インタビュー

集合住宅の“ネットが遅い”を解決! 電話線で最大1.7Gbpsを実現する「G.hn」ソリューションについてRuijie Networksに聞いた

今回話を伺った、Ruijie Networks Japan R&D本部 黄逸凡(ホワン イファン)氏(プロダクト計画部 プロダクトマネージャー)

 コロナ禍でテレワークが広まって以来、「家のネットワークが遅い」ことが大きな問題となっている。パフォーマンスが不十分なネットワークではテレワークの生産性にも悪影響が出るし、Web会議中に映像が途切れたり、音質が極端に低下したりといったトラブルは、商談の失敗などにもつながりかねない。

 しかし、ネットワークの改善は簡単でないケースもある。特に古い集合住宅の場合は難しく、集合住宅のMDF(主配線盤)室までは光回線(最大1Gbps)で通信しているのに、各戸までの配管に余裕がなくて光配線にできないなどの事情から、電話線を使ったVDSL(最大100Mbps)になっていることも多い。

 そうした中で、INTERNET Watchでは、「G.hn」規格により、電話線を使って高速通信を可能にするRuijie Networks Japan(ルイジェ ネットワークス ジャパン)株式会社の技術やソリューションを何度か紹介した。

 2022年12月の記事「集合住宅の既存の電話線で800Mbps、通信規格『G.hn』で実現 ~Ai.ConnectとRuijie Networksが実証実験に成功」では800Mbps、2023年11月の「『G.hn』により集合住宅の既設電話線で最大1.7Gbps、Ruijie Networksがソリューション販売開始」では1.7Gbpsと、魅力的な通信速度が出ている。

 このソリューションを、実際にネットが遅くて困っている集合住宅で導入したい場合、どのようにすればいいだろうか? ソリューションの詳細や導入方法について、開発・提供元であるRuijie Networks Japanに話を伺った。

既存の電話線で最大1.7Gbpsのスループットを実現

 はじめに、G.hnの規格について確認しておこう。

 G.hnは「Gigabit Home Networking」の略で、メタルケーブル(電話線のほか同軸ケーブル、電力ケーブルも含む)を利用した高速通信技術。集合住宅などで光ファイバーケーブルの敷設が難しいケースでも、既存の配線を用いて高速通信を可能にする。

 同様のメタルケーブルを用いた高速通信技術では、国内だとNTT東西が「フレッツ光」で提供している前述の「VDSL」が最も有名であり、広く利用されている。VDSLの技術はITU-T勧告「G.933.1」(2001年)に基づいており、NTT東西のVDSLでの最大通信速度は、上り下り最大100Mbpsとなっている。

 メタルケーブルを用いた高速通信技術には「G.fast」というものもあり、国内では「auひかり」などで採用されている。こちらが基にしているITU-T勧告は「G.9701」(2014年)で、G.fastを採用している「auひかり マンション タイプG」においては、最大通信速度は上り166Mbps/下り644Mbpsとされる。

 G.hnは、ITU-T勧告「G.9960」(2009年)に基づく技術。G.9960は物理層に関する内容で、データリンク層に関しては「G.9961」、通信装置の共存メカニズムに関しては「G.9972」としてITU-T勧告が行われている。G.9960は最初の勧告公開後に何度も修正が行われており、本稿執筆時点でITU-Tが公開しているドキュメントの最新は、2023年6月の「G.9960(06/2023)」である。

 Ruijie Networks Japanのソリューションは、米Maxlinear製の「Wave-2」に位置づけられているチップを採用しており、電話線を使用して最大1.7Gbpsのスループットを実現可能だとしている。

米Maxlinear製G.hnチップのWave-2では、理論値2Gbps、最大スループット1.7Gbpsの通信が可能とされる。現在、最大10Gbpsを目指してWave-3も開発中だという(Ruijie Networks Japanによる資料)

