期待のネット新技術

1対のMMFで100Gbpsを目指す「IEEE P802.3db」

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

「光Ethernetの歴史と発展」記事一覧

 前回までで「IEEE P802.3ct」と「IEEE P802.3cw」を紹介し終わった。策定中の光Ethernet関連規格で残っているのは「IEEE P802.3db」だけである。

1対のMMFで100Gbpsを目指す「IEEE P802.3db」850nm帯と940nm帯の2種類の波長を利用

 IEEE P802.3dbは、"100Gb/s, 200Gb/s, and 400Gb/s Short Reach Fiber"という名称だ。IEEE P802.3dbのPARが出されたのは2020年4月23日、受理されたのは6月2日で、その意味では作業がまさに始まったばかりの規格である。以下は、PARの"Need for the Project"にある原文と、その簡単な訳となる。

Rapid growth of server, network, and internet traffic is driving the need for higher data rates, higher density, lower cost fiber optic solutions, including the shortest links in the data center such as server-attachment. To address these needs, advances in technology now enable the specification of 100 Gb/s, 200 Gb/s, and 400 Gb/s Physical Layer types operating over optical interconnects using 100 Gb/s signaling. IEEE Std 802.3 does not currently define operation over multimode fiber using 100 Gb/s signaling.

(サーバーやネットワーク、インターネットトラフィックの急速な増加に伴い、データセンター内の短距離接続を含む、より高いデータレートで高密度、低コストな光ファイバーのソリューションが要求されている。IEEE 802.3には、従来100GbpsをMMFで実現するための規格が存在していなかったが、現在の技術なら、100Gbpsを基本にした100/200/400Gbpsの低価格な物理層が実現可能だ。)

 要するに、100Gbpsを1対のMMFで実現しようというのが、IEEE P802.3dbにおける最大の動機だ。Task Forceの結成そのものは、PARが受理された6月2日のタイミングだったが、これに先立って"IEEE 802.3 100 Gb/s Wavelength Short Reach PHYs Study Group"(100GSR)というStudy Groupが2020年1月に結成されており、ジュネーブでミーティングも開催している。

まだ、変調方式をどうする? とかいう以前の議論ではある。出典は"Proposed objectives for 100 Gb/s short-reach PMDs"

 ただ、その後ご存じのCOVID-19の騒ぎでしばらく作業が中断。その後は電話会議のかたちで復活し、5月20日にStudy Groupの作業が終了している。

 その最初のStudy GroupにおけるPMDの提案は、右のようなものだった。そして以下が、850nm帯と940nm帯の2種類の波長を利用する理由だ。850nmはこれまで多くの利用例がある一方、従来であれば速度は50Gbps止まりなので、100Gbpsを達成するには若干の技術的なチャレンジが必要となる。そこで、低価格で実現可能な940nmもリストに上げてみた、ということだろう。

「400G-SR4」はともかく「800G-SR8」はどうか?という気もする。「400GBASE-SR16」という前例が既にあるので、8対を束ねるくらいは大きな問題ではないと考えたのかもしれない
こちらは主に光源となる素子からの提案。940nmの「VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting LASER)」、つまり垂直共振器面発光レーザーが安価なことが最大の選択理由だ

 もっとも、初回のStudy Groupのミーティングでは、MMFに関する以下のレポートもあったが、「OM3/4/5」ともに基本850nm付近をピークとしており、940nmあたりは“不可能ではないが厳しい”結果になるとされていた。

「OM3/4/5」の各到達距離。「400GBASE-SR8」を除けば「OM5」ではおおむね150mに到達。出典は"Multimode Fiber for use with 100Gb/s per Wavelength Short Reach PHYs"
「OM3」だと、EMBが850nmの場合ですら2000MHz・kmとなる。なお、940nmであれば1100MHz・kmを切る
「OM4」は大分マシで、850nmなら4700MHz・kmに達する。もっとも、940nmだと1500MHz・km程度だ
WMDに特化して広い範囲でEMBを引き上げたのが「OM5」。ピークはOM4と変わらないが、940nmだと2500MHz・km程度

