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「QSFP-DD MSA」を発展させる「QSFP-DD800」、供給電源など今後に課題も

【光Ethernetの歴史と発展】

 Ethernetというか10GBASE-Tに関しては、2017年から【10GBASE-T、ついに普及?】と題し、全11回と番外編2回をお届けした。だが、ツイストペアによる銅配線のEthernetは10GBASE-Tまでで、25/40GBASE-Tはまだまだ実用化には至っていない。

 【アクセス回線10Gbpsへの道】とも一部は被るかもしれないが、ここでは光ファイバーを利用する“光Ethernet”を紹介していこう。

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後方互換性を維持した「QSFP-DD MSA」の発展型「QSFP-DD800」

 前回の「ETC(Ethernet Technology Consortium)」に引き続き、今回は2019年9月に結成された「QSFP-DD800 MSA Group」について。PromotorはBroadcom、Cisco、Finisar、Intel、Juniper Networks、Marvell、Molex、Samtecの8社である。

 さて、このQSFP-DD800 MSAは、言ってみればQSFP-DD MSAの発展型である。QSFP-DD MSAについては、『25Gbps×8の「200GBASE-R」で「CFP8」「QSFP-DD」「OSFP」「CDFP」のモジュール規格が乱立』で説明したが、そのQSFP-DD MSAのPromotor6社とContributor2社(厳密に言えばQSFP-DDにはMarvellは含まれていないが、そのMarvellに買収されたCavium Inc.がContributorとして参加していた)で結成されたのがQSFP-DD800である。現時点ではまだメンバー企業は先の8社に留まるが、これは800G Moduleの市場投入が現実的になれば増えるものと思われる。

 QSFP-DD800の目的は、QSFP-DDとの後方互換性を維持しつつ、800G Transceiverに耐えるモジュール仕様を策定することである。QSFP-DD800 MSAは結成後直ちに仕様策定作業に入っており、「QSFP‐DD800 Specification Rev 1.0」を2020年3月にリリースしている。

 面白いのは、QSFP-DD MSAとQSFP-DD800 MSAは、よく似たというか、基本同じ発想で開発された規格ではあるものの、一応公式には別のMSAである。ところがSpecificationのタイトルは"QSFP-DD Specification : QSFP-DD specification for 800G operation"となっていて、一体どっちのMSAに属する仕様なんだ? と聞きたくなる。つまりはそのくらい、QSFP-DD MSAとQSFP-DD800 MSAは近い存在にあるということなのだろう。

100Gbps×8の信号を通す800G Transceiver向け規格まずはモジュールとコネクタ、PCBの機械的形状のみを規定

 さて、そのQSFP-DD800がSpecificationでカバーする範囲は、モジュールとコネクタ、およびそれを接続するPCBの機械的形状「だけ」である。もちろん、800G Transceiver向けの規格なので、トータルで800Gbpsを通せることを前提として、具体的にはホストとの電気的なコネクタに100Gbps(正確に書けば112Gbps)×8の信号を通すことを想定してはいるが、その112Gbpsの信号についてNRZかPAM-4かなどは一切規定されていない。

 そこでSpecificationの目次を比較してみよう。QSFP-DDのときは以下のように7章立ての上にAppendix A~Cで合計84ページだった。

  1. Scope
  2. Reference
  3. Introduction
  4. Electrical Specification and Management Interface Timing
  5. Optical Port Mapping and Optical Interfaces
  6. Mechanical and Board Definition
  7. QSFP-D Module Environmental and Thermal Requirements

 これに対してQSFP-DD800は4章しかなく、トータルでもわずか20ページである。要するにQSFP-DDの4・5章に当たるものはそもそもまだ記述ができないので全てすっ飛ばした、という感じだろうか。

  1. Scope
  2. Introduction
  3. Mechanical and Board Definition
  4. Informative Annex - Optimal Heat Sink and EMI Solutions

 もっともこのあたり、Specificationの表紙に"It is intended to be added as an additional section to the QSFP‐DD Hardware Specification."(この仕様書の内容は、QSFP-DDのHardware Specificationに追加される章になることを想定している)と書いてあるあたり、すっ飛ばすのも無理ないところか。

 それにしても、Electrical Specificationを省いていい(QSFP-DDのまま800Gが扱える)わけではないのだが、ここは将来、800G Ethernetの規格がもう少し具体的に定まったタイミングで、これを扱うための電気的仕様を追加する、という意図なのだと思う。

 実際、Change Historyが現状はRevision 1.0のみだが、表そのものにはRevision 5.0までのスペースが用意され、"Changes"(変更箇所)もRevision 2.0/3.0は"Second public release"/"Third public release"となっているあたり、将来追加する気満々である。

 逆に言えばこのタイミングで、しかも機械的仕様のみを出してきたというのは、いずれ登場するであろう800G Transceiver Moduleのマーケットを掴むため、早期から手を打ったというあたりではないかと思う。もっとも、800Gに関しては、「そもそもモジュールになるのか?」という議論もあったりするのだが、これはいずれ解説したいが、果たしてこの皮算用が上手く行くのかはよく分からない。

