期待のネット新技術
自動車用ネットワークの標準化(9) 「IEEE P802.3cz」標準化完了までの紛糾ポイントは…?
2023年9月5日 06:00
自動車用ネットワークの話も今回で9回目となる。前回はMulti Gigabit Automotive Optical PHY Study Groupがその活動を完了し、IEEE P802.3cz Multi-Gigabit Optical Automotive Ethernet Task Forceが立ち上がったところまでを紹介したので、今月はその続きだ。
端的に言えば、IEEE 802.3czの規格は50GBASE-SRをベースに、自動車向けの環境で利用できることを担保できるようにするだけでいい。そのため、議論は送受信素子の特性とか、ケーブル/コネクタの特性に集中することになる。
- IEEE 802.3bw 第1回:「BroadR-Reach」および「100BASE-T1」と「IEEE 802.3bw」
- IEEE 802.3bw 第2回:1000BASE-TそのままのPMAと未決定のコネクタ
- IEEE 802.3bp 第1回:100BASE-T1標準化前から動き出していた1000BASE-T1
- IEEE 802.3bp 第2回:1000BASE-T1の標準化と現在の製品化
- IEEE 802.3ch 第1回:車載LANマルチギガ化の議論スタート
- IEEE 802.3ch 第2回:策定までと今後の2.5G/5G/10GBASE-T1実装の見通し
- IEEE 802.3cy:自動車メーカーからの提案から策定完了まで
- IEEE 802.3cz 第1回:
ケーブル・コネクタに関する調査が進む
2020年6月にTask Forceが立ち上がったあと、その年には、基本的にコンポーネント別の特性に関する調査が行われた。例えばコネクタは車載用のMOSTコネクタを広帯域用に変更する提案がなされ、検討の結果としてはレンズを現在利用しているものではなくGen 2レンズに換えれば、挿入ロスを1.5dBに抑えられ、動作温度も170℃まで行けるとしている。
ほかにも、突き合わせ式のコネクタとレンズを利用した場合での特性比較とか、突き合わせ式を使った場合の端面処理に関する検討、変わったところでは水滴がコネクタに入った場合の影響の検討なども行われている。
一方、送信素子については、市場に出ている5種類のVCSELの特性を車載向け環境で比較を行ったレポート(Vendor A・Vendor B・Vendor C ・Vendor D・Vendor E)や、25G/50Gbpsに向けた850nmと980nmの2種類のVCSELの比較などが発表されている。
面白いところでは、送信光が人間の眼球に被害を及ぼさないようにするための議論(例えばこれ)も何度かなされている。もちろん、データセンター向けでも同様の議論はあるのだが、車載用ということは利用者とかメカニックが不用意にケーブルを覗き込んでしまった場合でもレーザー光が眼球に影響を及ぼしたりしないような配慮が必要だというわけだ。
ケーブルについても、既存の光ファイバーでの自動車環境における適合性の評価や、実際に10G/25GbpsでのLink Budgetの評価(10Gbps ・25Gbps)、41mのGI-POF(GI型プラスチック光ファイバー)を利用しての25Gbpsの送信テストなどが行われた。ちなみにLink Budgetの評価は数回レポートが上がっている。
980nmの採用に関しては、OM3ベースのMMFを利用する限りにおいては総延長40m、コネクタ4つの環境に適合するというレポートもあがっている。
2021年1月にDraft 1.01リリースも、PMDの選定で紛糾
こうした議論をもとに、2021年1月にDraft 1.0がリリースされている。ちなみにこのDraft 1.0では2.5G/5G/10G/25GbpsまでのPMDとMDI、Mediumが含められた状態で、50Gbpsに関してはまだDraftには含まれていない(50GbpsのためのRequirementのみが定義された)。
さて、これで順調に進むか? というと、実際には意外に錯綜した。原因は、PMDとして何を選ぶべきか? という問題だ。2021年4月のミーティングでCorningのSteve Swanson氏が問題提起をしている(以下の図1)。
要するに、次の3点に関して議論が紛糾したわけだ。
- 850nm/980nm/1310nmのどれを使うべきか
- OM3とGIPOFと、どちらを選ぶべきか
