期待のネット新技術

自動車用ネットワークの標準化(8) 光ファイバーで50Gbpsまで対応する「IEEE 802.3cz」の立ち上げ

 前回までで、車載向けの銅配線ベースのEthernetについては、紹介が終わったかたちだ。現在作業中のWorking Groupのリスト一覧を見ても、これを刷新するような規格に関しては全く存在しない。

 もっとも25Gbps/LaneのIEEE P802.3cyですら、製品はおろかまだ標準化作業そのものが完了していない段階で、次を考えるのは時期尚早だろう。前回にも書いたが、まだ10Gbps/Laneの10GBASE-T1どころか2.5Gbps/Laneの2.5GBASE-T1すらPHYの製品が存在しない状況を鑑みれば、Working Group以前のStudy Groupが結成されるのも、まだ当分先な気がする。

 というわけで、ではこれで終わりかというとそうではなく、Opticalベースの車載向けEthernetの規格が存在する。最初に紹介するのはIEEE 802.3cz-2023。今年3月末に承認され、4月末に仕様が公開されたばかりの規格だ。

 このIEEE 802.3cz、2019年9月に"Multi Gigabit Automotive Optical PHY Study Group"としてStudy Groupが発足したところからスタートする。ちなみに略称はOMEGAである。これは"Multi-Gigabit Optical Automotive Ethernet"の頭文字のアナグラムである。

標準化が完了していた光Ethernetをベースに車載対応へ

 Study GroupのObjectiveは、下図1、2のような感じだ。車載用ということもあり、基本的にはxBASE-S、つまり短距離向けの光Ethernetがベースとなる。当然光ファイバーの方も、SMFではなくMMFがターゲットである。

図1:2.5Gbps~50Gbpsまでをこの時点でまとめて標準化するつもりであることが、この時点で分かる
図2:25Gbpsまでは40mで、これは乗用車だけでなくトラックやバスなど大型車両を想定した数字と思われる。ただ50Gbpsは流石に15mになった。50mなら最大でケーブルを4本つなぐかたちだが、15mなら2本までとなっている。BERが10^-12なのは、まぁお約束である。

 ここで2.5Gbps~50Gbpsまでがターゲットというのは、2019年の時点で言えば、10GBASE-SR(IEEE 802.3ae-2002)、25GBASE-SR(IEEE 802.3by-2016)、100GBASE-SR2(IEEE 802.3cd-2018)がすでに標準化完了しており、50Gbpsまでは1対のMMFで伝達可能になっていたからだ。反対に、100Gbpsに関してはまだ100GBASE-SR1(IEEE 802.3db-2022)が仕様策定の最中だったから見送ったものと思われる。

 1Gbpsに関しては1000BASE-RHC(IEEE 802.3bv-2017)が標準化を完了しているので、これ以上の規格は必要ない。2.5GBASE-SR/5GBASE-SRはIEEEでは標準化されていないが、市場には製品が存在している(例:2.5GBASE-SR 850nm 550m Hi-Optel HSFP-48-3832M-22F module)。

 時期的には、2.5GBASE-T1~10GBASE-T1をカバーするIEEE 802.3chの標準化が間もなく完了する時期ではあったが、これが市場に出て広く利用されるには、相当な期間が掛かると見込まれていた(し、現実問題としてまだ製品が出て来ていない)。なので、銅配線を待てないベンダー向けにOpticalベースでソリューションを提供しても、一定規模のマーケットはあると考えたのだろう。実際、規格的には10GBASE-SRをベースに速度を落とすだけで実現できるから、実装は容易いと考えられたのだと思われる。

 そもそもこの規格は何を目的としたものかと言えば、PARにもあるが"Specify additions to and appropriate modifications of IEEE Std 802.3 to add Physical Layer specifications and management parameters for multi-gigabit optical Ethernet for application in the automotive environment."の最後の"in the automotive environment"がポイントとなる。

 要するに、既存の10~50Gbpsの光ファイバーベースEthernetは、自動車での環境のことを一切考慮していない。なので、自動車環境でこれらの規格を利用できるようにする、というのが目的である。これに加えて上に述べたように、10Gbpsは要らないけど1Gbpsでは足りないというユーザーのために、2.5/5Gbpsの仕様も追加したというあたりだろう。

オーバースペック気味の提案から、徐々に現実的な議論へ

 初回のミーティングの資料である“Use Case-Requirements for Camera and Backbone”で、Use Caseとして示されたものを、以下に図3、4として紹介する。

図3:いくらADAS用といっても、8K/32bit 180dBで60Hzは想定として行き過ぎだと思う
図4:2025年頃の高級車だと、確かにこの位のカメラやセンサーが入ってても不思議ではないかもしれないが...