2基縦積みの上側配線を除き、QSFP-DDモジュールとほぼ同じ。懸念は供給電源量

 それはともかく、その仕様を簡単に説明すると、見かけを見る限り今のQSFP-DDモジュールと大きく変わらないことが想定されているようだ。

QSFP-DD800のトップページに掲載されている写真。これがQSFP-DD800のメカニカルサンプルかどうかは少し怪しい。単にQSFP-DDのモジュールとコネクタの写真をそのまま流用している気もする。おそらく「写真はイメージです」なのだろう

 モジュールの機械的形状は以下の左で、これはQSFP-DD Pluggable ModuleのType-2(以下右)と同じとなっている。後方互換性に関してはQSFP-DDモジュールをQSFP-DD800コネクタに装着した場合、及びQSFP-DD800モジュールをQSFP-DDコネクタに装着した場合のどちらのケースでも400Gbpsで通信できることを目指しているようなので、物理的形状が異なるのは当然まずいだろう。

注釈には、Power class 1のcopper cableを利用する場合以外はQSFP-DDと同じ(copper cableを使う場合、底面の間隔が0.15mmまで許容される)とある。出典はQSFP-DD800 Specification Rev 1.0のFigure 3-1
QSFP-DDのType-1とType-2。さすがに800GはType-1では収まり切らない、と判断したようだ。出典はQSFP-DD Hardware Specification Rev 5.1のPage 43

 それにしても、800GのしかもCopperがPower Class 1(=Max Power 1.5W)で動くというのは、いくら何でもあり得ないだろうとは思うのだが、Specificationとしては、これも網羅しておかないとまずい、という判断なのだろう。

 一方のコネクタ、正確にはコネクタ/ケージ側は、QSFP-DDのときと同様に、モジュール1基の場合と縦積みで2基の場合が想定されている。問題はこの2基積みのケースだ。

 1基と2基積みの下側に関しては、QSFP-DDと同じ仕様で行けるとしており、実際に1基の場合は"The 1x1 mechanical outline for the 100Gb/s connector/cage for QSFP-DD800 will be identical to the QSFP-DD 1x1 connector/cage."となっている。

 "is identical"ではなく"will be identical"なあたりがやや心配(というか、なぜこんなに弱気なんだろうと思うが、おそらく仕様策定にあたって電気的なシミュレーションを行っておらず、"is identical"とまで言い切れないのではないかと筆者は疑っている)ではある。

これはコネクタメーカーが行けると判断(あるいは実際にテストを行って確認)した結果だろう。出典はQSFP-DD Hardware Specification Rev 5.1のFigure 38

 2基積みでも下側のコネクタはやはりQSFP-DDと同じなのだが、問題は上側だ。右はQSFP-DDの場合の2基積みコネクタの例だが、下側のコネクタはすぐ真下のプリント基板に接続できる。ところが上側のコネクタは基板から10mmほど垂直に配線を引き上げなければいけない。

 それでもQSFP-DDでは、これで50G×8の信号が通せるめどが立ったということで規格化されたが、100G×8はさすがに無理という判断があったようだ(これはまあ納得できる)。そこで、QSFP-DD800では上側のコネクタについて、以下のようにそこから直接配線を引っ張り出すという、なかなか強烈な実装を行うこととなった。

まるで光ファイバーを引っ張り出してるようにも見えなくはない。電源ラインは引き続きプリント基板から供給するとして、送受信8対16本については、ホストに接続する配線を直接引っ張り出す、という無茶なコンセプト図
右上の図と同じ構図の分解図。下側のコネクタは同じだが、上側の配線は凄いことに。出典はQSFP-DD800 Specification Rev 1.0のFigure 3-3(左)とFigure 3-5(右)

 今のところ大きく異なるのは、この2段積みケージのコネクタだけで、ほかはQSFP-DDとほぼ同じ、というのがQSFP-DD800である。それでもInformative Annexとして、ヒートシンクの情報や、EMI対策としてのクリップ(シールドケージとモジュールの密着度を上げることでEMIを効果的に減らそう、という意図の模様。ただ着脱が面倒にならないだろうか?)などが定義されている。だが、これらはオプション扱いで、まだ今後変わっていくだろう。

 最大の疑問は、「本当に電源が足りるの?」という点だ。以前も書いたがQSFP-DDは電源ピンが6本で、最大供給電力はClass 7で14Wでしかない。これで800Gを送受信するのは、かなり厳しそうに思える。

 また。QSFP-DD800のFAQによれば"In addition, changes are anticipated to the specification in the areas of thermal performance up to 24 watts, and more detailed EMI improvements.(加えて24Wまでの熱性能や、より詳細なEMIの改善など、仕様の変更が予定されています)"とはあるが、24Wを6本の電源ピン(3.3V)で供給しようとすれば、ピンあたり1.2Aほどとなるので、ちょっと厳しいところだ。。

 まさか、電源電圧を今さら5Vにするわけにも行かないだろうし(5Vにしてもまだ0.8A流れるのでちょっと怖い)、ひょっとすると後方互換性を保ちつつ電源/GNDピンを増やすつもりだろうか? このあたりは今後仕様がアップデートされるのを待たないと、判明しない部分である。

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大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/