期待のネット新技術

次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」、11のユーセージモデルを想定

【Wi-Fi高速化への道】(第14回)

 現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。

 一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている

 スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelQualcomm東芝が2018年度の出荷などを発表している。

 2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている

 そこで今回は、策定中の標準規格「IEEE 802.11ay」について解説する。(編集部)

45GHz以上の周波数帯で20Gbps超を目指す「IEEE 802.11ay」

 IEEE 802.11adの失速は2016年あたりから顕著になり、2017年には決定的になった、というのが筆者なりの見解だ。ただし、Qualcommなどは、まだIEEE 802.11adにそれなりの活路を見出そうとしているから、業界全体としての見解とは、まだ言えないだろう。

 こうした状況ではあるが、11adの失速が明確になる以前の2014年9月、IEEEは次世代の60GHz帯無線LAN規格に関しての研究を行う「NG60SG(Next Generation 60GHz Study Group)」を立ち上げ、検討を開始している。

 とはいえ、IEEE 802.11adの立ち上げ時に比べると、既に技術的な基本要素は固まっており、新規に検討を要する難易度の高い問題はそれほどなかったようで、このNG60SGは1年半後の2015年3月、IEEEに対してTG(Task Group)移行への提案を行って活動を終了している。この提案はほぼそのまま受け入れられ、同じ2015年3月にIEEEは「TGay(Task Group ay)」を立ち上げている。

 ちなみにこのTGay設立時の「PAR(Project Authorization Request)」に記載された目標は、45GHz以上の周波数を利用して20Gbpsを超える転送速度を実現する、というものだった。

 その理由としては、EthernetやHDMI、USB、DisplayPortといった高速なインターフェースはいずれも10Gbpsを超えており、これらの代替となるには、より高速な帯域が必要だから、としている。結局のところ、既存のIEEE 802.11adはピーク帯域がIEEE 802.11acとさほど変わらなかった。IEEE 802.11aの際にも繰り返された通り、より広帯域という差別化要因がなければ普及は難しいことは、ある意味で当然である。

TGayによる11ayを用いたユーセージモデル

 そんなわけで、2015年からTGayが仕様策定に向けて活動を始めたわけだが、TGayが現時点(2018年5月現在:ドキュメントの作成は2017年11月)でユーセージモデルとして挙げているのが以下である。なお、各画像の出典はTGayの「IEEE 802.11 THay Use Cases(11-15/0625r7)」だ。

1. USR Communication

USR Communicationの例。駅でSuicaをタッチするのと同じような感じで端末間転送をするというもの。決済系を代替したいというわけではない

 Kioskや駅に設置された端末で、高速にコンテンツを移動するというもの。USRはUltra Short Rangeの略で、この場合の通信距離は平均で10cm以下を想定している。

2. 8K UHD Wireless Transfer

例えばH.265圧縮なら帯域は減るが、10bit Colorだと逆に帯域は増えることになるので、当面は妥当なものか?

 これはもう見ての通りだ。想定されるフォーマットは、8K UHD、60fps、8bit Color、4:2:2となる。非圧縮では28Gbpsもの帯域となるので、普通に考えれば有線接続が必要ということになるが、これをIEEE 802.11ayならば代替できるとする。ちなみに到達距離は平均5mだそうで、部屋越しの通信は考慮していない。同一室内での転送がメインということだろう。

3. AR/VR Headset

もちろん技術的には、列車内や航空機内での提供も可能だろうが、通常の使い方は、むしろ左下の写真の方だろう

 なぜこれを列車の中で観なければいけないのか、よく分からない部分はあるのだが、VRヘッドセットで左右とも4K/120fps表示の場合、大まかに言うと20Gbpsほどの帯域が必要になり、IEEE 802.11adでも若干足りないシーンもある。特に多人数が同時に使うケースでは、むしろ通信との干渉が大きな問題になるため、60GHz帯はむしろ向いていると言えるかもしれない。ちなみに到達距離は最大5mほどとする。

4. Data Center

シナリオによれば、メインの10GbEがダウンした場合、ToR(Top of Rack)スイッチがこれを直ちに検出、IEEE 802.11ayのリンクをUpさせて利用する。この切り替えを100ms以内で実現できるとしている

 ラック間接続の“バックアップ”用途に最適、という新たな提案である。昨今だとラック間接続は10Gbpsでは既に足りず、40Gbpsに移行し始めており、それも1本では足りないのでリンクアグリゲーション構成としているとの話を聞く。どこまで現実的なのかはよく分からないが、昨今のサーバーの場合、高い稼働率を保つためにはネットワークに関しても冗長配線を設けることが望ましい。

 ところがご存知の通りデータセンターのラック間は既に配線の山であり、ここに60GHz帯の無線を利用することで、新たな配線の敷設なしで冗長性を確保できる、という話である。隣接ラック間は大体4フィート(1.2m)程度なので、これで繋いでいく(なので、例えばDからAまではD→C→B→A→E→Fという5ホップとなる)かたちを考慮しているようだ。

5. データ配信

11adであればそもそも干渉しないから問題ないと言い切れそうなのだが、展示会場などでは、一歩間違えると隣のブースと激しく干渉しかねない気もする……

 ビデオをはじめとしたデータブロードキャスティング、あるいはVoDシステムの接続をに利用するという話。教室や大規模なホール、展示会場などでビデオ配信を行う場合、配線が大変というのは、経験したことのある方はお分かりかと思う。これを無線化するだけでだいぶ楽になるわけだ。

