期待のネット新技術
最大600Mbpsの「IEEE 802.11n」、2×2 MIMOなどに対応、4年遅れでようやく標準化
【Wi-Fi高速化への道】(第3回)
2018年4月24日 06:00
現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。
一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている。
スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelやQualcomm、東芝が2018年度の出荷などを発表している。
2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている。
そこで今回は、2009年に策定された「IEEE 802.11n」の規格策定までの経緯や、当時の状況について解説する。(編集部)
「Wi-Fi高速化への道」記事一覧
- 20年前、最初のWi-Fiは1Mbpsだった……「IEEE 802.11/a」
- ノートPCへの搭載で、ついにWi-Fi本格普及へ「IEEE 802.11b/g」
- 最大600Mbpsの「IEEE 802.11n」、MIMO規格分裂で策定に遅れ
- 1300Mbpsに到達した「IEEE 802.11ac」、2013年に最初の標準化
- 「IEEE 802.11ac」のOptional規格、理論値最大6933Mbps
- 「IEEE 802.11ac」でスループット大幅増、2012年に国内向け製品登場
- 11ac Wave 2認証と、ビームフォーミングの実装状況
- 「IEEE 802.11ad」普及進まず、「IEEE 802.11ax」標準化進む
- 「IEEE 802.11ax」は8ユーザーの同時通信可能、OFDMAも採用
- 「IEEE 802.11ax」チップベンダーとクライアントの製品動向
- 11ad同様に60GHz帯を用いる「WiGig」、UWBの失敗を糧に標準化へ
- 最大7GbpsのWiGig対応チップセットは11adとの両対応に
- 11adの推進役はIntelからQualcommへ
- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
IEEE 802.11nはMIMO規格の分裂で策定が遅れ
さて、2006~2007年頃から普及を始めたIEEE 802.11a/gを利用すれば、最大54Mbpsの帯域が利用できるようになったわけだが、実効性能という点からは、せいぜい半分強の30Mbps程度まで性能は落ちる。2006年頃と言えば、有線LANでは100BASE-TXが普及してきており、速度はこれに比べて見劣りする。加えて言えば、「もっとカバーレンジを広く」というニーズも、やはり出ることになった。
これを見越して、IEEEは802.11nのTG(Technical Group)を2003年に立ち上げ、次世代規格に関しての標準化作業を開始していた。ただその配下に各WGが結成された当時、2007年頃には標準化作業が完了するものと思われていたが、まず2006年に予定されていたドラフト1.0が2008年へと延期された後、最終的には2009年までずれ込んでしまった。
この原因は、WG内に2つのグループがあり、どちらも過半数の票が取れないまま拮抗するという状況がしばらく続いたことによる。Atheros Communicationsが推進役の「TGnSync」というグループが「MIMO-SDM」という方式を、Airgo Networksが推進役の「WWiSE」というグループが「MIMO-OFDM」という方式をそれぞれ推していたわけだ。
厄介なのは、MIMO-OFDMとMIMO-SDMの両者で共通しているのが、MIMOをベースとしている「だけ」であり、ほかはまったく異なる技術だったことだ。このため、折衷案を出すこともできなかった。
最終的には「EWC(Enhanced Wireless Consortium)」という新しいグループが結成され、ここが出した案が採択されるに至る。そのベースはTGnSyncのMIMO-OFDMに近いものとなったのだが、これは技術的な面というより、遅々として進まない進行にしびれを切らしたEWCの推進役であるIntelが強引に押し切った、と言う方が実情に近い。ただ、このEWCの出した案をベースとしたドラフト案も、いったんは否決されたりするなど、EWCの結成後もそれほど迅速に進行したわけではなかった。
Linksysを皮切りに多くのメーカーが"Pre 11n"製品を大挙して発売
実はこうしたIEEE 802.11n WGの進行の遅さにしびれを切らしたのは、Intelだけではなかった。勝手にMIMOに対応した製品を投入したベンダーが、少なからずあったのだ。
米Linksysは2005年、「SRX(Speed and Range eXpansion)」と呼ばれる「独自」技術を盛り込んだ「WRT54GX」というWi-Fiルーターを投入している。これは3本のアンテナを使い、最大8倍の速度アップ、ないし3倍の到達距離が可能とうたわれたものだった。利用されていたのは、最大108Mbpsでの通信が可能になるというAirgoのチップセットだ。
