期待のネット新技術
次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」、11のユーセージモデルを想定
【Wi-Fi高速化への道】(第14回)
2018年7月10日 06:00
現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。
一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている。
スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelやQualcomm、東芝が2018年度の出荷などを発表している。
2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている。
そこで今回は、策定中の標準規格「IEEE 802.11ay」について解説する。(編集部)
「Wi-Fi高速化への道」記事一覧
- 20年前、最初のWi-Fiは1Mbpsだった……「IEEE 802.11/a」
- ノートPCへの搭載で、ついにWi-Fi本格普及へ「IEEE 802.11b/g」
- 最大600Mbpsの「IEEE 802.11n」、MIMO規格分裂で策定に遅れ
- 1300Mbpsに到達した「IEEE 802.11ac」、2013年に最初の標準化
- 「IEEE 802.11ac」のOptional規格、理論値最大6933Mbps
- 「IEEE 802.11ac」でスループット大幅増、2012年に国内向け製品登場
- 11ac Wave 2認証と、ビームフォーミングの実装状況
- 「IEEE 802.11ad」普及進まず、「IEEE 802.11ax」標準化進む
- 「IEEE 802.11ax」は8ユーザーの同時通信可能、OFDMAも採用
- 「IEEE 802.11ax」チップベンダーとクライアントの製品動向
- 11ad同様に60GHz帯を用いる「WiGig」、UWBの失敗を糧に標準化へ
- 最大7GbpsのWiGig対応チップセットは11adとの両対応に
- 11adの推進役はIntelからQualcommへ
- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
45GHz以上の周波数帯で20Gbps超を目指す「IEEE 802.11ay」
IEEE 802.11adの失速は2016年あたりから顕著になり、2017年には決定的になった、というのが筆者なりの見解だ。ただし、Qualcommなどは、まだIEEE 802.11adにそれなりの活路を見出そうとしているから、業界全体としての見解とは、まだ言えないだろう。
こうした状況ではあるが、11adの失速が明確になる以前の2014年9月、IEEEは次世代の60GHz帯無線LAN規格に関しての研究を行う「NG60SG(Next Generation 60GHz Study Group)」を立ち上げ、検討を開始している。
とはいえ、IEEE 802.11adの立ち上げ時に比べると、既に技術的な基本要素は固まっており、新規に検討を要する難易度の高い問題はそれほどなかったようで、このNG60SGは1年半後の2015年3月、IEEEに対してTG(Task Group)移行への提案を行って活動を終了している。この提案はほぼそのまま受け入れられ、同じ2015年3月にIEEEは「TGay(Task Group ay)」を立ち上げている。
ちなみにこのTGay設立時の「PAR(Project Authorization Request)」に記載された目標は、45GHz以上の周波数を利用して20Gbpsを超える転送速度を実現する、というものだった。
その理由としては、EthernetやHDMI、USB、DisplayPortといった高速なインターフェースはいずれも10Gbpsを超えており、これらの代替となるには、より高速な帯域が必要だから、としている。結局のところ、既存のIEEE 802.11adはピーク帯域がIEEE 802.11acとさほど変わらなかった。IEEE 802.11aの際にも繰り返された通り、より広帯域という差別化要因がなければ普及は難しいことは、ある意味で当然である。
TGayによる11ayを用いたユーセージモデル
そんなわけで、2015年からTGayが仕様策定に向けて活動を始めたわけだが、TGayが現時点(2018年5月現在:ドキュメントの作成は2017年11月)でユーセージモデルとして挙げているのが以下である。なお、各画像の出典はTGayの「IEEE 802.11 THay Use Cases(11-15/0625r7)」だ。
1. USR Communication
Kioskや駅に設置された端末で、高速にコンテンツを移動するというもの。USRはUltra Short Rangeの略で、この場合の通信距離は平均で10cm以下を想定している。
2. 8K UHD Wireless Transfer
これはもう見ての通りだ。想定されるフォーマットは、8K UHD、60fps、8bit Color、4:2:2となる。非圧縮では28Gbpsもの帯域となるので、普通に考えれば有線接続が必要ということになるが、これをIEEE 802.11ayならば代替できるとする。ちなみに到達距離は平均5mだそうで、部屋越しの通信は考慮していない。同一室内での転送がメインということだろう。
3. AR/VR Headset
なぜこれを列車の中で観なければいけないのか、よく分からない部分はあるのだが、VRヘッドセットで左右とも4K/120fps表示の場合、大まかに言うと20Gbpsほどの帯域が必要になり、IEEE 802.11adでも若干足りないシーンもある。特に多人数が同時に使うケースでは、むしろ通信との干渉が大きな問題になるため、60GHz帯はむしろ向いていると言えるかもしれない。ちなみに到達距離は最大5mほどとする。
4. Data Center
