期待のネット新技術

「FragAttack」を悪用した攻撃の足掛かりとなる脆弱性

【利便性を向上するWi-Fi規格】特別編(6)

 【光Ethernetの歴史と発展】編も、そろそろ終盤に差し掛かったところではあるが、既報の通り、ニューヨーク大学アブダビ校のMathy Vanhoef氏が発見した、Wi-Fiのプロトコルそのものに起因する脆弱性の仕組みや対処法について、解説していきたい。

 ちなみに、今回の脆弱性は、2017年に11月に「WPA2/WPA」の脆弱性を発見して公表したMathy Vanhoef氏が、オープンソースのWi-Fiスタックを分析し、IEEE 802.11の規格を体系的に調査していく中で新たに発見したものだそうだ。

「利便性を向上するWi-Fi規格」記事一覧

攻撃の足掛かりとなる脆弱性「Non-Con」「Plain. frag.」「Bcast. frag.」「Fake eapol」

 『【特別編3】脆弱性「FragAttack」を悪用する3つ目の攻撃シナリオとその手法』で紹介した「Fragment Cache Poisoning」の攻撃手法に関して言えば、手順はほぼMixed Key Attackと同じであり、実際に攻撃を行うためにはネットワークドライバーにパッチを当てる必要があったそうだ。

言うまでもなく赤が問題あり、緑が問題なし

 右の結果を見ると、Windowsと、Android、iOSは影響を受けておらず、また、業務用ルーターも影響とは無縁だ。その一方で、macOSと家庭用ルーター、さらにカメラやRaspberry Pi Nanoなどは全滅だ。

 Windows/Linuxのネットワークドライバー(左下の表)で言えば、影響するものとしないものが、さまざまにまじりあっている格好だ。右下の表を見ると、FreeBSDに関しては見事に全滅となっている一方で、NetBSDやOpenBSDには影響がない。

A-MSDUはLinuxが見事に全滅なので、Windowsの方が問題が多いとも一概には言いにくい。出典は"Fragment and Forge: Breaking Wi-Fi Through Frame Aggregation and Fragmentation"
FreeBSDやNetBSDは、そもそも対応ドライバーのある製品が減っている。ちなみに上の7つはClient Mode、下の4つはAccess Point Modeでの振る舞い

 さて、3種類の攻撃手法の説明は以上だが、テスト結果の一覧には、ほかにNon-Con.(Non-consecutive packet numbers)、Plain. frag.(Mixed plaintext and encrypted fragments)、Bcast. frag.(Broadcast plaintext fragments)、Fake eapol(Cloaking A-MSDUs as handshake frames/Cloaking A-MSDUs as handshake frames/EAPOL forwarding & fragmentation)という結果も示されている。

 これは、3種類の攻撃について、その足掛かりというか、攻撃の基礎となる脆弱性を単体で確認したものだ。これらの説明もしておこう。

Non-Con

 まずNon-Conは、「CVE-2020-26146」として認識されているが、要するにFragmentのパケット番号が連続しているかどうかのチェックをしないという脆弱性だ。

 受信側がこれを行わないと、受信したFragmentが同じFrameに属しているかどうかが確認できないことになる。今回のテストで言えば、Fragmentをサポートする68台の機器の内、実に52台がこの脆弱性を内包していた。この脆弱性を突いて、異なるパケットのFragmentを混ぜることでユーザーデータを流出させる攻撃が可能としている。

 この脆弱性は、CCMPとGCMP、それと再構成されたFrameが検証されていない場合にはTKIPにも影響を与える。面白いのは、2013年に導入されたGCMPでは暗号化されたFragmentが連続したPNを持たなければならない、とはSpecificationで要求されていなかったことだ。

 2015年にIEEE 802.11のWorkgroupがこの問題に気付き、GCMPでもPNのチェックを行うようSpecificationが改定された。ただ、これが理由で、LinuxのVersion 4.0~4.4でGCMPを利用すると、Fragmentを再構成する際にPNのチェックが行われないままとなっている。

Plain. frag.

