期待のネット新技術
自動車用ネットワークの標準化(10) GI-POFによる光マルチギガ伝送「IEEE P802.3dh」の論点
2023年10月3日 06:00
自動車向けの光によるGbE超えの規格は、「IEEE 802.3cz-2022」として標準化を完了したことを、前回説明した。ただ、これはガラスベースの光ファイバーであるOM3を利用した規格で、GI-POF(GI型プラスチック光ファイバー)に関してはサポート外とされた。
そこで、GI-POFを利用する規格として標準化がスタートしたのがIEEE P802.3dh(Multi-Gigabit Automotive Ethernet over Plastic Optical Fiber Task Force)である。今回は、これについて紹介していく。
- IEEE 802.3bw 第1回:「BroadR-Reach」および「100BASE-T1」と「IEEE 802.3bw」
- IEEE 802.3bw 第2回:1000BASE-TそのままのPMAと未決定のコネクタ
- IEEE 802.3bp 第1回:100BASE-T1標準化前から動き出していた1000BASE-T1
- IEEE 802.3bp 第2回:1000BASE-T1の標準化と現在の製品化
- IEEE 802.3ch 第1回:車載LANマルチギガ化の議論スタート
- IEEE 802.3ch 第2回:策定までと今後の2.5G/5G/10GBASE-T1実装の見通し
- IEEE 802.3cy:自動車メーカーからの提案から策定完了まで
- IEEE 802.3cz 第1回:IEEE 802.3czの立ち上げ
- IEEE 802.3cz 第2回:標準化完了までの紛糾ポイント
POF利用に伴う速度やコネクタの減少が課題に
成立の切っ掛けがIEEE P802.3czからのPAR分離なので、Study Groupは結成されずに、いきなりTask Force成立となった。初回のミーティングは2022年5月に開催されたが、その際に示された"Scope of 802.3dh"は、下図1、2のような内容だ。
IEEE 802.3cz-2022に比べると、速度やInline Connectorの数が減っているのが特徴的だ。特に、図2にあるように、25GbpsではInline Connectorの数は2つに減っている。最終的にこの内容がそのままTask ForceのObjectiveになっているから、やはり、POFを利用する場合はそれなりに性能の低下は許容せざるを得ず、それを自動車業界にも納得させたということかもしれない。
波長に関する議論が勃発
続く数回のミーティングはあまり動きがなかったのだが、4回目となる2022年8月のミーティングでは、II-VI Inc.のMirko Hoser氏が"850 and 910nm VCSELs for POF Automotive Links"というプレゼンテーションで、既存のVCSELのままでも25Gbpsを850nmと980nmどちらでも行けるとしている(図3)。
また、KDPOFのRubén Pérez-Aranda氏は、"PCS and PMA baseline proposal"で、PCSとPMAのとりあえずのBaselineを、IEEE P802.3czと同じにすることを提案している(図4)。
以上に関しては、続く9月のミーティングで、"PCS and PMA proposal"として、もう少しきちんと「何を」IEEE P802.3cz D3.1からそのまま持ってきて、何を変更したかを明示したプレゼンテーションを行った。これに関する、Straw Pollの結果は
・賛成:9(24%)
・反対:1(3%)
・棄権:4(11%)
・もっと情報が必要:23(62%)
となり、一旦は棄却、というか継続審議になった格好だ。ちなみに、その9月のミーティングで示されたBroadcomのM.V.Ramana Murty氏による"Optical Link over GI POF"によれば、25GBASE-SRをベースとするのも悪い案ではないことが、実際にテスト結果(30mのGI POFを利用して、850nmのVCSELを125℃環境で動作させて25Gbpsで通信させてのEyeを比較している)を示すかたちで提示されている。
ただ、10月5日に行われたミーティングでは、KDPOFのRubén Pérez-Aranda氏が"VCSELs, Performance measurements and reliability analysis"というレポートを発表しており、この中で4種類のVCSEL(3つは850nm、1つは980nm)を実際に自動車環境を模した環境でテストを行い、結果として信頼性の観点から850nmの動作は推奨できず、IEEE P802.3czと同様に980nmで動作させることを推奨している(図5)。
850nmを利用した場合の信頼性については、10月19日のミーティングでも再び取り上げられている。ただ面白いのは、BroadcomのMurty氏による"VCSEL Reliability Calculations"の結論では"Adopting a wide wavelength band (840-9xx nm) will enable a wide range on suppliers"ということで、あえて波長を980nmなどに特定せず、850~980nmのように幅広く取るのが良いのではないか? と提案しているのに対し、KDPOFのRubén Pérez-Aranda氏の"850nm VCSELs Log-normal shape in reliability analysis"の結論では"The standardization of a wide range wavelength, i.e. 840 ~ 990 nm, does not provide any benefit, but has many drawbacks"と、真っ向から反論するかたちになっていることだろうか。
ちなみに10月19日は時間が押していたためか、Pérez-Aranda氏の方は11月2日に再びミーティングを行って、ここで説明されている。
11月16日にはPlenary meetingが開催され、ここでTimelineの提案なども行われたほか、あらためてBroadcomのMurty氏による"Center Wavelength Specification for Automotive Links"が示された。氏のプレゼンテーションの要件は、過去のIEEE P802.3czで行われた討議まで全部含めると、850nm/910nm/940nm/980nmと4つも中心波長の提案が出ており、また、すでに存在する規格ではIEEE 802.3db-2022のように、842nm~948nmという広い中心波長をカバーする規格もあるので、IEEE P802.3dhもこれに倣って幅広い中心波長をサポートすべきではないか、という提案である。
余談であるが、IEEE 802.3dbは、2020年11月公開の記事「1対のMMFで100Gbpsを目指す『IEEE P802.3db』」で取り上げた際には、まだTimelineすら出ていなかった。しかし、最終的にはDraft 1.0が2021年3月にリリースし、そこからほぼ2カ月間隔でDraft 1.1/1.2/2.0/2.1/2.2/3.0/3.1/3.2と進み、2022年9月に標準化が完了している。このIEEE 802.3dbのUpdateは、また別の機会に紹介したいと思う。
波長の結論が出ず、標準化は2025年3月へと延期
さて話を戻す。どうしても複数の中心波長をサポートしたかったMurty氏であるが、Straw Pollの結果は次のような散々な結果だった。
・中心波長を広く取るべき:15(29%)
・中心波長は狭く(20nm)とすべき:7(14%)
・棄権:3(6%)
・もっと情報が必要:20(39%)
・無回答:6(12%)
まだ議論を深めないと結論が出ない、ということが再確認された格好だ。
こうした状況を反映してか、Timelineそのものも見直され、スケジュールが後に送られた。Task Force結成時のTimelineでは、2022年中にDraft 1.0がリリースされ、2023年7月にはDraft 2.0が出てWorking Groupでの投票が、2024年2月にはDraft 3.0が出てSAの投票がそれぞれ行われ、2024年の10月頃に標準化が完了する、というものだった。
これが、新しく提案されたTimelineでは、Draft 1.0の完成は2023年6月に、Draft 2.0とWorking Group投票は2024年1月に、Draft 3.0とSAの投票は2024年8月になり、標準化は2025年3月になった。要するに半年ほどずれることを覚悟した格好だ。まぁ、中心波長すら決まっていない状態でDraftを作りようもないわけで、まずはこれを片付けないと先に進まない。そのためにはもう少し時間が必要、ということは理解できる。