期待のネット新技術
1対のMMFで100Gbpsを目指す「IEEE P802.3db」
【光Ethernetの歴史と発展】
2020年11月10日 06:00
Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。
【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。
「光Ethernetの歴史と発展」記事一覧
- 10BASE-Tと同じ仕組みの光ファイバーで最大2kmを実現「10BASE-F」
- 屈折率で伝送距離が異なる「光ファイバー」の材質と構造
- 最大100Mbpsながら伝送距離の異なる「100BASE-FX」「100BASE-SX」などの各規格
- 実効1Gbpsに到達した「1000BASE-SX/1000BASE-LX/1000BASE-CX」
- 拠点間接続に用いる「1000BASE-X」の各種関連規格
- 低価格な光ファイバーで1Gbpsを実現する車載向けがメインの「GEPOF」
- 10Mbpsの「MII」から1000MbpsのCisco独自規格「SGMII」まで
- 1波長で10Gbps、光源と到達距離の異なる「10GBASE-W/R」の各規格
- 10Gbpsのフレッツ光で使われる「10GBASE-PR」、既存ケーブルを流用できる「10GBASE-LRM」
- XENPAK→X2→XFP→SFP+と移った10GBASEのトランシーバーモジュール規格
- 10Gbpsのシリアル通信規格「XFP」、これを置き換えた「SFP+」
- 10GbEの次は40GbEと100GbE、HSSGによってともに標準化の開始へ
- 最大100Gbps、「IEEE 802.3ba」として標準化された8つの規格
- IEEE 802.3baで定義されたInterconnectとトランシーバー規格
- 100Gbpsで100mを目指す「P802.3bm」、IEEE 802.3baをブラッシュアップ
- 最大100Gbps・100mの「100GBASE-SR4」と40Gbps・40kmの「40GBASE-ER4」
- CFPのサイズ半分、最大200Gbpsの「CFP2」、さらに小型化された「CFP4」
- 40Gbpsの「QSPF+」、50Gbpsの「QSFP56」、112Gbpsの「SFP-DD」「QSFP28」
- 25Gbps×4で100Gbps、光Ethernet第2世代「IEEE 802.3bm-2015」の各規格が標準化
- 50Gbpsに対応する5つの規格「50GBASE-KR/CR/SR/FR/LR」
- 「25G PAM-4」で100/200Gbpsを実現する7規格と、SMF1対で100Gbpsの「100G PAM-4」
- 25Gbps×8の「200GBASE-R」では4つのモジュール規格が乱立
- 最大400Gbpsを実現する2つのモジュール規格「OSFP」「CDFP」
- 1レーン50Gbpsで最大400Gbpsを実現する「P802.3bs」
- レーンあたり50/25Gbpsで400Gbpsを実現する「IEEE 802.3bs」の各規格
- 53.125Gの「PAM-4」を4対束ねた「PSM4」で最大400Gbps「400GBASE-DR4」
- アクセス回線向けの光ファイバー規格「IEEE P802.3cp/P802.3cs/P802.3ct」
- 位相変調した光信号を復号するコヒーレント光、波長分離多重の「DWDM」併用の「400ZR」
- 「100GBASE-ZR」を残し「IEEE P802.3ct」から「400GBASE-ZR」を分割
- 1対のMMFで100Gbpsを目指す「IEEE P802.3db」
- IEEE標準ではない光Ethernetの各規格、100G/400G/800Gですでに登場
- SWDMを用いた100/40Gbpsの「100G-SWDM4-MSA」と「40G-SWDM4-MSA」
- 「100GBASE-LR4」と「100GBASE-SR10」の間を埋める最大100Gbpsの「100G PSM4 MSA」
