期待のネット新技術
自動車用ネットワークの標準化(11) IEEE 802.3dh標準化までの難航する議論と遅れる結論
2023年11月7日 06:00
自動車向けのGI-POFによる光マルチギガ転送のための規格「IEEE P802.3dh」の続きだ。前回は2022年11月末までの動向を紹介したので、今回はそこからの話となる。
- IEEE 802.3bw 第1回:「BroadR-Reach」および「100BASE-T1」と「IEEE 802.3bw」
- IEEE 802.3bw 第2回:1000BASE-TそのままのPMAと未決定のコネクタ
- IEEE 802.3bp 第1回:100BASE-T1標準化前から動き出していた1000BASE-T1
- IEEE 802.3bp 第2回:1000BASE-T1の標準化と現在の製品化
- IEEE 802.3ch 第1回:車載LANマルチギガ化の議論スタート
- IEEE 802.3ch 第2回:策定までと今後の2.5G/5G/10GBASE-T1実装の見通し
- IEEE 802.3cy:自動車メーカーからの提案から策定完了まで
- IEEE 802.3cz 第1回:IEEE 802.3czの立ち上げ
- IEEE 802.3cz 第2回:標準化完了までの紛糾ポイント
- IEEE P802.3dh第1回:波長に関する議論の勃発と先送りされる結論
「IEEE 802.3czの規格を使おう」との提案が提出される
12月は結局ミーティングが開催されず、2023年1月に開催されたVirtual interim meetingで、AGCの渡邊勇仁氏より"Move forward"という提案がなされた。
趣旨は要するに、独自の規格にせずに、IEEE 802.3cz(前々回参照)の規格をそのまま使おう、というものである。この時点で、IEEE P802.3czの方はDraft 3.2がリリースされており、もうこの仕様のままでいいじゃないか、という提案である。もっともMediumがA4jに変わっているあたり、芸が細かい。
GI-POFというかPOFの分類として、A4 fiberという規格がIEC 60793-2で定められている。
上図はちょっと古い(2014年)資料"Plastic optical fiber standard"のものだが、A4a~A4hまでのPOFの特性がまとまっている。現在はさらに特性がいいA4iというPOFが主流になっているのだが、渡邊氏は2022年6月にも"GI-POF for automobile"というプレゼンテーションを行っており、これを利用する事を前向きに推進している。
あえてこれを斜に構えて見ると、要するにAGCが現在A4jファイバーの事業化に前向きというか、ここに向けて注力しているが故に、A4jファイバーを利用するアプリケーションとしてIEEE 802.3dhを据えたいと思っているのではないか、という気はしなくもない。
もっとも、IEEEのTask Forceはそういう企業の思惑を綺麗な言葉でカバーしてぶつけ合う場でもあるわけで、別段非難するつもりもないし、実際正しい行動だとは思う。
話を戻すと、この1月のミーティングは特にMotionもStraw Pollも行われなかったが、続く2月のミーティングではKDPOFのRubén Pérez-Aranda氏より"PCS & PMA proposal"が提示され、同じようにIEEE 802.3czのPCS/PMAの仕様をそのままIEEE P802.3dhに適用する事を提案している。
同じ仕様にすることで、PHYが(IEEE 802.3czの)OM3対応と(IEEE P802.3dhの)GI-POFの両方に対応できるというのは、やや後付けの理由という感は否めない。とはいえ、まずはOM3ベースで市場が形成され、そこに後追いで安価なGI-POFが参入して市場が広がる、というストーリーは自動車業界には受け入れやすいものだろうとは思う。
もっともこの提案、そもそもIEEE 802.3czがSA-Ballotの際に付いたコメントの解決に手間取ったことを受けて、もう少し合意形成に時間を取った方がいいのではないか? という意見が出て来た。そこでStraw pollが実施された結果、次のような結果になった。
- 賛成:76%(22票)
- 反対:0%(0票)
- もう少し情報が必要:24%(7票)
Straw Pollだから、もちろんこの結果には何の拘束力もないが、Motionの場合75%の賛成があれば通ることになる。そこで3月1日のミーティングでは、改めてMotionのかたちでこの提案がなされ、以下の結果となった。これを受け、Pérez-Aranda氏の提案が承認されることになった。
- 賛成:75%(21票)
- 反対:0%(0票)
- もう少し情報が必要:25%(5票)
