期待のネット新技術

800G/1.6Tbpsを実現する「IEEE P802.3df」の進捗と、「IEEE P802.3dj」の分離

 今回は、2021年11月にPAR分割に向けた動向を紹介した「IEEE P802.3df」の続報を紹介する。が、その前に、前回も取り上げたIEEE P802.3dhにさらなる動きがあったので、こちらから始めよう。

IEEE P802.3dhのTask Forceが解散へ

 前回は、IEEE P802.3dhについて、Task Forceそのものの存続が問われているというUpdateをご紹介した。その後、議長の渡邊勇仁氏(AGC)より「P802.3のPARを取りやめにする(つまりTask Forceそのものを解消する)決議が802.3のWorking Groupで承認された」旨のメールが出されていた

 正式なTask Force解散の手続きが行われるのは2024年1月以降になるということで、執筆時点ではまだTask Forceそのものは存在しているものの、予定されていたミーティングは全てキャンセルされており、まぁ予想通り、規格は不成立となった。これにより、Multi Gbitの車載向けEthernetはOM3を使うしかなくなったわけだ。

 ちなみに、この件についてちょっと業界の方に聞いてみたところ、OM3だろうがGI-POFだろうが、可動部(つまりドアの類のヒンジがある部分や、スライドする部分など)に通すのは厳しいと考えられ、使うとするとボディ内部となる。であればOM3でも十分対応可能で、そこでGI-POFを積極的に使う理由になるとは思えないという話だった。

 もちろん単価はOM3の方が高いが、配線距離を考えると、絶対的な金額にさして差はない、ということで、OM3でもあまり困らない、という話だった。

 とはいえ、乗用車とバスやトラックの類では、配線距離もだいぶ変わってくるが、そもそもバスやトラック類の場合は車両の価格が乗用車よりはるかに高いし、汎用の車をベースにしていても実際は要求に合わせて特装になることが多いため、さらに価格は上がるので、そこでOM3をGI-POFにしても、全体の価格にはほとんどど影響がない、ということだそうだ。

 これにて、自動車用ネットワークの標準化に関する話題は、一区切りとなる。これまでの内容は、以下を参照してほしい。

800G/1.6T Ethernetを実現する、IEEE P802.3dfの複数プラン

 さて、IEEE P802.3dfである。もともとは、800G/1.6T Ethernetに向けた規格だ。

 800G/1.6Tをどうやって実現するか? というと、次の図1のような感じで、最低でも100Gbps/Lane、できれば200Gbps/Laneを束ねる格好で、将来的には400Gbps/Laneとか800Gbps/Laneが実用化されればまた置き換えが起きるかもしれないが、当面は8×100Gbps/Laneで800Gbps、16×100Gbps/Laneで1.6Tbpsを狙うのが「固い」プランと見られていた。

 一方で200Gbps/Laneはまだ難易度は高いものの、実現すれば4×200Gbps/Laneで800Gbps、8×200Gbps/Laneで1.6Tbpsが狙えるので、使い勝手はずっと良くなる。こちらが「チャレンジ」プランといったかたちだ。

図1:出典は"IEEE 802.3 Beyond 400 Gb/s Ethernet Study Group Project Overview"。800Gbpsを実現するのに50Gbps×16Laneとか25Gbps×32Laneは流石に論外なので、100Gbps×8レーンが最小となるのはまぁ妥当である

 さて、ではここで800G Ethernetと1.6T Ethernetの用途は? ということでStudy Groupで挙がったニーズを接続方法別にまとめたのが、次の図2である。しかし、さすがにこれを1つの規格でまとめるのは無理じゃないか? という話になってきた。

図2:出典は図1に同じ。さすがに、MMFで200Gbpsを通すのはあきらめたようだ

 理由は簡単である。100Gbps/Laneは、すでに仕様が定まっている。ベースになったのは、2017年に仕様が策定されたIEEE 802.3bs-2017であり、これを8レーンに拡張した格好である(図3、4)。この図3と図4は2022年3月にIntelのKent Lusted氏らによって提案された"Baseline proposal for 800 GbE electrical interfaces and PMDs using 100 Gbps/lane signaling"のスライドからの抜粋である。

図3:送信側パラメータ。基本400GBASE-DR4に同じである
図4:受信側パラメータ。こちらも400GBASE-DR4に同じである

 ここでの800G-DRとは、100GBASE-DRおよび400GBASE-DR4のもので、到達距離は500m。一方で800G-DR8+の方は100GBASE-FR1のもので、到達距離2kmとなっている。なので利用する光の中心波長は1311nm。信号速度そのものは53.125GT/secで、そこにPAM-4変調を組み合わせて100Gbps/Laneを実現しているわけだ。

 実のところ、もうちょっと待てば、100GBASE-SR1が2022年9月にIEEE 802.3dbとして標準化が完了していた。100GBASE-SR1は、2020年に記事を書いた時点ではまだ標準化もおぼつかない状況だったが、無事に標準化まで漕ぎつけている。