- VCSELとSiP(Silicon Photonics)のどちらを選ぶべきか
1310nmがどこから出て来たか? というと、Silicon Photonicsとセットで、自動車向けに使いやすいという提案が2021年1月にPETRA(技術研究組合光電子融合基盤技術研究所)というかAIO Coreの小倉一郎氏と藏田和彦氏によりなされている。
この議論は2021年中に決着がつかず、2022年までもつれ込むことになった。2021年末のミーティングにおけるStraw Pollでは、次のように票が割れている。
- P802.3czはGI-GOFのみに絞って議論すべきである:29票
- P802.3czはGI-GOFとGI-POFの両方を議論すべきである:29票
- 棄権 :17票
なお、この2021年末のミーティングでは、GI-POFを利用する規格をIEEE P802.3czから分離する(IEEE P802.3dhに移行)という提案や、これに伴いP802.3czのPARを修正するという提案も行われている。最終的にこれらの提案が受け入れられ、2022年3月にGI-POFを利用した規格はIEEE P802.3dhに分離。IEEE P802.3czはGI-GOF(というか、OM3)をベースとした規格になった。
問題は波長の方である。2021年8月に、CorningのSwanson氏による「980nmを利用し、OM3を組み合わせる」という提案がなされた。この時のStraw Pollは「賛成:40/反対:38/棄権または返答なし:21」と微妙な結果だったが、2022年2月のミーティングでは改めてこの提案についてMotionが提起され、結果はFailだった(賛成:37/反対:15。Motionには75%の賛成票が必要なので成立せず)。
ただ、この後上記のようにPARが分離され、P802.3czはOM3ベースでの標準化が行われることが決定、またDraft 2.0もリリースされる。このDraft 2.0は波長980nmをベースに記述されており、この後はこのDraft 2.0に大きな反対意見も出ることなく標準化が進んだ。
2023年3月に標準化を完了、4月には仕様リリース
このDraft 2.0、Task Force開始直後の予定では2021年9月頃にはリリースされるはずだったのが、6カ月ほど後ろにずれ込んだ。理由は、上に述べたTask Forceの迷走というか議論の紛糾があったためで、これは仕方がない。ただその後は順調に進み、2023年3月末にIEEE 802.3cz-2023として標準化が完了。2023年4月28日に仕様もリリースされた。
最終的には2.5G/5G/10G/25G/50GBASE-AUとして標準化された、この規格の送信側特性(図2)を見てみよう。980nm帯を利用し、2.5G~25GbpsはNRZ、50GbpsはPAM4を採用。Average Launch PowerとかOAMに関してはもちろん速度によって違いがあるが、おおむね共通である。
Task Forceにとって予想外だっただろうと思われるのは、当初は850nmのVCSELを利用することでxGBASE-SRの規格をそのまま使うつもりだったのが、温度特性などの観点で850nmのままでは利用できなかったことだ。そのため、このTransmit Parameterを、例えば50GBASE-SRのそれと比較するとだいぶ違いがある(というか、Optical return loss toleranceの値位しか共通していない)のは致し方ないところか。下の図3では同様に受信側特性を示すが、こちらもほとんどど共通点がない。
ただ、50GBASE-SRのAverage receive powerがMin -8.4dBm/Max 4dBmなのに対し、50GBASE-AUは-8.3dBm/5dBmと若干だが条件が緩和されており、実装そのものは50GBASE-SRより多少楽かもしれない。
ちなみにOperation rangeは、50GBASE-SRの場合だとOM3で0.5~70m、OM4とOM5が0.5~100mという具合にケーブルの種別で差があったが、xGBASE-AUでは"50/125μm multimode fibers, type A1a.2(OM3)"とOM3のみで、0.2~40mとなっている。
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とりあえずこれで、ガラス光ファイバーを利用した車載向けの50Gbpsまでの規格の標準化は無事完了したわけだ。残るはプラスチック光ファイバーである。