期待のネット新技術
自動車用ネットワークの標準化(5) 車載LANもマルチギガへ〜「IEEE 802.3bpの次」に向けた議論
2023年5月2日 06:00
自動車用の1GbpsまでのEthernetはIEEE 802.3bpでカバーできるようになった、という話を前回したわけだが、1Gbpsあれば十分か? というとそんなわけはなく、将来は絶対により高速な通信が必要になることが見えている。これに向けて、2016年中から業界は動き始めていた。
「車載向けの1Gbpsの次」を狙った企画を策定するIEEE 802.3 Multi-gig Automotive Ethernet PHY Study Groupは、2017年1月に最初のミーティングを行っている。この際にGMのNatalie Wienckowski氏が示したスライドが面白い。
光か、銅線か?
これは2016年の8月頃に、GMがOEMやTier 1(一次下請け。GMに直接自動車部品などを納入するメーカー)、PHYのベンダーやケーブル/コネクタ/ハーネスのサプライヤに対してインタビューをした結果をまとめたものである。まず、通信速度についての声をまとめたものが下図だ。
2.5Gbpsとか5Gbpsよりも10Gbpsを寄こせ、と思っているベンダーが非常に多い。1が「絶対必要」、10が「不要」でスコアリングしているが、2.5/5Gbpsに関しては平均で5~6なので「あればいいけどなくても困らない」程度の関心だとしている。またケーブルに関しては、次のような声が返ってきている。
- 速度が上がるなら現行のケーブルが使えなくても困らない(68.75%)
- Optical Cableの利用も考慮対象にする(50%)
- 動作温度範囲は最大105℃程度(62.5%)、最低-40℃(100%)
この時点ではOptical(光)でもいいという返事をしたベンダーが半数もあったのは意外ではあるが、1000BASE-RHC(IEEE 802.3bv-2017)で車載向け光ファイバーを使う(GEPOF)という動きが既にあったから、その延長と捉えていたのかもしれない。
もっとも、これはOptical Cable「が」いいのではなくOptical Cable「でも」いいという話で、だからCopper(銅線)で実現できればそれでもかまわないということになる。
実際、例えばCOMMSCOPEのMasood Shariff氏の出した"Draft Objectives for NGAUTO study group consideration"は、明らかにCopperのSTPを前提にしたものになっている。
最終的にStudy Group最後のミーティングは2017年5月に行われたが、"IEEE NGAUTO media proposal"ではこんなスライドが出ている。
ただ、Opticalという選択肢が捨てられたわけではない。Finisarは"Automotive Fiber Standard"というプレゼンテーションで「10GBASE-Sシリーズの規格は、そもそも自動車向けの要求を考慮せずに策定されているし、850nm帯の光源しか考えていない。また、10GBASE-Sは到達距離を最大限に取ることを目標にしているので、最大でも15m程度の自動車向けでは条件が異なる」としつつも、既存の10GBASE-S向けのコンポーネント、例えばVCSEL光源は遥かに高速な帯域(100Gbps)を既に実現しているから、速度を10Gbpsに抑えるのであれば十分なマージンを取ることができ、消費電力を抑えることも可能だろうとしている。
もっともデータセンターと異なる環境なので、例えば振動対策とか埃の(レセプタクルへの)侵入を防ぐといった、これまでにない要求もあるとしたうえで、全体として自動車向け仕様を策定は可能だろうとしている。
そんなわけで、Study GroupではまだOpticalとCopperのどちらにすべきかという結論は出ないままで、しかしながら自動車向けの1Gbpsを超えるEthernetの規格は必要である、という合意は取れた。
2017年5月には、PARも出ている。ここでは「車載環境で1Gbpsを超えるPHYの規格を策定する」とだけあり、それをどうやってやるという部分までは踏み込んでいない。実際、Study GroupからTask Forceに昇格した2017年の7月のミーティングでも、まだCopper Cableが話題の中心である。