商品企画は日本独自に行われている

 続けて、Ruijie Networks Japanについて紹介する。同社は中国にルーツを持ち、2003年に創業されたRuijie Networksグループの日本法人で、2019年に設立。Ruijie Networksグループはネットワークインフラを支える製品およびソリューションの開発・販売を手掛け、世界の50以上の国と地域に展開している。

 Ruijie Networks Japanのスタッフの採用は日本国内で行われており、商品の企画・開発も日本独自に行っているという。詳しくは後述するが、今回取り上げるG.hnソリューションも、ADSLサービスが次々と終了する中、光配線化が難しい物件が多く、日本の集合住宅においてネットワーク環境整備が難しいという課題に対する解決策として、日本国内で生まれている。見せていただいた資料には、「既築マンションに斬新なインターネット体験を」とのキャッチコピーが付いていた。

マンションISP向け、速度だけでなく保守性にも優れたソリューション

 本題に入り、G.hnソリューションの全体像を見ていこう。このソリューションは「既存集合住宅向けの既存配線を利用した構内配線ソリューション」と位置付けられており、電話線を利用し、ADSLやVDSLによる通信配線の代替、または、同軸ケーブルによる配線の置き換えを担う。

 主な構成要素は3つ、集合住宅のMDF室に設置し、外部からの回線と建物内の各戸の回線をつなぐ「親機」(主装置)、各戸に設置する「子機」(要はWi-Fiルーター)、そして、クラウドのネットワーク管理ソリューション「JaCS」だ。

 集合住宅までの外部の回線は、フレッツ光でも、NURO 光でも何でも対応できる。各戸に設置する子機は個別の設定不要ですぐに利用できるという。

G.hnソリューションの全体のイメージ(編集部作成。いらすとやの素材使用)
G.hnソリューションの親機(Ruijie Networks Japanによる資料)。入力側は1000BASE-T対応のRJ45ポート×2と10GBASE-X対応のSFP+ポート×1、出力側はRJ21ポート×16(16部屋分のモジュラーポート)。親機をカスケード接続することで最大48部屋にまで対応可能。96部屋対応も開発中
G.hnソリューションの子機(Ruijie Networks Japanによる資料)。Wi-Fi 6対応で、最大通信速度は5GHz帯が1200Mbps、2.4GHz帯が574Mbps。1000BASE-T対応の有線LANポート×2を備える。電話機(固定電話)もこの子機を介して接続する
MDF室に設置された親機(Ruijie Networks Japan提供)

 JaCSは、リモートでの監視や保守管理を可能にし、接続サービス事業者のサポートコストを大幅に低減できるという。

JaCSの機能(Ruijie Networks Japanによる資料)
JaCSの画面イメージ(Ruijie Networks Japanによる資料)

 このソリューションの直接の顧客は、集合住宅向けにインターネット接続サービスを提供する、いわゆるマンションISP事業者のほか、工務店やマンション管理会社、その他のISP事業者が中心となるという。

 集合住宅のオーナーに直接販売するのでなく、上記のような事業者から、集合住宅向けのインターネット接続サービスとしてオーナーに提供し、工事から保守管理までを請け負うイメージとなる。

 そのため、集合住宅のオーナーが導入を希望するなら、Ruijie Networks Japanのソリューションを扱っているマンションISPなどに相談するのが最善といえる。が、導入の話の前に、このソリューションの特徴をまとめて紹介したい。

 伺った内容から、ソリューションの特徴は4点挙げられる。

 1点目は、これまでにも述べた通信速度だ。VDSLからG.hnにリプレースすることで大幅な通信速度の向上が期待できる(100Mbpsから1.7Gbpsとすれば、10倍以上だ)。

 2点目は、安定性の高さ。Ruijie Networks Japanによれば、同社のG.hnソリューションは高度な干渉処理技術によって安定性と高いパフォーマンスを確保しているという。同社で行ったG.fastと比較したテストにおいて、耐干渉性は50%高く、100mの通信を行った際のパフォーマンスは20%高かったとしている。また、開発中の「電話回線リンク検出」で電話線の状態・回線品質を診断し、「VBチューニングアルゴリズム」(こちらは既存)により、回線の状態に合わせた最適な帯域幅を設定して通信を行えるとのことだ。