 現実問題として、自動運転向けに本当に20~32bit解像度@60Hzが要るのか? はちょっと疑問ではあるが、それはCase Oneで、上り下りが非対称構成になるのは間違いない。図3でいう上り(Forward)というのは周辺のカメラなどからECUへのデータの流れで、それこそカメラやLiDAR/Raderなどのセンサーからのデータはどうしても大量になる。その一方で下り(Backward)、つまりECUからアクチュエータとかモータ類への制御系は概ね100Mbps程度、という見立ては、おおむね正確かと思う。

 これが進化したDomain/Zoneアーキテクチャになると全体的にデータ量が更に増える(ECU同士の通信が加味される)のは間違いないが、25/50Gbpsを超えるほどか? と言われると、ちょっと首を傾げてしまう。何となく、無理やり50Gbpsの規格の正当性をでっちあげている気がしなくもないのだが、長期的に見ればデータ量がどんどん増えて言っていることそのものに間違いはないので、スルーされているような気がする。

 2回目以降からはもう少し現実的な議論になった。やはり焦点となるのは「車内環境での利用」である。具体的には動作温度範囲であって、データセンター向けとは異なり-40℃~125℃あたりまでの動作が要求される。

 温度の上限は105℃なのか125℃なのか150℃なのか、という捉え方はメンバー企業によってまちまちである。例えばKDPOFのRubén Pérez-Aranda氏による"GaAs 14G VCSEL characterization for automotive applications"とか"InGaAs 25G VCSEL characterization for automotive applications"は125℃での動作を想定しているし、CorningのSteve Swanson氏による"Optical components for optical Automotive"は105℃である。

 ついでに言えば、振動などに関しても自動車環境での明確な定義がないので、下の図5のようなスライドも出てきたりしている。このようなところで、とりあえず何を決めるべきか? に関しての合意を得るための材料は大方そろった格好だ。

図5:「海軍の軍艦とか(おそらく陸軍の)戦術ネットワーク用機材、産業用途などに使われる高信頼性コネクタはあるけど自動車用に使える?」なんてあたりは、そもそもAutomotive向けの定義がこの時点では存在しないから、これはこれで適切な問題提起だとは思う

 2020年1月のミーティングでは、AGC(旧旭硝子)のNaoto Ota氏らによる"Plastic Optical Fiber for Automotive"でMOSTや1000BASE-RHC向けなどにプラスチックファイバーが自動車向けに広く使われている事例が紹介された。また、住友電工のTakashi Fukuoka氏による"Optical Fiber Harness for MultiXG Automotive Applications"では、Automotive向けのコネクタ例が示されている(下の図6)など、自動車向けのコンポーネントの中でIEEE 802.3czに利用できそうなコンポーネントは既に多く存在することが説明されている。

図6:これに続くスライドでは、伝達特性とか耐振動性、結束時のストレス耐性、配線形状によるストレス耐性などさまざまなテスト結果が示された

 また、Rubén Pérez-Aranda氏による"50 Gb/s PAM4 transmission with InGaAs 25G VCSEL"では、既存のデータセンター向けのVCSELそのままだと温度特性的にやや厳しいが、特性を改良することで-40℃~125℃の範囲で50Gbpsの送信を行えそう、という見通しも示している。

 2020年3月のミーティングはPARやCSD、Objectiveを決定する予定だったが、Covid-19の影響でキャンセル。2020年4月の電話会議に持ち越され、ここで全てがメンバーから承認を受け、2020年6月にStudy Groupの活動が終了し、正式にTask Forceが結成されることになる。

 正式に発足したTask ForceのObjectiveは、次の2点を除き、おおむねStudy Groupのものと違いはない。

  • 50Gbpsについても最大40mになった(2 inline connectorsなのは変わらず)
  • ケーブルについては"on at least one type of automotive optical cabling"という抽象的な表現が"for at least 40 m using graded-index glass optical fiber"と、やや具体的になった。

 以上の点は、PARも同じように表現が改められている。続きは、あらためて次回に。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/