 次のPlain. fragは、「CVE-2020-26147」として認識されており、暗号化されたFragmentと暗号化されない平文のままのFragmentを再構成してしまう、という脆弱性だ。これを悪用すると、攻撃者は暗号化されたFragmentを平文のFragmentへと置き換えられてしまう。以下がそのテストだ。


    左が黒、右が白の丸:最初のFragmentが暗号化されていることを要求、21台
    左が白、右が黒の丸:最後のFragmentが暗号化されていることを要求、9台
    黒の丸 :Fragmentの1つが暗号化されていることを要求、3台

 ほかに11台は平文だけのFrameも受け付けているが、これは「CVE-2020-26140」として認識されている脆弱性だ。また、9台が、平文のFragment Frameは受け付けるものの、Fragmentされていない平文のFrameは受け付けないという問題(CVE-2020-26143)を抱えており、前者は雷の、後者は「◎」のマークで示されている。68台のデバイスのうち53台が、このように何らかの脆弱性を抱えているわけだ。

 ちなみに、LinuxにおけるDefragmentationのインプリメントでは、FragmentのPNが連続しているかどうかをチェックすることでFragmentが暗号化されているかを確認する仕組みを採用している。

 ただ、その実装を見ると、Frameの復号後にPNをセッション変数に格納して、FragmentのPNと比較する仕組みになっているが、結果として(2つ目の)平文Fragmentを受信した際に、単に前のFragmentのPNと番号が連続しているかどうかだけをチェックしており、それが平文か暗号化されているかまでチェックしていない。

 このため、連続したPNを持つが異なるシーケンス番号の、有効な暗号化Fragmentをまず転送し、その後で正しいシーケンス番号を持つ平文Fragmentを注入するという手順で、このPNチェックを回避できるとしている。

Bcast. frag.

 Bcast. frag.は、本来FragmentされないBroadcast FrameをFragmentして送り付けた場合に、これを受け取ってしまうという問題である。実際、いくつかのデバイスは、このFragmentされたFrameを、FragmentしていないFrameとみなして処理してしまう。

 また、セキュアなネットワークで暗号化されていないBroadcast Fragmentが送信された際に、2回目以降のBroadcast Fragment Frameを受け入れてしまう機器も存在する。これは「CVE-2020-26145」として認識されている脆弱性でもある。

 これを悪用し、2つ目のFragment化されたFrameにパケットをカプセル化して注入することが可能だ。こちらの影響を受ける機種はそれほど多くはないが、それでも影響を受ける機種があることが、結果から確認できる。

 なお、先の表における「TWFM-B003D」に記された上が白で下が黒の丸は、4-way Handshakeの実行中にのみ、この問題の影響を受けるということを示している。

Fake eapol

 Fake eapolのうち、まずCloaking A-MSDUs as handshake framesについて。クライアントはネットワークに接続する際に平文の4-way Handshakeを受け入れるが、この際に実装を誤ると、平文のA-MSDUを注入できてしまう。これは「CVE-2020-26144」として認識されている脆弱性である。これを悪用して、4-way Handshakeを実行中に平文のA-MSDUを注入できるというものだ。

 実際、「AWUS036ACH」をWindows 10で利用している環境に対して、これを悪用した攻撃を行うと、BSOD(Blue Screen of Death)が発生した。さらに、一部製品の実装には、A-MSDUの最初の8Bytesが有効なLLC/SNAPヘッダーと一致する場合、それを削除して取り扱うというものがある。これはSpecificationにそぐわない実装で、攻撃を防ぐことができない。

 次がFake eapolのうちEAPOL forwarding & fragmentationだ。クライアントはネットワークに接続する際に、平文の4-way Handshakeを受け入れる必要がある。ただ、一部機種では、そのHandshakeのFrameが、ネットワーク上のほかのクライアントに宛てたものだったとき、送信側の認証が済んでいなくても、これを転送してしまうという脆弱性「CVE-2020-26139」がある。

 このFake eapolに関する2つの問題を抱えているのは、FreeBSDとNetBSD AP、ASUS「RT-N10」、Linksys「WAG320N」など特定の家庭向けアクセスポイントである。攻撃者はこれを悪用し、マルチチャネルのMitM(Man-in-the-Middle)ポジションを利用してA-MSDU攻撃を行える。

 WindowsやmacOSでの影響はないが、家庭用ルーター(と業務用でもLANCOM「LN-1700f」)では影響があるほか、FreeBSDも全滅に近い。また、Windowsでもドライバーの作り次第ではBSODが発生するため、問題は決して軽微と言えるものではない。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/