期待のネット新技術

ケーブルモデム向け通信の標準規格化、「IEEE P802.14」と「DOCSIS」〜「G.hn」へ至る道(その2)

 前回の「日本が飛び越してしまった技術? メタル線で高速通信を実現する『G.hn』へ至る道(その1)」に続いて、メタル線によるアクセスラインの話。前回は、ITU-TのSG15が標準化した規格を紹介したが、今回はITU-T以外の動向を見ていく。

 ケーブルモデム向けの規格は、1990年代には様々なメーカーが独自開発して提供しており、日本国内のCATV業者も、そうした独自製品を使ってサービスを行っていた。

 筆者の経験でいえば、1998年に東急CATV(現在のiTSCOM)と最初に契約したときには、イスラエルTERAYONの独自方式のケーブルモデムが送られてきた。TERAYONはこの後、独自路線を捨ててDOCSIS(Data Over Cable Service Interface Specifications:CATV回線用のデータ通信規格)対応モデムをリリース、その後、最終的にMotorolaに買収されてしまうが、まだ2000年以前には、独自方式がいろいろと使われていた。

当時送られてきたケーブルモデム

 そのほかだと、LANcityとかCOM21、Motorolaなどがやはり独自方式のケーブルモデムを提供しており、LANcityの製品は1996年に武蔵野三鷹ケーブルテレビに採用されていたと記憶している。

 ただ、この方式は、センターモデムまで含めて全部を一社でまとめて提供する必要があり、相互運用性なども皆無で、モデムを提供する側とそれを使って運営する側の両方に負担が大きかった。

「IEEE P802.14」と「DOCSIS 1.0」が始動

 そこで、相互接続性を担保できる標準規格を定め、これに準拠したケーブルモデムを使いたいというニーズが高まってきた。まず、CATVサービスを行っているプロバイダー各社はIEEEに働きかけを行い、1994年にIEEE P802.14としてWorking Groupが結成された。

 さらに、翌1995年にMCNS(Multimedia Cable Networks Systems)と呼ばれるコンソーシアムを結成。MCNSはPHY層にMotorolaが提供していたCDLP(Cable Data Link Protocol)を、MAC層にLANcityのものを採用するというかたちで、1996年にまずDOCSIS 1.0をリリースした。

 このDOCSIS 1.0は、やはりCATVサービスを行っているプロバイダー各社によって1988年に創立された非営利の研究機関であるCableLabsに委託され、以後の開発は、CableLabsが主体になって行う事になった。

 このあと、DOCSISは1999年にVersion 1.1、2001年にVersion 2.0、2006年にVersion 3.0、2013年にVersion 3.1、2019年にVersion 4.0がリリースされ、この4.0が現在でも最新バージョンとなっている。もっともこの日付は、おもにPHY Layer SpecificationとMAC and Upper Layer Protocol Interface Specificationのリリース日であって、例えば4.0の場合でいえば6つのSpecificationが存在するが、それぞれのInitial Releaseは、次のように、ちょっとバラバラである。

  • Physical Layer Specification:2019/6/28
  • MAC and Upper Layer Protocol Interface Specification:2019/8/15
  • Security Specification:2019/6/28
  • CCAP Operations Support System Interface:2019/6/28
  • Cable Modem Operations Support System Interface:2019/6/28
  • Cable Operator Preparation for DOCSIS 4.0 Technology Deployment:2023/6/29

 とはいえ、それでも2019年6月28日に結構なSpecificationがリリースされているから、2019年リリースとしても語弊はないと思うのだが。

成立せず、消えてしまったIEEE P802.14

 ところで、先にIEEE P802.14が結成されたと説明したが、翌年のIEEE Communication Magazineには、以下の図1のように、目的などが説明されている。

図1:当時のCATV網の規模が大体わかる。ただサービスエリアが2mile(3.2Km)というのは、いかにも欧米(というか、アメリカ)的な感じだ

 これはまだ作業を開始したばかりで、不穏なことは一切書いていないのだが、2001年頃の資料を見ると、目的(図2)はともかくWorkplan(図3)が、もう全然合っていないことが分かる。

図2:NSのDwight Borses氏が2001年のJoint meeting with OC Computer Societyにおいて行った、"The Cable Network"という講演の資料より
図3:講演は2001年だったことに注意。講演そのものを聞くことはかなわないので、このスライドにどんなコメントを付けたのかは分からないが

 IEEEのGET 802ページを見ても、IEEE 802.14は存在しないし、それどころか「休止あるいは解散したWorking Group及びStudy Groupの一覧」ページに802.14の名前が挙がっており、おまけに資料がない("material no longer available on this web site"と記されており、Internet Archiveにも保存されていなかった)ので、なぜIEEE 802.14が成立しなかったのかは不明である。

 ただある程度まで作業は進んでおり、DraftはDOCSIS 1.0と全く同じとされていたあたり、MCNSでの作業で十分足りており、IEEEでまで審議を行う必要性がないと判断されたのかもしれない。いずれにせよCATVの通信方式に関しては、そんなわけでIEEEでの標準化はなくなっている。