 飛行機や鉄道、バスなどでは、シート内にアクセスポイントを設置することで、多数のモニターを同時に接続できるとしている。ちなみに到達距離は、このDining Hallのケースでは最大100m以内(部屋の角から反対の角まで)と考えられるが、建物のシーリング内にアクセスポイントを埋め込むことを想定しているため、実際にはもっと短いと考えられる。

6. Mobile Offloading/MBO(Multi-Band Operation)

ただし、これはIEEE 802.11ayでなくてもいい話ではある

 基本的なアイディアは、要するにWi-Fiオフローディングに60GHz帯も加えようという話である。屋内に関しては、確かにこれが有効な場合もあるだろう。

7. Mobile Fronthauling

通常は光ファイバーでBBUとRRHを繋ぐが、光ファイバーが敷設できないような場所にはこの方式が使えるとする。ちなみに到達距離は最大200m未満、速度はおおむね20Gbps程度とされる

 これは基地局(BBU:Base Band Unit)とリモートラジオ(RRH:Remote Radio Head)の間をIEEE 802.11ayで繋ぐというもの。実はこのFronthaulingと、次のBackhaulに関しては、IEEE 802.11ayや802.11adよりもかなり以前から、マイクロ波を利用した接続が使われてきた。

 特に途上国のようにインフラが整っておらず、かつ距離があるところに基地局を設置する場合や、国内でもそれこそ山岳部の山頂などに基地局を設置する場合、有線では敷設や維持のコストが膨大なものになる。そこでマイクロ波を使ってこれを繋ごう、という話は昔からある。有名なところでは、NECが1984年から「PASOLINK」というブランドで、こうしたマイクロ波の通信システムを提供してきており、現在も広く利用されている。こうした用途の一部代替を狙おう、というわけだ。

8. Wireless Backhaul

この例は、利用者がIEEE 802.11ay対応の端末を保持しており、この端末経由でネットワークにアクセスできる前提になっているが、別に端末以外であっても問題はない

 Mobile Fronthaulingと同様だが、こちらはアクセスポイント同士を繋ぐかたちだ。用途としては、例えば最近スマートシティなどでさまざまなLPWA(Low Power Wiress Access)の規格が登場しているが、こうしたものをインターネットに接続するための仕組みがどこかで必要になる。ここにIEEE 802.11ayを使えば、最大5ホップまでをカバーし、かつアクセスポイントあたり2Gbps程度まで(全体では~20Gbps程度)の帯域が利用可能なので、低価格かつ広帯域なインフラが容易に構築できることになる。

9. Office Docking

このシナリオそのものは以前も良く出てきた話だが、IEEE 802.11ayならではのものとして、最大8Kのモニター×2という例を挙げている

 フリーアドレス式のオフィスなどで、端末と周辺機器の接続に利用することが想定されている。平均すると端末同士の間隔は1~3mの範囲であり、これで干渉を起こさずに広帯域のI/O(ネットワークだけでなく画面やストレージ、プリンターなどへのアクセス)を容易に実現できるとしている。

10. mmWave Distribution Network

日本以外で言えば、100Mbps出れば御の字のところもまだ少なくないため、考慮の余地があるのは事実だ。ただ日本では既に1Gbpsが当然で、10Gbpsのサービスすら複数始まっていることを考えると、あまり意味がない気もする

 以前、「アクセス回線10Gbpsへの道」として掲載したPONシリーズを彷彿させるが、要するにOLTとONUの間に60GHz帯のネットワークを挟むことで、この間に光ファイバーを敷設しなくても済むようにしよう、というもの。既に敷設が完了している地域には何のメリットもないが、これからカバー範囲を広げたいようなケースでは、考慮する価値があるという提案だ。

 ちなみに図にある「DN(Distribution Network)」同士は、設置場所が電柱の場合で最大300m以内、建物の屋上だと最大1000mという気前のいい数字が出ている。一方、DNから家庭やビルまでは100m以内となっている。

11. USR Wiresss Docking

最大転送速度が10Gbps程度、レイテンシーが10~50msに加えて、消費電力が低い点を訴求ポイントにしているあたりも、IEEE 802.11adの反省からかもしれない

 このワイヤレスドックが最後に出てくるあたりが、IEEE 802.11adからの反省がいろいろある気はするのだが、当然ながら一応こうした用途はあり得るだろう。

11adのユーセージモデルとの比較

 さて、ここまでに挙げた11ayのユーセージモデルを、以前挙げられていたIEEE 802.11adのユーセージモデルと比べると、ちょっと興味深いものがある。

  • Wireless Display(2と5に相当)
  • Distribution of HDTV(2と5に相当)
  • Rapid Upload/Download(強いて言えば1に近い)
  • Backhaul(8に近いが、Single Hopのみ)
  • Outdoor Campus/Auditorium(5の一部+8の一部)
  • Manufacturing Floor(IEEE 802.11ayに該当するものなし)

 つまり、VR/ARやData Center、Mobile Fronthauling、Distribution Networkなどが、11ayで新たに加わったものだ。Office DockingやUSR Wireless Dockingも新規ではあるが、これはIEEE 802.11adベースで製品が出ていたから、これはユーセージモデルのリフレッシュといった感じになるだろうか。

 では、こうした11ayのユーセージモデルが、いかにして実現可能とされるのかを、次回に紹介していこう。

 次回は、「IEEE 802.11ay」のユーセージモデルの実現方法について解説していきます。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/