- SMF1本で25Gbps×4の100Gbpsを実現、到達距離2kmの「CWDM4 MSA」、40kmの「4WDM MSA」
- 100Gbpsで10/20/40kmの到達距離を狙った「100G 4WDM-10/20/40」
- 「100G PAM-4」で最大100Gbps、到達距離2kmの「100G-FR」と10kmの「100G-LR」
- SMF1対で100Gbpsの「100G LR1-20/ER1-30/ER1-40」、4本束ねて400Gbpsの「400G-FR」
- 最大400Gbps、到達距離2kmの「400G-FR4」と到達距離10kmの「400G-LR4-10」
- 最大100Gbpsで250kmを伝送可能な「MSA-100GLH」、巨大なサイズと消費電力で採用進まず
- 最大400Gbps、到達距離10kmの「CWDM8」、8×50G NRZの採用で低コストと低電力を実現
- 400Gbpsで到達距離2kmと10kmの「CWDM8 2km/10km」、低OH濃度SMFの採用で損失を抑える
- 400Gを光ファイバー1本で双方向通信する「400G BiDi MSA」、「400GBASE-SR8」を先行規格化
- 50Gが8対で400Gbpsの「400G-BD4.2」、消費電力増や高コストが課題に
- IEEE「400GBASE-SR4.2」は先行した「400G-BD4.2」と相互互換性を確保
- 高コストで普及に至らない「400GBASE-SR8」と、さらに高価な「400GBASE-SR4.2」
- 最大800Gbpsの100G PAM-4 PHY、ベンダー各社がサポート、受発光素子普及のカギは940nm?
- ETCがリリースした「800G Ethernet」の仕様は400Gを2つ並べる構造に
- 「QSFP-DD MSA」を発展させる「QSFP-DD800」、供給電源など今後に課題も
- 最大800Gbpsを目指す「800G Pluggable MSA」、3つの変調方式を採用
- 高帯域と低レイテンシーの一方で到達距離は限界へ、800Gへ想定される4つのシナリオ
- PSM4とCWDM4で1.6Tb/secを実現し、到達距離も延長「800G Pluggable MSA」
- 800G Ethernetに関連、OSFP MSAと2つのIEEEの動向
- 800Gの本命「IEEE 802.3 Beyond 400 Gb/s Ethernet」、100/200Gの信号で800G/1.6Tを実現
- 200G×8の1.6Tbps、×4の800Gbpsでの転送実現は2023年?
- 100Gが8対の「800GBASE-VR8/SR8」が仕様に追加、BERの目標値決定にはさらなる情報が必須
- 200GにおけるElectricalインターフェースを検討、通信に必要な消費電力は半減へ
- Beyond 400 Gb/s EthernetにおけるOTNサポートは4月の投票でいったん否決
- 1.0E10年のMTTFPAを維持、1.0E-14のBER Targetには高コストなFECが必要に
- FacebookやMicrosoftのDC事業者が先行、Beyond 400G Study Groupは800Gと同時に1.6Tの標準化を主張
- 200Gの光伝送は技術的に実現可能、一定の損失を前提にすれば現実的なPAM6の検討も?
- 800Gb/sと同時に1.6Tb/s Ethernet仕様も策定へ 200Gb/sレーンの製品出荷は2027年頃?
- 到達距離10kmの「800G-LR」に向け、Coherent-Lite方式を検討を求めるGoogle
- 200Gのシリアルと800GのWDM、どっちが先に100万ポート出荷を実現できるのか?
- 400・200Gb/sのサポートなど、2021年7月ミーティングへの投票は可決が多数
- 800Gで10kmの到達距離を実現する「800Gbps/10km Reach SMF」の4案
- 800Gで到達距離40kmを目指す「ER8」、MZMを採用し、400G向けDSPを2つ並列
- 銅配線での8レーン800Gが規格化、レーンあたり200Gも実現へ?
- 「IEEE P802.3df」のPAR分割に向けた動き、作業効率化の一方で異論も?