ラック間接続の“バックアップ”用途に最適、という新たな提案である。昨今だとラック間接続は10Gbpsでは既に足りず、40Gbpsに移行し始めており、それも1本では足りないのでリンクアグリゲーション構成としているとの話を聞く。どこまで現実的なのかはよく分からないが、昨今のサーバーの場合、高い稼働率を保つためにはネットワークに関しても冗長配線を設けることが望ましい。
ところがご存知の通りデータセンターのラック間は既に配線の山であり、ここに60GHz帯の無線を利用することで、新たな配線の敷設なしで冗長性を確保できる、という話である。隣接ラック間は大体4フィート(1.2m)程度なので、これで繋いでいく(なので、例えばDからAまではD→C→B→A→E→Fという5ホップとなる)かたちを考慮しているようだ。
5. データ配信
ビデオをはじめとしたデータブロードキャスティング、あるいはVoDシステムの接続をに利用するという話。教室や大規模なホール、展示会場などでビデオ配信を行う場合、配線が大変というのは、経験したことのある方はお分かりかと思う。これを無線化するだけでだいぶ楽になるわけだ。
飛行機や鉄道、バスなどでは、シート内にアクセスポイントを設置することで、多数のモニターを同時に接続できるとしている。ちなみに到達距離は、このDining Hallのケースでは最大100m以内(部屋の角から反対の角まで)と考えられるが、建物のシーリング内にアクセスポイントを埋め込むことを想定しているため、実際にはもっと短いと考えられる。
6. Mobile Offloading/MBO(Multi-Band Operation)
基本的なアイディアは、要するにWi-Fiオフローディングに60GHz帯も加えようという話である。屋内に関しては、確かにこれが有効な場合もあるだろう。
7. Mobile Fronthauling
これは基地局(BBU:Base Band Unit)とリモートラジオ(RRH:Remote Radio Head)の間をIEEE 802.11ayで繋ぐというもの。実はこのFronthaulingと、次のBackhaulに関しては、IEEE 802.11ayや802.11adよりもかなり以前から、マイクロ波を利用した接続が使われてきた。
特に途上国のようにインフラが整っておらず、かつ距離があるところに基地局を設置する場合や、国内でもそれこそ山岳部の山頂などに基地局を設置する場合、有線では敷設や維持のコストが膨大なものになる。そこでマイクロ波を使ってこれを繋ごう、という話は昔からある。有名なところでは、NECが1984年から「PASOLINK」というブランドで、こうしたマイクロ波の通信システムを提供してきており、現在も広く利用されている。こうした用途の一部代替を狙おう、というわけだ。
8. Wireless Backhaul
Mobile Fronthaulingと同様だが、こちらはアクセスポイント同士を繋ぐかたちだ。用途としては、例えば最近スマートシティなどでさまざまなLPWA(Low Power Wiress Access)の規格が登場しているが、こうしたものをインターネットに接続するための仕組みがどこかで必要になる。ここにIEEE 802.11ayを使えば、最大5ホップまでをカバーし、かつアクセスポイントあたり2Gbps程度まで(全体では~20Gbps程度)の帯域が利用可能なので、低価格かつ広帯域なインフラが容易に構築できることになる。
9. Office Docking
フリーアドレス式のオフィスなどで、端末と周辺機器の接続に利用することが想定されている。平均すると端末同士の間隔は1~3mの範囲であり、これで干渉を起こさずに広帯域のI/O(ネットワークだけでなく画面やストレージ、プリンターなどへのアクセス)を容易に実現できるとしている。
10. mmWave Distribution Network
以前、「アクセス回線10Gbpsへの道」として掲載したPONシリーズを彷彿させるが、要するにOLTとONUの間に60GHz帯のネットワークを挟むことで、この間に光ファイバーを敷設しなくても済むようにしよう、というもの。既に敷設が完了している地域には何のメリットもないが、これからカバー範囲を広げたいようなケースでは、考慮する価値があるという提案だ。
ちなみに図にある「DN(Distribution Network)」同士は、設置場所が電柱の場合で最大300m以内、建物の屋上だと最大1000mという気前のいい数字が出ている。一方、DNから家庭やビルまでは100m以内となっている。
11adのユーセージモデルとの比較
さて、ここまでに挙げた11ayのユーセージモデルを、以前挙げられていたIEEE 802.11adのユーセージモデルと比べると、ちょっと興味深いものがある。
- Wireless Display(2と5に相当)
- Distribution of HDTV(2と5に相当)
- Rapid Upload/Download(強いて言えば1に近い)
- Backhaul(8に近いが、Single Hopのみ)
- Outdoor Campus/Auditorium(5の一部+8の一部)
- Manufacturing Floor(IEEE 802.11ayに該当するものなし)
つまり、VR/ARやData Center、Mobile Fronthauling、Distribution Networkなどが、11ayで新たに加わったものだ。Office DockingやUSR Wireless Dockingも新規ではあるが、これはIEEE 802.11adベースで製品が出ていたから、これはユーセージモデルのリフレッシュといった感じになるだろうか。
では、こうした11ayのユーセージモデルが、いかにして実現可能とされるのかを、次回に紹介していこう。
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- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
次回は、「IEEE 802.11ay」のユーセージモデルの実現方法について解説していきます。