IEEE 802.3czを基本と決定するも、細部の議論もまた難航
これで基本的な仕様はIEEE 802.3czと同じとする、という構想が固まったのであとは細かな部分を...と思ったらその後も難航している。3月14・15日のミーティングで、まず渡邊氏から"PHY name proposal for 802.3dh"が示された。要するに名前であるが、提案はこんな感じ(下図)だ。
例えば25Gbpsなら、次のようなものが候補になるとしている。
- 25GBASE-PU
- 25GBASE-VU
- 25GBASE-AUM
ちなみに、このPHY nameのルールはIEEE 802.3czの際に議論されたもので、P/Uは上図に入っている通りだ。
AUMの"M"はMultimodeの意味である。ただこちらはMinutesを見てみると、次のような結論になっている。
- 同じ波長を利用していても、感度の関係でPMDは変わってくる。なのでAを使う(つまり上の候補で言う25GBASE-AUM)のは避けた方がいい
- 10Gbps及び25Gbpsに関しては、まだ広範にマーケットで実証されているわけではないので、Objectiveから外すべき
またもう1つ、"Baseline proposal For 802.3dh"も提案されている。こちらはSpecificationにどう反映させるかの議論で、渡邊氏からはIEEE 802.3czで追加されたClause 166を変更し、ここをIEEE 802.3czとIEEE 802.3dhの両対応になるようにしよう、という提案がなされた。
ただ、これもかなり議論になったようで、結果としてClause 166の修正ではなく、新しいClauseを追加することとし、次のような結論になった。
- POFではモード結合効果が高いため、異なる接続形態やMacro bendでのEMBc(実効モード帯域幅)を確認する必要がある
- POFは波長980nmでの性能を利用する
今年7月のミーティングはあまり大きな動きがなく、ToDoリストの作成や、ISO TC22/SC32/WG10への質問の回答の披露、それとタイムライン修正(さらに遅延)の提示などが行われている程度だ。ちなみにタイムライン修正はまだ提案のレベルで、それもあって具体的な変更は開示されていない。
9月のミーティングではToDoリストに従い、いくつかの検討結果が開示された。日東電工(株)の高山一也氏の"High Bandwidth GI-POF"は、すでにVRヘッドセットマーケット向けに提供されているUSB Type-CのActive Cable用のA4iファイバーの特性について、矢崎総業(株)のNobuyasu Araki氏らによる"Vibration test result of butt jointed GI-POF"は、A4iファイバーに振動を与えた場合のファイバーによる減衰量の変換について、AGCのTakeshi Hirose氏による"25 Gb/s transmission over harsh environment automotive grade GI-POF"は、車内環境を模した状況(-40℃/25℃/105℃)で25GbpsをGI-POFに通した場合の周波数特性やInsertion Lossなどの特性について。そして、宇都宮大学の杉原興浩教授による"Optical characteristics of automotive grade plastic optical fiber"は、車載グレードのGI-POFに10Gbpsを通した状態での信頼性試験の結果を報告している。何故か発表者が全員日本人という、あまりほかのTask Forceでは見ない構成になっているのは、それだけ日本の自動車業界がPOFに寄せる期待が高いということなのかもしれない。
標準化完了は2025年9~10月ごろか
この9月13日のミーティングのMinutesを読むと、次の11月のミーティングでGo/NoGoの判断を下す必要があるというコメントが付いており、またそろそろDraft 1.0のリリースに向けて残る問題を片付けていく必要があるとされている。
ただ当初のTimelineでは2022年末にDraft 1.0がリリースされているはずであり、このままだと1年遅れになりそうな感じである。IEEE 802.3czから分離され、基本仕様をIEEE 802.3czのままにする、という判断を下したにもかかわらず、案外に難産というか、なかなか進まない様子が伺える。
このままだとIEEE P802.3dhの標準化完了は2025年の9~10月あたりになりそうだ。もっともマーケット的には、まずOM3ベースで高級車などをターゲットに導入され、それがある程度こなれてきた段階で普及車向けにGI-POFに切り替えてコスト低減を図るといったシナリオが予想されるから、この程度の遅れは許容範囲なのかもしれない。