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自動車用ネットワークの標準化(4) 1000BASE-T1(IEEE 802.3bp)の標準化と現在の製品化

 自動車用ネットワークの標準化に関する解説も、今回で4回目となる。これまでの内容は以下を参照してほしい。今回は、1000BASE-T1(IEEE 802.3bp)の続きだ。

IEEE 802.3bpは2016年9月に公開

 2014年7月、PARの修正後に行われたミーティングで、"Encoder / FEC / PAM3 Proposal"という提案がなされている。この提案の中で、RS(Read Solomon)は11bitにするのが好ましいとしており、一方で8N/8N+1のエンコードはN=15(つまり120B/121B)を提案している。

 このときには、その他の選択として、N=10でRSは9bitとか、N=10でRSが12bit、N=14でRSが10bitといった候補も、一緒に提案されていた。

まず120B/121Bエンコーダを経て、RSを掛けた後、それを7シンボルのPAM3に当てはめて送出というかたちが提案された。もちろん、受信はその逆である。

 N=15でRSが11bitとするのを一押ししていた条件は、11bit RSだと7シンボルのPAM3でちょうど辻褄が合う(余分なPadding Bitが要らない)ことや、FECの側でも700/725/750MHzのBaud Rateでうまく条件がマッチするから、という話であった。

 ただ、この後にいろいろと議論があったらしく、2014年11月のミーティングでは、最終的に80B/81Bで、RSは450,406に決定。送信レートは750Mbaudに決まった。

 ちなみに、この時点ではまだRFER(PHY frame error rate)のモニタリング機構などは、1000BASE-Tのものをとりあえず流用するといった具合で、まだ煮詰めは終わっていない。しかし、一応このパラメータをベースに、Draft 1.0がリリースされた。

 2015年は、少々めずらしい年となった。通常、Task Forceのミーティングは2カ月に1度が基本で、実際IEEE P802.3bp Task Forceも2013年、2014年は1/3/5/7/9/11月の6回づつミーティングが行われているが、2015年は1/2/3/5/7/9/11/12月と、8回もミーティングが開催されたのだ。

 どうして急いだのかは不明だが、7月の時点で既にDraft 1.5のフィードバックをもとにDraft 2.0がリリースされており、9月のミーティングではJasPar(Japan Automotive Software Platform and Architecture:SAEやドイツのAUTOSARと同じく、日本における自動車業界の標準団体)からの質問状(Feedback from JasPar to the IEEE 802.3bp Task Force regarding Draft 2.0)が公開されるといった具合に、細かい作業はあるにせよ順調に作業は進み、2015年末にはDraft 3.0がリリースされる。

 最終的には2016年3月にDraft 3.4がSponsor ballotを通過したことで、Task Forceの作業は終了。2016年6月30日にIEE Boardの承認も受け、同年9月20日にPublishされた

 さて、一応規格の方も説明しておく。1000BASE-T1の規格の対象となる範囲は100BASE-T1と同様にGMIIの先、つまりPCS/PMA/MDIとなる

AN(Auto Negotiation)は標準化の対象外というわけではなく、Clause 98の"Auto-Negotiation for single differential-pair media"で定義される(1000BASE-T1そのものはClause 97で定義)。

 エンコードは最終的に80B/81Bで、RS-FECはドラフトの通り(450,406)、シンボル速度は750MbaudのPAM3となった。100BASE-T1はシンボル速度が66.7Mzだったから、Data EyeのWidthは11分の1未満まで短縮された形になる。これそのものはそう難しくないのだが、問題は、車載環境でこれを実現できるか、である。

 ちなみに到達距離であるが、最終的にはLink Segment Type AとType Bの2つが定義された。Type Aの方が必須で、これは1対のより対線を利用して15m以上の距離を接続可能とするものだ。これが通常の自動車向け規格である。別にType Bの方は航空機や鉄道、バスや大型トラックなどに加え、産業機器向けも考慮したもので、こちらは40m以上での接続が求められている。

EMC耐性やESD保護規格などに関する「TC12」の標準化は難航

 さて、この標準化を受けて、OPEN Allianceの方もTC12(Test specifications for the compliance testing of IEEE 1000BASE-T1 Physical Interface devices)というTechnical Committeesを立ち上げ、IEEE 802.3bpには全く含まれていないEMC耐性やESD保護規格、相互接続性やテストの方法、System Imprementationなどの標準化作業を開始した訳だが、やはりそれなりに難航した。

 現時点では、1000BASE-T1向けには以下のSpecificationが用意されている。

  • Advanced Diagnostic PHY features:2018/10(1.0:Member only)、2022/09(2.2:Public)
  • System Implementation Specification:2019/12(1.0:Member only)、2020/05(1.2:Public)
  • Interoperability Test Suite:2017/12(1.0:Member only)、2022/09(1.8:Public)
  • RGMII EPL Recommendation for Automotive Application:ISO 21111-2:2020(https://www.iso.org/standard/70621.html)
  • Channel and Components Requirements - Link Segment Type A (UTP):2018/01(2.0:Public)
  • ESD Device Test Specification:2020/10(1.0:Public)
  • EMC Test Specification for Common Mode Chokes:2018/01(1.0:Public)
  • Transceiver EMC Specification:2017/12(1.0:Public)
  • Channel and Components Requirements - Link Segment Type A (STP):2019/07(1.0:Member only)、2020/06(2.0:Public)
  • Physical Media Attachment Test Suite:2021/04(1.0:Member only)、2021/12(1.1:Public)
  • Sleep/Wake-up Specification:2021/10(1.0:Public)

 これを見ると分かるように、そもそも仕様が出そろったのは2020年以降だ。100BASE-T1の方はBroadR-Reachをベースにわりと早いタイミングで製品が市場投入されており、仕様も(やや後追いとはいえ)早めにそろったのだが、1000BASE-T1は製品投入も遅れており、当然実装やテスト仕様も遅れてそろった格好と言える。

 ちなみにRGMII EPL(Electrical-Physical Layer)Recommendation for Automotive Applicationに関しては、v1.0が2014年8月14日にリリース(これはまだdraftで、Member only)されており、2016年10月にv2.2がPublicになったが、元々これは1000BASE-T1というよりはGbE全般に向けてRGMIIの仕様を定めたものだ。

 そのため、1000BASE-T1以外にIEEE 802.3cz(GEPOF:Gigabit Ethernet over Plastic Optical Fibre)などもターゲットにしている。それもあって標準化は早かった格好だが、その後はOpen Allianceの規格ではなく、ISOの規格に移行してしまっている。

 また、全ての仕様がTC12での策定ではなく、"Channel and Components Requirements - Link Segment Type A(STP)"とか"Channel and Components Requirements - Link Segment Type A(UTP)"はTC9が、"Sleep/Wake-up Specification"はTC10が、それぞれ作業を行っている。

 製品は、100BASE-T1に遅れつつも、すでにいくつか存在する。具体的には以下だ。

 といったあたりで、だいたい2019~2020年あたりから市場に製品投入が行われている。ただ、現状ではまだ100BASE-T1の方が実車に搭載されているのが普通で、1000BASE-T1に移行するのは、2024~2025年あたりからになるだろう。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/