- 800G実現に向け、PDM-32QAMで96G/192GBaudとPDM-16QAMで120G/240GBaudをリストアップ
- これまでの光Ethernet規格振り返りと、「40GBASE-FR」をめぐる議論の経緯
- 「IEEE 802.3cn-2019」は若干のパラメーター変更のみ、「100GBASE-AR/400GBASE-AR」は現時点で幻に
- 「100GBASE-AR」と「400GBASE-AR」は「IEEE P802.3cw」に、PMDの仕様を定義して2023年中ごろに標準化?
- 到達距離500mの「CWDM4-OCP-100G」、低価格な100G Ethernet規格として広く流通し始める
前回までで「IEEE P802.3ct」と「IEEE P802.3cw」を紹介し終わった。策定中の光Ethernet関連規格で残っているのは「IEEE P802.3db」だけである。
1対のMMFで100Gbpsを目指す「IEEE P802.3db」850nm帯と940nm帯の2種類の波長を利用
IEEE P802.3dbは、"100Gb/s, 200Gb/s, and 400Gb/s Short Reach Fiber"という名称だ。IEEE P802.3dbのPARが出されたのは2020年4月23日、受理されたのは6月2日で、その意味では作業がまさに始まったばかりの規格である。以下は、PARの"Need for the Project"にある原文と、その簡単な訳となる。
Rapid growth of server, network, and internet traffic is driving the need for higher data rates, higher density, lower cost fiber optic solutions, including the shortest links in the data center such as server-attachment. To address these needs, advances in technology now enable the specification of 100 Gb/s, 200 Gb/s, and 400 Gb/s Physical Layer types operating over optical interconnects using 100 Gb/s signaling. IEEE Std 802.3 does not currently define operation over multimode fiber using 100 Gb/s signaling.
(サーバーやネットワーク、インターネットトラフィックの急速な増加に伴い、データセンター内の短距離接続を含む、より高いデータレートで高密度、低コストな光ファイバーのソリューションが要求されている。IEEE 802.3には、従来100GbpsをMMFで実現するための規格が存在していなかったが、現在の技術なら、100Gbpsを基本にした100/200/400Gbpsの低価格な物理層が実現可能だ。)
要するに、100Gbpsを1対のMMFで実現しようというのが、IEEE P802.3dbにおける最大の動機だ。Task Forceの結成そのものは、PARが受理された6月2日のタイミングだったが、これに先立って"IEEE 802.3 100 Gb/s Wavelength Short Reach PHYs Study Group"(100GSR)というStudy Groupが2020年1月に結成されており、ジュネーブでミーティングも開催している。
ただ、その後ご存じのCOVID-19の騒ぎでしばらく作業が中断。その後は電話会議のかたちで復活し、5月20日にStudy Groupの作業が終了している。
その最初のStudy GroupにおけるPMDの提案は、右のようなものだった。そして以下が、850nm帯と940nm帯の2種類の波長を利用する理由だ。850nmはこれまで多くの利用例がある一方、従来であれば速度は50Gbps止まりなので、100Gbpsを達成するには若干の技術的なチャレンジが必要となる。そこで、低価格で実現可能な940nmもリストに上げてみた、ということだろう。
もっとも、初回のStudy Groupのミーティングでは、MMFに関する以下のレポートもあったが、「OM3/4/5」ともに基本850nm付近をピークとしており、940nmあたりは“不可能ではないが厳しい”結果になるとされていた。
「EMB」はEffective modal bandwidth(実効モード帯域幅、レーザー帯域幅とも呼ばれる)の略で、2000MHz・kmなら以下の計算になる。
- 100mで200MHz
- 1kmで2GHz
- 100mで20GHz
つまり、100GHzを通そうとしたときに、EMBが2000MHz・kmだとすると、20mしか届かないということだ。
さて、グラフを見てもらえれば分かるが、現時点で広く利用されているOM3/4/5の各規格では、850nmと940nmではEMBがおおむね2倍(OM4では3倍)異なることになる。940nmを利用したとき100GHzを通すことはできても、その際の到達距離は、OM3で10m、OM5でも25mほどにしかならず、なかなか厳しい。
ちなみに、以下がほかの規格を示したものだ。メインとなるのは850nm帯だが、WDMを利用して1本のファイバーで双方向を実現するために、900~920nmを利用するのが「400G-BiDi」、この波長帯に4波長のWDMを持ち込んだのが、やはり940nm帯を利用する「SWDM4」となる。
SWDM4の場合は、1波長あたりの転送速度は25Gbpsとなるので、OM3の1100MHz・kmのEMBであっても44mの到達距離が得られる(実際はもう少し策を凝らして70mを確保している)が、IEEE P802.3dbの方式では、やはり少々厳しいことになる。
IEEE 802.3dbはSRとLRの2つに分かれる?