 3点目は低コストで導入・運用が可能なこと。既存の配線を流用し、親機と子機を設置するだけなので、建物全体を光ファイバーによる配線にする場合に比べて、低コストで建物内のネットワーク高速化を実現できる。JaCSにより保守やサポートのコストを低減できることは、前述の通り。

 4点目は既存の通信ソリューションと共存可能なこと。電話線でVDSLを利用中でも、それに影響を与えず共存が可能だという。

G.hnソリューションの「チャームポイント」(Ruijie Networks Japanによる資料)

テスト環境では「フレッツ 光ネクスト」環境とも遜色のないパフォーマンス

 今回は同社のオフィスのテスト環境にて、簡単にパフォーマンスを体験できた。

 親機と子機の間を電話線で接続し、子機にPC(M1搭載MacBook Air)をWi-Fi接続した。元の回線は同社内の有線LAN(1GbE)を接続しており、オフィス内でも利用しているため、テスト環境以外の通信も行っている状態となる。

 この状態で、Fast.comのスピードテストにて、400Mbps~600Mbps程度の通信速度を確認できた。電話線の部分の通信がVDSLならば100Mbpsが限界となるはずで、G.hnの恩恵が分かりやすい。集合住宅の一室に最大1Gbpsとなる「フレッツ 光ネクスト」の戸建て向けを導入している筆者宅の環境と、同程度の速度が出ている。

 続けて、2台のPCを親機と子機に有線接続し、両方からデータを送受信するテスト(スループット測定ソフト「Nana」使用)では、親機側からのダウンリンク相当が約720Mbps、子機側からのアップリンク相当が約400Mbpsだった。

 とはいえ、このテスト環境の電話線部分は短いし、古くもない。実際の集合住宅の配線はもっと長距離だし、10~20年ぐらい使われてきた電話線だったりすると、より条件が厳しくなることには留意いただきたい(G.hnソリューションでは100mまでの距離に対応するとしている)。

テスト環境を設定してくれたのは、Ruijie Networks Japan グローバルテクニカルアシスタントセンター林啓文(リン ケイブン)氏(マネージャー)

Ruijie Networksでも相談に対応可能

 このG.hnソリューションの導入方法だが、本稿の執筆時点で提供しているマンションISPサービスは、株式会社Ai.Connect(アイコネクト)の賃貸集合住宅向け無料インターネットサービス「アイネット」となる。

 Ai.Connectは、2022年12月の記事にある通り、G.hnよる通信の実証実験のパートナーでもある。アイネットのウェブサイトで資料請求や問い合わせが行えるので、料金など、より具体的な内容に関心のある集合住宅のオーナーは、アクセスしてみてほしい。

 また、Ruijie Networks Japanに対して集合住宅のオーナーなどから相談があった際には、適切なサービス事業者を紹介したり、その他の相談に乗ったりすることも可能だという。アイネット以外の事業者や導入方法を検討したい向きには、相談してみるといいだろう。

営業面の話を伺った、Ruijie Networks Japan カントリーマネージャーの李 天遠(リ テンエン)氏

 インターネット回線は電気・ガス・水道に並ぶ生活インフラの1つだと言えるが、現状では十分に満足できるパフォーマンスが得られておらず、建物内の光配線化による改善も困難な集合住宅は多い。

 集合住宅のネット環境改善に関しては、2023年11月に「一般社団法人集合住宅デジタル高度化協議会」が設立されるなどしており、今後も、さまざまな動きが起こることが予想される。そうした中でも、Ruijie Networks JapanのG.hnソリューションは、現時点で既存集合住宅のネット環境を改善できる選択肢の1つとして検討に値するだろう。