGrid"なる名前なのは、そもそもITU-Tの議論の中にSmartGridの構成のために家庭内もNetwork化する必要がある、という認識があっての話である。

 もちろん、SmartGridは送電網側の話であるが、当時はそのSmartGridと接続した家庭内のGatewayが、例えば現在の家庭内の消費電力量をGrid側に送り出したり、反対にGridから給電能力の情報を貰ってそれに合わせて家庭内の機器を制御する(例えば昼間になると動的に電気料金が上がることがGridから通知され、それを受けてGatewayがクーラーの設定温度を上げたり不要な照明を落とす、なんてシナリオが大真面目に議論されていた)ことを念頭に置いており、これを実現するためには安価かつ確実にネットワーク化が必須、という認識があった。

 現実問題としては、他にWireless系の接続も可能性はある(というか昨今は完全にWirelessになってしまった感が強い)が、ITU-TのG.hnは、あくまでも有線での接続に関する検討のみを行っている。

 そのG.hnであるが、実はこれに関連した規格が山ほどある。下表がその一覧である。

規格略称仕様目的初出
G.hn G.9960System architecture and physical layer specification2009年10月
G.9961Data link layer specification2009年10月
G.hn-management G.9962Management specification2013年8月
G.hn-mimo G.9963Multiple input/multiple output specification2011年12月
G.hn-psd G.9964Power spectral density specification2011年12月
G.hnta G.9970Generic home network transport architecture2009年1月
G.cx G.9972Coexistence mechanism for wireline home networking transceivers2010年6月
G.dpm G.9977Mitigation of interference between DSL and PLC2016年2月
G.sa G.9978Secure admission in a G.hn network2018年11月
G.cwmp(TR-069) G.9980emote management of customer premises equipment over broadband networks2012年11月
G.vlc G.9991High-speed indoor visible light communication transceiver - System architecture, physical layer and data link layer specification2019年3月

 ITU-T G.9991ことG.vlcはもう読んで字のごとく、屋内で光を利用しての通信方式で、Wired Communicationだけじゃないのか? と思わなくもないのだが、電波はともかくとして(光ファイバーを介在しない)光を利用した通信は業界でも標準的な方法が少なく(せいぜいが赤外線リモコンくらいである)、それもあってITU-Tに持ち込まれた気がする。

 また、ITU-T G.9963ことG.hn-mimoは、なんでMIMOがWired Networkに出てくるんだ? と思うが、先程も書いたようにG.hnでは電話線とPLC、同軸ケーブルなどを利用可能であり、つまり電話線とPLCとか電話線と同軸ケーブルとか、複数の物理層にまたがるかたちで通信することも可能である。当初のG.9960/9961にはそのあたりの規格(同時に複数の物理層を利用する通信方式)の規定がなかったので、G.9963でこれを整えたという格好である。

 ちなみにG.hnのうちITU-T G.9960だけとっても、下表のように結構な頻度で改定がなされている。

年月エディション
2009年10月Edition 1.0
2010年6月Edition 2.0
2011年12月Edition 3.0
2014年1月Edition 3.1(Amendment 1)
2015年7月Edition 4.0
2015年11月Edition 4.1(Corrigendum 1)
2015年11月Edition 4.2(Amendment 1)
2016年4月Edition 4.3(Corrigendum 2)
2016年4月Edition 4.4(Amendment 2)
2016年11月Edition 4.5(Corrigendum 3)
2018年3月Edition 4.6(Corrigendum 4)
2018年11月Edition 5.0
2019年9月Edition 5.1(Corrigendum 1)
2020年2月Edition 5.2(Amendment 1)
2020年7月Edition 5.3(Amendment 2)
2020年10月Edition 5.4(Corrigendum 2)
2022年2月Edition 5.5(Amendment 3)
2023年6月Edition 6.0

 ここまで説明すれば、HomePNA AllianceがHomeGrid Forumに吸収された理由も自ずから明らかである。HomePNAは電話線に加え、後に同軸ケーブルも対象にしているが、G.hnはこれに加えてPLCまで対象になっているからで、思いっきりマーケットが被るし、将来性はG.hnの方がある、と判断されたためだろう。

 次回もう少しG.hnというか、G.9960の内部を紹介したい。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/