こうした状況を反映してか、Study Groupでの2回目のミーティング(電話会議)では以下の4項目に対する投票が行われ、それぞれNo、Yes、No、Yesの結果となった。
- 1対のMMFを利用して最低100mの到達距離を持つ100Gb/sの物理層の仕様を定めるべき
- MMFで最低100mの到達距離を持つ、1波長あたり100Gbpsのリサーチを行うべき
- Switch-to-SwitchはOM4以上、Switch-to-ServerはOM3を利用するというように、仕様を2つに分けるべき
- 100GBASE-SRの目的を、OM4以上を利用したSwitch-to-Switch接続と、OM3を利用したSwitch-to-Server接続の2つに分けるべき
結果、Study Groupでは物理層の定義はまだ行われなかった。Task Forceは、Switch-to-Switch(Inter-Rack connectionとも言われる)と、Switch-to-Serverは別々に考慮する、という方向でスタートしたようだ。
“ようだ”というのは、現時点ではまだそうした仕様になるという案が出る以前の段階だからだ。ただ、2020年7月20日のミーティングレポートを見ると、以下3つの議題について投票が行われていた。
- I believe there is a need for a cost/power-optimized PMD for server-attachment applications [for example 20-30m]:
(コスト/消費電力に特化した、20~30mの到達距離の規格は必要か) - I believe there is a need for a longer, reach-optimized PMD for switch-to-switch applications [for example 80-100m]:
(到達距離を優先した、80~100mの規格は必要か) - I currently believe the IEEE P802.3db TF should:
A. make no change to the current 50m objectives,
(現在の50mの到達距離のまま)
B. modify the current 50m objective to longer reach [for example 80-100m], or
(50mを80~100mに伸ばす)
C. have two objectives including one optimized for cost/power [for example 20-3 0m] and one optimized for longer reach [for example 80-100m]
(20~30mのものと80~100mのものの2つを用意する)
結果は、1.と2.はYesが多数、3.はCが圧倒的に多い(A:B:C比で17/3/31)となった。少なくとも現時点では、Task ForceのOpen Areaで公開されている議事録やスライドを追った限り、IEEE 802.3dbはSRとLRの2つに分かれるかたちとなりそうだ(名称として100GBASE-SR/LRになるかどうかは不明)。
現状では、まだ変調方式などは一切明らかになっていない(というか、まだ変調方式まで議論が進んでいないというべきか)。ただ、10月のミーティングでは、「Samtec」より「VCSEL」の25/28Gbpsレーザー光源を使い、30mまでの到達距離の実現可能性は高いという内容のレポートが公開されている。
これに例えば「PAM-16」を組み合わせたり、IEEE P802.3ctと同様にコヒーレント光を利用した「DP-16QAM」を使ったりすることで、理論上はMMFでレーンあたり100Gbpsが実現できる可能性が見えてきた格好ではある。
ただ、現状はタイムラインすら示されていない状態であり、Draftすらまだない段階となるため、標準化に至るまでには相当時間が掛かるだろうと予測される。
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