DOCSISの登場と、その進化

 話を戻す。そんなわけでDOCSIS 1.0に関してはおもにMCNSで取りまとめが行われた「らしい」のだが、ただSpecificationそのものはCableLabsからリリースされている。またこれに続く1.1以降に関しては、もう完全にCableLabsが主体となって仕様の取りまとめが行われている。

 さてそんなDOCSISであるが、各バージョンのスペックをまとめると、下表の通りになる。

 もっともこれは、無理やり1つの表にまとめたので、厳密にいえばちょっと正しくないというか、誤解を招きそうなところもある。以下に、簡単に説明しよう。

DOCSIS 1.0

 先に書いたように、MotorolaのCDLPの上にLANcityのMAC層プロトコルを載せたもの。利用できる周波数帯域は地域によって異なる(そのため、速度も地域によって異なる)が、北米の場合だと5~42MHzを利用する仕様になっている。UPsteramとDownstreamで利用できるチャネル幅が異なっており、Upstreamは0.2/0.4/0.8/1.6/3.2MHzにQPSPないし16QAMを組み合わせ、320Kbps~10.24Mbpsまでの帯域を利用可能。一方Downstreamは北米だと6MHz、欧州(EuroDOCSIS)だと8MHzが利用可能で、ここに64-QAMないし256-QAMの変調を組み合わせ、30Mbps(米国)ないし40Mbps(欧州)の帯域が利用可能となっている。

DOCSIS 1.1

 物理層はDOCSIS 1.0と同じ仕様だが、VoIPへの対応と、QoSの機能を追加したのが主な違いとなる。

DOCSIS 2.0

 Downstreamは1.1までと変わらないが、Upstreamにチャネル幅6.4MHzを追加し、変調方式に8/32/64-QAMを追加した。さらにS-CDMA方式の変調もサポートし、これを利用する場合にはトレリスコード変調+128-QAMが利用できるようになった。これによりUpstreamは最大30Mbpsが可能になった。

DOCSIS 3.0

 Downstreamは基本的にDOCSIS 2.0と同じだが、複数のチャネルを束ねてまとめて転送を行うChannel Bondingに対応し、これで理論上の転送速度は1Gbpsまで上がった。一方、Upstreamはチャネル幅200/400KHzと1.6MHzを削除しているほか、周波数のレンジを広げている。他にIPv6やIPマルチキャスト(SSM:Source Specific Multicast)のサポート、トラフィックの暗号化の強化などが追加されている。

 また、DOCSIS 3.0発表の前年の2005年にM-CMTS(Modular CMTS:ケーブルモデム終端装置のモジュラ化)の仕様が、やはりCableLabsから公開されているが、DOCSIS 3.0ではこのM-CMTSに対応するかたちになっている。

DOCSIS 3.1

 さらなる高速化に向けて、Downstream/Upstream共に周波数の割り当て方を完全に見直した。既存の6/8MHzのチャネル定義は完全に廃され、Downstreamは最小24MHz~最大192MHz、Upstreamも6.4MHz~96MHzまで拡大された。そもそも利用できる周波数が、Downstreamは1218MHz、Upstreamは205MHzまで拡大された。もちろん、これは地域別に細かく制限があり、全世界でこれが利用できるわけでもないのだが。

 また、OFDMの採用と、標準で最大4096-QAM(オプションで8192/16384-QAMの利用も可能)までの変調をサポートし、これに伴いFECがLDPCベースに切り替わっている。Upstreamは変調方式こそ変わらないが、チャネル幅の拡大により1Gbps(米国)/2Gbps(欧州)が可能になっている。

 このDOCSIS 3.1の標準化の6年後に発表されたのがFull Duplex DOCSIS 3.1である。要するに、Upstream/Downstreamで同じ10Gbpsのピーク性能を実現できる仕様だが、DOCSIS 3.1への追加補足といいつつ、3.1の発表から6年も遅れており、しかも、もうこの時点でDOCSIS 4.0の標準化作業がだいぶ進んでいたこともあり、DOCSIS 4.0でこれを取り込む形になっている。

DOCSIS 4.0

 チャネル幅が最小で96MHzまで拡大されている。これにより、Upstream側が大幅に帯域が向上した。またFull Duplexモードでは10Gbpsまで性能が向上している。

 と、いったあたりだろうか。ちなみにIEEEでの標準化は先に書いたように断念することになったが、ITU-Tでの勧告対象にはなっており、以下のように、それぞれのバージョンが公開されている。

 なぜか、DOCSIS 3.0に関してはJ.222.3(Third-generation transmission systems for interactive cable television services - IP cable modems: Security services)が著作権の関係で一般公開不可状態になっているとか、3.1と4.0で番号が逆順になっているとか不思議な部分はあるが、まぁ、全般的に標準化は完了しており、実際に広く利用されている。

 ほかにも派生型としてeDOCSIS(ほかの機器にDOCSISモデムを統合するための仕様)などもあるが、あまり今回の本題に影響がある話ではないので、割愛する。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/