実はこのWRT54GXは、2005年末に米国で実際に購入し、ついでに性能評価もしてみたのだが、ホテルで使ってみると、見通し距離で100m近くまでWi-Fi接続ができることを確認できた。
当時、これらの製品は飛ぶように売れていた。これは、それだけ高速化や到達距離延長へのニーズが高かったことの裏返しでもある。その結果、2007年頃には多くのメーカーが"Pre 11n"製品を大挙して発売することになった。もちろんこの時点では、まだIEEE 802.11nそのものの標準化作業が終わっていないので、ドラフトをベースとして製品化が行われたものである。
各メーカーは「標準化完了後にファームウェアアップデートを行うことでIEEE 802.11n準拠となる」と説明したが、実際にはドラフト 1.0が却下されたりした結果、ファームウェアアップデートでは対応し切れない違いが出て来てしまい、結局、一度"Pre 11n"製品を廃番として、新しいドラフト規格に準拠した製品を改めて"Pre 11n"としてラインナップするといった騒ぎになったりした。
ただ、幸いにもこの当時、クライアント側のIEEE 802.11nの普及はそれほどでもなく、またIEEE 802.11nでの接続はできなくてもIEEE 802.11g相当では通信できたため、最終的にそれほど問題となることはなかった。そして2009年にIEEE 802.11nの標準化が完了し、これに正式対応した製品が順次投入されることになる。
2005年のJ52廃止に続き、2007年にも電波法が改正、W56の利用が可能に
日本国内に関しては、前回の最後でも触れたように、2005年に5GHz帯に関して段階的な開放が行われたが、これに加えて2007年1月31日に総務省告示第48号(無線設備規則第四十九条の二十第三号ワ及び第四号のホの規定に基づく小電力データ通信システムの無線局の無線設備の技術的条件)として、5470MHz~5725MHz(W56)の利用が可能になっている。
これもやはりW52/W53と同じく、“世界(主に米国)で利用できる機器が、そのままでは国内で利用できないのは問題”という声が強く、これに対応したと思える。この時期には本来、IEEE 802.11nの標準化作業が終了しているはずだったわけで、それに間に合うように法令が改正されたかたちだろう。もっとも日本の場合、5250MHz~5850MHzの帯域を気象レーダーが利用しているため、これと周波数が被るW52/W53の利用はあくまでも屋内に限られていたが、W56は5GHz帯では初めて、屋外での利用が可能となった。
11gに2×2 MIMOなど追加、「IEEE 802.11n」では最大600Mbpsに
ちなみに、最終的に落ち着いたIEEE 802.11nの仕様は、言ってみればIEEE 802.11gに2×2のMIMOを加えたようなものとなった。以下の図は2×2 MIMOの場合の内部構成をまとめたものだが、11nの仕様としては、最大4×4 MIMOまでをサポートしている。
細かく言えば、ほかにも「チャンネルボンディング」「変換効率の改善」などの仕様改定が入っている。
チャンネルボンディングは、隣接するチャネルを両方利用することで、40MHzの帯域を確保できる仕組みとなる。また変調効率については、IEEE 802.11gと同じく64QAMまでのデータ変調方式をサポートするほかに、IEEE 802.11gでは3/4どまりだったCoding Rateに「5/6」が追加されている。
また、IEEE 802.11gまで800nsと規定されていた通信と通信の間の混線防止期間(GI:Guard Interval)について、400nsを新たに追加し、Short GIをサポートした。これらの仕様変更の結果、理論上の最大転送レートは、IEEE 802.11gの54Mbpsに対し、IEEE 802.11nでは600Mbpsに達している。
もっとも、Short GIや2×2 MIMOあたりまではまだしも、混雑した2.4GHz帯でのチャンネルボンディングはほとんど無理であり、また2×2を超える構成のMIMOを実装した製品についても、アンテナを3本以上立てる必要がある困難さから、アクセスポイントはともかくクライアントはほとんど存在していなかった。こうしたことから、実効性能で言えばIEEE 802.11gよりはマシとは言え、100Mbpsを出せるかどうか、というあたりでしばらくは推移していた。
またIEEE 802.11nでは、2.4GHz帯はともかく5GHz帯のサポートを必須要件としなかった。この結果、高価格帯の製品は2.4GHz帯と5GHz帯の両対応だった一方、低価格向けではIEEE 802.11n準拠としつつ2.4GHz帯のみをサポートする製品も多かった。このことが、次のIEEE 802.11acで問題になるわけだ。
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- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
次回は、「IEEE 802.11ac」規格や普及の状況などについて、解説していきます。
【お詫びと訂正 12:01】
記事初出時、W56の利用が屋外のみに限られるとの記述がありました。W56は、屋外での利用が可能であるため、本文の記述を一部変更しました。