期待のネット新技術
最大7Gbpsの「WiGig」対応チップセットは11adとの両対応に
【Wi-Fi高速化への道】(第12回)
2018年6月26日 06:00
現在、高速なWi-Fiアクセスポイントとして普及が進んでいる「IEEE 802.11ac」の最大転送速度は、8ストリーム時の理論値で6.9Gbpsとなっているが、国内で販売されているWi-Fiアクセスポイントは4ストリームまでの対応で最大2167Mbps、クライアント側は2ストリームまでで最大867Mbpsの転送速度となっているのが現状だ。
一方、理論値では最大転送速度が9.6Gbpsに達し、混雑下での速度向上も目指す「IEEE 802.11ax」が現在策定中だ。このドラフト規格に対応し、最大2.4GbpsのWi-Fiアクセスポイント機能を備えたホームゲートウェイが、KDDIが3月より提供を開始した「auひかり ホーム10ギガ/5ギガ」のユーザーに向けて、すでに提供されている。
スマートフォンやPCなど、Wi-Fi子機向けの11ax対応チップについては、IntelやQualcomm、東芝が2018年度の出荷などを発表している。
2.4GHz帯と5GHz帯を用いる11axに対し、60GHz帯を用いて最大転送速度6.8Gbpsを実現している「IEEE 802.11ad」に対応する機器も、すでにネットギアジャパンから販売されている。
そこで今回は、60GHz帯を用いた無線伝送の規格である「WiGig」の標準化仕様と、標準化以降の「IEEE 802.11ad」との関係について解説する。(編集部)
「Wi-Fi高速化への道」記事一覧
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- ノートPCへの搭載で、ついにWi-Fi本格普及へ「IEEE 802.11b/g」
- 最大600Mbpsの「IEEE 802.11n」、MIMO規格分裂で策定に遅れ
- 1300Mbpsに到達した「IEEE 802.11ac」、2013年に最初の標準化
- 「IEEE 802.11ac」のOptional規格、理論値最大6933Mbps
- 「IEEE 802.11ac」でスループット大幅増、2012年に国内向け製品登場
- 11ac Wave 2認証と、ビームフォーミングの実装状況
- 「IEEE 802.11ad」普及進まず、「IEEE 802.11ax」標準化進む
- 「IEEE 802.11ax」は8ユーザーの同時通信可能、OFDMAも採用
- 「IEEE 802.11ax」チップベンダーとクライアントの製品動向
- 11ad同様に60GHz帯を用いる「WiGig」、UWBの失敗を糧に標準化へ
- 最大7GbpsのWiGig対応チップセットは11adとの両対応に
- 11adの推進役はIntelからQualcommへ
- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
「WiGig version 1.0」の基本仕様
2009年にIEEE 802.11adが活動を開始するとともに、並行してWiGigの標準化作業がスタートした。WiGig Allianceの結成後、わずか7カ月後の12月には「WiGig version 1.0」がリリースされている。その基本的なスペックは以下の通りだ。
- 最大転送レート7Gbps
- IEEE 802.11のMAC層に追加機能を加えるかたちで、IEEE 802.11への後方互換性を確保
- 物理層は低消費電力と高性能、および相互運用性を保証
- 「PAL(Protocol Adaption Layer)」では、PC周辺機器用バス(Wireless USBの代替)や、HDTV/モニター/プロジェクターの出力(WirelessHD/WiDi/WHDIの代替)に向け開発
- ビームフォーミングを利用し、10m以上の距離の伝送を可能に
従来のWi-Fiと大きく異なるのは、1つのアクセスポイントで屋内全部をカバーするのは無理だと最初から分かっていることから、アクセスポイント同士が通信を行う「PBSS(Personal Basic Service Set)」という通信モードが当初から追加されているあたりだろう。
細かいところでは、ビーコンや拡張制御フレームを新たに追加し、また最大フレーム長を7920Bytesにしたほか、複数のデータフレームを連鎖して通信する方法である「A-MPDU(Aggregation MAC Protocol Data Unit)」の最大データ長を64KBから256KBへ拡張するなどの変更もなされている。
その後、細かな修正などを施したversion 1.1もリリースされるが、基本的には大きな違いはない。
利用する周波数帯域は57.24~70.20GHz(中心周波数は58.32GHz~69.12GHz)で、これを6つのチャネルに分けている。チャネルあたりの周波数幅は2.16GHzだが、この6チャネルを全部利用できるのは米国だけで、ほかの国では法規制によって利用できないチャネルがあったりした。
例えば日本の場合、利用できるのは59~66GHzの範囲なので、チャネル2~4の3チャネル分しか使えないことになる。ただ、実際には、これが大きな問題とはなりにくかった。最大の理由は到達範囲の短さである。上のリストでは、ビームフォーミングを利用すれば10m以上の到達距離も可能としていたが、これは多分に理想論というか「技術的に不可能ではない」レベルの話で、実質的には数m(実際の製品レベルでは、10mではなく10フィートというのが実情に近い)でしかない。
この範囲内に複数のWiGig対応ルーターが混在して、それぞれが干渉するというシナリオは、現実問題として考えにくい。もちろん可能性はないわけではないが、現在の2.4GHz/5GHz帯のように、近隣の家庭やオフィス、あるいは公衆無線LANの電波が干渉しまくるという状況とは無縁だろう。