もっとも、実際に検討を始めていくと、その困難さが次第に明らかになってきた。2017年9月のミーティングで、MolexのAli Javed氏とMike Gardner氏から"Proposed Link Segment Configuration Test results"というプレゼンーションが示された。これは1m×3+4m×1+8m×1で合計5本、15mの配線を用意、この状況でInsertion LossとかMode Conversionを実測した結果の報告であるが、信号周波数3GHzを仮定して試すと、システムの要求を満たせないという話であった。
2017年11月のミーティングでは、矢崎部品のTaketo Kumada氏が"STP cable in automotive environment"というプレゼンテーションを行っている。こちらではPAM-8なりPAM-16を前提にシミュレーションをしてみた結果、PAM-16ではData Eyeが開かないし、3.2GHzだとChange Late(初期状態と105℃環境におけるInsertion Lossの比)が24%(3.2GHzの場合、初期状態の15mでのInsertion Lossは-29.1dBだが、105℃になると-36.1dBまで悪化する)と、なかなか厳しい数字が出て来ている。
とはいえ、可能ならば何とかSTPケーブルを使っての標準化を望んでいたようだ。2018年3月に行われたミーティングにおけるBoschのOlaf Grau氏の"3GHz BANDWITDH STP CABLES USE FOR 2,5/5/10GB/S SPEED GRADES"というプレゼンテーションの結論は下図で、ECUを提供するベンダーの立場からすればSTPケーブルのままであってほしく、PHYも既存の1000BASE-T1の延長にあるようなかたちにしたいという強い希望が読み取れる。
銅線による10Gbps実現は難しいか?
こうした状況を鑑みてか、2018年5月のミーティングでは、BroadcomのTom Sulvignier氏の"Bandwidth, Modulation and SNR Comparison for Multi-Gigabit Automotive PHY"のように、エンコード方法によるマージンの確保の度合いを比較している。ただ、Sulvignier氏の結論は「2.5Gbpsや5Gbpsはともかく10Gbpsはかなり厳しい。ただ2.5/5Gbpsはそのまま(2.5/5GBASE-Tと同じように)10Gbpsにスケールできる」という、わりと楽天的というか、いきなり10Gbpsは厳しいけどまず2.5/5Gbpsを実装して、次のステップで10Gbpsを狙うという感じの提案だった。
NXPのSujan Pandey氏の"2.5G and 10G PHYs Modulation Scheme Proposal"もそんな感じだし、MarvellのBrett McClellan氏は"2.5GBASE-T1 PHY Strawman"という2.5GBASE-T1の「たたき台」を提示している。この辺りから、2.5/5Gbpsはともかく10Gbpsは結構厳しい、というのはTask Forceの中で一致した共通認識になったようだ。
ただ2018年7月のミーティングで、最終的に変調方式はPAM4とすること、このためボーレートは10Gbpsの場合では5.625GBaudとなること(5Gbpsは半分、2.5Gbpsは1/4)が、動議の結果として確定している。
5.6GBaudの信号をSTPで通せるのか? という素朴な疑問は湧かなくもないのだが、前後の議論を見ている限りは、2.5Gbpsなら1.4GBaudほど、5Gbpsでも2.8GBaudちょいなので、3GHz付近という現在のSTPの制限があっても問題なく通信できる。PAM16とかDSQ-128を使えば10Gbpsでももっと信号速度を落とせるが、ある意味10Gbpsは先送りにしてしまい、2.5/5Gbpsで確実に通信ができる方法を定める、という戦略に切り替えたように感じられる。
PAM-4のレベルなら車載環境でも確実にData EyeのHeightを取れるので、10Gbpsに関しては今後の半導体技術の進歩に期待して、それこそイコライザーなどをてんこ盛りにすることで力業でつなぐ、ということのようだ。そもそも10GBASE-Tがやっぱり力業だったことを考えると、歴史は繰り返すという感じがしなくもない。