 ただ、それでも100GBASE-SR1ベースでは、いろいろと難しかったのだろう。最大の問題は到達距離である。100GBASE-SR1は中心波長853.5nmであるが、OM3で最大60m、OM4とOM5でも100mしか到達距離がなく、最低でも500mが要求されていたIEEE P802.3dfには向いていなかった。

 そんなわけで、400GBASE-DR4なり400GBASE-FR4に使われる100Gbps/Laneを8対に拡張すれば、それで800Gbpsのレーンが出来上がるかたちだ。1.6TbpsのところのAUIも、もうこれは純粋にAUIの規格だけだから、そんなに手間が掛かるわけではない。

 後で触れるが、実際に作業は順調で、すでにIEEE SAによる投票は終わっており、Draft 3.2の修正案も承認。今年6月の標準化完了を目指して、順調に進展している。

 一方で、200Gbps/Laneの方は、まだ基本的なパラメータさえちゃんと決まっていない(Study Group内である程度目鼻は付いているものの、そのまま標準化に持ち込めるレベルではない)段階なので、標準化には相応の時間がかかる。これを一緒に議論すると、100Gbps/Laneの方の規格まで標準化に時間が掛かってしまう。であれば、分離して100Gbps/Laneベースの方式を先に標準化してしまい、これと並行して200Gbps/Laneの規格を定めた方が良いのではないか? という話である。

200Gbps/Laneの規格を「IEEE P802.3dj」として分離

 2022年6月に、このPAR分割の提案が最初に行われ、もろもろの作業を行った後に、2023年1月のミーティングで正式に200Gbps/Laneの規格はIEEE P802.3djという異なるTask Forceに移管されることが決定された。

 といっても、議長はFuturewei TechnologiesのD'Ambrosia氏、副議長はCiscoのMark Nowell氏で、これはIEEE P802.3dfと全く同じだし、Task Forceのメンバーも確認できている限りは同じである。まぁ、さっさと100Gbps/Laneの標準化を完了させてしまい、200Gbps/Laneに注力したい、ということなのだろう。

IEEE P802.3dfの議論は順調に進み、近く標準化完了の見通し

 IEEE P802.3djの方は次回説明するとして、この結果修正されたIEEE P802.3dfのObjectiveはこんな感じ(図5)である。

図5:4レーンで400Gbps、8レーンで800Gbpsのみを策定する。400Gbpsに関してはSMFで2kmの到達距離、というのはこれ以外の距離に関しては既に400GBASE-xxが多数あってそこで賄えているから市場ニーズがない、との判断のようだ

 実はIEEE P802.3dfとIEEE P802.3djが分離する前、それこそObjectiveが修正された2022年10月に、Draft 1.0がリリースされており、ここから200Gbps/Lane関連を省いて純粋に100Gbps/LaneのみをターゲットとしたIEEE P802.3dfのDraft 2.0は、2023年3月にリリースされている。

 先に触れたように基本的なパラメータは400GBASE-DR4なり400GBASE-FR4に等しいわけであるが、それでも例えば8対に増やした場合にSkewが増えるので、これに対応してパラメータを変更すべきであるとか、IEEE 802.3dfで策定中の内容はClause 169.3として追加されるかたちになるのは決まっているが、このClause 169.3はIEEE P802.3df専用としてしまいIEEE P802.3djで策定される規格は別のClauseにする前提にするか、それとも169.3/169.4/169.5/...と、あらかじめIEEE P802.3djを追加することを前提とした構造にすべきか、あるいはPMA stageでmaximum cumulative delayは何ステージを前提にすべきか?(図6)といった細かい議論は、この後も続いた。

図6:Juniper NetworksのJeffery Maki氏による"PMA+PMD Delay of an Optical Module"より。ちなみに400GBASE-DR4は最大3ステージと定義されている。

 とはいえ、全体に致命的な影響を与えるようなものはなく、2023年9月に予定されていた"Last Technical Change"では特に何か変更になるような項目もなく、Draft 3.0が9月にほぼ完成。2023年末にはDraft 3.2がリリースされ、後の作業はIEEE SAの方に移った。

 実際、今年1月17日にJoint Task Force SessionとしてIEEE P802.3cw/P802.3df/P802.3djの合同のミーティングが行われたが、議論の9割はIEEE P802.3djに関わる話で、IEEE P802.3dfに関してはITU-T/OIFにDraftを送付したという報告だけ。EEE P802.3cwの方も、OIF及びITUから返事が来たという報告に留まっており、まぁもう仕様策定は確実といった状況である。そんなわけで、IEEEとしては珍しく(?)、比較的早期に800GBASE-R(おそらくは800GBASE-DR8/FR8といった名称になると思われる)の標準化が完了しそうである。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/