むしろ問題は、空気中での電波減衰が著しい(酸素分子共鳴と干渉して電波が減衰する)上に、直進性が強すぎるためルーターとデバイスの間に人が立っただけで繋がらなくなることの方で、これらに比べれば、チャネル数の少なさは問題にならないと判断された。
一次変調方式はDSSS/OFDM、二次変調はBPSK/QPSK/16QAM/64QAMをサポートしており、理論上の最大スループットは、OFDM、64QAMでCoding Rateを13/16にした場合に6756.75Mbpsとなっていた。IEEE 802.11系と異なり、チャネルあたりの帯域が何しろ広いので、あまり無理をしなくてもスループットは簡単に稼げたわけだ。
WiGigで追加されたモードは、DSSS+BPSKないしQPSKを利用する「Low-power single-carrier」というもので、転送速度は最大でも2.5Gbpsに抑えられるが、LDPC符号を止めてRS(Read-Solomon)符号+Block符号とすることで演算処理を簡略化し、その分通信時の消費電力が減らせる点が特徴となる。このモードは、バッテリー駆動の小型機器向けに追加されたようだが、そうした製品は最終的に世の中に1つも出ていない。
WiGig | |
通信モード | PBSS |
A-MPDUの最大データ長 | 256KB |
周波数帯域 | 57.24~70.20GHz |
最大チャネル数 | 6 |
1チャネルあたりの周波数幅 | 2.16GHz |
一次変調 | DSSS/OFDM |
二次変調 | BPSK/QPSK/16QAM/64QAM |
最大転送速度 | 6756.75Mbps |
WiGig AllianceとWi-Fi Allianceの合併
さて、WiGig version 1.0/1.1が定まったこともあり、ベンダー各社は一斉にチップセットの開発に取り組んだ。実は当初、Intelなどは60GHz帯のチップセットをCMOSで製造できるかを疑っていたらしい。ところがSiBeamが2008年に90nm、2009年には65nm CMOSでWirelessHD向けのチップセットを製造できることを示したことで、各社一斉にチップセットの製造に勤しむことになる。
もっとも、こうしたチップセットが完成する前に、WiGig Allianceに変化があった。2010年に入ってすぐ、WiGig AllianceとWi-Fi Allianceの協業が発表される。そして同11月、「WiGig version 1.0 A/V and I/O Protocol Adaption Layer(PAL) Specification」がリリースされる。これは、先に少し記したWiGigにUSBあるいは画面出力を通すためプロトコル層で、WiGigを使った画面出力は「WDE(WiGig Display Extension)」、WiGigを利用したUSB接続は「WSE(WiGig Serial Extension)」と呼ばれている。これが定まったことで、この後にはWDEに対応したアプリケーションが開発されていくことになる。
同じ2010年11月にはVESAとの協業も発表され、次世代のWireless Display技術について共同で開発を行うことになった。2年ほど経過した2012年12月、IEEE 802.11adの標準化が完了し、「IEEE 802.11ad-2012」としてリリースされる。そして翌2013年に入ってすぐ、WiGig AllianceとWi-Fi Allianceの合併がアナウンスされ、同3月には合併作業が完了している。もっとも、合併後もWiGigの名前は残り、WiGigのテクノロジーもそのまま維持されることが発表されてはいる。
WiGig対応チップセットは11adとの両対応に
「発表されてはいる」という持って回った言い方なのは、実際にはチップセットベンダーはずっと前からこの合併を当然のものとして受け止め、チップセット自身もWiGigだけでなく、IEEE 802.11adとWiGigの両対応としていたからだ。
実際問題として、WiGig version 1.1とIEEE 802.11ad-2012の間に相違点はほとんどない。このため“両対応”とは言っても実際には検証の手間だけでしかない上に、その検証についても2013年末にはWi-Fi Allianceが両方式に対応した認証を開始したため、事実上「WiGig」=「IEEE 802.11ad」になっていた。
後はマーケティング的に“WiGig”という名称をどれだけ使い続けるかという問題でしかなくなっていた。実際に出荷された製品を見ると、2015年あたりまでは、ほとんどがWiGigの名前を利用して製品化を行っている。例えば、2015年4月に発表されたDell「Wireless Docking Station WLD15」のサポートページを見ると、徹頭徹尾WiGigという言葉のみで説明され、どこにもIEEE 802.11adという言葉が出てこない。
これが変わり始めるのは、Qualcommが本腰を入れ始めてからと、個人的には考えている。例えば、QualcommとIntelのチップセットの相互運用性が確認されたという2016年2月のリリースでは、“802.11ad WiGig”なる表現が使われており、この辺りからIEEE 802.11adという規格名が、次第にメジャーになり始めた気がする。
現在のQualcommのIEEE 802.11adのページには、“WiGig”という言葉が全くないあたり、QualcommとしてはWiGigという名称が、あまり好きではなかったようだ。
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- 次世代の60GHz帯無線LAN規格「IEEE 802.11ay」
- 60GHz帯の次世代規格「IEEE 802.11ay」の機能要件
次回は、「IEEE 802.11ad」と「WiGig」に対応する主要なチップセットとベンダーの状況について解説していきます。