 「EMB」はEffective modal bandwidth(実効モード帯域幅、レーザー帯域幅とも呼ばれる)の略で、2000MHz・kmなら以下の計算になる。

  • 100mで200MHz
  • 1kmで2GHz
  • 100mで20GHz

 つまり、100GHzを通そうとしたときに、EMBが2000MHz・kmだとすると、20mしか届かないということだ。

 さて、グラフを見てもらえれば分かるが、現時点で広く利用されているOM3/4/5の各規格では、850nmと940nmではEMBがおおむね2倍(OM4では3倍)異なることになる。940nmを利用したとき100GHzを通すことはできても、その際の到達距離は、OM3で10m、OM5でも25mほどにしかならず、なかなか厳しい。

 ちなみに、以下がほかの規格を示したものだ。メインとなるのは850nm帯だが、WDMを利用して1本のファイバーで双方向を実現するために、900~920nmを利用するのが「400G-BiDi」、この波長帯に4波長のWDMを持ち込んだのが、やはり940nm帯を利用する「SWDM4」となる。

「400G-BiDi」そのほかは、次回以降で紹介することになる

 SWDM4の場合は、1波長あたりの転送速度は25Gbpsとなるので、OM3の1100MHz・kmのEMBであっても44mの到達距離が得られる(実際はもう少し策を凝らして70mを確保している)が、IEEE P802.3dbの方式では、やはり少々厳しいことになる。

IEEE 802.3dbはSRとLRの2つに分かれる?

 こうした状況を反映してか、Study Groupでの2回目のミーティング(電話会議)では以下の4項目に対する投票が行われ、それぞれNo、Yes、No、Yesの結果となった。

  1. 1対のMMFを利用して最低100mの到達距離を持つ100Gb/sの物理層の仕様を定めるべき
  2. MMFで最低100mの到達距離を持つ、1波長あたり100Gbpsのリサーチを行うべき
  3. Switch-to-SwitchはOM4以上、Switch-to-ServerはOM3を利用するというように、仕様を2つに分けるべき
  4. 100GBASE-SRの目的を、OM4以上を利用したSwitch-to-Switch接続と、OM3を利用したSwitch-to-Server接続の2つに分けるべき

 結果、Study Groupでは物理層の定義はまだ行われなかった。Task Forceは、Switch-to-Switch(Inter-Rack connectionとも言われる)と、Switch-to-Serverは別々に考慮する、という方向でスタートしたようだ。

 “ようだ”というのは、現時点ではまだそうした仕様になるという案が出る以前の段階だからだ。ただ、2020年7月20日のミーティングレポートを見ると、以下3つの議題について投票が行われていた。

  1. I believe there is a need for a cost/power-optimized PMD for server-attachment applications [for example 20-30m]:
    (コスト/消費電力に特化した、20~30mの到達距離の規格は必要か)
  2. I believe there is a need for a longer, reach-optimized PMD for switch-to-switch applications [for example 80-100m]:
    (到達距離を優先した、80~100mの規格は必要か)
  3. I currently believe the IEEE P802.3db TF should:
    A. make no change to the current 50m objectives,
    (現在の50mの到達距離のまま)
    B. modify the current 50m objective to longer reach [for example 80-100m], or
    (50mを80~100mに伸ばす)
    C. have two objectives including one optimized for cost/power [for example 20-3 0m] and one optimized for longer reach [for example 80-100m]
    (20~30mのものと80~100mのものの2つを用意する)

 結果は、1.と2.はYesが多数、3.はCが圧倒的に多い(A:B:C比で17/3/31)となった。少なくとも現時点では、Task ForceのOpen Areaで公開されている議事録やスライドを追った限り、IEEE 802.3dbはSRとLRの2つに分かれるかたちとなりそうだ(名称として100GBASE-SR/LRになるかどうかは不明)。

 現状では、まだ変調方式などは一切明らかになっていない(というか、まだ変調方式まで議論が進んでいないというべきか)。ただ、10月のミーティングでは、「Samtec」より「VCSEL」の25/28Gbpsレーザー光源を使い、30mまでの到達距離の実現可能性は高いという内容のレポートが公開されている。

 これに例えば「PAM-16」を組み合わせたり、IEEE P802.3ctと同様にコヒーレント光を利用した「DP-16QAM」を使ったりすることで、理論上はMMFでレーンあたり100Gbpsが実現できる可能性が見えてきた格好ではある。

 ただ、現状はタイムラインすら示されていない状態であり、Draftすらまだない段階となるため、標準化に至るまでには相当時間が掛かるだろうと予測される。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/